2018/11/04
大神妹と劇団
・奏組隊長主♂のカナデもいるらしい(潰れかけたオーケストラの指揮者)
「妹ちゃん?」
ふいにそう声をかけられてついつい振り返る。そこにいたのは兄のもう一人の友人、そして奏組の指揮者であるカナデさんである。目を瞬いてカナデさん?と呼べば彼はハッとしたように私に近づいた。
私も彼も買い物中であるが、立ち話では済まないだろうという判断で近くの小洒落たカフェに入る。カフェオレ二つと店員に頼んだ彼は随分と馴染んでいた。
「妹ちゃんは、どうしてここに?大神や加山もいるのか?」
「いえ、それが……」
そう言って話を切り出す。気づいたら今の劇場の前にいたこと、荷物がロッカーの中にあったこと、そのままそこの事務員をしていること。それを伝えれば俺とおんなじだと彼も頭を抱えた。
「カナデさんも?」
「ああ、俺もなんだ。ま、俺の場合は潰れかけた楽団なんだけどな。今そこでしごいてる」
ホホォ、監督位置、と思いながら彼を見る。頬杖をついた彼は私をみた。
「妹ちゃんは歌わないの」
「最近はーー」
「あれ、ナマエちゃんじゃーん!なになにデート??」
そう寄ってきたカズナリさんに、いえ、知り合いとたまたま鉢合わせだので、と言う。
「ってあれ、カナカナじゃん!」
「よー、パリピ。元気か?」
「超元気ー?なに?カナカナとナマエちゃん知り合いなの?」
「あぁ。今うちの楽団に誘ってたとこ。じゃ、これ俺の連絡先だから」
そう私に連絡先を渡してカズナリさんの頭をポンと叩いたカナデさんは、会計を支払ってくれたらしい。今度お礼しないと。
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「無理無理無理無理」
「あ、女の子ならもう一人いますよ!大神さんが!」
そんな会話が聞こえてきて、調理の手を止めてそちらを見る。同じようにこちらを向いていた視線に首を傾げれば、椋くんがこちらにきた。
「あの、ナマエさん、」
「はい、なんですか?」
「音楽のテストがあるので、一緒に練習して、ほしいな、なんて」
消え入りそうな声である。藁にもすがる雰囲気は音子ちゃんに通じるものがある。仕方ないなぁ、と苦笑いしていいですよといえば彼は目を輝かせた。
「ただ、私は音楽は厳しいかもしれませんけど……」
そう少し目をそらせば周りは私をみた。
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確かにナマエちゃんの音楽は少し厳しい。笑顔で、ここをもう少しこうすれば、とか、半音ずれてます、とかスパスパというからだ。なんだなんだと周りが見てる中指導する姿はなんというかいつものナマエちゃんと結びつかない。
「やっほー!ムッくん!コーチつれてきたよー!」
「痛い痛い、カズナリ痛い!」
そうズルズルと引きずられるようにやってきた青年は妹ちゃんいるからオールクリアじゃん、とふてくされた。
「カズナリくんの知り合い?」
「そ!奏組っていうオーケストラ率いてんだー!知り合いがそこ所属しててさぁ!」
「あぁ、あの……」
そう手を叩いた一部に首をかしげる。そばにいた支配人が、ああ、うちと同じ運命を辿ってる……と告げた。……潰れかけの楽団らしい。潰れかけかよ、とぼやいた綴くんに左京さんが思案して口を開いた。
「いや、正しくは潰れかけていたが最近は評価が上がって復興してるはずだ。それも新しい指揮者がついてから……」
「それがカナカナってわけ!」
そう青年の肩を叩いたカズナリくんに、青年は頭をかいた。
「あー、頼尾 カナデっす。今聞いた通り、奏組の指揮者。まぁ、音楽の御用命があれば金額要相談でどうぞ」
「で、大神の知り合いというわけか」
「妹ちゃん……ナマエちゃんの兄貴と同窓なんすよ。後は音楽のいろは教えるの担当だった」
と言いつつ彼は楽譜をヒョイっと取る。ナマエちゃんがあっ、と手を離した。
「教えるのはいいけど、オニイサンは厳しいぞ〜……って思ったけどテストぐらいなら大丈夫だろ。自信持って歌っとけばいいさ。最後に聞こえたのはいい感じだった。ああいう風に歌えばいい、自信持て〜」
グシャグシャと頭を撫でた彼はムッくんに楽譜を渡した。ナマエちゃんを見た。
「で、妹ちゃん」
ナマエちゃんがズルズルと下がってオミくんの後ろに隠れる。
「人魚姫と美女と野獣どっちがいい?」
「それはどういうものですか。そもそもどっちですか」
「残念だけどフルートもピッコロも人員足りてまーす。残ったのは一つでーす。いや、定期演奏会なんだけど、そろそろクラッシック飽きたからテーマ別やりたいんだよな。だからどっちがいい?」
「う、うぅ……」
「大丈夫大丈夫、前やったことある感じだから。じゃ、人魚姫な!」
はい、と何か冊子を渡した彼にナマエちゃんががっくりと肩を落とした。カナデくんは私を見る。
「つーことで、一カ月と1日、事務員ちゃんお借りします〜。そのかわり今度タダで音楽提供する」
「え……」
「演劇には音楽が必要だろ?小規模だがフルオケだ。録音も可」
「よくわからないけど、よろしくおねがいします!」
そう両手を握ったのは仕方ないと思う。
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ナマエちゃんがカナデくんに連れていかれることが増えた。何してるんだろうね、という話をしながら帰っていたらポスターを見つける。オーケストラの定期演奏会ーー奏組のポスターだ。朗読歌劇と書かれたそれに人魚姫?と首を傾げた。帰ったら話を聞いてみようか。
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「朗読劇やるのか?」
そう尋ねた丞さんに肩を跳ねさせたナマエちゃんは完璧に縮こまった。やっぱり彼も見たらしい。台本だかなんだかで顔を隠したナマエちゃんに、あざとい、と呟いたのは至さんである。
「頼まれてしまって……」
「朗読劇?大神さん、劇やるの?」
「朗読歌劇だから歌も歌うんじゃねぇの?」
善意のキラキラビームと悪意ある弄りにナマエちゃんが余計に縮こまる。
「朗読劇なので立ち回りないです……うたもうたいます……」
「一人なのか?」
「ひとりです……」
「大丈夫なのか?」
「カナデさんにしごかれる日々です……」
その言葉にイマイチあの人のしごいてる感覚がわからないんだよなぁ、と思う。優しそうだし。
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あぁ、この子はこういう子なんだな、と理解する。舞台の中、オーケストラに囲まれてたった一人物語を紡ぎ歌う彼女に始めてあの子を理解した気がした。クルクルと変わる表情に、指先、声の出し方、全てが慣れているな、という感じだ。そして、耳を揺さぶる音に心が震えるのだ。沢山の拍手に包まれた彼女はスカートの端をつまんで華麗にお辞儀した。
彼女に花束を渡さないとなと思っていれば彼女は人に囲まれているのが見える。苦笑いで回避する彼女を楽団員がつれていくのをみて、楽屋にむかおうとすれば監督?と声がかかった。
「あれ、紬さんと丞さん?来てたんですね」
「なんやかんや気になって……でも素晴らしい演奏と朗読歌劇でしたね」
そう言った紬さんに、確かに、と頷く。
「それにしても意外だったな。舞台に慣れてる感じだった」
「それは思った。何処かで舞台に立ってたのかな?」
楽屋をノックすれば男ねね人の声が聞こえる。扉を開ければ楽団の人がたくさん顔をのぞかせた。
「お前ら、その人達は本当に大神の知り合いだから通してやれ。お前らは十分大神と喋ったろ、さっさと片付けしろ」
「ええー!」
「次の課題曲、お前らが死ぬ曲選ぶか……」
「シー、マエストロ!片付けさせていただきます!」
さっと片付けに入ったまわりにカナデくんは睨みを効かせ、私たちを手招いた。そして、妹ちゃーん、知り合い来たぞー、遠くの扉にこえをかけた。
「悪いな。今妹ちゃんお着替え中でよ」
「いや、……音楽のことはあまりわからないが、素晴らしい演奏だった」
「おー、花束、サンキュー」
「あの曲はオリジナルなの?」
「まぁな。指揮やるより曲作る方が好きなんだよ。引き受けたもんは全力で頑張るが」
「ナマエちゃんは慣れてるみたいだけど、ああ言うことしてたの?」
「昔、朗読歌劇と踊り子してたんだよ、あの子。巴里でな」
「え!?巴里!?ニューヨークじゃなくて!?」
「あぁ、ニューヨークはその後だ。歌劇団にちょこちょこ参加してたようだが、俺はニューヨーク行ってないからわからん」
はぁ〜と感心してしまう。通りで舞台に慣れているわけだ。
「……辞めたのか、舞台」
「機会があったらやるんじゃないか?あの子体が弱いから、あんまりがっつりやると倒れちまうだろうし、頼れる身内が近くにいないから無理するわけにもいけないんだろ。あの子の体のことはあの子が一番わかってるさ」
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