2018/01/14
ある歴史書に関する報告・二
主、死んだらいけん。
そう青年が私の手を勢いよくひいた。
「ワシらが、ワシらが主を守っちゃる。やき、死んだらいけん」
その声に、視界は桜吹雪に包まれた。
「目が覚めたかね」
そんな声にゆっくりとそちらを見る。白い軍服のような服を着た男性が椅子にかけていた。
「具合は?」
「おいしゃ、さん、ですか?」
「あぁ」
「おかね、ないから、」
「それは気にするな。具合は?」
そうもう一度聞いた彼は慣れたように体温計を私に当てる。
「体、おもいです」
「まだ熱が高いな……もうしばらく眠るといい。だが、刀は離しなさい。危ない」
そう注意した彼に小さく首をかしげる。彼は私の手元を指差した。そこにはたしかに刀があった。
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「孤児?」
「ま、政府の管轄で謎の孤児院があるんだよ。アイツはそこの奴だ。見たところ、追い出されたみたいだがな」
そう告げた按司に私達は眉尻を下げた。佐藤さんと森先生が慌てたように連れ帰ってきた少女に関する按司の調べである。
「追い出された?」
「時たまにある。追い出された奴は行方不明、死亡、エクセトラ。黒い噂が絶えない孤児院なんだよ。その点アイツは運がいい。死ぬ前に拾われたからな」
「でも、命の瀬戸際なんだろ?」
棋院の言葉通り、彼女は命の瀬戸際にいる。高熱を発して帰って来た彼女の意識はなく、森先生がつきっきりで見ているぐらいだ。
「処置されるのとされないのではかなり違うだろ?」
按司の言葉は確かだ。それでも。ガチャリ、と扉をあけて入って来たのは館長である。館長は「孤児院と知り合いに連絡をした」と言って椅子に腰掛けた。
「孤児院はなんて?」
「もう一度施設に帰してほしい、あれは言葉の綾だった、だそうだ」
「そりゃあ嘘だな」
そう按司はタバコに火をつける。
「帰せばアイツは殺されるぜ?なんせ、なんらか政府に不必要なことをやらかしちまったから追い出されてんだ」
「知り合いも同じことを言っていたよ。だから、差し出すつもりはない」
そう告げた館長に館長と共に入ってきた猫が口を開く。
「まさか、図書館に置く気か?」
「なんらかの理由を楯に彼女を置けないか?」
「ほとんど不可能だ。あの娘が特務司書の資質があればにゃんとかにゃる可能性はあるが」
「だが、図書館は法によって政府の干渉は受けてはならないだろう?」
「それだけでは弱い」
「ほー?素質があればいいんだな?」
そうニヤリと笑った按司はその場から消える。私達は顔を見合わせた。
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按司が引きずるように連れてきたのはその子だ。意識がまたはっきりとしていないんだろう。佐藤さんたちが「按司!」と怒ったように告げた。按司はソファにその子を座らせると有魂書を取り出す。彼女はどろりとした辛そうな目で按司を見た。
「……?」
「持て」
彼女は言われた通りにそれを持つ。どうにかしろ、いきたければな、と言い放った按司はソファに座った。彼女は眠るためにか緩やかに目を伏せ始める。しかし、それを按司は許さない。彼女は本を見つめると、斜め上を見た。そしてまた手元の本を見る。そしてゆるりと目を伏せた。
「めざ、む、……?」
彼女が何か言葉を紡ぎかけた。その瞬間、一瞬ではあるが本に暖かな青い光が灯る。当たりだ、と誰もが思った。それは普通の人に起こりうる反応ではない。館長が猫を見る。
「反応があるなら異論はないな?」
「にゃい。政府に報告するとしよう」
「彼女を医務室に運んできます」
「待て」
そう立ち上がりかけた棋院を止めたのは按司だ。
「もういいだろ?彼女は病人だぞ?」
「何か反応してる」
按司の言葉に私達はもう一度彼女をみた。彼女の本は点滅するように光を灯す。彼女が目をゆっくりと開いて虚空を見た。そして、しっかりとした言葉で口を開く。
「眼ざむるや、さやかにそれとわきがたき、ゆめに疲れし夏のしののめ」
その言葉とともに本が眩い光を発し、ページが捲れ出した。パラパラと風に捲られているかのように。しかし、それはある程度いくと止まり、今度は文字が宙に人の形を作り出す。緩やかに、ただ、しっかりと。人の形を象ったそれは、ひとひらの桜の花びらが落ちたことで目をゆっくりと開いた。
――あり得ない。
誰しもが思っただろう。文豪がいない状態で、誰かを連れてくるなんて。
「ぼく、す、さ、」
「お前さんの頼みなら、仕方ねぇなぁ」
そう現れた人物は彼女を見た。目に優しさを滲ませて。彼女はそれを見て緩やかに笑うと彼に倒れこむ。おい!と慌てた彼は彼女に触れたんだろう。
「すごい熱じゃねぇか。医務室は?そもそも何でこんな状態で触らせたんだ」
「説明は医務室に運んでからにしよう。貴方の名は?」
「俺の名は若山牧水」
若山牧水。それは、確か。
「禁書目録の歌人かよ」
「そうだろうなぁ」
彼は彼女を担ぐと扉を開いた。
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この図書館には8冊の禁書があった。そのうち二つは、最近禁書が解かれたため――森鴎外と佐藤春夫という人物を呼ぶことができた。一部が侵食されてしまった彼らの記憶は一部がない、とは誰の言葉だったか。目の前にいる彼もまた禁書目録にいる一人だ。指定されたままこちらに来た彼は恐らくなにかを知っているんだろうか。
「ナマエ、あんまり寝てっと肥えるぞ」
「はんろんできない、けど、はらたつ!」
そうポスポスと牧水さんを叩いた彼女は少し元気になった。まだ医務室暮らしをするようにと宣言されているけれど。まだ不安定、とは、森先生の言葉である。元気なように見えるが、いきなり眠ってしまうことがあるらしい。今もいきなりふらりと眠りに入ってしまったようで、牧水さんにもたれかかるように眠った。書類にペンを走らせていた森先生がそれに気づいたらしい。
「また眠ったか」
「あぁ」
「これ、どういうことなんですか?」
そう首を傾げる。森先生は「難しい診断だな」と呟いた。
「一番近いものを表すとすれば、ナルコプレシーかもしれんが……少し違うのでな」
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夢を見た。顔は見えない。ただ、その人は「春夫さん」と俺を呼ぶ。細く白い女の手が顔をなぞる。忘れたくない、と口は動いた。共に消えてやる、とも。その女は微笑むと桜の花びらを残して消えた。
「佐藤先生、お昼寝ですか?」
そう首を傾げたのは件の少女である。未だに病床にいる彼女であるが、たまにこうして外に出る。恐らくは若山牧水が石川啄木であったり北原白秋に呼ばれ、一人になったからやってくるのだろう。偶に廊下で寝こけて発見されるため、俺たちは気が気ではないのだが。
「また抜け出したのか」
「話し相手も読む本もないので」
「森先生は?」
「棋院さんに呼ばれて出かけました。本をとれば帰ります」
そう言った彼女は俺から本棚に目を移す。横顔。さらりと髪が落ちる。白い肌。細い腕が洋服の袖から覗く。その姿は夢に見た女と似ている気がした。彼女の方が幾分か幼いが。
「佐藤さん?どうしたんですか?」
「ナマエの母親はどんな人だったんだ?」
「わかりません。覚えてないんです。気づいたらそこにいたので。施設の先生には死んだと言われました」
母親にあったのだろうか、と思ったが違うらしい。
「今まで、何処かであったことがあるか?」
そう尋ねた俺に、彼女は座る俺を見下ろした。青い瞳が俺を捉える。
「会ったこと、あるじゃないですか」
彼女はそう言って口元に笑みを浮かべた。その姿は、やはりあの女と似ている。彼女はあの女なのだろうか。その問いを続けようとするが、彼女は可笑しそうに笑う。
「インク屋さんで」
「……あぁ、そうだな」
「期待していた答えと違いましたか?」
そうクスクスと笑った彼女はどこか艶めかしく、少女と言えども女だなと思う。
「いや……本は決まったか?」
「探してる本がないんですよね」
「探してる本?」
「タイトルは――」
何かを紡ぎかけた彼女はぐらりと体のバランスを失う。その姿は、やはり見覚えがある。彼女が倒れこむその姿が。
「苗字!!」
そう叫んだ多喜二が彼女を支えた。地面にぶつかる寸前、彼女は糸が切れた人形のように地に足をつけていた。ハッとして、彼女と多喜二による。
「悪い、俺が付いていたのに」
「アンタは座ってたから仕方がないさ。俺の方が近かったしな」
そう言って多喜二は彼女を抱え上げた。
「林太郎先生を頼む」
「あぁ、わかった」
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