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壁外調査当日。

穏やかすぎる天気と反対に私はざわつく心を落ち着けようと必死だった。
壁外調査。…いくら貴族の娘で箱入り娘として過ごしていても、その壮絶な実情は知っている。

死人が出るのは当たり前。五体満足で帰ってくる人間は少数派。



「…っ大丈夫だよね…」


エルヴィンさんも、ハンジさんも、ミケさんも、…リヴァイさんも。

生きて帰ってくるよね。


周りでは荷物を積んだり、馬の準備をしたり、作戦を復習したりしている。
ドキドキとイヤな音を立てる心臓を握りしめていると「エミリオ」と呼ばれる。



「…、リヴァイ、さん」

「ひでぇ面だな」


言葉とは裏腹に優しい笑みを浮かべているリヴァイさん。

…どうしてそんな穏やかな笑みを見せられるの…?
もしかしたら、命に関わるかもしれないのに、

そんな私の思いを汲み取ったのか、リヴァイさんは私の頬に優しく触れた。



「不安か」

「…はい。不安でたまりません。みなさんが強いことはわかっているんですが…」

「残される方はたまんねぇよな」


信じて待ってろ、なんて言わねぇ。

だが、そんな顔するな。
…笑顔で、見送ってくれねぇか。


そう言われて、そっとリヴァイさんを見上げる。

どこまでも澄んだ瞳。
大丈夫だ、と思わせるような力強い色。


…そうだ。私が不安がってどうする。
調査に行く方がよっぽど不安なはずだ。

私が…私ができることは、みんなの不安を少しでも柔げられるようにすることだ。


ぎゅっと拳を握りしめて、…できるだけ安心できるように、心を込めて笑顔を浮かべる。



「信じています。…みなさんが帰ってくるのを」

「みなさん、か…」

「…リヴァイさん?」

「リヴァイ」

「え…?」

「今だけ…一度でいい。…リヴァイって呼んでくれねぇか」


…この瞳は、何を思っているのだろう。

私…ではなく、フィリーさんを、見ているのだろうか。


寂しくて…愛しそうで、悲しげで、…何とも言えない感情が、混じった目。


ーー私は、エミリオです!


そう叫びたかった。

だけど、リヴァイさんの目があまりにも悲しげだったから…私は、



「…リヴァイ」
「リヴァイ」



リヴァイさんは私の声にそっと目を伏せると、…静かに私の前髪にキスを落とす。



「…行ってくる」



…このキスは、誰に向けてしたのですか。

そんなこと、聞けなかった。


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