2018/01/15
ある歴史書に関する報告・三
水辺に座る夢を見る。浸り、とつけた足は冷たい。最近夢によく現れる青年達や子供はいなかった。水辺の奥には青い炎を灯した化け物がいた。彼らはただ私を見つめる。
「人の子、神の子」
「半分」
「半分だから消えていない」
そんな会話が聞こえてくる。ガチャリガチャリと鎧を揺らし彼らはこちらに近づいてくる。
「我ら、歴史、正す」
「責務」
「我ら、責務、難しい」
「昔、まだ、簡単」
「力、均衡」
「今は崩壊」
よくわからない話だ。一番人の言葉を話していた武者姿の化け物がこちらに近づく。どうせ夢だからと彼を見つめていれば彼は私の視界に合わせて屈んだ。
「半分の子や」
「私のことですか?」
「さよう、汝のことよ。半分であるがためにどちらにもつかず、こうして二つの世界を行き来している」
「よくわかりません。貴方は?」
「わたしには名などない。ただ、存在するものなり」
そう告げた彼は立ち上がりとなりに座る。
「汝は歴史が好きか」
「あまり」
「何故。過去がなければ未来はあるまい」
「教えられた歴史が正しい気がしなくて」
そう答えれば、彼はわらったようだった。化け物であるからよくわからないが。
「今の歴史は間違いよ」
「間違い?」
「昔、のことでも、今、のことでもある。歴史を変えたいもの、歴史を守りたいものの戦がおきた」
そう告げた彼は足で水面を揺らす。
「池田屋、関ヶ原、江戸、阿津賀志山、歴史のかなめの地にて、静かに、秘密裏に。その戦いで歴史が変わってしまったのだ」
「守りたい人が負けたんですか」
「技術は守りたいものの方が高かったと思うが、数は逆であったのだ。最初は拮抗、しかし、平行に見えたその片方は緩やかに下った。長い戦いの末、守りたいものは負けてしまったのだ」
「貴方は守りたいもの?」
「いいや、我らは違う。我らは正したいものだ。双方と争っていたが、今や歴史を変えるものを止めているのは我らなのだ。しかし、それでもゆるかに歴史はかわっている。お前が生きる『今』でさえ、誰かには過去であり、誰かには変えたいものなのだ」
「誰かがいなくなってしまうってこと?」
「そうであればどれだけいいか」
そう告げた彼はわたしを見る。
「次に狙うのはお前だ」
「私?」
「お前は脅威になりうるのだ。あいつらにとって。だから、お前のものであった刀剣達は皆お前を神域に連れて行こうとしている」
「とうけ、?」
首を傾げた私に彼は虚空を見た。
「わからぬか。悲しい事だな。覚えているのはみな我らのみ。まぁ、よい。お前は戦わなければならぬ。今を守るために、刃を向けなければならぬ。敵は本能でわかるだろう。我らは今を生きるお前を、今を生きるお前を守る刀剣を敵とはしない。それが歴史を正すことにつながるからだ」
「刃を向けるって言ったってどうやって?」
彼はそういうと、また、私を見る。
「言葉を覚えろ。あはりや、あそばすともうさぬ、あさくらに九十九乃神よ降りましませ」
「あはりや……?」
「あそばすともうさぬ」
「あそばすともうさぬ」
「あさくらに」
「あさくらに」
「つくものかみよ」
「つくものかみよ」
「おりましませ」
「おりましませ……あはりや、あそばすともうさぬ、あさくらに、つくものかみよ、降りましませ」
「それでいい」
ぽん、と私の頭を撫でた彼は立ち上がる。水面が揺れる。そこに現れたのは、男性だった。スーツをきた。私は顔をはねあげる。そこにいたのは水面に映っていた男性だ。青い瞳に優しさをにじませて、わたしを見る。
「おまえはどうかいきのびてくれ、いとしいわがこよ」
ザブン、と水に足が沈み、私が水面に落ちる。目が開けていられなくて目を伏せてしまった。
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パチリ、と目を覚ました時、いつもの医務室だった。しかし、何処か慌ただしい。怪我をした文豪達が森先生や司書達の手当てをしている。
「良かった、目が覚めたんだな」
そう告げた館長さんに、現実感がまるでない私は彼を見た。
「どうしたんですか、」
「君が気にすることじゃない」
「でも……牧水さんは?」
「大丈夫だ」
そう話を切り上げた彼は喧騒にのまれていく。ざわり、とおこったむなさわぎに、手は何かを探すが、何もない。落ち着かない。
「もしかしたら」
夢であった人物の言葉が頭をよぎる。目の前にいた按司さんがこちらを見た。
「何かかころあたりがあるのか」
「私、狙ってるのかも、」
その言葉にその近くにいた人達は私を見る。同情が敵意に変わる瞬間を、初めて見た気がした。
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「ナマエ、いるか!」
ジリジリと追い詰められたそこに現れたのは、刀を抱いた牧水さんと啄木さんだった。最近、目が醒めると増えているそれは館長が管理していてくれたものである。ひとをかきわけて、牧水さんは目線を合わせた。
「ナマエ、おろせるか?」
「おろす?」
「アレは俺たちじゃ立ち向かえねぇ。ナマエの力がいる」
まっすぐな目で見られても、困るのだ。どうしたらいいか、わからないのだから。はらり、と牧水さんのバンダナが落ちる。つう、とインクの匂いがした血が流れる。
「ぼくすいさ、」
「俺は大丈夫だ、な?」
彼の差し出した刀を抱きしめる。桜の香りがして、夢に見た青年がこちらを見た。
「主、緊急事態じゃ。ワシをよきとうせ」
「どうすれば、いいの」
「言葉にワシの名をのせるんじゃ。繰り返してみぃ。あはりや」
「あはりや……?」
それは夢で聞いた言葉と同じだった。だから、私は続きを知る。
「あそばすともうさぬ、あさくらに、つくものかみよ、おりましませ」
そして、私は彼の名を知っている。
「陸奥守吉行、おりしましませ」
その瞬間、桜吹雪がおこる。桜の花びらは人を形作り、ひとひらの花びらが舞い落ちるとともに彼は目を開くと私に目線を合わせた。
「主、よく覚えちょった。ワシは陸奥守吉行じゃ。今度こそ、一緒に世界を掴むぜよ」
そう優しく頭を撫でた陸奥守は、牧水さんを見る。
「牧水、待たせちゅう。後はワシに任せぇ」
「……お前さん一人で大丈夫か?」
「伊達に『かんすと』やないき、大丈夫、と言いたいとこやが……これはちっと骨が折れそうやき」
「手伝うか?」
「おんしは主といとうせ」
そんな会話に私はもう一度呆気にとられている啄木さんが抱えている刀を見た。
「あはりや、あそばすともうさぬ、あさくらに、薬研藤四郎、愛染国俊、にっかり青江、乱藤四郎、堀川国広、おりましませ」
もう一度、桜が吹雪いた。
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