2018/01/17
文豪(仮)
・自称トリッパーが司書する話
==
うそだろ、おい。
目の前で私を見下ろした人は、アニメ第1話オープニング前のシーンのように、ニコリと歯を見せて笑う。
「佐藤春夫だ。門弟三千人の人望は伊達じゃないぜ!」
その言葉に私は声をあげた。
私の名前は苗字ナマエ。ただの大学生だ。ただの、といえばなんとかなるとかは思っていない。普通の大学に通うゲームやら漫画やら所謂二次元が大好きな人間である。そんな私がなぜこんな古びた図書館にいるかというのは、階段から滑り落ちたらこの図書館の一階で館長に助けられたからなのだが、まぁ、なにが言いたいかというと、人間、推しがいざ目の前に来るとパニックになるというか、なんというか、とりあえず、私は奇声をあげて、全力で距離をとったと思う。その証拠に上から本が大量に落ちて来て私はそれに埋もれる。自己紹介をして見せた推しは慌てて駆け寄って来てくれる。
「だ、大丈夫か!?」
「あー、むり、つらい、しんどい、ちょくしできない」
そう片手で顔を覆う。ちらり、と見えた顔は困惑しているようだ。
「お、おい?」
「格好良すぎて、目に毒だ、結婚したい……」
そこまで言って慌てて口を紡ぐ。やばい、内心が漏れてしまった。
「忘れてください」
「……それは無理だと思うぞ」
==
「館長ー」
「ああ、苗字さん、さっきすごい音がしたから心配してたんだがーー……」
「本の整理してたら召喚しちゃった」
「よし、初めから話そうか、苗字さん」
館長はそう言って応接間のソファにある本をどける。佐藤さんと私に座るように促すと、対面に館長が座った。
「初めからって言われても、サ行の棚を整理しようと思って、そこについ、佐藤先生の本があったから読んでたんですよ。で、こう、たまに、詩って口ずさみたくなる時あるじゃないですか。口ずさんだら佐藤先生が現れた、以上です。ちなみにすごい音は私がパニックになって本棚にぶち当たり、本が落ちた音だと思います」
「怪我は?」
「ないです、でも、いらないことを言ったので佐藤先生からの信用もないです」
そうつらつらと述べてみる。そんなことないぞ、とは佐藤先生の言葉だが太宰さん谷崎さんに並ぶ変人にあげられてる気がする。
「まぁ、これで館長と二人暮らしから解放ですね、いえーい、残念、晩酌からの解放」
「君仕事は増えるがな」
「え」
「君に才能があるとは、何があるかわからんものだなぁ」
館長はそう言って頭をかいた。
ーーこの世界の本、は、消えつつある。それはどうしてかわからない。いきなり現れたソレ、は、本を侵食しその存在ごと消そうとしているのだ。その歯止めになるのが、同じく本から転生する彼らなのである。
「特務司書雇うって言ってませんでした?」
「君ができるなら問題ないだろう?佐藤先生が面倒見てくれるぞ」
「なにそれヒャッホイ、緊張する」
「アンタ日本語下手だな」
ポツリと佐藤先生が呟いた言葉に私は固まり、館長は吹き出した。
「苗字さんは独特だからなぁ」
==料理の話
「言っておきますが」
そう佐藤さんをみる。佐藤さんは首を傾げた。
「私和食壊滅的なんで、洋食しかつくれません!以上!」
「なら、和食は俺が作ってやろうか?」
「先生の手料理?同棲かな?」
「お前の思考回路はホンット突拍子もないな」
==
「こう、ね、佐藤先生は最初にきた文豪じゃないですか」
「ああ、そうだな」
「なので、今日から親愛を込めてさとはるせんせって呼ぶことにします。以上、業務連絡終了」
「おい、それは業務連絡じゃないだろう?私信だぞ」
「冗談です、さとはる先生。業務連絡というか、相談なんですけど、どういう編成にするか悩んでるんですよ」
そう真面目モードに突っ込む。佐藤先生は顔を上げた。
「銃と刃、弓、鞭の構成がね。基本、遠距離2、近距離2で組んでもらってるんですが、やりにくい人もいるんじゃないかなぁって。人間関係とか全く考えてないから」
文豪同士の人間関係なんて知らないし、どこがどうだからという前情報もない。だから、たまにやらかして大喧嘩に発展、なんでコイツと組ませたんだ!と怒られることもある。というか、今日怒られた。おかげで報告書は増えてしまったし、部隊の再編成という仕事ができてしまった。
「全員が全員、動きやすくするのが目的だけど、人間関係はどうにもならないやぁ。子供でもお手手繋いで仲良しこよしが難しいんだから、大人はもっと難しいですよね」
そう言ってソファに寝転ぶ。私に人望があったら変わったんだろうけれど、それはない。
「どうやったら、いいんだろう。って、愚痴になってしまった」
そうやれやれと体を起こす。まぁ、さとはるせんせ、成るように成るでしょ!と笑って立ち上がる。
「おやすみなさい、さとはる先生。明日はお休みでいいですよ」
==
カチン、ときたというか。頭にきたというか。周りの音が、一瞬遠のいたというか。ああ、これ以上はいけないな、と思い立ち上がる。
「これ以上は水掛け論だし、今日はここまで、解散ってことで!」
そう言えばいろんな視線がこちらを向いたが無視をする。外に出るか、といきをはいて外に出た。
別に、文豪に不満があるわけではない。彼らは必死だからだ。文学を守るために。別に、文豪が嫌いなわけではない。彼らはよくない感情もあるだろう。でも、それでも。
「あれ?足が進まないぞ?」
そう自分に苦笑いした。街を思う存分ぶらぶらし、そろそろ帰らなければいけない時間だというのに、足は進まない。帰りたくないらしい。わかるー。小言待ってるもんねー。脳内でそんな会話をして、しゃがむ。
「私だって、わがまま言いたいんだぞー、私はまだ子供なんだぞー」
そう言ってみても返事はない。はぁ、とまたため息をついて近くのベンチに三角座りをして、目を瞑る。落ち着いたら帰ろう。
==
「遅い」
そうエントランスでごちてみるが、かえってくる気配は微塵もない。時計はとっくに夜の十時を指している。放っておいても帰ってくる、だとか、司書はもう子供じゃない、とかいう言葉に、あの子はまだ法律じゃ未成年だぞ、と告げてしまったのは仕方がない。あの子もいっぱいいっぱいなんだろう。俺たちのような大人の一挙一動に振り回されて。変なことは言うが、それはワガママではない。むしろ、ワガママなのはこちらだろうとこの前の彼女の会話で察した。タバコの本数が増えていく。健康に悪いと言ったくせに。
「苗字さんはまだ帰ってきてないのか?」
そうやってきた館長に「ええ」と頷く。帰ってくる様子はない。
「少しみてくるよ。あの子は急に現れたから、急に消えるんじゃないかと心配なんだ」
「急に?」
「あぁ、まさに現実は小説より奇なり、というか。まぁ、よくわからないが、あの子は身寄りがないらしくてな」
「身寄りがない?」
「ついでに戸籍もない。だからあの子はここで暮らしていたんだよ。俺もあの頃は別の場所に住んでいたからなぁ、夜はあの子一人だったんだ。だから、毎朝あの子が消えてないか確認することから仕事が始まったよ」
そう言った館長は扉に手をかけた。
==
「苗字さーん、帰るぞー」
そんな声がして顔を上げる。そこにいたのは館長である。ぐしゃりと大きな手で私の頭を撫でた彼は怒らない。はーい、と気だるげに返事してもだ。
「しばらく、苗字さんはお休みだな。働き詰めで休んでなかっただろう?」
「いやいや、頑張りますよ」
「館長からの、ご達しだ。苗字さんは一週間休み」
「いやいや、その間の仕事どうするんですか」
「一週間ぐらいなんとかなるだろう。周りは大人なんだから」
==
帰ったらさとはるせんせがいた。怒ってるように眉間のシワをよせて。まぁ、それを言ったら怒ってないと言われたが、本人は不機嫌なままである。触らぬ神に祟りなし、触れないでおこう。
「ただ今司書休業中です。司書にご用のある方は館長にお願いします。ここにいるのは苗字ナマエちゃんです」
おししょはん、とやってきたオダサクさんにそう言ってみる。今日は一日ゴロゴロするんだい。というか部屋にこもる。邪魔をするなー、とふざけたように告げた。
「えー、じゃあ、ワシもゴロゴロするー」
「えー、」
そうオダサクさんと見つめあって数十秒。く、負けた、と言いながら部屋の中に入りクッションに沈む。
「おやすみ!」
こういう時は寝るに限るのだ。
==
「司書に客だぞ」
「私に知り合いいないんだけど」
そう言いながらのそのそと立ち上がる。どんな人?と聞けば、森先生ぐらいの年の男だ、と言われる。余計に知らないぞ。
とりあえずエントランスに行けばイケオジがいた。私をみて目を見開いたけど、知らない人だ。
「苗字さん、」
「……やっぱり知らないんだけどなぁ。はぁい、苗字です」
そう言って彼の前に立つ。こちらをまじまじとみた彼は私を抱きしめた。……って、
「は!?え!?あ、ええ、ちょ!?」
「あぁ、すまない、君の姿がまた見れたのが嬉しくて」
そう言った彼に、さとはるせんせが割って入る。私はさとはるせんせの後ろに隠れる。
「失礼ですが、貴方は?」
「私は花賀瀬と申します」
「花賀瀬?花賀瀬キョージュの親戚とか?」
「あぁ、覚えておいてくれたんだね。いや、親戚ではないよ。私は花賀瀬本人だ」
そう首を振った彼に、いや、それにしても、数ヶ月の間で変わりすぎでは?と思う。さとはる先生ぐらいだったでしょ、花賀瀬先生。彼は嬉しそうに表情を緩める。
「あぁ、君の書いた物語を寄贈してよかった」
またこうして出会えるなんて。
その言葉に、頭の中が白くなる。どういう意味かを頭の隅では理解したが、理解したくないと心が警鐘を鳴らす。頭は機能を停止する。
ーー階段から落ちた。それはどうして?足を滑らせたから?
――いいや、違う。誰かを何かから庇ったからだ。では、何から?
それは、鋭い、銀色、衝撃、叫び声、痛み、落下、浮遊感、誰かの手。恐怖、思った、でも、かなわない。
「あ、ぁ、ぁ、」
そう頭を抱える。なんだ、これは、知らない。わからない。怖い。脳が処理をする。心が処理をしなくていいと叫ぶ。鮮明になり、繰り返される映像。
――刺されるナイフ、笑う男、階段を転がり落ちる私、周りの叫び声、先生の声と伸ばされた手。
「先生、嫌だ、死にたくないよ」
そう目の前の人の服を握る。だれかはこちらを見る。傷などないはずなのに、そこがひどく痛んで抑える。頭がぐちゃぐちゃする。
「死にたくない、怖いよ、助けて、」
「苗字!!」
そう叫んだのは先生じゃない。佐藤先生だ。佐藤先生は私を先生から引き離す。
「しっかりしろ、アンタは司書だ、こっち側じゃない」
「佐藤先生、どうかしたか!?……!貴方は、」
館長が言葉を詰まらせる。先生、が、館長を見た。
「佐藤先生は彼女を医務室に運んでくれないか?」
「あぁ、わかった」
佐藤先生はそう言って私を抱えた。
oo
――何故、文豪ではないのに司書は俺を連れてくることができたのか。
そう尋ねたのはいつだったか。人数が少し増えたとき、だったろうか。その問いには猫が答える。
――司書は導くことはできるが、連れてくることはできニャい。
――なら俺は導かれてきたということか。
そう納得した。でも、事実は違うのだろう。
――あの子が同じ存在だから、俺は連れてこられたのだ。
猫のように丸まって布団にこもる彼女に、なんと言えばいいかわからない。森先生も彼女を見るだけだ。のそのそとやってきた猫が、インクと一冊の本を持ってきた。そして、俺たちに施すようにあの子に施す。それは彼女に馴染んで消え、寝息が聞こえた。
「しばらくすれば落ち着くだろう」
それだけいってネコはベッドの上で寝転ぶ。森先生が眉間にシワを寄せた。
「……司書は文豪か?」
「あぁ、そうだ。お前たちとは時代がかけ離れているがにゃ。元々、苗字ナマエという人物は」
そう言って猫は彼女をちらりと見る。
「小説家の『教授』に見出された一人だった。見出されるまではただの学生には間違いない。今はその記憶だけで動いているようだにゃ」
猫はそう言って彼女を尻尾で叩いた。
「だが、才能を見つけた教授と過ごし、無名ながら芥川賞にまで迫った人物だ。今から十数年前になるが、苗字ナマエを妬み教授に恨みを持った人物に胸を刺されて階段から落ち――死んだ。そこから芥川賞や直木賞の候補者はその受賞発表までなを伏せるようになった」
「……」
「芥川賞に迫った結果、刺されて死んだ人物、世間にはそう言った印象だろう。面白おかしく世間は苗字ナマエの本を求めたが――教授が圧力をかけ、本を全て回収した。後に一冊だけを彼がここに収めたらしいがニャ」
「じゃあ、どうして司書は転生した?」
「館長の奴の力だろう。まぁ、苗字ナマエも生前は適性があったのかもしれにゃいが」
==
「死んだ記憶があって生きてるってことはなんてこったい、私、転生してるじゃん。どうりで先生老けてるわけだよ、ま、生きてるしハッピーハッピー!」
そう告げたらさとはるせんせが頭を抱え、森先生が目を瞬いた。なんだ、シリアスモードは長く続かないぞ、と首を傾げれば、さとはるせんせがため息をついた。
「いいや、アンタにはそっちの方が似合う」
「はっ!文豪的な存在ならさとはるせんせの門弟入れるのでは!」
「お前はちょっとなぁ」
「やっぱり太宰さんと谷崎さんと同類に並べられてる気がする」
そう言ってベッドからのそのそと立ち上がる。その際に胸元の傷確認したらさとはる先生に殴られた。痛い。
「はしたない」
「いや、わりかと綺麗に心臓一刺しだったから、傷跡あるかなぁって」
「心臓あたりに傷?なかったと思うがな」
森先生の言葉に、さとはる先生が目を白黒させた。これは揶揄うチャンスと思ったら、森先生が「医者としてみただけだぞ」と釘を刺した。ちぇ。
==
「」
Comment(0)
次の日 top 前の日