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あれから何度か神谷道場に遊びに行き、穏やかな日を過ごしていた。
こうやって幸せに暮らしていけるのかも……そんな風にも思っていた。

だけど、



「沙梛さん」

「…っ!!」

「わっ…!ど、どうしたんですか、姫先生!急に起き上がるなんて…!」

「…っい、え…ごめんなさい、驚かせて…」

「まったくですよ、もう」



ほらほら、目を覚まして、といつも通りに助手に急かされて私は顔を洗いに井戸まで行く。

…まだ、心臓がバクバクと嫌な音を立てている。
どうして、沖田の死に際の笑顔なんて夢を見てしまったのかしら……
しばらく、思い出すことはなかったのに……

…あの夢は、嫌。

沖田を…助けられなかった罪悪感と、…未だ出ない沖田への気持ちの答えに少しだけ胸が痛むから。



「…剣心…」



何故だろう、…無性に彼に会いたい。

小さく息をついて、助手に少し出ることを伝えるとすぐに神谷道場に向かう。
助手に「そのついでに山田さんのお家に様子を見に行ってくださいな」とちゃっかりお願いされたので苦笑しつつ頷いた。

神谷道場の前に立った瞬間、…駆け抜ける、嫌な空気。

そう、この空気は……奇襲に遭ったときに感じる、敵の殺気…!!



「…っ剣心!!いるの!?」



荒々しく門を開けると、殺気を感じる道場へと走る。
ドンッ!!!という鈍い音が聞こえて慌てて道場の扉をあけると、

―――噎せ返るような血の匂い。

血の海に倒れる、左之助と、…一人の男。



「左之助!!」

「…こんなところで会うとはな、沙梛」

「…っ斎藤…!あなた、どうして…左之助を…!」

「フン…まぁ土産を増やすのも悪くないな」

「何、…っ!!」



突然飛んできた斬撃を慌ててかわしたが、少しだけ肩に掠れてしまう。
出てきた血をぐっと左手で押さえたが、斎藤の攻撃はやまない。

かわすだけじゃダメだ…!!

そう視線を走らせて、立てかけてあった木刀を久しぶりに握りしめる。
そんな私に対して斎藤はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。



「やる気か」

「言ったでしょう。私はもう人は殺さない」

「フン…ぬるいことを」



再び襲ってきた斎藤の刀を辛うじて受け止めるとすぐさま横薙ぎ、斎藤の脇を狙って斬りつける。
しかし、斎藤も刀で防ぎ、私の刀を弾き飛ばすと上から振り下ろした。

とてつもない猛攻防……あぁ、久々の感覚。

だけど、楽しさは微塵も感じない。感じるのは…あの時に感じていた“無”の感情だけ。



「あぁ…それだ。…久々だ、沙梛の玲瓏とした表情(カオ)…」

「…嬉しくない」

「聞かせろ。沖田君は…最期にお前になんと言った…?」

「…っ!!関係ない…!!」

「お前は沖田君の気持ちに応えたのか?」

「うるさいっ黙れ!!」



爆発的な剣気が斎藤を襲い、…斎藤は再び嫌な笑みを浮かべたかと思うと、ドスリという鈍い音を立てて私のお腹に大きな衝撃が襲う。
あまりの痛みに倒れこむと、斎藤は「気持ちを乱れさせるな、アホウ」と呟いた。

気持ちを乱すようなことを言ったのはあなたでしょ、と内心苦々しく呟きながら私の意識が遠のいたのだった。

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