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総大将として登った恭弥の横顔はとても綺麗で。
どうしてかドキッと胸が高鳴ったのがわかった。

……この感情が何か、しっかりわかってるけれど。

まだ、言葉にはできない。



8 無知だった少女は林檎を食べて恋を知る。
(それはアダムとイブのように)




美瑠、と呼ぶと振り向いて苦笑しながらお弁当食べよっか、と提案してくれた。
そうだね、と頷いて再びお茶を淹れに立ち上がる。

たぶん和食だと思うし…緑茶でも淹れようかな。

こぽこぽ、と緑茶を淹れるとひょこっと美瑠が顔を出した。




「お茶、淹れてくれてありがとう」

「お弁当作ってもらったからね」




カチャ、という食器が当たる音と共にお盆を持ち上げて運ぶ。
テーブルの上にはすでに色とりどりに飾られたお弁当が並んでいた。

……ワォ。すごく美味しそう。

美瑠が右、僕が左に座ってお箸と取り皿をそれぞれ用意してくれる。
綺麗に揃えられたお弁当の前にきちんと座って、目を合わせて。




「「いただきます」」




両手を合わせて、お決まりの挨拶を口にする。

美瑠が用意してくれた可愛らしい青いお皿に卵焼きを一つ乗っけた。
ちらりと美瑠を見ると美瑠は不安そうに僕が食べるのを見つめている。

そんなに不安がらなくても……
見たところ美味しそうだし、これで美味しくないってことはないと思う。

調味料を間違えるなんてことしていなかったら。



「…そんなに見つめられると食べにくいんだけど」

「あ、ごめん!」




サッと目を逸らした隙にパクリ、と口の中に入れて咀嚼する。

あ、塩味。実は砂糖味より塩味の方が好きなんだ。

もぐもぐしていると美瑠が「あ、」と声も漏らし、見てなかった!という顔をする。

本当……分かりやすいよね。
美瑠は少し不安そうに僕を見つめてくるから安心するように仄かに笑ってみる。

…こんな風に笑ったのは、久しぶりだな。




「美味しいよ」

「…!よかった…」




やっと安心できたのか美瑠は温かな笑みを浮かべてようやく食べ始める。

最初に手を付けたのは鶏の唐揚げ。
パクリ、と大きな一口で食べてもぐもぐ、と噛んで……ふにゃり、と溶けたような笑顔。

ふぅん……唐揚げが好きなんだ。

クスッとわからないように笑ってから僕も小さなハンバーグを飲み込んだ。
最初は二人して無言でお弁当を食べていたけれど、決して重いものじゃない。
なんていうか…二人してお弁当に夢中、って感じで。

この静かな空間が心地よかったりもする。




「そういえば、リレー凄かったね」

「見ててくれてたんだ!」

「うん、ここからね」




そっか、と美瑠は笑って少し前のことを懐かしそうに思い出しているようだった。

リレーってあんなに楽しいものって知らなかったよ。

そう穏やかに呟いた美瑠に「そう」と相づちをうつ。
こんなに穏やかな時間なんて今まで過ごしたことなかった。

…この時間がずっと続けばいい……




『おまたせしました。棒倒しの審議の結果が出ました』

「えっ…?」




そんな穏やかな空気をさっそく壊すような放送が入る。

美瑠の視線が窓を通って運動場に向けられ、視線を固定したまま立ち上がった。
よほど気になるみたいでそっと窓に近づいて運動場を見下ろす。

その横顔はどこか不安げで心配そうで。

どうしてそんなに気になるのか、その理由の方が僕は気になった。




『各代表の話し合いにより今年の棒倒しはA組対B・C合同チームとします!』

「嘘…っ」




みるみるうちに美瑠の顔が心配一色になる。
酷く焦ったような表情にさすがの僕も黙ってはいられない。

美瑠が焦るなんて……よほどのことだから。
僕も立ち上がって運動場を見てみたけど、草食動物達が集まって話し合っているのが見えるだけ。

美瑠が心配する理由がよくわからなかった。

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