40
あれから何度か神谷道場に遊びに行き、穏やかな日を過ごしていた。
こうやって幸せに暮らしていけるのかも……そんな風にも思っていた。
だけど、
「沙梛さん」
「…っ!!」
「わっ…!ど、どうしたんですか、姫先生!急に起き上がるなんて…!」
「…っい、え…ごめんなさい、驚かせて…」
「まったくですよ、もう」
ほらほら、目を覚まして、といつも通りに助手に急かされて私は顔を洗いに井戸まで行く。
…まだ、心臓がバクバクと嫌な音を立てている。
どうして、沖田の死に際の笑顔なんて夢を見てしまったのかしら……
しばらく、思い出すことはなかったのに……
…あの夢は、嫌。
沖田を…助けられなかった罪悪感と、…未だ出ない沖田への気持ちの答えに少しだけ胸が痛むから。
「…剣心…」
何故だろう、…無性に彼に会いたい。
小さく息をついて、助手に少し出ることを伝えるとすぐに神谷道場に向かう。
助手に「そのついでに山田さんのお家に様子を見に行ってくださいな」とちゃっかりお願いされたので苦笑しつつ頷いた。
神谷道場の前に立った瞬間、…駆け抜ける、嫌な空気。
そう、この空気は……奇襲に遭ったときに感じる、敵の殺気…!!
「…っ剣心!!いるの!?」
荒々しく門を開けると、殺気を感じる道場へと走る。
ドンッ!!!という鈍い音が聞こえて慌てて道場の扉をあけると、
―――噎せ返るような血の匂い。
血の海に倒れる、左之助と、…一人の男。
「左之助!!」
「…こんなところで会うとはな、沙梛」
「…っ斎藤…!あなた、どうして…左之助を…!」
「フン…まぁ土産を増やすのも悪くないな」
「何、…っ!!」
突然飛んできた斬撃を慌ててかわしたが、少しだけ肩に掠れてしまう。
出てきた血をぐっと左手で押さえたが、斎藤の攻撃はやまない。
かわすだけじゃダメだ…!!
そう視線を走らせて、立てかけてあった木刀を久しぶりに握りしめる。
そんな私に対して斎藤はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「やる気か」
「言ったでしょう。私はもう人は殺さない」
「フン…ぬるいことを」
再び襲ってきた斎藤の刀を辛うじて受け止めるとすぐさま横薙ぎ、斎藤の脇を狙って斬りつける。
しかし、斎藤も刀で防ぎ、私の刀を弾き飛ばすと上から振り下ろした。
とてつもない猛攻防……あぁ、久々の感覚。
だけど、楽しさは微塵も感じない。感じるのは…あの時に感じていた“無”の感情だけ。
「あぁ…それだ。…久々だ、沙梛の玲瓏とした表情(カオ)…」
「…嬉しくない」
「聞かせろ。沖田君は…最期にお前になんと言った…?」
「…っ!!関係ない…!!」
「お前は沖田君の気持ちに応えたのか?」
「うるさいっ黙れ!!」
爆発的な剣気が斎藤を襲い、…斎藤は再び嫌な笑みを浮かべたかと思うと、ドスリという鈍い音を立てて私のお腹に大きな衝撃が襲う。
あまりの痛みに倒れこむと、斎藤は「気持ちを乱れさせるな、アホウ」と呟いた。
気持ちを乱すようなことを言ったのはあなたでしょ、と内心苦々しく呟きながら私の意識が遠のいたのだった。
- 40 -
*前次#
ページ:
back
ALICE+