Io verso ferite lacere serie.



バサリ、とスーツが落ちる音と共に僕はソファーに身を投げ出した。

久しぶりに帰ってきたボンゴレの屋敷…本当は、帰って来たくなかったんだけどね。

だって……―――

彷徨わせていた視線をそっと僕は一つのコップに目を向けた。
そこにはもう枯れてしまって茶色くなってしまっている一輪の百合……
あの状態になっても捨てることなんて出来ずに、そのままにしている。

海鈴がくれた、大切な百合……

ズキリ、と不意に胸が痛んで僕はすぐに百合から目をそらした。


海鈴……海鈴、海鈴…っ

逢いたい、よ……本当は、たまらなく逢いたい。


でも僕はもう、君に会わない方がいい。
僕なんて側にいない方が海鈴は幸せになれる。
海鈴には花屋で、暴力なんて無関係に花を優しく育てた方がいいんだ。



「海鈴…」



口に出せば自分が知らない気持ちが溢れていく。

温かい気持ちと、苦しい気持ち。
海鈴を愛しく思う気持ちと、無性に泣きたくなるような苦い気持ち。
でも今は苦しい気持ちの方が強くて、ぐっと眉に皺が寄るのがわかった。

どうすれば…どうすれば、この気持ちを解消できる…?
頭では離れた方が海鈴の幸せだとわかっている。けれど、僕の心はそれを受け入れてくれないまま。

ねぇ、僕にはどうしたらいいのかわからないよ……



「…っ、バカみたい……」



そう吐き捨ててから勢いよく起きあがって、いつもの黒スーツを着込んだ。
ここにいたら海鈴のことを思い出してしまう……

僕が、僕じゃないみたい。

さっさと並盛に帰って、匣の研究をしよう。
そう思ってトンファーを仕舞い、自室から出て行った。


――――百合の花は、そのままに。


―――――――――
――――――
―――




「…実はね、海鈴。雲雀さん、今ちょうど本部に帰っているんだ」

『…!』



オレがそう言えば海鈴がハッとした顔をする。
本当ですか!?と言っているのが口の形でわかるとうん、と頷いた。

事実を言えば…強制的に帰ってこさせたんだけど。

最近、雲雀さんはまたこの本部を遠ざかるようになっていたから。
ずっと並盛に帰ったまま、連絡も報告もせずにいるから呼び戻したんだ。

まさか海鈴がくるとは思わなかったしね……

雲雀さんもきっと海鈴がここにいることを知らないはず。
雲雀さんは海鈴に逢いたくないかもしれないけれど…

でも今は雲雀さんのためにも、海鈴のためにも、二人が嫌でも逢った方がいいと思うんだ。



「雲雀さんに、逢う?」



海鈴は驚いたように目を見開くと、少し迷うような素振りをした。
会いに来たのはいいけれどいざとなると躊躇する気持ちが出てしまうんだろう。

海鈴は下の方に視線を彷徨わせ、不安そうにぎゅっと自分の手を握り締めたが、すぐに強い意志が灯った目でオレを真っ直ぐ見つめ、コクリと力強く頷いた。

あぁ…やっぱり、海鈴は強い女の子だ。

オレは満足そうに笑って頷くとじゃあ行こうか、と手を差し出した。
一人で行かせるわけにはいかない。
もしリボーンや他の海鈴を知らない人間に逢ったとき、危害を加えられる可能性があるから。

特にリボーンは…ね。

海鈴の身の安全はオレが保証しないと。
何て言ったってあの雲雀さんが身を挺してまで庇った人なんだから。
それに、個人的に海鈴が好きだしね。

海鈴はオレの差し出された手に自分の手を重ねると綺麗な動作で立ち上がった。
骸もついて行くようで、一緒に立ち上がる。

エスコートするように歩いて雲雀さんの部屋へと向かった。
途中で何人かとすれ違って、誰だ?骸さんかボスの愛人か?みたいな視線を受けたけど無視。

どっちの愛人でも恋人でもないから。
今から雲雀さんの結婚相手になるかもしれないけど。…あれ、気が早いかな?

どんどん足を運んでいけばイタリアの西洋風の廊下から日本風の廊下へと変化していく。
雲雀さんの我が儘…いや、要望で日本の家屋も作ったんだ。
九代目も日本好きだから喜んで承諾してくれたし、オレもたまに日本が恋しくなるしね。

海鈴を見ると懐かしいのか目を輝かせて、廊下から見える日本の風景を見つめていた。




『とても綺麗な日本家屋ですね』

「そっか、海鈴も日本人だもんね」

『日本は好きです…故郷でもありますし』




そう柔らかに微笑む海鈴に心が安らぐ。

やっぱり、海鈴の笑顔は癒されるなぁ……あ、骸まで癒されているみたい。
だってあの骸があんなに穏やかな顔をしているなんて何年ぶりに見たかわからないくらいだ。

和やかな空気が漂うけど、雲雀さんの部屋に近づいていることに気が付くとオレも気が引き締まる。
オレの緊張が伝わったのか海鈴からも緊張の色が伺えた。

一歩、一歩、雲雀さんの部屋に近づいていく。
さすがの海鈴も緊張と不安がこみ上げてきたのか顔が少しだけ曇った。



「…ここだよ」



コツリ、と最後の足音を鳴らして雲雀さんの部屋の前に立つ。

実はこの部屋だけ西洋風。
ここも和室にしようと思ったんだけど机やソファーを入れるとなったときに、やっぱり洋室にした方が家具にあっている、という理由でしぶしぶ洋室にしたんだ。

海鈴は不安そうにそのドアをじっと見つめる。
だけどオレは海鈴にドアをノックするように勧めた。

大丈夫…大丈夫だから。

何か大丈夫なのかはわからないけどそう口から自然と出ていて。
大丈夫、ともう一度かみ締めるように言えば海鈴は小さく頷いて軽く拳を握り、ドアを叩いた。



コンコン。


軽快な音が響いて海鈴は食い入るようにドアを見つめる。
ドキドキと海鈴から緊張の声が聞こえてオレまで緊張してしまう。

でも雲雀さんは一向に部屋から出てこない。
聞こえなかったのかな?と思ってオレもコンコン、とノックしてみたが返事もない。

もしかして無視してる…?

雲雀さんが居留守を使うのは珍しい事じゃない。
だからもう一度ノックして、雲雀さん?と呼びかけてみた。でもやっぱり返事はなし。

…おかしい……

いつもの雲雀さんならオレらの気配を鬱陶しく思って不機嫌そうに出てくるのに。
骸も変だと思ったのかオレに怪訝そうな視線を送ってくる。
居留守をしているのには長すぎる。

なら……



「まさか…!」



慌ててオレは気を集中させて部屋の中の気配をさぐる。
雲雀さんは元々気配が薄い人だけど…わからないわけではない。
もし雲雀さんがいるなら気配があるはず……

そう思って気配を探ったがまったく感じられない。
オレの焦りで海鈴も一つの可能性に気付いてしまい、不安そうにオレを見上げた。

海鈴は今にも泣きそうで…その不安に押しつぶされそうだ。
オレはその表情にたまらず雲雀さん入りますよ!と言ってドアに手を掛けた。

鍵は掛けられていなくて、すんなりとドアが開いたので急いで部屋の中に入る。
ざっと目を走らせて雲雀さんの姿を探したけれど…彼の姿はなく。

オレの嫌な予感があたっていた。


――――雲雀さん…もう、並盛に帰ってる…っ


空っぽの部屋に、悔しくて強く拳を握り締める。

間に合わなかった…まさか、もう帰っているなんて思わなかったんだ。

オレの後ろから海鈴がそっと部屋の中に入って、一つの机に近づく。
きっと海鈴も雲雀さんがいないことをわかっている。



「海鈴…」

『……』




海鈴は無言で机の上に置いてあるコップに手を伸ばした。

そのコップには、枯れた花が一輪。

枯れる前はとても美しかったんだろう。
でももう枯れてしまって今は何の花なのかもわからない。

海鈴は優しく枯れた花に触れると、



一筋の涙を流した
(その時その花が雲雀さんと海鈴を逢わせた百合の花だと知った)

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