木目のドアに向かって大きめの声で部屋主の名前を呼びノックをするも返事は無い。その代わりにけたたましい金属音は絶えず鳴り響いている。

「影山くんー?いるのー?」

 とある金曜日の夜、私は部屋でレンタルした映画を観ていた。内容はいよいよ佳境に入り洋画のミステリーらしく手に汗握る展開からラストのどんでん返し…というところでその轟音は聞こえてきた。ジリリリリとけたたましい金属音は隣の部屋、もとい影山くんの部屋から聞こえてくる。その音からして音源は十中八九目覚まし時計で、時計のタイプも推測するに電子音ではなく振り子が金属の間を往復するやつだ。絶対。つまり、私にとってのかなりの迷惑音になっているということである。

「いないのかなぁ…」

 そんな訳でその騒音に耐えかねた私はこうしてかれこれ5分以上も隣の部屋のドア向かって呼びかけている訳だが一向に返事が返ってこないのである。こうなると部屋には誰もいないと考える方が一般的で、つまりは私がその目覚ましを止めればこの騒音も止まる訳なのだが同居を始める際の条件の一つに勝手に部屋には入らないと決めたので今私が影山くん不在の部屋に入ることは約束を破ってしまう事になるのである。しかしいつ帰って来るか分からない影山くんをこの騒音と共に待つほどの忍耐力ははっきり言って私には無い。

「……。さっと入って目覚まし止めて出てくればいいよね」

 ごめん影山くん。目覚まし時計止めるだけだから許して――。今頃どこかの体育館でバレーボールを追っているであろう影山くんへの謝罪を心の中で呟いて私は目の前のドアノブを押した。幸い鍵は掛っておらず、するりと動く扉はいとも簡単に私の部屋への侵入を許す。さぁ、早く目覚ましを止めてさっさと出よう。そう思ってベッドの方へ視線を向けた矢先だった。

「えっ」

 結論からいうと、目覚ましを止めてさっさと影山くんの部屋から出ることは叶わなかった。なぜなら部屋主の影山くんは在宅で、うつ伏せになるようにベッドに横になっていたからだ。信じ難いことに轟音の目覚まし時計を耳元に置いて。

「か、影山くん…?起きてる…訳ないよね」

 布団に預けた身体は呼吸に合わせてゆっくり上下していて彼が熟睡しきっていることを証明している。そうでなければ耳元でこんな爆音が鳴り続けるはずもない。

「……。起こした方がいい、のかな…?」

 朝でもないこんな時間に目覚ましをセットしているなんて何か予定があったのかもしれない。生憎セットした時間は少し過ぎてしまったけれど、このまま眠り続けて約束をすっぽかしてしまうよりはマシだろう。私が見る限り影山くんはバレー中心の生活をしているようだが、そんな彼だってバレーの肩書をとれば普通の大学生だ。バイトか飲み会か、もしかしたらデートの可能性だって充分にあり得る。もし入室の理由を聞かれたら素直に話せばいいだけなので、とりあえず目の前で眠っている彼を起こすことが先決だ。

「影山くん、起きて!」
「……」
「目覚まし鳴ってるよ!何か予定あるんじゃないの?」
「……ん」

 とりあえず耳元で鳴っている目覚ましを止め、ゆさゆさと揺すれば僅かにその背中は身じろぐが覚醒の気配は全くない。最早このまま何も無かった事にして自分の部屋に戻ろうか――そう思った瞬間。

「……うるせぇ…」

 寝言のように呟かれた言葉と共に動いた大きな手。あぁ、やっと起きたのねと安堵した刹那――しかしその手は私の手首へのび、気がつけば私の手首はその大きな手によってがっちりとホールドされていた。

「えっ…?ちょっ、と、影山くん!?離してって、…まず起きて!」

 しかもその手の力の強いことと言ったら。一応外してみようと試みたものの、本当にこの人は眠っているのかと疑ってしまう程の力で握っているのでほぼ成人のしかもスポーツをしている男性の力を私がどうこうすることが出来るはずもなく、私の努力は無駄な体力を使っただけになった。
 そんな私に突き付けられたのは厳しい現実。

「……影山くんが起きるまで、このままってこと?」

 言葉にするとますます厳しく現実を突き付けられたような気がして、私はがっくりと首と垂れた。

20140923