2018/09/01
↓改変
苗字ナマエという人は物書きだ。スラスラと綴られる言葉は美しく、文豪という人がもしこの世界に現れるのであれば彼女はその一人にきっと数えられるに違いない。有名な作家ではあるが、気まぐれにしか作品を出さない彼女は元攘夷志士である。
**
「いやもう無理、私辰馬くんツボなんだわ」
そうケラケラ笑って辰馬に絡みに行ったナマエが珍しいのか鬼兵隊や他がキョトンとする。でたよ、ナマエの坂本推し、とぼやけば近くにいた他が「坂本……推し?」と首を傾げた。
「そ、ナマエは坂本推し」
「え?鬼兵隊にいるのに坂本さん推しなんですか?え?高杉さんじゃなく?」
「なーんか、知らないけど、坂本はナマエのツボに入ってるみたいなんだよね。私もなんで鬼兵隊にいるかわからないから本人にきいたらさぁ、成り行きって笑顔で言われたよね」
そう言えば新八くんがそれでいいのか!と突っ込んだ。鬼兵隊のまた子ちゃんはそんなはずは……!と言っているけども、万斉は知ってるのだろう。肩をすくめるだけだ。高杉は高みの見物だけど。
「でもまぁ、ナマエは坂本にあって変わったよ」
「ほぅ、あの二人元は恋仲でござるか?」
「知らない。多分違うんじゃない?高杉知ってる?」
「しらねぇな」
涼しい顔してそう言った高杉は煙管を片手に告げる。
「まぁ、アイツの表を形作ったのは坂本だろうな。鬼兵隊は本性だ。取り繕ってもボロが出ちまうから向こうにはいないんだろうよ」
その言葉に、万斉は納得したのか、あぁ、と告げる。私はなんとも言えなくて肩をすくめた。
苗字ナマエという人物は前世という場所からずっと忍であったことは覚えている。この世界で初めて会った時、あの子は私達の家の前で血みどろで倒れていたのだ。それを救った私達と行動を共にし、あの塾にまで来ていたあの子はただただ淡々としていたのを思い出す。ただただ淡々としていてーーお嬢様お坊ちゃんの二人とは相性が良かったと。それが、たしかに坂本に出会って変わった。何考えてんのかわかんねぇとそれまであまり好んで接触しなかった銀時もこの頃からよく接触していた気がする。
「しっかし、久しぶりじゃあ。攘夷戦争以来じゃの!」
そうケラケラと笑った坂本に、私は固まる。会ってなかった、だと。そうだね、と穏やかに笑ってみせたナマエは辰馬くんの噂はかねがね聞いてるよ、と笑った。
==
原作からかけ離れている今である。ナマエが珍しく嫌そうな顔をした。一瞬だけ。目の前に現れたのが服部全蔵とさっちゃんである。どうやらこの件では幕府の忍も動いていたらしい。それは向こうも気づいたんだろう。両者を紹介した新八くんは首を傾げたが両者は淡々とーーいや、二人が警戒しているだけだ。
「これはこれは、まさか、高名高い作家の苗字ナマエ先生が貴方だとは」
「あぁ、どうも、はじめまして」
「ほんとね、」
にこり、と笑ってみせたナマエに二人はにこりと笑う。しかしまぁ、それは瞬時に殺伐とした雰囲気へと変化したのだけど。投げられた苦無、手裏剣にナマエは新八くんの木刀を奪って弾いた。
「まさか鬼兵隊にいるとはねぇ、通りで鬼兵隊だけ放った隠密が帰ってこねぇわけだ」
「なんのことかな?」
「とぼけないでくれる?」
「あぁ、もしかして、君たちのお仲間だった彼らのことかい?ごめんね、彼らなら利用させてもらったよ。ありがとう、新八くん、返すよ」
そう木刀を新八くんに返したナマエはまた淡々と彼らを見る。
「君たちがいるということは、君たちは何か知ってるってことか。この件の首謀者は幕府かな?」
「まさか。逆にアンタがいるんだ。アンタが何かやったんじゃないのか?」
「君、まさか本気でそう思ってるのかい?心外だなぁ」
ケラケラと笑ったナマエは髪をかきあげる。
「私ならもっと上手くやる。さっさと失せろ、幕府の犬め。せっかく気分が良かったのに、台無しだ」
「お〜こえ〜、そういうアンタは公家の犬だったはずだろ」
サラリと告げられた事実に周りはピシリとナマエをみる。鬼兵隊も知らなかったらしい。ナマエは逆にキョトンとした。
「なにそれ、まだ幕府ではそういうことになってるの?」
「まだなってる?なによ、それ」
「あぁ、いや、それね、辞めたんだ。何年前になるかな、いや、十数年前か。君たちは知らないのか。あぁ、なら悪いことをしてしまったね」
「ナマエ、なにそれ初耳なんだけど、色々と。てか、鬼兵隊もそのこと知らなかったんじゃないの?めちゃくちゃびっくりしてるよ、鬼兵隊さん、驚いてるよ」
「あらほんと」
「あらほんと、じゃないですよ!!!めちゃくちゃ重要なことじゃないんですか!!!」
新八くんのツッコミに彼女はケラケラと笑う。
「というか、全蔵さん達と知り合いってことは……」
「こう見えて元は忍者だねぇ」
「だからのほほんしていうことじゃないだろ!!!」
==ネタがつかめぬ
「そういや、お前らのもう一人どうしたんだ」
そう言った銀時に、周りは首をかしげる。もう一人とはもしかしなくてもナマエのことだろうか、と思っていれば銀時が口を開く。
「このかしまし娘、元は三人組なんだよ」
「へぇ、もう一人はどんな方なんですか?」
「作家さんだよ」
ホワホワと告げた百合ちゃんに、万屋が目を瞬いた。
「作家さん、ですか?」
「何アイツ、そんなことしてるわけ?ラノベか?今流行りのラノベ作家か?」
「どんな作品を書かれる方何ですか?」
「あれ?知らない?苗字ナマエっていう作家」
新八くんが固まる。対象的だなぁ、と思うのは後の二人が意味をわかっていないだろうからだ。
「なんだ、新八、知ってんのか?」
その言葉に、新八くんが叫んだのはすぐのことだ。
=
「くしゅん」
小さなくしゃみがでる。向いた視線に、気にしないでと手を振れば会話はまた続いていく。風邪ではないことを考えると、恐らくは誰かが噂をしているんだろう。ぼうっとしていれば話がまとまったらしい。側で涼しい顔をしていた晋助くんが煙管を取り出した。
「風邪か?」
「まさか。誰かが噂してるんじゃない?」
そう肩を小さくすくめる。私が風邪をひくと思う?と聞けば、バカじゃないんだからひくんじゃねぇかと言われた。
「どうせ雪見だとか言って薄着で外見てたんだろ」
「その言葉バットで打ち返すよ。晋助くんの方が薄着なんだから」
そういえば煙管でコツンと頭を叩かれた。心配を心配で返すんじゃねぇと言った彼に珍しくデレた、といえば本気で殴られる。痛い。
「この馬鹿の風邪が悪化する前に部屋に閉じ込めとけ」
==覚えてる人、覚えてない人
「あぁ、ナマエ、覚えてないから」
教師となったその人の背後から声をかける。転校生としてやってきた私達、欠けてしまったもう一人。振り向いた銀時に、わかってるでしょ?と首を傾げた。
「このクラスに入れる条件、みたいなもの」
「まぁな、わかっちゃいたけどよ。じゃあ、なんだ、アイツだけ他のクラスなのか」
そう頭をかいた銀時に、そうだね、と頷く。
「高杉一派に釘を刺しておくかね、後教師陣と」
==
仲間はずれ、と嘆こうと定員の問題だと言われて仕舞えば仕方ない。一緒に帰ったりしようとか言ってたものの友人達はまた違う友人達と集まるようになり、私にはそのクラスには近づくなだなんて言われてしまったが故いわゆるぼっちである。だからこそ数学の学科教室というか、そこに入り浸っているのだけども。坂本先生は優しい先生だ。私を気にかけてくれるし、部屋にいようが入り浸ろうが怒りなんてしない。たまにお菓子とかをわけてくれるし勉強も教えてくれる。
「坂本先生は優しいなぁ」
数学の参考書を眺めながらそういえば採点しているらしい坂本先生がこちらを見た。
「どした、急に」
「坂本先生がいなかったら私多分不登校になってる気がする」
へらりと笑ってそういえば、彼は目を瞬いた。
「坂本せんせみたいな人と結婚したいなぁ」
ポツリ、とこぼした言葉は何気なくだ。本気じゃない。生徒と先生、その線引きはきちんとある。恐らくこれはただの憧れからの気持ちだ。だというのに。手元からペンを落とした彼に首をかしげる。動きを止めた彼に、なんだ?と思いながらもう一度声をかける。
「坂本せんせ?」
「……あぁ、すまんのぅ。ナマエが変なこと言い出すさかいに、驚いただけじゃ。大人をからかうもんじゃなか」
そう答えた彼はワシワシと私の頭を撫でた。その手がどこか懐かしくって見上げる。嬉しいなぁ、と笑いながら彼を見れば、あぁ、いかん、と呟いた彼は片手で自分の顔を覆った。鳴り響くチャイムの音。ハッとしたように手を離した彼は口を開いた。
「苗字、下校時間ぜよ。また明日、」
「はい」
大人しくそう返事をして荷物を片付ける。そのまま、先生また明日、と言えば彼はひらりと手を振った。
==
ナマエ、と手を掴んだ彼は「はじめまして」である。本屋だ。CDショップと併設しているそこで本を選んでいたら手を引かれた。知り合いだろうか、と思いはしたけれどもこんな特徴的な外観なれば覚えていそうな気がする。しかしながらよくよく見れば制服は同じ学校だ。
「えーと、はじめまして?」
そう小首を傾げたら、彼は動揺した。あぁ、この表情は知っているぞ。あの二人が初めて会った時見せた表情である。傷ついたような、泣きそうな。覚えてないの?と絶望したような顔で記憶の中の幼いあの二人が告げる。だから、私はその記憶に弁明するように口を開く。
「ごめん、傷つけるつもりはなくって……」
「なら、」
「……でも、ごめん、ごめんなさい、覚えてないよ、私は何にも覚えてないよ」
そういえば、緩やかに手を離される。そう、でござるか、と小さく呟いた彼はそのまま言葉を続けた。
「その制服、同じ高校でござるな。拙者は三年Z組の河上万斉でござる」
「Z組?百合ちゃんや駱駝と同じクラス?」
「……そうなる、でござるな」
「あっちゃー、駱駝にあんまり関わるなとか近づいちゃダメって言われてたんだけど……まぁ、いいや、知り合ったものは仕方ないよね。私は三年A組の苗字ナマエ」
「A組、か……遠いな。まぁ、いい、ナマエ、ライン交換しても?」
「いいよ、でも、内緒にしててね、駱駝怒ると怖いんだぁ」
「わかった」
そう言いつつラインを交換する。よし、転校先ではじめての友人ゲットだぜ。
「よろしくね、河上くん」
「万斉でいいでござるよ、ナマエ」
==
「なんじゃあ、苗字、最近機嫌がええのぅ。友垣でもできたやが?」
「できた」
「ほぅ、何組の誰じゃ?」
「Z組の河上万斉くん」
「苗字、そいつはあかん。やめとけやめとけ」
どことなく真面目に告げた坂本先生に首をかしげる。
「河上万斉はこの高校きっての不良の一人じゃあ。真面目な苗字に釣り合わん。偶にストリートライブとか称して廊下で騒音たてとうよ。きっと遊ばれてるだけやき」
「え?そうなの?優しいですよ、偶にお菓子くれたりする」
「ほぅら、騙されちょる」
ツンと額を小突いた坂本先生に、額をさする。良い人なんだけどなぁ、と言葉をこぼした。
「Z組に足をはこんだやが?」
「ううん、場所知らないからなぁ。学校では向こうから来てくれるし」
そう言ってクルリとペンをまわす。そんな会話の中、鳴り響いたノックの音に坂本先生は取り込み中じゃあ、あとにしてくれ、と返事をする。ちなみに先生は雑誌をめくってるだけである。そんな言葉を無視するように容赦無く開いた扉の先にいたのは万斉くんだ。彼は私を見下ろした。
「ナマエ、クラスにいないと思えばこんなところに」
「噂をすればなんとやら。万斉くん、よくわかったね」
「……声が聞こえたでござるからな。今日は約束してたのを忘れてるか」
やれやれという風に肩をすくめた彼にあぁそういえば穴場の本屋さんを教えてくれると言っていたなと思い出す。
「ごめん、今、準備す、る!?」
突如大音量で耳元で鳴る音楽に目を白黒させる。なんだ、と思えば万斉くんのヘッドフォンをつけられたらしい。聞こえてくるのはこの前彼に勧められた曲だ。
チラリと彼を見上げれば、坂本先生と話しているらしい。しかしまぁ機嫌があまりよろしくなさそうな感じだ。坂本先生を見れば笑ってはいるけれど、ギスギスしたようなピリピリしたような雰囲気である。あまり好きではない雰囲気だ。すっとヘッドフォンを固定する万斉くんの手に手を重ねる。行かないの、本屋さん、と彼を伺いながら首を傾げれば彼は私を見下ろした。そしてゆっくりと爆音ヘッドフォンが外される。鋭かった目に優しさが滲んでそこではじめて彼は声を発した。
「……行くでござる。そもそも、約束を忘れたのはナマエでござろう?」
「ごめんごめん、いつも放課後は先生のとこに行ってるから癖で。じゃあね、坂本せんせ、また明日」
荷物を詰め込んでいつものようにそういえば坂本先生もいつものように手を振った。
==
夢を見る。誰かが死んでしまう夢を見る。そして誰かを庇った夢を見る。そして、目がさめた。ドクドクとなる心臓に息を吐く。あれは夢だ。でも、誰が死んだかなんてわからない。全部黒塗りの夢だ。しかし、何故か誰かは死んだとはわかる夢だったし、自分も死んでしまう夢だった。二人は最近他の人と登校するため私は一人で登校するのが常だ。いつも通り制服をきて登校する。苗字さん、顔色悪いよ、だなんて言ったクラスメイトに大丈夫と笑った。
昼休みである。とりあえず坂本先生のところに行くかな、と思っていた、ら、見かけた万斉くんに足を止める。彼の周りにいる人は知らない人だ。そして距離を取られているのを見るに、坂本先生が不良グループの一員云々と言っていたを思い出した。
ーーでも、おかしなことに彼らを知っている気もする。気持ちが悪くなって頭がクラクラする。周りの音が遠くなり、黒塗りだった夢の一部が鮮明になりだす。人を避けるように廊下の端に寄って頭を抱える。頭がガンガンと痛んだ。それに比例してさらに音が遠くなるというのに、誰かの足音だけがやけに聞こえた。早足の。前も一度こうなった。転校してきた当初だ。なんとも言えない不快感、恐怖心、そんなものに耐えていれば坂本先生が来てくれてあの部屋にかくまってくれたのだ。
近いた足音にそちらを見上げる。坂本先生だろうか、と思ったのに、いたのは万斉くんである。ナマエ、どうかしたでござるか、と尋ねた彼は私に目線を合わすように屈む。
「大、丈夫、」
「……顔色が良くないでござる、その言葉は嘘とみなす。失礼」
楽々という風に私を抱き上げた彼はどこかに向かって「話は後、先に保健室に連れていってくる」と告げた。
「保健室、やだ、坂本せんせの部屋がいい」
そういえば彼は私を見下ろして、深い深いため息をついた。仕方ないでござる、という声が聞こえる。安心、するような気がする。すっと落ちて行く意識に、誰かが私を呼んだ気がした。
==
目が覚めたら知らない場所だった。てっきり保健室だか数学の学科教室だかだと思っていたのに。起きたでござるか、という声にぼんやりとそちらを見る。霞みがかった視界、覗き込んだその顔に手を伸ばし、何かを呟こうとしてーーその言葉は口に出る前に崩れ落ちた。代わりに出たのは万斉くんだ、という言葉だ。そして慌てて起き上がる。
「ごめん!え、もしかして膝枕してくれてた!?ごめん!!っていうか、ここどこ!」
「屋上でござるな」
「あ、授業!!」
「もう6時間目の最中でござるよ」
「え、そんな時間、ていうか、ずっと膝枕してくれてたの!?保健室なり坂本先生の部屋なりで良かったのに!」
「サボりの口実になった」
「あぁ、そういう」
息を吐いて周りを見る。そこではじめて他にも人がいるのに気づいた。
「あー、えー、と?お邪魔してます?」
「ホントにな」
そう告げたのは眼帯男子である。誰だろうか、と思っていれば万斉さんが口を開く。
「ナマエ、紹介する。拙者と同じクラスの晋助、また子、武市、似蔵でござる。ナマエの紹介は勝手にこっちがしておいた」
その言葉に名前を繰り返す。チリッと目の前に何かがよぎったけれど、数秒もすればそれは治った。
「なるほど、噂の不良グループ」
「ナマエも仲間入りでござるな」
「えー、私、真面目が売りなんだけど。というか、出会ってすぐ仲間入りできるものなの?」
「テメーならかまわねぇさ」
そういったのは晋助と言われた人だろうか。どういう意味だろうか、と首を傾げていれば、扉が勢いよく開いた。
「こんの、不良どもぉぉぉ!!!」
「うるさいぞ、銀時」
「誰がうるさくさせてんだ!!!これ以上お前らがなんかしたら俺の枯渇にも関わってくんの!!!具体的にいうと給料カットされんの!!」
だんだんと足踏みするのは現国の坂田先生だ。晋助くんはそのままスルーする気満々なのか、そうか、と告げる。そして悪どい顔をした。
「ざまぁみやがれ」
「テメェ高杉、ぶっ殺す」
「いいのかそんなコト話して。一般生徒が見てんぞ」
そう私を指差した晋助くんに、坂田先生はギギギとこちらを見た。
「み、苗字さん?なんでココにいるのかなぁ?ってか、A組の君がなんでコイツらといるのかなぁ?」
「ええっと、成り行きで?」
「またそれか!!!」
ガン、と何かに頭をぶつけた彼はつらつらと何か告げる。銀時ぃー、と開いた扉から聞こえてきた声は坂本先生だろう。ひょこりと顔を出した坂本先生は私を見つけたらしい。
「みっけたぜよ、苗字。サボりはいけんのぅ、サボりは。5限目の銀時はともかく6限の服部せんせは心配しとうよ」
「なんで俺を省いた?俺だって心配くらい」
「坂田先生いっつも出席つけてないからバレてない可能性」
私の言葉に坂田先生が固まった。坂本先生がそういうことやき、という。
「どおーせ、苗字の具合が悪い時にそこのトンガリ頭が苗字を見つけたんじゃろ」
「あぁ?体調悪かったのか?なら保健室に行けばよかっただろ」
「体調が悪いというか、あれは、夢見が、」
夢見が悪かったというか。そう言いかけて、言葉を止める。あれは夢?本当に?そう感じた瞬間、視界が溶けていくように黒く塗りつぶされていく。目の前にいる人物でさえ隅に塗られたように。頭の中に警報が鳴り響くように頭が痛くなる。
「苗字、いかん、いかんちゃ」
そう告げた坂本先生を覆った手の隙間からみる。無理にせんでいい、と告げた彼が姿を変える。その姿は坂本先生じゃない。『私』は知っている、彼を。言葉をはっそうとする。しかし、それは拒まれるように音になる前に崩れて消える。でも、坂本先生、と言おうとしたその言葉も消えた。正しい答えしか許さないという風に。ついには担がれる、というよりは担ぎ上げられた体。そんな私を見て泣きそうな唯一の女子生徒の姿が溶けるように着物を着た少女の姿へと変わる。その姿は知っている。
「だいじょうぶ、わたしはだいじょうぶだよ。だから、なかないで、またちゃん」
こぼれ落ちた言葉とともに彼女に手を伸ばす。しかしそれよりも先に意識が落ちた。
==
目が覚めたら家だった。体のだるさからして風邪ひいたらしい。どうやって帰ったか覚えてない。万斉くんが私の家知ってるからおくってくれたのか。とりあえず熱でも図るか、と寝室からでてリビングに行く途中で万斉くんがいた。
「ナマエ、よかった、目が覚めたか」
「……万斉くんがどうしてここに?」
「……あぁ、目を覚まさないもので放っておくのもと思い」
そう言った彼はヒタリと額に手を当てる。熱いな、とぼやいた彼により私は軽々と抱き上げられてUターンを決め、ようとすれば「不純異性交際ー!!!」との叫び声と共に坂田先生と坂本先生が現れる。万斉くんがちょっと舌打ちしたのが聞こえた。
「不純なのはお主達の思考では。拙者はただ看病を」
「うるせぇ、中身xx歳!わかってんだぞ!!風邪を治すなら汗をかくことが必要でござる、とかなんとか言ってことに及ぶんだろ!!」
「使い古された手じゃ!!」
「コンのエロ教師!!万斉先輩がそんなことするはずがないっす!!!」
女の子が現れスパンと二人を殴ったところで万斉くんが私の寝室に歩き出す。ベッドに私をおくと、飲み物を持ってくる、とだけ告げて部屋を出た。破壊音に似た音が聞こえたけど、気のせいだと思いたい。頭が痛くなってきたので寝るとする。
==
真っ暗な世界がどろり、と溶けるように風景へと変わる。縁側、ではなく、どこか船のような場所だ。窓枠に座って万年筆を片手に私はぼんやりとその景色を見た。和風だというのにどこか現代を思わせる空間。誰かが私の名前をよんで私は振り返る。そこにいたのは万斉くん、に、似た人だ。彼を大人にしたらこうなるのかもしれない。彼は口を開く。
「今宵は冷える、風邪をひくと晋助と言い合っていたでござろう」
その言葉に外を見る。たしかにちらりちらりと雪が舞い始めた。
「その晋助くんがいないからこうしてるんだけどなぁ」
勝手に動いた口はそう告げる。彼はそのまま私のそばにやってきて近くに座った。
「いい詩はかけそうでござるか?」
「そっちこそ、いい譜はかけそう?」
「恐らくは」
鳴らした三味線の音に耳を傾ける。そっと目を閉じたところで世界は反転した。
目が覚めてまず目に入ったのは銀髪のモジャモジャである。よう、目が覚めたか、だなんて言った彼は坂田先生だろう。
「坂田先生がどうしてここに……ってあぁ、昨日の騒ぎ」
「……おー、途中でお前の幼馴染が乗り込んできてな。後は帰らせた、夜中だしな、一人暮らしする生徒の家に不良生徒共を残しておくわけにゃあいけねぇよ。あと坂本も帰らせた。ったく、ギャーギャー言い合いやがって、アイツらは犬猫の喧嘩か」
「坂田先生はよかったの?」
「俺はいいんだよ」
冷や汗かいてさっと目をそらせた先生に私は首を傾げる。あのダブルグラサンこぇんだよ、とぼやいた彼は私を見下ろした。
「で、体調は?」
「楽になりました、ありがとうございます」
「なんかあったのか?」
「変な夢を見ただけです」
「……変な夢?」
「さっきも、なんですがーー」
そこで言葉を止める。どんな夢を見ていた?思い出そうとした瞬間、その夢は崩れ去るように、塗りつぶされるように消える。
「……あーあー、変に思い出すのはやめとけ」
「でも、大切な夢な気がする」
「大切なら尚更だ。そのうち思い出すだろ。そん時に聞かせてくれりゃあいい」
ぽん、と遠慮がちに私の頭を撫でた彼は「俺は帰るから鍵はちゃんと閉めろよ」と言って立ち上がる。その背を追って、玄関までいくと周りは夜中だったらしい。じゃあな、といった彼にひらりと手を振って鍵を閉めた。
==
ズカズカとやってきた彼女は知らない人だ。なんでアンタがここに、と叫んだ彼女は手を振り上げる。それをかわそうとしたら隣から伸びてきた手がそれを掴んだ。
「ナマエ、大丈夫でござるか?」
そう尋ねた彼は私を見下ろす。ギシギシみたいな軋んだ音してるけど大丈夫か、あの子。私は大丈夫だよ、といえば彼女は彼に声をかける。
「万斉さん!なんで!!」
「なんでもかんでも、お主に口出しされる権利はない」
そう告げた彼のサングラスから覗く目は冷たい。しかし、こちらを見下ろした彼の目は優しいものへと変わった。
「怪我はないようで何より。さ、クラスまで送るでござるよ」
「……なんで、そいつはにせものじゃない!」
「何を言うか」
「記憶があるのは私でしょ!」
そう喚いた彼女に万斉くんがまた私にベッドフォンをうつす。程なくして爆音でなりだした音楽に、わ、と思っていれば彼は私を抱き寄せるようにした。チラリと見上げればまた鋭い目であの子を見て口を開いた。
「ーーーは、ーーーー、きーーーなーーーーー、おーーーーーー」
はっきりとは聞こえない声である。それでも感じたのは敵意だ。私の視線に気づいたのか彼は私を見下ろしてベッドフォンを外した。
「あのバンドの新曲でござる。いい譜でござろう?」
先程までの会話を無視して何気ないように言うのだから「そうだね」と言ってしまう。
「ナマエ、拙者は授業が乗り気ではなくなった。サボるぞ」
「え、いや、は?え?」
手を引かれるように学校とは逆に歩き出した。
==
なすがままに乗せられたバイクをとばし、連れてこられたのは海である。あまり海に馴染みがない私はわぁ、と声を上げてしまった。そのまま駆け出しかけてーー足を止める。一人ではなく、万斉くんがいるのだった。忘れてた。くるりと振り返れば、ヘルメットをしまっているらしい万斉くんが見えた。
「……見てた?」
「何を?」
「見てないならーー」
「子供のようにはしゃいで海に突っ込もうとした誰かさんのことでござるか?いやぁ、拙者は何も」
「見てる!」
そう突っ込めば「あぁ、ならばしっかりと見た」などと言葉を変えて彼はこちらに寄ってくる。
「海に馴染みがないのか」
「3回目くらいだよ、残念ながら。そのうち二回はもっと小さい頃だったし」
潮風の匂い、靴が沈むような砂浜の感触、そんなものを確かめながら歩く。靴なんか履いているのがもったいなくて、靴と靴下を脱いで海に足をつけた。冷たい。
「また風邪をひくでござるよ」
そう告げた彼を見る。そこにいたのは万斉くんに似た男性だ。あぁ、懐かしいな、と思うのは何故だろう。考えるよりも先に口が開く。
「晋助くんがいないからいいんだよ」
勝手に出たその言葉に彼は目を見開いた。小さく私の名前を呼んで手を伸ばした彼に、私も手を伸ばす。
「どうかしたの、万斉さん」
そう首を傾げればその男性は私を抱き寄せた。バシャン!と言う大きな音がして水しぶきをかぶる。どうやら大きな波が来ていたらしい。すっと男性をみれば、その人は解けるように万斉くんへと変わる。そこではじめて理解した。あの塗りつぶされたような夢は、「昔」であるのだと。そして彼と彼は同じ人物だと。彼らは恐らく、同じようなーー。ぐちゃぐちゃになった記憶を整理して、考えて、そこで浮かんだ疑問はありきたりなものだった。
「どっちで呼べばいいのかなぁ、万斉くんか万斉さん」
彼を見上げれば、水がかかったらしい彼はとん、と私の肩に顔を埋めた。
==
思い出したと言ったって、はっきり思い出したわけじゃない。多分、きちんと思いだしたのは万斉くんのことだけだろう。それに引き摺られて、鬼兵隊と呼ばれていた組織のことを少しと言うぐらいだ。軽めのご飯を作って部屋に向かえば私のベッドを占拠している万斉くんはペラペラと私のノートをめくっていた。
「ナマエは、まだ書いてるのか」
そう言った彼に、そうだね、と答える。
「なんとなく空虚なのはわかるから、それを埋めたかったんだよ」
トレーを机の上においてベッドの端に腰掛ける。隙あり、とノートを掻っ攫えばよまれていたようで取れなかった。そうなるとどうなるか。私は万斉くんの上に着地する形、即ち密着する形になる。わぁ、と思っていれば、手を回されて、さらに距離が近くなる。
「ちょっ、と、まって」
「何を」
「無理、ちょっとまって、前の私がどうしてたかわからないけど、待って、無理、免疫ない」
そう必至に顔を背ける。顔が赤いと思う。接近が止まった、と思ったら目を丸くして私を見上げていた。ここは畳み掛けるしかないな、と思いながら、「付き合ってないし」と小さくぼやけば彼は笑った。
「そうでござったな……しかし、ナマエ」
「なに?」
「既成事実と言う言葉を知ってるか?」
その言葉に返答する前に距離がゼロになった。
==
翌日投稿したら職員室に呼び出された。目の前には坂田先生と私の担任の先生である。で、とタバコを片手に坂田先生はこちらを見た。
「で、昨日の無断欠席の理由は?」
「あー、と、」
「坂田先生、Z組の河上くんに彼女が連れていかれたのは誰もが見ています」
「私の体調が悪くなったので、彼はそのまま連れ帰ってくれただけです。彼も学校に来なかったのは私の様子を見てくれていただけですし……」
そう言えば、ほらそう言うことっスよ、あっはっはーと坂田先生は私の担任の先生にいう。彼はそういうことにしておきますよ、と坂田先生に告げた。
「苗字さん、関わる人は選びなさい」
「……はい」
それだけ返事をして頷けば職員室を出た彼に舌を出す。大きなお世話である。話を聞いていたらしい坂本先生が椅子を滑らせて担任の先生がいた場所にやってきた。
「で、実際は何処にいっとった?」
「海に連れて行ってくれました」
「ほぉ、海か。羨ましい」
「やめろよ、吐くなよ」
「そのあとは家に、いました、けど」
昨日を思い出してちょっと顔を背ける。ピシッと固まった坂本先生はいかんいかんいかんと魘されるように言葉を繰り返す。
「いかんいかんいかん、ぴゅあなナマエが薄汚れたナマエに変わるぜよ。いや、もとにもど、いや、それでもいかん、いかん、今のナマエはぴゅあなんじゃ」
「辰馬、気持ち悪いぞ、ひく、というかむしろひいてる」
「だって銀時ぃ、」
情けない声を出した坂本先生に坂田先生が私を見た。
「で、ナニしたんだ?何しけこんだ?先生に言ってみーー」
何か言おうとした瞬間である。坂本先生に頭をグイッと引っ張られ、椅子の下に隠された。なんだ、と思っていれば扉が開く。辰馬くん、銀時くん、と言って職員室に入ってきたのは昨日のあの子だろう。
「……どうしたんだ、授業は?」
「ふふ、私の成績知ってるでしょ?ちょっとくらいサボっても大丈夫。……ねぇ、ちょっと知りたいことがあるんだけど教えてくれない?」
「知りたいこと?」
「珍しいのぅ、どした?」
「A組の苗字ナマエって子のことなんだけど」
「苗字ナマエ?あぁ、噂はかねがね。成績優秀、運動神経抜群の女子じゃ。まるで名字とそっくりと一部では有名ぜよ」
ただ普通の会話のトーンだ。ただ、普通の言葉だ。でも、それは、何処か。
「まぁ、気にせんでよか。まさか同じ人物が二人いるわけがない、生まれも育ちも名字とは別、双子やあるまいし。ほらほら、学生の本文は勉強じゃ、授業じゃ授業」
そう言った先生に彼女は何も言わずにかえっていく。
こちらからは先生の表情は見えないけど。
「……お前、敵に回すと結構怖いよな」
「ワシは敵にまわったつもりはない。どう差し引いてもあの子は教え子、それ以上にもそれ以下にもならん……さて、ナマエ、すまんのう、変な場所に隠して」
少し間隔が開き、坂本先生がこちらを見下ろす。這い出たいけどこの隙間じゃ無理なんだよなぁ、と思っていれば坂本先生がこちらを見下ろしたまま動きを止めた。
「なんちゅうか、これ、ふぇ」
「アウトォォォ!!!」
坂田先生のツッコミと共に坂本先生が吹っ飛ぶ。
「河上よりも誰よりもテメェが穢してんだよ!!!」
「いやぁ、つい、」
「いやぁ、ついじゃねぇ!!」
「ガタガタうっせぇよ、お前ら。苗字ー、ここにいるんだろ?日本史ぐらいは出ような、現国捨てていいから」
服部先生の声に机の下から出る。
「お前、なんてとこに隠れてんだ。はっ、まさか、ふぇ」
「だから、アウトォォォォ!!!」
目の前にまた服部先生が倒れたけども、これはどうしたらいいんだろうか。
==
風紀委員会による制服チェックの日である。とりあえず一般生徒Aである私は一般生徒のチェックをうけ、そのまま華麗にスルー……するつもりだったのだけど、幹部っぽい生徒に目をつけられてしまった。アンタは、と瞳孔開き気味で小さくボヤいた彼は「どういうことだ?」とこぼす様に告げる。何がだろうか、と思っていれば、「ジロジロナマエを見ないでくれる?」と若干怖い声で百合ちゃんが告げた。
「おはよ、百合ちゃん」
「おはよ、ナマエちゃん。ござる口調くんは?」
「万斉くんといつも一緒にきてるわけじゃないよ。今日はちょっと仕事があるから休むって言ってた。最近忙しいみたい」
「なるほど……あれ、他は?」
「またちゃんは風邪ひいたって言ってて、晋助くんは用事があるから休む、武市さんと以蔵さんもなんやかんやでおやすみ……チェック回避かな?」
「そうだね」
ほわほわしている百合ちゃんに笑えば、先程まで私を見ていた男子生徒が私と百合ちゃんを見比べた。
「おぃ、百合、こいつはどういうことだ」
「この子はA組のナマエだよ。私の親友」
「みりゃわかる」
その言葉の意味に首をかしげる。百合ちゃんがそれを無視するように口を開いた。
「ナマエ、授業遅れちゃうよ」
「あ、うん、ありがとう」
そう笑って教室に急いでおいた。
==
私の昼ごはんを食べるスペースは、万斉くん達とか坂本先生のところである。万斉くん達がこぞって休みな為、今日は坂本先生のところだ。
「最近、変な夢見ても気分が悪くなることが少なくなった気がする」
そうお弁当を食べながら言えば、同じくお弁当を食べていた坂本先生がこちらを見た。
「ほぉ、それはまことか!どんな夢じゃった?」
「うぅん、色々だよ。でも今日は坂本先生とそっくりな人が出てきて」
そこで彼はお箸を落とす。私はそのまま言葉を続ける。
「一緒に星空見て話してた。色々な事を教わったし、色々なステキなことを聞いた」
そう言って私は彼を見て笑う。彼はは目を見開いたまま私をみる。その姿がようやく夢の中の人と合致して、ああ、やっぱりなぁ、と思いながら口を開く。
「ごめんね、辰馬くん、やっと君が誰かわかった」
「……まっこと、ナマエは、」
片手で顔を隠した彼は目を伏せた。何かを噛みしめるように、何かを耐えるように。
「ずるい女ぜよ。こうも容易うワシの決心を揺るがしてくるとは。ワシとしては、忘れたままでも、良かったんじゃけんど」
「あぁ、でも、あやふやな部分が多いからそこだけは許してね、坂本せんせ」
苦笑いしてそう言えば、彼はポンと私の頭を撫でた。
「急かんでもええ、ゆっくり、少しずつ、思い出せばよか」
==
瓶底眼鏡をかけた女子生徒に引きづられている夏休み前である。結構距離歩いてるよなぁ。廊下がこんなに長いなんて私は思わなかった。立ち止まった先の札には3年Z組と書かれている。あれ、万斉くん達のクラスこんな場所にあったのか、と思っていれば女子生徒は扉を勢いよく開き(壊れた音がしたのは気にしないフリだ)中に入る。
「ダメだよ、神楽ちゃん、これ何個めだと思って……」
「鬼兵隊ー、落し物アルー、別棟の廊下歩いてたヨ」
そう私を突き飛ばしたというか投げ入れた彼女に私が受け身を取る前に万斉くんがキャッチした。晋助くんが口を開く。
「チャイナ娘、これはワザと落としてんだ。拾った場所に返してこい」
「厨二病の話を聞く義理はないネ、ちゃんと持ち物ぐらい管理するアル」
「晋助様を馬鹿にするつもりッスか!」
集まる視線にどうしたものか、と思っていれば武市さんが後ろの扉を開き、万斉くんがそちらに向かうーー前にあの子の声がして私は万斉くん共々掃除用具ロッカーに閉じ込められる羽目になったけど。
「晋助!?」
「しばらくそこでじっとしとけ。ナマエを見つけさせんじゃねぇぞ」
「高杉、どういうことだ!?」
「どういうこともこういうこともねぇよ、ややこしいことになってるからワザと落としてたんだ」
「……説明は後で聞かせてもらうぞ」
あの子が坂田先生とはいってくる声に続いて友人二人が入ってくる声がする。ため息をついた万斉くんに、これ絶対私一人で押し込められた方が良かったのでは。ちなみに謎の連携プレーにより、十分後には外に出ることができた。解放された瞬間万斉くんがこちらを見てくれなかったのは何故だ、と考えて、ああ今日は香水つけてたっけ、と思う。
「いい匂いでしょう?新しい香水なんだけど」
「あぁ、なんでお前らがやけになってんのかと思ったら。苗字、さっさと教室に戻れ。お前が不良になったって、A組の担任にグチグチグチグチ言われんのは俺だかんな」
「はい、ナマエ、逃走経路」
そう窓を開けた駱駝は鬼だと思う。いいけど。いいけどさ?なんとかするけどさ!渋々と窓の方をいけば服部先生が降ってきて回収された。焦った私は悪くない。
==
返してよ!と叫ばれた私はどうすればいいのだろうか。私は貴方に成ったのよ!返してよ!と叫ばれたって私は困惑するだけである。合同授業である。なぜこの組み合わせにしたのかが謎だけれど、とりあえず合同授業の終わった後、まばらになったそこで彼女は叫んだ。私が彼女の発言がどういうことかを理解する前に私の友人二人は納得したらしい。
「やっぱりね、貴方ナマエから全部奪ったんだ」
「違う!私はあの子に成った!ちゃんと7歳の時からだって覚えてる!」
その言葉に百合ちゃんがにこりと笑って口を開く。
「へぇ、奇遇だねぇ、ナマエちゃんがね、私の家のお庭で倒れていたのもその年なの」
「!……そんなの、偶然でしょ!」
「ナマエちゃんには何にもなかったの、昔も家族も、記憶も感情もなーんにもなかったの。ただのお人形さんみたいだったの」
そうだったなぁ、と人ごとのように思う。その時の記憶といえば、二人の泣きそうな顔だろう。隣にいた万斉くんが私を見下ろしたのがわかる。
「でもね、私たちは知ってたの。この子はナマエちゃんだって。覚えてなくってもナマエちゃんだって。だから、貴方を見た時、驚いちゃった。貴方はナマエちゃんじゃないのに、どうしてナマエちゃんとしてそこにいるんだろうって」
ニコニコと笑いながら吐き出される毒。必死なあの子を見て、険しい表情の駱駝をみる。実は双子とか、と言いかけて、坂本先生が否定しているのを思い出した。とりあえず、弁明をしておこう、と二人に制止をかけて彼女をみる。
「なんかよくわからないけど、私は別に貴方から奪ったつもりはないよ。あと、はっきり言えるのは、さっきから貴方は私になったといったけども、多分、貴方が私に成ろうとするのは無理だよ。だって貴方は貴方で私は私だから。どこかで辻褄があわなくなるんじゃないかな」
よくわからないけど。もう一度そう言って、私はクラスメイトをみる。苗字さーん、次の授業間に合わなくなるよ〜!と言う言葉に、今行きます、とだけいった。
「行かなきゃ。また後でね、万斉くん、百合ちゃん、駱駝。……またね」
そう笑って彼女に手を振ってクラスメイトたちのところに向かった。
=
苗字さんと河上くんって付き合ってるの?と尋ねられてどう返そうか迷う。前もそうだけど、お互いそういうことを言葉にしたことはない気がする。いや、ただ聞く前に死んだのかもしれない。遊ばれてるだけかもね?と首を傾げてやり過ごし、どうなのだろうかと考えた。
「ねぇ、万斉くん」
ベッドに持たれるようにスラスラと譜面に音符を乗せている彼に声をかける。なんでござるか?と尋ねた彼に、私はベッドに寝転んで頬杖をつきながら口を開く。
「私達って付き合ってるのかな?」
その言葉に彼は動きを止めた。ポロリと落ちた鉛筆。信じられないものを見る目つきで固まってらっしゃる。
「クラスメイトにね、河上くんと付き合ってるの?って聞かれて、どうなんだろうって思って」
「……ちなみになんて答えたんでござるか」
「遊ばれてるかもねって言っといた」
「なんでそうなる……」
頭を抱えた彼に、不良のイメージ壊しそうだしなぁ、という。
「ちなみにクラスメイトにはそんなことないと思う!絶対苗字さん河上くんの本命だって!って言われた」
「ナマエは昔っからそうでござる。肝心なところが鈍い」
「肝心なところを言う前に死んだ人には言われたくないなぁ」
「……言わなくても、通じていると思っていたが」
「通じてるよ、だから、付き合ってるって認識でいいんだよねって言う確認だけ」
「付き合うどころか婚約者でいいでござるよ」
また譜面をみてそう告げた彼の耳は赤い。
==
Comment(0)
次の日 top 前の日