2018/09/04
↓多分同一主:うたをつむぐはかのくちか
人生が色づいた瞬間があるとするならば、間違いなく私の人生はその瞬間に色がついた。
いつもと同じような空であるのに、違って見えたのはきっとそう言うことなのだと隣に座って笑っている彼をみて私は思ったのだ。どうかしたのか、と問いかけた彼に私はなんでもないのだと笑って彼と同じく空を見上げる。それから何年、月日が流れたのだろう。
「どうして其の者と一緒に行かなかった?」
そう問いかけできた彼になんだ興味があるのか、と文机に頬杖をついて彼をみた。三味線を鳴らす彼のサングラス越しの瞳は見えやしない。淡々とを装っているが、その内心は恐らく違うだろう。彼は言葉を続けた。
「惚れていたんでござろう?」
その言葉に、目を瞬いた。そして、そうだね、と肯定する。私の世界に色をつけた人に、私はたしかに恋をしていた。私は彼から原稿用紙に目を移す。
「だからだよ」
「……」
「彼は何も知らないから、私は血に汚れた汚い人間だから、一緒に行かなかった。彼を汚してしまうからね。それにきっと、憧れとか家族に向ける感情とかそういうのも混ざってたんだと思う」
だから私は何も言わずに消えたのだ。闇に紛れるように、誰にも会わずにこっそりと。まぁ、そこで晋助くんと再会することになるのだしーー彼に会うことにもなるのだけど。
「でも、あの人に付いて行ってたら君とは会えてないね。多分、縁っていうのはこう言うものなんじゃない?私は君に会えてよかったと思っているよ」
笑いながらそういえば、彼は三味線の音を止める。そして満足気に、そうでござるか、と頷いて立ち上がり背を向けた。私はその背を見送って、もう一度頬杖をつく。前の世界で何度も聞いた、月が綺麗ですね、と言うありふれた言葉はそっとしまったまま。
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いつものように編集さんを巻いてたら、ばったりと旧友に会ってしまった件について話したい。パチリ、と目を瞬いた彼に私もパチリと目を瞬く。
「お前、ナマエか?」
「やぁ、久しぶりだ、銀時くん」
「銀さん、知り合いですか?」
そう後ろから顔を覗かせた少年少女に、まぁな、と言った彼。晋助くんが苦々しく会ったと言ったり、紅桜の件ではめちゃくちゃ被害を生み出してくれた一人である。まぁ向こうは何も知らない。昔の友人だよ、と言った彼のお腹が大きく音を立てた。それが面白くてケラケラ笑えば、慌てたように彼は口を開いた。かっこがつかないからだろう。
「これは、アレだよ、ほら、アレ、」
「よしよし、仕方ない。優しい私がご飯奢ってやろう」
「なんてこった。お前が神さまだったのか」
「アッハッハ、崇めたまえ、金時ぃ」
そうケラケラ笑えばその後ろにいた二人が顔を見合わせる。
「アイツが金時金時言ってたのはテメェのせいかぁぁぁ!」
そんなツッコミをスルーして指をさす。
「そこのファミレスでいい?」
「はい、お願いします」
変わり身の速さにケラケラ笑いながら、相変わらず疑問符を沢山浮かべた二人を手招く。
「二人もおいで」
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よく食べるなぁ、と思いながらニコニコ笑う。髪色とか肌の色とか見ていれば夜兎だろうとはわかっていたけど。
「すいません、僕らまでご馳走になってしまって」
「構わないよ、普段あまりお金使うことはないし」
そう言ってアイスコーヒーを飲む。うむ、薄い。
「ええと、銀さんの知り合いの方、なんですよね?」
「かしまし娘のその三だよ」
そうパフェを食べながら告げた彼に少年が固まる。
「かしまし娘その三って、まさか。あの新撰組の厨房阿弥陀如来・百合さんと桂さんの猛烈ツッコミ(*偶に放棄する)駱駝さんに並ぶもう一人……!?」
「なんか姉御達に比べて地味あるな」
そう言いつつ丼を置いた少女に、少年が神楽ちゃん、失礼だよと窘めた。そうかな、と苦笑いしておく。
「お前、あのかしまし娘とも会ってねぇらしいじゃねぇか。かといって、辰馬と一緒にいるわけでもねぇし」
「坂本さんと?」
「コイツ、アイツの元カノだから」
銀時くんの言葉に固まる。ちが、と慌てて立ち上がる。
「ちが、辰馬くんとはそんなのじゃなくて、っていうか、そもそも付き合ってないし、」
「なんだぁ?そうだったのか?てっきり俺たちゃあ出来てるもんだと。なんだ、お前の片思いだったわけ。へぇ、はぁん、ふぅん、」
そうニヤニヤ笑う銀時くんに抗議しようとするが、少年少女の視線、周りの視線に慌てて座る。
「なんで銀時くん達が知ってるの?」
「俺たちには筒抜けだぞ。つーか、気づいてないのあのバカぐらいだぞ。いや、多分あの馬鹿も気づいてたんじゃねぇか」
「恥ずかしい……」
そう顔を覆い羞恥をこらえる。なんつーの?キラキラしちゃってまぁと絶対悪意があるだろう。
「で、坂本信者のお前は今何してんだ」
「なんか銀さん、増してるんですけど、坂本信者って」
「悪意ある言い方だなぁ。でも、間違いではないなぁ」
客観的に考えて、そうなんだよなぁ、と思う。友人二人からもそう思われているし、晋助くんにも未だそう言われている。さて、いま何してるかを伝えるか、と思っていれば「あの、」と声をかけられてそちらをみる。
「夏目ナマエさん、ですよね?」
「えぇ、まぁ、そうですが」
「あの、ファンなんです!!サインください!」
そう本とペンを差し出した彼にいいよ、と言ってサインをする。
「次の作品、楽しみにしてます!」
「ありがとう、次は短編小説になると思うけれど」
「ホントですか!?」
「本当。でも、私を見かけたことは言わないでね。特に編集さんには」
笑ってひらりと手を振って何度も頷いた彼て去った彼を見送り、さて銀時くん達に話をしなければならないなとそちらを見れば三人が目を見開いていた。
「なに、おまえ、有名人なの、」
「うーん、多分?」
「いやいやいや!多分じゃないから!!!え、夏目ナマエさんなんですか!!!」
「うん、本名は苗字ナマエなんだけど、ペンネームは夏目ナマエだね」
「銀さん何て人と知り合いなんですか!!!」
「え、ちょっとまって、そんなにすごいやつなの、」
「知らないんですか!!?日本の文壇に、いや、宇宙の文壇に名前を残す人ですよ!!筆から溢れる詩は芍薬、口ずさむ短歌は牡丹、書かれた小説は百合の花とまで称される人です!!サインのついた初版本なんか、数十億円で取引されることもあるとかないとか」
銀時くんがあんぐりと口を開いて私をみる。
「それは流石に嘘だよ」
「え?そうなんですか?」
「確かに一回数億円は値がついたけど、サイン本別に贈ってチャラになったから」
そう苦笑いして言えば、また三人が固まった。
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三人はとても面白いし、その三人と関わる人たちとの喧騒もとてもとても面白い。まさか真選組も巻き込むだなんて思わなかったし、桂くんや友人二人とも会えるだなんて思わなかった。久しぶりにこんなに笑ったな、と思うくらいに笑った気がする。とても楽しい一日だったとニコニコ笑った。
「でも、よかったぜ。お前がそういう風に生きてて」
別れの際にそう告げた銀時くんに、どういうこと?だなんてとぼけて首をかしげる。いいや、なんでもねぇよ、と頭をかいた彼に「そろそろ帰らないと」と告げる。
「おくってやろうか?」
「いいよ、どうせ途中で迎えに会うだろうし」
そう言ってぽつりぽつりと降り出した雨を見上げる。
「みんなによろしく言っといて」
足を一歩踏み出してそう告げる。背中にかかった「あぁ、またな」という言葉に、私は笑う。「うん、またね」とだけ告げて雨の中の雑踏に足を踏み出す。路地裏から出てきた傘、現れた万斉さんは銀時くんの視線から自分を私を隠すように傘を傾けて雑踏に足を踏み出した。
「どこに行ったかと思えば」
「はは、とても楽しかったよ」
そうニコニコと上機嫌に笑う。チラリと私をみた万斉さんが何ともないように口を開いた。
「では、向こうに行くか?」
「まさか、私には向こうに居場所はないよ」
私はそう言って口元を歪めて嗤う。だって、そうだ。私には向こうに居場所はない。私はもっとぐちゃぐちゃで汚くて血に汚れたような人物で。鬼兵隊の方がよっぽどお似合いなのである。そうか、とそっけないような声を出した彼に、心配性だなぁと笑う。
「そんなに傾けなくてもいいよ、万斉さんが濡れちゃうでしょう?」
そう言って傘を持つ手に触れて軽く彼の方に押し返す。それでも頑なに私の方に傾ける彼に苦笑いした。
「本当に心配性だなぁ」
「……ナマエが風邪を引いたらまた子と晋助がうるさい故、仕方なかろう」
手を払うこともない彼に、そういうことにしておくね、という。嫌ではない沈黙、雨が雨傘を叩く音に耳を傾ければ誰かの鼻歌が聞こえた気がした。
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私は不安定な人間である。前世はどこにでもいる人間であったのに、次に生を受けたのは同業者に粛清される一族だった。忍びだった。請負えばどんな汚れ仕事もこなすような。偶々任務に出ていた私は生き残り、復讐に身を落として同業者を殺し、ボロボロになった私を拾ったのが前世で友人だった二人で。そのまま二人の護衛または友人として生きていれば、あの先生と出会いーーあの戦争に参加したのだ。そこで、私は坂本辰馬という人物に出会ったのだ。彼によって消えかけいた前の私は引き摺り出されーーそこで初めて、私は。でも、この世界での本来の私は。
作家の夏目ナマエという人物が前世の私であるままの人物であるならば、鬼兵隊にいる苗字ナマエという人物はこの世界の本来の私に違いなかった。見せるわけには行けなかった。ただ、私の善良な部分を信じる辰馬くんに、前世の私の引き続きとしてみる友人たちに、この世界の本来の私を、見せ続けることなどできなかったのだ。戦争の、最初の私を知る晋助くんはともかく、鬼兵隊では私は穏やかな人と捉えられるらしい。またちゃんなんかは私を姉のように慕うから彼女もそれに近いし、武市さんからも穏やかだと称された。似蔵さんなんかは私がどうかは分かっていただろう。そして、この目の前にいる男も私はがどんな人物か理解してる。私の後ろめたい過去や穏やかなところ、そうじゃないところ、殺伐としたところ、そんな全てを理解した上でそばにいてくれるのだから、彼は優しい人だと思う。私が彼に抱くこれは辰馬くんに向けるキラキラとした感情ではない。もっと穏やかで、激しくて、それでいて消えないようなそんな感情だ。
「ほんと、ナマエは容赦がない」
そう告げた彼に私は血がついた刀を振るって血を落とす。あたりに転がった死体。またちゃんには見せれない光景だろう。彼の足元にも死体だ。容赦ないのはお互い様だろう。ほら、と手を伸ばした彼はたやすく私の手を引いて歩き出す。優しいなぁ、と口を開けば彼も同じく口を開く。
「ナマエだからでござるよ」
OOO
「おや、滅多な人に会えたものですね」
目の前にいるのは真選組の一人だったと思う。眼鏡をかけた彼は私を見て少し目を見開いた。夏目ナマエ……?と溢れ落とされた言葉に彼の教養は高いのだと思う。
「苗字ナマエと言います、お見知り置きを」
そう笑って西洋式に頭を下げる。戸惑ったまま「伊藤鴨太郎です」と名乗った彼に、「では鴨太郎くんで」と勝手に呼び名をつけておいた。
「鴨太郎くんはどちらに?」
「……高杉晋助のところへ」
「なら、膳をお持ちしましょう。彼も夕食まだなんですよ」
ひらり、ひらりと掴めないようにそう告げて、では、と再度頭を下げる。呆気にとられている彼をおいて廊下の角を曲がった。
ほらよ、と晋助くんから手渡されたのはお祭りの屋台で売っているような狐面である。何だこれ、と思ったが恐らくこれで顔を隠せということだろう。ありがたくいただくね、と告げてかぶる。視界はやや狭いが恐らくは大丈夫だろう。
「鴨太郎くん帰ったのか、残念」
そう言いながらお面を少しずらす。悪戯小僧みたいだな、と言った彼に答えになっていないなぁ、と思う。彼はどうであれあの百合ちゃんと同じ部隊にいるのだ。口止め、と思ったけれど、恐らく彼は何も言わないだろう。
「彼は賢い人だね」
「そう見えるか?」
「見える。ただ、あのタイプは一点に目が向くと周りが見えないタイプ」
だから、揶揄うのは楽しいタイプというか。そういえば晋助くんはそうか、と淡々と外を見て告げた。その反応を見てああ彼は使い捨てか、と納得する。最大の慈悲だ。優しくしてあげよう。
「万斉は動くがお前はどうする?俺はどっちでもいいぜ。お前が動こうが動かなかろうが」
「嘘つき。お面渡したってことは動けってことでしょうに」
そう言って襖にもたれる。お面を被れば闇が襲う。
「名もない風の子はサポートに回りますよ」
私の返答に彼は、そうか、と愉しそうに笑った。ひどい悪役顔だぁ、といえば、眉間のシワを深くしたけど。
「ごめんごめん、怒らないでよ。またちゃんに怒られちゃう」
「ヘラヘラとよく回る口だな」
これは本当に機嫌を損ねたぞ。
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「……ならば、狐殿と呼ぶか」
狐面を被っている私を見ての言葉である。狐ってなんてなくっけなぁ、と思いながら、コーンだなんていえば狐はそんな風に鳴きませんよと武市さんに言われた。そして、子供みたいですね、とも。私は傷ついたぞ、許すまじ。しゅん、としていれば万斉さんが私のお面をずらして告げた。
「しかし、ナマエはタチが悪い」
そうツラツラと告げた万斉さんにお面で遊びながら何が?と首を傾げてみる。
「使い捨てだと理解した上であのような行動を取るなど」
「最大の慈悲だよ。彼の理想のヒトになってあげようじゃないか」
鴨太郎くんは、遊びやすい。すこしつけこんでしまえば、あっさりと。でもそれは夏目ナマエという作家の立ち位置がそうさせるのだ。でなければ私は見下される対象なのだ。彼は理解者を欲している。だから、彼の理解者のふりをして仕舞えばいい。彼も私も同じだ。理解者が欲しくて足掻いてああなった。
「さては、万斉さんが私に優しいのも慈悲で遊びか」
そう言ってお面をかぶる。彼は「ナマエはそう思っているんでござるか」と真剣な声で告げた。
「そうかも。でも、いいよ、私」
「……」
「晋助くんと万斉さんーー鬼兵隊に使われて死ぬなら別にいいよ」
ある意味のタブーにもなるようなそんな言葉である。私の言葉に武市さんも彼も目をすこし見開いた。晋助くんなら「そうか、なら俺たちにせいぜい使われてくれ」というところを、そうか、と少しだけ荒々しい言葉を紡ぐ。怒っているらしい。
「ならば拙者に使われて貰おう」
「犬は従順だからね、従うさ」
「ナマエは狐か猫でござる、犬ではござらん」
「そう?気質は充分犬だと思うけれど」
ケラケラと子供のように笑ってみれば万斉さんが息を吐いた。諦めだろうか。
「ため息つくと幸せにげるよ、ねぇ、武市さん」
「そこでなぜ私を巻き込むんですかねぇ」
武市さんはそう淡々と告げて書類をまとめると立ち上がる。「後はお二人でごゆっくりとどうぞ」と言いながら立ち去った武市さんに、どういう見解で見られているんだろうか、と疑問に思う。
「さて、万斉さんに使われるない云々はともかく、これからどう動こうか」
その言葉にもう一度ため息をついた彼にまた幸せ逃げた、だなんて指摘すれば彼は「誰のせいだと」と小さくこぼした。
「私のせいだね」
「理解していて何より」
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恋は盲目である、とはこのことを言うのかもしれない。彼は私に盲目であることには変わりなかった。新しい詩の話、短歌の話、小説の話、そんな話をする彼の表情は緩やかなのだ。本来ならばこんな表情をする人なのかもしれない。まぁ、それを真選組にいる友人に向けていれば変わっていただろう。彼女は土方さんにお熱のようだけど。
そんなことを思いながら、そこらにいる男女のように茶菓子屋でお茶を飲み、話し、別れた。あまりにも穏やかな顔を向けてくるものだから、彼は私を理解者としたと、特別な地位まで上り詰めたのだと知る。それは他から見てもそうなんだろう。
だからこそ、その帰路、その逢瀬を見ていたらしい友人に泣きつかれている。お願い、彼を助けて、だなんて言う彼女にどうしたものかと考えた。彼を貶めるのは、駒として使っているのは私だ、鬼兵隊だ。だから彼に近づいている。でも、それを知らない彼女は恐らく彼がついた嘘を信じている。どこかで偶然会って、こう言う関係になったのだと思っている。あぁ、善良な子だ、と思う。いい子で善良で、それでいて。
どうしたの?と言う言葉は完全に無意識だった。あやすような仕草も、昔の名残だ。
「鴨太郎くんがどうかした?」
そう尋ねれば彼女はハッとしたようにすがりついていた腕を離す。なんでもない、と笑ってみせた彼女は帰らないと、と走り出す。私が今やもうただの一般市民であると思っているからだろう。その背中を呆気にとられたように見送って影を見つめた。
なんだかチグハグで滑稽だった。私は影であるのに、まだ陽を求めているらしい。陽に求められ、頼られるのを嬉しいと思ってしまった。
馬鹿だなぁ、と自嘲して路地裏に足を踏み入れる。本当に、私を信じ続ける周りはーー演じ続ける私は救いようのない馬鹿だ。
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一種の自己嫌悪に飲まれて仕舞えば、筆は一切進まなくなる。何処かで死んで仕舞えばこれは犯罪者の遺稿となるのだろうか。そううだうだ考えて外を見る。考えても意味はないし、今更変える義理もない。転がり始めた雪玉は大きくなり、いずれ潰れてしまうようにそれは止めることなど不可能だ。と、言うのに。
森の中の開墾。なんとしてでも情報を持って帰りたい真選組の密偵。鴨太郎くんは万斉さんに後始末を頼み、消えた。振り上げた刃は彼のスレスレで落とされる。どうやら生かすらしい。恐らく万斉さんは彼を気に入ったのだろう。彼はたまにそうすることが確かにある。
「いーけないんだ、いけないんだ」
木の上からそう茶々をいれる。勿論声色を変えてだ。こちらを見上げた万斉さんと密偵に木の上から華麗に着地してみせた。
「狐殿、いつからそこに」
「結構前から。殺さないの、それ」
「拙者は。狐殿はどうする?」
淡々と密偵のそばでかわされる会話。チラリとお面の中から彼を見れば彼は顔を青くした。
「基本、狐殿を見た人間は死んでいるわけでござるが」
「そうだね、死んでるね。どうしようかな……怯えないでよ、死ぬのは一瞬だからさ、それに殺さないよ。万斉さんが殺さないなら従順な狐は殺しませーん」
そう言ってケラケラ笑う。
「狐殿、帰るでござるよ」
手を引いた万斉さんに、じゃあね、と手を振る。どうか彼に幸あれ。そう形だけ願って、彼の隣に並ぶ。
「あー、自己嫌悪。やっぱり殺せばよかった」
そういつもの声で呟けば、彼は私を見下ろした。
「殺していても自己嫌悪に陥っていたと思うが」
「うん、うん、それもそうだね」
そう言って太陽を見上げる。眩しい太陽が憎たらしい。
「やっぱり晴れの日の昼間に出てくるものじゃないね。それだけで憂鬱だ」
「そうでござるな」
優しいのはやはり、夜だけだ。
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一緒に列車に行く予定だったと言うのに置いていかれた。いや、別件で私が色々してたのは確かなんだけども。それでも、もう少し待ってくれていてもよかったのではないか、と思うわけですよ。そう晋助くんの前で不貞腐れていれば、彼は迎えに行ってやれと半ば呆れたように告げる。彼の中の私と万斉さんの関係ってどう言う印象なんだろうか。
仕方なくバイクの鍵を拝借し、バイクに乗って迎えに向かう。風を切る音が耳元をかすめて気分がいい。近くの森に止めて彼を探すために足音や気配を消して歩く。
そうしていれば見つけた黒の集団。その中で伏せている鴨太郎くんが刃を持って立ち上がるのがみえた。なるほど、万斉さんは、鴨太郎くんは失敗したのだ。ああ、可哀想な鴨太郎くん。楽に死ねなかったんだ、と思いながらその様子を伺った。結局、彼にとって私はなんだったのか、そう思いながら仮面の下から彼を見つだけれど、意味はないかと森に戻って万斉さんを探す。がさりと言う音がしてそちらを見れば怪我をしている彼を見つけた。ナマエ、とかすかに私の名を呼んだ彼に肩をすくめた。
「従順な狐を置いて行くからこうなるんだよ」
「別件で動いていたでござろう?そちらはどうなった」
「そっちは滞りなく全員おやすみになられました。今も昔目鬱陶しいんだよね、御庭番」
そう淡々と告げる。あいつらも鴉の集団も大嫌いだ。私から大切なものを奪っておきながら何食わぬ顔でのうのうと生きている彼らが。でも、それは私にも言えることだ。たくさんの人を殺めておきながら、のうのうと生きている。ふつふつと湧き上がった自己嫌悪にああいやになる、と目を伏せた。死ねばこの嫌悪から逃れることができるのだろうか。バイクのそばまで寄って、持ってきていたフードのついた着物を彼にかぶせる。なんとまぁ背の高い赤ずきんだろうか。私がバイクに跨がれば、彼はやれやれと言う風に後ろに乗った。
「怪我が酷いし、飛ばすね」
勿論、そんな理由ではない。ただの自己嫌悪を忘れる為の疾走だ。アクセルを蒸し、風をきる。耳元で風が声を上げた。
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編集者経由で真選組からコンタクトがきた。断るの怖いんですよ!と叫んだ彼にやれやれと息を吐いて内容を訪ねる。蓋を開けて見れば彼の弔いの為の言葉を頂きたいというものだった。ああ、いけない驚いたふりをしなければ、目を見開き、ただ悲しげな女性を演じるのである。死んだ原因は伏せられていた。ただ、事件に巻き込まれた結果そうなったとだけかかれていた。さて、なんと記そうか。前の世界の彼はなんと読んで死んだのだろうか。そうぼんやりと筆を見つめる。死者への言葉など紡いだことがない。
「君が為に紡ぐ言葉こそあれど、散つた君の為に紡ぐ言葉はなく」
それをそのまま紡いで見るのもどうかと思ったがそこそこ続いたその言葉。締めくくった言葉を反芻し、筆をおいた。同じだと思っていたけれど、どうも違うかもしれない。彼を弔う人はおれど、私を弔う人など。畳に寝そべり天井を眺める。もし、私が死んだのなら彼は弔いの歌を弾いてくれるだろうか。ありえないことを空想しそっと目を伏せた。
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