作戦
「硝子さぁん、私もうどうしたらいいのか分からないですぅ」
「どうしたんだ、名前。そんな泣きそうになって」
医務室で、私の潤いの滲むような声が響き渡った。
「もう無理なんですけどぉ〜」
あの後は散々だった。伊地知さんが居たのがまだ救いだったけど、それでも狭い空間は気まずさしかなくて悟と目を合わせられなかったし、話かけられても口籠もったり言葉を詰まらせたりで、兎に角悲惨だった。
やっぱり一緒に任務なんて行かなければ良かったと、後悔ばかりが募ってくる。一緒にパンケーキ食べた時は大丈夫だと思ったのに。
やっぱり無理なんだよ、元通りに戻るなんて。
「悟と元通りになるには、どうしたらいいんですかぁ」
「無理だな、それは」
「!!硝子さぁん」
分かりきっていたけど、それでも諦めきれなかった私は硝子さんに答えを求めるも、きっぱり否定されてしまった。
「あんた達は男女の一線を越えてしまったんだ。お互いに肌の感触も覚えてしまってる。それなのに元に戻るなんて、一度バラしてみないと無理だよ」
「う、怖い事言わないで下さいよ。でも私、シちゃった時のことあんまり覚えてなくて」
「なるほど。そうきたか」
"やっぱり五条が気の毒だ"と言った硝子さんに、私は首を傾げる。
「それにしても、一線を越えても逡巡しているあいつはヘタレの馬鹿か。やっぱり私が、人肌脱ぐしかないみたいだね」
「硝子さん…?」
「まったく、世話の焼ける二人だ」
硝子さんは寛大に溜息を吐いて何やらブツブツ言った後、どんな結論に辿り着いたのか分からないけど"今夜7時に原宿駅で待ってな"と言った。しかもお洒落して来いと。
どうしてか理由を尋ねるも教えてくれなかった為、モヤモヤしながら私はその時間まで過ごした。
**
「合コンとか聞いてないんですけど…」
「うん。だって言ってないからね」
滅多に着ない綺麗めなワンピースを着て言われた時間に原宿駅に向かえば、私服姿の硝子さんと見知らぬイケメン風な男性が二人居た。事情も知らなかった私は戸惑いながらも挨拶を軽く済ませ、前を歩く二人を見据えながら硝子さんに小声で不満をぶつけた。
「五条はね、あんたに浮いた話も何もないから安心してんの」
「ほ、ほう」
「だから五条に分からせてやるんだ。グズグズしてたら誰かに取られるぞって」
「…それで、合コン?」
「そう。これであんた達は元通りに戻るどころか、前進するはずだよ」
「でも私、どうすればいいんですか?合コンなんて初めてなんですけど」
「あんたはただ笑ってればいいよ」
そう言って楽しそうに笑う硝子さんは、普段とは違った服装だから余計に美しく、女である私から見てもうっとりしそうだった。
硝子さんのように美しくて気高かったら、悟との距離も簡単に縮められていたんだろうな。女としての差を改めて見せつけられ落胆していると、目的地であるイタリアン料理店に着いたようだった。
「「乾杯ー!」」
イタリアンってだけあって、小洒落たお店だったから綺麗めなワンピース着てきて良かったと安堵する。
そして私は下戸なのに硝子さんに勝手にワインを頼まれ、各々持ったグラスを交わして控えめに乾杯をし、ワインを一口含んで顔を歪めそうになった。
(マズ…あぁ、来たばっかなのにもう帰りたい)
「名前さん、でしたよね?」
「は、はい」
「唐突なんですけど、本当に彼氏居ないんですか?」
「え?あ、はい。居ませんけど…」
そんなこと考えていると、目の前の男性が急に話しかけてきて狼狽える。ふと硝子さんに振り返ってみれば、硝子さんは硝子さんで対面の男性と談笑していた。
「良かった。僕、名前さんみたいな人がタイプなんですよね。正直合コンってあんま期待してなかったんですけど、二人共美人で驚きました」
「あ、えっと…ありがとうございます」
褒め慣れない私は美人と褒められたことが素直に嬉しくて、照れたように笑みを浮かべた。
「この後、二人だけで飲みに行きませんか?」
「え?でも…」
「めっちゃ雰囲気のいいバーが近くにあるんですよ。行きましょう」
「駄目に決まってんだろ」
たじろぐ程の勢いで言ってくる彼に戸惑っていると、横から聞き慣れた声が耳に流れ込んできて振り返った。
「……悟」
そこには目隠しではなくサングラスをつけた、私服姿の悟が立っていた。
「遅かったな、五条」
「わざわざ嫌がらせをどうも、硝子」
それに気付いた硝子さんの、あたかも悟がここに来ることを知っていたような口振りに驚いていると、悟が私の背中を抱いて「こいつは僕のなんで」と、口説いてきていた男性に向かって言い放った。
「行くよ、名前」
「え?ちょ、悟?」
無理矢理席から立たされたかと思えば、腕を引かれてそのまま店を後にした。