あの笑顔が見たかった


最初は嫌いじゃなかった。むしろ、話しやすい奴だとすら思っていた。
…いつからだろうか、あいつのことが気に障るようになったのは。



「エルヴィン団長!おはようございます!」

「あぁ、おはよう姫。今日も元気だな」

「取り柄ですから。そうだ、この前おいしいって言っていた紅茶の茶葉、持ってきました」

「あぁ、ありがとう。さっそくいただこう」


あぁ今日もエルヴィンに笑顔を向けている。
何だあの笑顔、オレには最近向けてくれねぇのに。
エルヴィンにだけあの笑顔を見せる。
くそ、何媚びてやがる、そんなにエルヴィンのことが好きなのかよ。



「リヴァイ、いたのか」

「あ…兵長、おはようございます」

「朝から何騒いでやがる」

「すいません…うるさかったですか?」

「あぁ、不快だ」



きっぱりと言えば、姫はむっとしたような表情。
エルヴィンは「そこまで言うことないだろう」と姫を庇うような事を言う。

…なんでエルヴィンが庇う。それに対して何で姫は申し訳なさそうな顔をする。
あぁくそ!いらいらするばかりだ。



「無駄話するくらいならもう少し部下を指導したらどうだ」

「…っ、すみません…!ですが、兵長に言われる筋合いはないと思いますが!」

「ああ?だったらこの前のお前の班の再訓練はなんだ?」

「別に兵長には迷惑かけてないでしょう」

「そんなんじゃいつか死ぬぞ」

「っ、!!…失礼します!!!」



姫は泣きそうな顔をして、その場を走り去る。
…っ、何故泣く。そんなんじゃ死ぬかもしれないと心配して言ったのに。



「あーあ、リヴァイダメだよ。あんな言い方じゃ」

「…うるせぇクソ眼鏡」

「だって、姫のこと、好きなんでしょ?」

「……………。…は?」



クソ眼鏡に言われた言葉にオレの思考が固まる。

…好き?誰が、誰を好きだと?…え?オレが?



「……どうやら頭まで腐ったらしいな」

「え?何?無自覚?すごいよリヴァイ、あれを無自覚でしてるなら相当鈍感だね」

「何言って…」

「まぁこのままじゃ嫌われるけどね、確実に」

「…ハンジ」


咎めるように名前を呼ぶエルヴィンにハンジはただ肩をすくめるだけ。
…嫌われる?姫に?…だから、笑ってくれねぇのか?

…、あぁ、そうか…オレは、ただ…姫に笑いかけてほしいのか。



「少し抜ける。ハンジ、オレの班をしばらく頼む」

「はいはい、泣かせちゃダメだよ」



背を向けて走り出すオレを見て、エルヴィンがため息をついていたことを知らない。


「…余計なことを」

「ん?…あ、エルヴィンも姫が好きなの!?」

「さぁな」


そんな会話があっていたことも知らず。

オレは急いで姫を探す。
…恐らく落ち込んでいるときによく行くあの場所だろう。
そう検討をつけていれば、…やはり姫はその場に蹲っていた。



「…姫」

「…っ、兵長…」


オレに気づいたのか、目を赤くさせた顔をあげたが、…すぐに俯いてしまう。
「何かご用でしょうか」なんて、固い声で他人行儀に言われて、正直…かなり胸が痛い。

…あぁ、オレは、…嫌われたのか。



「…悪かった」

「…え…?」

「…お前が…エルヴィンと楽しそうにしてたから、苛ついて…八つ当たりした」

「…え……」

「だから、姫のことは、…嫌いじゃねぇ」



好きだ、といえず…嫌いじゃないという曖昧な言葉。
ハンジなら「意気地無し!!」と罵ったことだろう。実際オレもオレを罵りたいくらいだ。

居たたまれなく思わず眉をひそめていると、姫が恐る恐る顔をあげる。

あ、やっと目があった、と思えば、何故か姫は顔を赤くした。



「…っ、兵長…私のこと、嫌いじゃないんですね」

「あ?…あ、あぁ…」

「…ふふ、よかった」



顔を赤くしながらもふわりと笑う姫に心臓が尋常じゃないくらい脈を打ち出す。

な、なんだ、この動悸は…!!心臓が痛てぇくらいだ…っ!!
だが、何故か嫌じゃねぇ。むしろ、姫の笑った顔がもっと見てぇ。



「…うん、元気出ました!ありがとうございます、兵長」

「あ、あぁ」

「じゃあ、また訓練で!」


嬉しそうに去っていく姫の背中を見つめる。

…そうか、オレは…



あの笑顔が見たかった

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