「38.1…」
「まじすか」
「影山くん、なかなかやるねぇ…」
「…どういう意味ですか」
「いやぁ…、この時期にこんな熱を出すのも珍しいと思って。なんだろ、夏風邪ってやつかな?」
「……試験のせいです…」
「そうだね、一夜漬けを何回も繰り返したら体調崩すよねそりゃぁ」
「……」

 顔は笑っているのに何故かとても威圧的な美雨さんは体温計を見つめてから小さく溜め息をついた。
 夏も盛りに近づくこの頃、遅かれ早かれ大多数の学生は試験勉強に追われる季節である。俺も例に漏れず大学生らしく単位を落とさない様に勉強しなければならないはずだが、如何せん俺の生活の中心はバレーである。試験が近付こうが関係なくバレー中心の生活を続ければ自然と勉強時間は確保できなくなる。それに加え自分で言うのも何だが俺は勉強がとても苦手であることも相まって、結果、試験は前日の一夜漬けとなる。しかし高校までのテストとは違い、大学の試験期間は人によっては二週間の長期戦になることだってある。その度に一夜漬けを繰り返していたらいくら体力に自信のある人間でも体調を崩すことは大体予想できる訳で。
 結果、こうして俺はベッドの中で眉間に皺を寄せながらうんうん唸っている訳だ。

「バレーしてぇ…」
「熱があるまま試合してミス連発して試合に負けていいプレー出来なかったって落ち込んで更に体調崩して更にすきなバレーが出来なくなってもいいなら部活行ってもいいんじゃない?」
「…美雨さん、いつから俺に当たり強くなったんすか…」
「余計な干渉はしないつもりだけど無鉄砲な病人には世話焼きしますよ。今日は仕事休みだし」
「すんません…」
「謝るくらいなら初めから無茶しない」
「……すんません」
「でもまぁ、もう気にしないで。一応同居人だし、こういう時くらいは甘えたらいいよ」

 とりあえず美雨さんにもらった冷えピタを額に張り、水分補給をする。あとはお粥を作ることくらいしか出来ないけど、影山くんが大好きなバレーをするにはこれが一番の近道なんだから本人の意思に反していようと今日くらいは部屋でおとなしくしていてもらうからねと言い切る美雨さんに返す言葉が無くて俺は大人しくベッドに横になった。

「とりあえず今日はゆっくり寝てなよ」
「…うす」
「じゃあわたしそろそろ…、あっ」

 そう言って枕元にいた美雨さんが立ちあがろうとした時だった。ピロリンピロリンと小さな電子音が部屋に響く。聞き覚えのないこの音はきっと美雨さんのスマホの着信音なのだろう。案の定美雨さんは足元に置いていたスマホを拾いその画面を確認する。

「出ないんすか、電話…」

 しかし本人の手元にあるにも関わらずその着信音は一向に鳴りやまない。不思議に思い美雨さんに視線を向けると些か驚いたような表情で画面を見つめていた。その姿を不思議に思い思わず声をかけると美雨さんは俺の言葉ではっとしたように画面から顔を上げた。

「あ、ごめんね、うるさくて。ちゃんと寝てるんだよ」

 液晶画面から離れたその顔は少し困ったような、気まずいような表情をしていた。それを見た途端、美雨さんにそんな表情をさせる相手とは一体誰なのだろうという疑問が頭を過る。しかし、ただの同居人である俺が美雨さんのプライベートに踏み込める訳もなく。そう言い残して微笑み扉の向こう側に行く美雨さんをを俺はただ見つめることしか出来なかった。
 そして部屋の扉がパタンと音を立てたのを最後に俺の世界は会話のある賑やかなものから一瞬にして無音の世界。それと同時に穏やかに襲ってくる眠気と共に部屋の向こうからくぐもった美雨さんの声が小さくなっていった。