Chiaramente.



「やぁ」




鈴蘭の手入れをしている海鈴の背中にそう声を掛けると、海鈴はすぐに僕の声に反応してぱっと振り向き、僕にニコリ、と微笑んでくれた。


―――あの日から僕は海鈴の花屋に顔を出すのが日課になっている。

僕が来る時間はまちまちなんだけど、海鈴は必ず店の中で花の手入れをしていた。
その姿はとても優しくて、柔らか。

僕がその後ろ姿を見ただけでも…微笑んでしまうほど。

僕はいつものように遠慮なく店の中に入っていくと店の中に設けられている小さなテーブル席の椅子に腰掛けた。
ここはもうすでに僕が来るようになってからは僕の特等席と化している。

ここは、店の中にある全ての花が見渡せる席だ。
海鈴が心を込めて、愛情をかけた花達は僕をこの席で癒してくれる。
花独特の甘い香りに浸っているとその甘い香りに乗って紅茶の芳ばしい香りが漂ってきた。

店の奥からひょこっと顔を出して海鈴は紅茶を運んできてくれる。

もちろんカップは二つ。
僕は手に持っていたケーキの入った箱を机の上に置くと、海鈴の顔がすぐにぱぁっと明るくなった。

最近わかったことが一つ……それは、海鈴は極度の甘党だということ。

偶然知ったんだけどね。

この前草壁が差し入れたクッキーを何気なくあげたらすごく喜んでくれたんだ。
しかも驚いたことにクッキーと一緒に飲む紅茶には砂糖5個にミルクたっぷり。

…それ、甘すぎるんじゃない?

なんて聞いてみたんだけど海鈴はぶんぶんっと首を勢いよく横に振って、少しだけ拗ねたような表情をしたからクスリ、と笑ってそれ以上は何も言わなかった。
もしこれが骸とかだったら「ガキだね」って嫌みの一つや二つ言うんだけど。
なんだか海鈴だと可愛らしく思えてね。

今日も砂糖とミルクをたっぷり入れて紅茶を飲んでいる。
そして片手には生クリームたっぷりの苺のショートケーキが乗ったフォーク。
パクッとケーキを一口食べるたびに海鈴の顔は幸せそうに綻んでいく。

いや、とろけてる、って言う方が正しいかな?

クスクスと笑い声が漏れてしまうと海鈴が恥ずかしそうに顔を少しだけ赤らめた。




「ふふっ…」

『…笑わないでください』

「ごめんごめん」

『まだ笑ってます!』




怒っているんじゃなくて、拗ねている海鈴に笑いが止まらない。
海鈴はもう知りません、とばかりにぷいっとそっぽ向いてケーキを食べ続ける。
一通り笑いが収まると同時に海鈴のケーキの皿は空っぽになっていた。

さすが甘党…食べるのが早いな。

それに加えてまだあの甘い紅茶を飲んでいるんだから、なんで太らないのか不思議なくらいだよ。

こくこくと拗ねた顔で紅茶を飲み干す海鈴にクスリ、と微笑むと僕のケーキの皿を海鈴の前まで移動させた。

すると海鈴はキョトンとした表情になり、首を傾げる。




「どうしたの?食べないの?」




えっ!食べていいんですか!?

紙に書かなくてもわかるくらい海鈴の顔にはそう書いてた。
しかもどこか目をきらきらさせてるし。

……可愛い。

なんだか小動物に餌づけしているみたい。
あ、そういうと海鈴に失礼かな?

緩やかに微笑むと、照れ隠しに海鈴から視線を外して紅茶に口をつけた。




「食べていいよ。僕、そんなに甘いものが好きってわけじゃないから」

『ありがとうございます!』




さっそくフォークを苺に刺してぱくりと頬張った。

……あ、またとろけてる。
そんな表情をするような人間は僕の周りにいなくて、新鮮。

海鈴はケーキを二、三口食べると紙に何か書き始めた。
何だろう?と首を傾げると海鈴はサッと紙を差し出す。




『人生損してますよ!こんなに美味しい物があんまり好きじゃないなんて』

「…僕は今までそんなに損した気になったことないんだけど」




えっ!って素でかなり驚かれた。

少なくとも僕は甘いものを食べなくても損した、なんて思ったことない。
本当は紅茶よりコーヒー派だしね。
でも最近は海鈴のお陰で紅茶の方が好きになってきている。
海鈴が淹れてくれる紅茶は本当に美味しいから。

…どうしてかわからないけれど、海鈴がケーキをじぃっと見つめてる。

そんなに凝視して…どうしたんだろう?
思わず僕も海鈴を凝視してしまっているとサクリ、とケーキにフォークを刺した。
そしてそのフォークを…何故か僕の目の前に差し出す。

ご丁寧に可愛い笑顔つきで。

え?と首を傾げると、はい、とさらに薦められてしまう。
もしかして…これって……




「食べろって、こと…?」




こくり、と笑顔で頷かれてしまった。

つまりこれって、所謂、あーん、ってやつで……


――――ドキッ!


急に心臓がどくどくと早く鼓動を打ち始めて、カァッと体が熱くなっていくのを感じた。

な、何…これ。

緊張しているわけでも、運動していたわけでもないのに。
勝手に心臓はばくばくするし頭が上手く回ってくれない。
でも海鈴は何の恥ずかしげもなく、食べないの?とフォークを差し出したまま。
僕は恐る恐る口を近づけて、パクリとケーキを口の中に入れた。


(…あれ、間接キスしてない?)


するり、とフォークを僕の口から抜いて海鈴はニコリと微笑んだ。
その表情から「おいしいでしょう?」と言っていることがわかる。

もぐもぐと咀嚼していけば甘ったるい生クリームの味が口いっぱいに広がった。
でもその甘さを全然不快には思わなくて、ごくり、と飲み込むと仄かに苺の甘酸っぱさが口の中に残った。




「…おいしい」

『やっぱり!』




甘いものは正義なんですよ、なんてよくわからないことを書いて僕が口をつけたフォークでそのままケーキを食べ始めた。

…この子は、間接キスっていうのを知らないのかな……知っていても頓着しなさそうだけどね。

海鈴は再びケーキを頬張って、満面の笑みを浮かべる。
でも何かを思い出したように急に立ち上がってお店の方に行ってしまう。

もしかして客がきたのかな?
…いや。気配はしていないし、違うな。

きっと海鈴の突発的な思いつきで行動しているんだろうね。
最近ではその海鈴の行動に慣れてきちゃって、慌てずにそのまま紅茶をゆっくり飲む。
すると海鈴は手に何かを抱えて戻ってきた。

葉っぱだけの、植木鉢。

花も何もない緑だけの植木鉢に首を傾げると海鈴は、はいっと僕にその植木鉢を差し出した。




「これは…?」

『苺の苗です』

「いちごの?」

『ここに、白い花があります。これから苺の実ができるんですよ』

「ワォ…小さすぎて気づかなかった」




海鈴が指さした場所には一輪の小さな白い花。
これが苺の花だなんて信じられないな…

ちょんちょんっと触るだけで今にも落ちてしまいそうな花。
海鈴はその白い花に微笑むと大切にしてくださいね、と書かれた。

僕はその紙にさらさらっと一言だけ書いてみる。

その紙の上には、



もちろん
(絶対に大切にするよ)

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