2018/01/15

ある歴史書に関する報告・四


そう言うことか。
小さくぼやいた按司に、私は彼を見た。桜吹雪、急に現れた人。その非日常に、私たちが呆気にとられているうちに、である。一般職員に詰め寄られていたあの子を眺めていた按司だけれど、何か面白いものを見つけた子供のようにニヤリと笑った。私たちをおいて、現れた彼らが外にかけていく。制止もない。彼らを見送るしかできない私たちに、館長も猫も何か考えているようだった。そんな静寂を切り裂くように、彼女が口を開く。
「ぼくすいさん、」
その声は震えていた。牧水さんが、彼女の頭をぽん、と叩く。
「俺はお前さんの味方だ」

しばらくして、脅威が消え去ったらしい。無傷で戻ってきた青年達は、彼女の元にやってくる。しかし、その瞬間、彼女は人形のように倒れ込み――六人のうち、青年だけが残った。
「よう頑張った、ゆっくり休んとうせ」
「陸奥守、後でいっぱいどうだ?再会を祝して。まぁ、俺とお前さんしかいないが」
「……そういうことやったがか」
周りを見て彼は少し悔しさを滲ませるようにそう告げた。ちらり、と、佐藤さんを見て、もう一度目を伏せる。
「主の味方は、おんしだけのようじゃな。みんな主を怖がっちゅう。按司と館長以外は、じゃけんど」
そう名指しされた按司は愉しそうに口を開いた。
「光栄だな、あんた達みたいな存在に名を知られてるとは。だが、あんた達は『お話上』消えたはずだろ?」
「按司くん、読んだのか?」
「噂で聞いたまでですよ、館長。この図書館には、八冊の禁書、そして一冊の嘘か真かわからない歴史書があるってな」
「八冊の禁書?」
「そこにいる若山牧水、図書館にはまだいない菊池寛、正岡子規、井伏鱒二、徳永直、幸田露伴」
「寛がいないと思ったらそういうことだったのか……でも、六冊じゃないのかい?」
芥川さんの言葉に、館長が口を開く。
「いや、たしかに八冊だ。そこには元々二冊の本が入っていた」
「佐藤春夫、森鴎外。二人は元は禁書側だ。しかし、にゃぜかはわからニャいが、その二人に関しては禁書が解かれた」
「猫も知らないのか?政府の役人なんだろう?」
「禁書と定めたのはほかの部署だ。関わらにゃい。だが、コレが面白い仮定をつけた」
そう猫は館長を尻尾で叩く。
「その八冊の作家は、どの段階かでその歴史書に関わったのではニャいか。そして、禁を解かれた二人は関わっていた部分が侵食され記憶がにゃいのではにゃいか、と」
「歴史書には何が書いてある?」
「今の歴史と些細な部分が違う歴史だ。流れは変わらない。だが、人の生死の時間がずれたり、現実で起こらなかったことが書かれていたり、現実で起こったことが書かれていたりする。話の筋としては成り立つんだ。いや、歴史書の方が、綺麗に流れているように思う」
「誰かの空想じゃないの?」
「そうとも言えない。何故ならその歴史書の最後にはこう記されているんだ」
「――歴史を守るものが、歴史を変えたいものに敗北した。歴史が変わってしまう。だから、正しい歴史を館長に頼んでここに封じさせてもらう。いつか、必要となる時が来るために」
そう告げたのは青年だ。彼は目を伏せて自嘲したような笑みを浮かべた。
「主が最後に書いた言葉じゃ。そこにあったんじゃなぁ」
そう彼は目を伏せる。
「ワシは、その歴史を守るもの、の一人やったき。負けて、鉄くずになりかけたんやが、主が護ってくれたんじゃ。館長の推測は正しいぜよ」
そういった彼は牧水さんを見る。牧水さんも何も言わない。
「その八人は、歴史書を書いた主の助手じゃった。佐藤と森せんせは忘れちょるようやが。主は歴史を守る傍、司書をしちょったんじゃ」
「俺の記憶じゃ司書は六人だからな。来た時三人しかいないって聞いて驚いたぜ」
そう牧水さんは酒を口に含む。
「五人?」
「棋院、按司、立川、菜乃花」
「まってくれ、菜乃花だって?」
「おー、館長の姪っ子じゃな。試験の日に悪戯してのぅ、反応がでたき、仕方なくやったが」
「後一人は?」
「後一人はナマエだ。陸奥守の主でもある、な。で、ナマエがその歴史書を書いた。消える前にな」
「どういうことだい?それではまるで――」
「説明は難しいだよ、俺は小説家じゃないからな」
「主は歴史を守るモノ、やき、歴史を変えるものには邪魔じゃった。だから、その役職ごと歴史を変えるものはなくした。そうすると、主の人生は大きく崩れる。主の母親は同じ役職やったき」
「じゃあその子の存在さえも危ういはずじゃないのか?母親が死ねば、その子は生まれないだろう?」
「主はワシらのような人やない存在と人の子じゃ。やき、中途半端に主という存在が残された」
「ああ、なるほどな、あの孤児院はそういう奴の集まりってわけか。将来反逆者になりうる可能性があるから、監視するし危険なら殺す算段ってわけだな」
「なら、あの子がここに来たのは必然というわけか」
「ひつぜん、ですか?」
「だって、そうだろう?歴史書だって大筋は変わらないということは、何処かでつじつま合わせが発生しているんだ。だから、彼女がいまここにいることは何か辻褄合わせがあるんだと思うよ。図書館に連れて来たのは佐藤くんだし、よく面倒を見ているのは森先生だ。若山さんと違って記憶はないみたいだけど」
「二人はかわんねぇから安心しろ。司書の頼れる男一位に俺がくるだけだ」
「なんだそれ」
「……忘れた二人を責めることはワシにはできん。歴史が変わった今、二人は正しい歴史の道を歩んだ、それだけやき」
青年はそう言って目を伏せた。
「ワシは主の居場所を守る」
「タチ悪い交換条件だな。ここで歴史改変を起こさせない代わりに、狙われているそいつをおけと?」
「……わかった。彼女は図書館で預かろう」
館長はそうまっすぐに見た。
「彼女に特務司書の力があるのは確かだ。俺たちには文学を守る責務がある。それには人手が必要であるし、その子の書いた本も守る対象であることには違いない。よろしく頼む」
そう頭を下げた館長に、青年は嬉しそうに笑う。
「おんしはまっこといい男じゃ。ワシは陸奥守吉行。元坂本龍馬の、今は主の愛刀じゃ」



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