そうして二人は愛を育む
「名前ってさあ…」
「うん?」
「……俺のこと好きだったりする?」
・・・
「はぁ?んなわけないでしょ!!頭でも打ったの?あんた」
"ばっかじゃない"と吐き散らした名前。
俺の突拍子もない、むしろ第三者が聞いてたら一発で馬鹿にされそうな質問に、目の前でパフェを頬張る名前の動きが止まった。元々大きかった瞳は更に大きく開かれ、固まる名前の瞳を俺は真っ直ぐに捉える。馬鹿なのは分かってる。だけどこちとら、大袈裟だけどその答えに人生かかってんだ。
バクバクと、煩く心臓が鳴る音が聞こえる。
だけど暫くの沈黙の後、漸く頭の整理がついたのか全力で否定する名前に、あからさまに落胆しそうになるのをグッと堪え、無理矢理に笑みを浮かべた。うわぁ……マジ凹むわ。
「…だよな!んなことあるわけねぇよな!頭は打ってねぇよ」
ははは、と笑いながらも動揺を隠せない。同じようにパフェ食ってた手が震える。いやもう、マジで立ち直れねぇかも。しばらく引き篭もりたい気分だわ……マジで。呪霊なんか祓ってる場合じゃねぇ。
今ので、俺が告っても振られることが確定してしまった。むしろ半分告ったのと一緒だよな、今のは。ということは、完全に振られてしまったってわけだ。
ああ、終わった…。俺の初恋は儚くも、告る前から散って行った。
「そ、そうだ!恵と野薔薇も呼ぼう!やっぱいつメンが揃わないとねぇ」
気まずくなった空気に耐えられなくなったのか、名前は明るい声で話を切り替える。心なしか、スマホをイジる指が震えている気がした。だけど深く傷付いた俺は、特に気に留めることはなかった。
**
「ねぇ名前、聞いてよ。この間マジでびっくりする出来事があったの」
「びっくり?」
「そう。なんとあの虎杖のことが好きな女が現れてさ〜もうびっくり。なんでも中学生の同級生らしくて、」
あの出来事があってから数日、私の部屋でDVD鑑賞しながらポテチをぼりぼり食べていた野薔薇が、思い出したかのように放った言葉に動揺を隠せなかった。
「私は彼氏いないのに、アイツが先に彼女作ったらマジで許せねぇ」
"彼女"
その言葉に異常に反応してしまうのは、私が悠仁のことを好きだから。
そう。先日、悠仁に突拍子もなくされた質問は、あながち間違ってはいなかったのだ。だけどあの場でイエスと答えられるほど、私は強くない。振られたりしたらって考えると、どうしても嘘をつくしかなかった。
だけど、野薔薇の一言で焦燥感に駆られる。もし本当に、悠仁がその子と付き合ってしまったら…?だめだ。想像しただけで、ぎゅうっと胸が締め付けられる。やっぱり、あの時に素直になっておくべきだったと、急激に後悔の念に苛まれた。
「ごめん、野薔薇。私ちょっと急用を思い出した」
「はぁ?!ちょ、名前?!」
野薔薇の慌てた声が聞こえてきたけど、私はそれどころではなかった。早く、早く悠仁の元へ行って想いを伝えなくては。
その想い一つで走り、漸く悠仁の部屋の前に着いた。
着いたはいいんだけど、何て言えばいいんだろう。この間嘘ついちゃったけど、本当は好きですって…?いや、でも、あれから数日経ってるし今更言うのもなんか…と逡巡していると、突然と開かれたドア。
「……名前?」
「あ、えっと…」
「…とりあえず入れば?」
「……うん」
悠仁を前にすると、やっぱり躊躇ってしまう。というか、恥ずかしくて言えなくなってしまう。
だけど、ここまで来たんだ。何も伝えずに帰るわけにはいかない。
「お茶でいい?」
「うん、ありがとう」
ベッドの上に腰かけながら、辺りを見渡す。思えば、悠仁の部屋に来るのは初めてだなぁって思いながら、どう切り出すか頭の中で考えていた。
「俺の部屋初めてだよな、名前」
「うん、別に来る用事もないしね」
「…まぁな」
いけない。また私は可愛げないことを。どうして私はいつもいつも、こんなことしか言えないんだろうか。自分で自分が嫌になる。
「そういえば、何か用があって来たんじゃないのか?」
「!う、うん。そうなんだけど…」
お茶をテーブルに置いてくれた悠仁の言葉に、慌てふためく。
やばい。どうしよう。あの時のように、真っ直ぐ私を見つめる悠仁の瞳に、心が揺れる。
「だぁー!!もうっ!!」
「え?」
いつまで経っても何も話さない私に痺れを切らしたのか、目の前に胡座をかいていた悠仁は頭をガシガシと掻き毟った後、パッと立ち上がって私の前に立った。
「こんな時間に突然俺の部屋に来たり、そうやって改ったりされたらさ、なんか調子狂うんだわ!」
刹那、ふわりと悠仁の逞しい腕が私を包み込んだ。…え?どういうこと?時が止まったかのように、私は動けなくなってしまった。
「嫌でも期待すんだろ!名前が俺のこと好きなんじゃないかって」
「…悠仁」
「あんな質問して落ち込んでたのに、こんなことされたら嬉しくて堪らねぇよ」
ドキドキと、私のではない心音が聞こえる。その心音と共に、私の中でも期待が膨れ上がっていく。……これって、もしかして。
「好きだ、名前。お前のことが」
優しい声が、頭上から降って来た。私がずっと求めていた言葉が、聞こえた。その瞬間、嬉しさで涙が込み上げてくる。
「私も好きだよ、悠仁。嘘ついてごめんね」
「……マジ?」
「マジ」
「うわぁ、まじか。めっちゃ嬉しいわ」
漸く身体を離した悠仁は、本当に嬉しそうに笑みを浮かべている。それに釣られて私も笑顔になる。
しばらく見つめ合った後、何を思ったのか急に悠仁は真顔になって私をじーっと見ていた。
「キス、していいか?」
「…馬鹿。そんなこと聞かずにちゃっちゃとしなさいよ」
「分かった」
悠仁の手が伸びて来て、私の肩に触れた。今から起こる出来事を想像するだけで、鼓動が跳ね上がる。
段々と近付いてくる悠仁にそっと目を閉じれば、ぎこちなくも悠仁の唇が私に触れた。
そしてすぐに唇が離れたかと思えば、耳まで真っ赤になって照れ臭そうに笑う悠仁。その姿が堪らなく愛おしく、今度は私から抱き着いた。
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