渇望
"また明日"と言われてから数日経つが、あれから悟とは会っていない。悟からの連絡もなければ、私からすることもなかった。それに私も一級呪術師であるが為に任務が少ないわけではないし、最強であり教師でもある彼の任務の数といえば有り余るほどで、スケジュールが真っ黒なことも知っている。
だから彼と会う機会もなかったし、当初よりあの日の出来事を思い出すことも少なくなっていた私は、どこか油断していたんだ。
「ねぇ硝子さん、この間の遺体の件なんですけど」
「あぁ、もう調べはついたよ。やはり呪霊の仕業で間違いないな」
「ですよね」
はぁ…と深い溜息を吐いた。
この間、調査中の近くの現場で原因不明の死を遂げた数人の人間がいた。まぁ、十中八九呪いの仕業だとは思っていたけど、念の為に硝子さんに調べて貰っていた。だからその結果を聞きに、こうして高専に訪れたのだけど。案の定、呪いの仕業だった。
今日からまた、本腰で調査頑張らないとな。もしかしたら、特級レベルの呪いかもしれないし。そう思ったら、自然と身体に緊張が走った。
「ところで、五条とはどう?最近。仲良くやってんの?」
「!ど、どどしたんですか急に」
「その反応は、もしかしなくても何かあったんだな?」
パソコンに何かを打ち込んでいた硝子さんが突然と私に振り返り、ニヤリと口角を上げた。
まさかこのタイミングで"五条"という名前を聞くとは思わず、何の心構えもしていなかった私は、その不意打ちに面食らっていた。
そんなあからさまな私の態度に、相変わらずニヤニヤしてポケットに手を突っ込みながら、私の目の前まで来た硝子さんは、追い討ちをかけるように「あったんだな?」と言った。
「べ、別に?」
「この期に及んでしらを切るつもり?名前」
じーっと全てを見透かされているような、そんな硝子さんの瞳を見ることが怖くなった私は顔を逸らし、自分でも驚くほど下手な嘘をついた。これじゃあ、肯定しているようなもんだ。
「……ありました」
「ほらね。話してみな?」
「はい。実は……」
嘘を突き通せないと思った私は抵抗することを諦め、大人しくあの日の出来事を話した。
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「なるほどね…だけど今回ばかりは、五条に同情するわ」
「へ?」
「いや、なんでもない。こっちの話」
全てを話し終えた後、硝子さんは腕を前で組みながら何やらボソっと言っていた気がするけど、声が小さくてはっきり聞こえなかった。
「いつから片想いしてんの、あんた」
「えっと……かれこれ4、5年ぐらいですかね」
「はぁ…いい大人がそんな長い間片想いを続けているなんて、信じられないな」
「ちょ、硝子さん!意地悪言わないで下さいよ」
「だったらさっさとくっつきなよ」
「え?…ええ?」
「私は報告書出しに行かないといけないから、あんたはさっさと五条の所に行きな」
"じゃあな"と言って、私を残して去ってしまった硝子さん。
何があったのかと尋ねられたから全部話したのに、小言を言われた挙げ句さっさと悟のとこに行けって、全然アドバイスになってませんよ……姉さん。
別に、アドバイス期待した訳でもないけどさぁ…。
「硝子〜、硝子いる〜?」
はぁ…と項垂れていたところで、突然と耳に流れ込んできた聞き覚えのある声。……逃げなきゃ。反射的にそんなことが頭に浮かんできた私は、慌ててドアの方へ向かうも時すでに遅し。勢いよく引かれたドアの先に、見慣れた黒い服が視界に映り込んで動けなくなった。
「……名前?」
その人が私の名前を呼んだ瞬間、呼吸が乱れ、ドクンドクンと激しく鼓動が脈打つ音がやけに耳に響いた。……どうすればいい?何を話せばいい?それすらも分からなくなった私は、この場から逃げるという選択を選んだ。
「待てよ」
だけど、悟の横を通り過ぎようとした私の腕は、見事に悟の手によって捕らわれてしまった。
「……離して」
「離すわけないでしょ。やっとお前に会えたのに」
まるで私と会うことを渇望していたかのように悟の口から零れた言葉に、抵抗する気力すらも失せてしまった。