2018/01/17
ある歴史書に関する報告・七
着々と味方が増えたからだろうか。少しずつ安心したように外に出ていたナマエが何か見つけた。その使われていない倉庫となった一室は、ざっくばらんに物が積み重なっている。そこに、落ちていたのだ。きつねのぬいぐるみが。ジィッと見つめていたナマエは、それを取るとただ一言口を開く。
「……こんのすけ?」
その言葉に、それは淡い光を灯した。
「ぼ、ぼ、ぼくすいさ、きくちさ、」
そう半泣きでやってきたナマエに、どうした?と牧水は首をかしげる。近くにいた菊池を見つけると菊池の後ろに回り込んだナマエは指を指す。
「ぬ、ぬいぐるみが動いて喋った!」
そんな言葉の後、やってきたのはもふりとしたきつねだ。
「主様、逃げることはないでしょう!あと、こんのすけはぬいぐるみではなく管狐です!」
そう主張したきつねに、ナマエはピャッと菊池の後ろに隠れる。
「おー、こんのすけか」
「また懐かしいものをつれてきたな」
「む、若山様と菊池様は私を覚えていらっしゃるのですね!」
そう机の上に乗ったきつね――こんのすけに、ナマエは二人と一匹を見比べる。
「菊池さんの最新鋭のおもちゃ……?」
「何がどうなってそうなったのかが気になるが、なんだっけか、稲荷だったか?」
「く・だ・き・つ・ね!でございます!」
「あー、そうそう管狐」
「全く……主様はやはり覚えていらっしゃらないのですね。仕方のないことではありますが」
そうため息をついた管狐――こんのすけに、ナマエは恐る恐ると言った様子で触る。ふわふわだ、と言って手についた埃に顔をしかめたが。
「お前さんどこから?」
「主様の部屋の中でしょうか。倉庫となっておりましたが……」
「あの部屋、あったのか……?」
「恐らく術により皆様に気付きにくくされていたのでしょう。記憶がなくとも、主様がそれを見つけ――私を見つけてくださいました」
ぱたん、と尻尾が動く。ナマエは扉の外を見て口を開く。
「陸奥守ー、陸奥ー、むっちゃんー!」
「なにやがー?ワシは佐藤弄るんに忙しいぜよー」
「弄らんでいい!」
「むっちゃーん、なんか変な狐見つけたー!」
「あ、おい!陸奥守!」
そんな声にバタバタと足音、佐藤の声がする。顔を覗かせた陸奥守はこんのすけを見た。
「こんのすけ……?おんしゃあ、あのこんのすけか!」
「なんと!もう顕著されていたのですね!」
「ここに遡行軍がきてのぅ、間一髪やったぜよ」
「むっちゃんの知り合い?」
「主も知り合いじゃあ、またそのうち思い出すじゃろ」
「お前さん、まぁた佐藤を虐めてたのか」
「虐めちょらん。ちっくと手伝ってもらっちょった」
「じゃあ俺に押し付けたこの本の塊はなんだろうな?」
そんな声に、陸奥守が後ろを見る。山積みの本を抱えた佐藤がいた。
「おんし、足早いんじゃな。文系やき、遅いとおもっちょった」
「お前、ちょこちょこ俺をなめてるよな?」
「おんしを舐めても美味しゅうないき、舐めん」
「こいつ……!」
そうワナワナと震えた佐藤は、は、と視界にナマエがいることに気付き怒りを納める。また怖がられるのはごめんである。当のナマエは「佐藤さん足長いので足速いでしょうね」とよくわからないフォローをいれたが。
「何運んでたんです?」
「今、の。歴史書ぜよ、どこで何が変わったかわからんき」
「今はどうなってるんですか?」
「大筋はかわっちょらん。じゃけんど、細かいとこ、でかわっちょる」
「……まだ大筋が捻じ曲げられていないのは、恐らくは検非違使がいるおかげでしょう」
「検非違使?」
「審神者が、歴史を守る人。遡行軍が歴史を変える人。検非違使は……歴史を正す人?」
ナマエがそう首をかしげる。
「主、覚えちゅうがか?」
「夢で教えてもらった」
「わしらかえ?」
「ううん、検非違使……お前、殺されるから気をつけろよって言われた」
そうナマエが言う。まわりがギョッとした目でナマエを見た。
「だから、あれが起こったかと思って」
「あれ?」
「お前さんが来る前に襲撃されてな。でも、ナマエを狙ってるわけじゃなさそうだったが」
「襲撃、ですか。良くも悪くも、主人様がいることで審神者側は再起が可能です。今から見た過去が守れなくても、未来から見た過去は守れます」
「現在は、と言うことか」
「他の審神者はいないのか?」
「いないことはありません。恐らく強い審神者の方々は神域に非難されています」
「じゃあなんでナマエはこうなってる?」
「主様は司書でもあります。審神者の上層部は主様に『歴史書』を書き、図書館に封じるように告げておりました」
「だからナマエだけが残った、か」
そう告げた菊池に、佐藤が眉間にシワを寄せる。
――歴史書を作りたいんです。詩、短歌、俳句、小説、どんな形でも構いません。正しい歴史を書いた話を、できるだけ多くの文豪に書いて欲しいんです。
そう告げた女に、面白そうだな、と返事をする。俺も俺もと会派を超えていろんな文豪がその構想に参加した。そうして作り上げた一冊――と言っても原稿用紙の集まりを女は大事そうに抱える。ありがとうございます、と笑った女は何処かにその一冊を隠してしまった。
「佐藤さん?」
「あぁ、いや、なんでもないんだ」
覗き込んだナマエに、佐藤は首を振る。話に混ざらなくていいのか?と聞けば、変に混ざらない方がいいと思って、と告げた。
「私、みんなといた記憶がちゃんとあるわけじゃないでしょう?だから、見て、聞いてるだけ」
そう言ったナマエに、佐藤も口を開く。
「俺と一緒だな。なんとなくそんな感覚はするが、いた記憶はないんだ」
「お揃いですね」
そう笑ったナマエに、佐藤も、ああ、そうだな、と告げる。
「ナマエは、あの詩をどこで知ったんだ?」
「詩?」
「春霞」
「耳に残っていました。わかりません、淡い記憶の中で、誰かが詠んでいるのを春になると思い出します」
「だからあのインクも春霞なのか?」
「はい……あのままインク屋さんで働いていれば、こんなことにはならなかったのに」
「大学には行かないのか?」
「行く行かないの問題じゃなく、資金面から行けない、ですよ。足長おじさんがいるわけじゃないのに」
「……足長おじさん?」
「知りません?」
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