村雨
「いつも思うけど、私必要だった?」
「うん、僕にとってはね」

 強制的に任務に同行させられた私は、無事に任務を遂行し…と言っても悟が一瞬で終わらせちゃったからほぼ見学だった。絶対に今回の任務、私は不要だった。というか毎回私はただの見学者だし、最強である彼ならどんな任務も一人で十分な筈だ。そう思って不満気に視線を送れば、悟は相変わらず何考えてるか分からない口振りで笑うだけだった。

「あ、もしもし伊地知?え、そうなの?それは仕方ないねー。はいはい、また後で」
「……伊地知さんどうかしたの?」

 まぁそれはいいとして、迎えに来てくれる筈の伊地知さんからの電話に出た悟の会話の内容に、疑問を抱いた私は問いかける。

「んーなんか少し遅れるみたい」
「なんで?」
「学長がどうのこうのって」
「そのどうのこうのの部分が聞きたいんだけど」
「しかし困ったねー。雨降ってきてんじゃん。この様子じゃ当分止みそうにもないし」
「聞いてないし…」

 具体的な説明もしてくれず、私の話も聞かずに一方的に喋り出した悟。確かに雨降ってるから、この宿泊施設の廃墟から出られないのは困るけど。
 ……伊地知さん、夜蛾学長に何か急用でも頼まれたのかな。どれくらい遅れるんだろう。任務の間は仕事モードになってたから大丈夫だったけど、こうして迎えを待ってる間は気まずいし、居心地が悪い。何故かと言ったら、ここは二階の奥にある一室だから。
 埃被ったベッドの埃を払って端の方に腰を下ろし、窓の外を眺めている悟。そんなとこ座ったら汚いよと思いつつ、その近くで突っ立っている私。
 悟とベッドがセットで揃ったら、嫌でも思い出してしまう。あの日のことを……

「立ってて辛くない?おいで」
「…ううん、大丈夫」

 ふとそんな私に気付いた悟がこちらに振り返り隣に座るよう促してきたけど、今の私はとてもじゃないけどそんな自殺行為出来ない。顔なんて茹で蛸みたいに真っ赤に染まって、心臓もバクバクと跳ね上がるに違いない。……そんなの耐えられないもん。

「別に襲ったりしないよ?」
「!」
「ぷは、何その反応。やっぱり思い出してたんだ」

 ふいに向けられた言葉に、驚いてビクッと肩を揺らしてしまった。そんなあからさまな私の態度に楽しそうに笑った悟は立ち上がり、何を思ったのか長い脚を動かしながら私の前まで来た。

「忘れるんじゃなかったの?」
「!べ、別に思い出してなんかいないけど?」
「ふーん。その割には顔真っ赤だけど」
「そ、そりゃあ誰でもそんな綺麗な顔近づけられたら、真っ赤になっちゃうでしょっ」

 あ、と思った時には既に手遅れだった。目の前の悟は、嬉しそうにニヤニヤと口元をニヤつかせている。

「そっか。僕って目隠ししててもイケメン?」
「し、知らないっ」
「そっかそっか。いやー知らなかった、名前が僕のことイケメンだと思ってくれていたなんて」
「だから知らないってば」

 恥ずかしさでプイッと顔を逸らせば、悟がそうはさせないと言うように、私の頬を片手でむにゅっと掴みながら自分の方へと無理矢理向けさせた。
 本当にやめて欲しい、こういうことするの。いくらあの瞳が隠れているからといって、好きな人にこんなことされたら嫌でも心臓が跳ね上がっちゃう。

「名前って本当に悪い子だね、僕のこと弄んでばっかり」
「は?も、弄ぶって私が?!」
「他に誰がいるの。僕にそんなこと出来るの、名前ぐらいだよ」

 そう言って軽い溜息を吐いた悟に、私の頭の中は疑問だらけだった。全くもって身に覚えがない上に、心外だ。仮に私にそんなこと出来る余裕があったとしたら、こんな何年も片想いなんてしていないし、私たちの関係に何かしら進展があった筈だ。

「意味、分かんない」
「分かんないよね、名前には。あの時だって名前が僕にだ…」

 〜〜〜♪〜〜〜♪

 悟が何か言いかけた言葉は、突如鳴り出した着信音に遮られてしまった。それに軽く舌打ちをした悟は私から手を放し、ポケットからスマホを取り出して「伊地知の奴…」とボヤきながら電話に出た。
 緊迫した状況から解放された私は、安堵からの溜息が零れた。

 悟が何を言おうとしていたのか分からなかったけど、少なくとも私にとっては都合の悪い言葉だったと思う。だから聞かなくて良かったと、この時ばかりは伊地知さんに感謝するのだった。そしてしばらくして電話を済ませた悟に「伊地知が下で待ってる」と言われ、悟と少し距離を空けながら下に降りた。