2019/01/28
↓改変 白と黒のリバーシ
そう、始まりは五冊のトリックノートから始まる。
昔々、私がまだ昔だと割り切れていなかった時に描いた空想。誰かの死をもって芸術となり、誰にも解けない謎である為に完全な犯罪となるものが書かれたノート。今はいない両親によって多額の値で取引されたソレは、今もどこかで事件をおこしているのである。
私、飯塚アキには不安定でどうしようもなく、前世と呼ばれるような他人の記憶があった。恋い焦がれ、幼い頃から、心の底から信頼を寄せ愛した人が犯罪プロデューサーであったとか、弟がいてその弟は私とは正反対にどこぞの探偵小説の主人公みたいであったとか、両親も普通ではなかったというか。ごちゃごちゃと混ざったままだった昔。私は或いは自ら進んで、或いは周りに唆されてトリックノートを書き上げたのである。
ため息を一つ吐き、連行される犯人を見る。奪い返したトリックノートの一部をカバンの中に放り込めば、警察官がやってきた。
「さすが、飯塚龍一の娘さんですね!」
その言葉にああどうもと苦笑いする。その飯塚龍一は私のペンネームだから私本人だとは、誰に言っても信じてもらえないだろうなぁ、と。
飯塚アキ、17歳。飯塚龍一という嘗ての父親の名前でミリオンセラーミステリー作家、してます。探偵業は二の次です。
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久々に帰国をしたので、知り合いの探偵さんのところに顔を出すとする。探偵でありながら探偵学校の先生をしているらしい。彼は変装が得意なのだから怪盗にならないのかと期待すれば怒られた思い出である。同い年ぐらいの人が多いが故に堂々と入ればバレないそこ。見つけた後ろすがたに、七海光太郎!と抱きつけば彼は振り返った。
「おまっ……また、不法侵入しやがったな!」
「ふふふ、堂々としていればバレないんですよ!同い年ぐらいの人がいるから!」
「不法侵入していい理由にはならねぇだろ!」
そう振りかざされた拳を避ける。危ない危ないと肩をすくめて、これだから七海光太郎は!といえば、これだからお転婆は!と言われた。解せぬ。私はお転婆じゃない。
「七海君の知り合いかしら?」
そう彼の正面からクスクス笑いながら口を開いたお姉さんに、七海光太郎の後ろに隠れる。誰、彼女?と聞けば、違わい!と頭を殴られたけれど。
「いったーい!七海光太郎!暴力的です!ひどい!」
「お前は俺と他に対する扱いが違いすぎる!」
「七海光太郎は七海光太郎ですもん!」
「なんだその理由!」
「怪盗紳士にいつなってくれるんですか!」
「だから俺は探偵だっての!」
頭をグリグリする七海光太郎にやめてやめてともがく。
「シノちゃん、団先生、ちょーっとコイツ送り出してきます」
「野蛮人!」
「うるせぇ、俺に構って欲しけりゃちゃんとアポとれ!」
「七海くんの親戚?」
「シノちゃん、違う違う。なーんか事件現場で良くあって懐かれたガキンチョというか」
「髪の毛くしゃくしゃになります!」
「……事件現場で?」
そう車椅子の男性が真面目な顔をしたけれど、グリグリが痛くてソレどころじゃない。涙目である。お姉さんが止めてくれて七海光太郎は手を離し、背中を叩く。
「ほら、自己紹介」
「……探偵の知り合いは、七海光太郎だけでいいですよ?」
「いいんだよ、ほら」
「……飯塚アキです……」
そう七海光太郎に隠れながら言えば、あら、あの飯塚龍一の?と言われる。話は聞いてるわ、とは事件を解決している噂だろうか。
「DDCでも貴女の話がたまに上がるのよ。先に事件解決されたと思ったら、あの飯塚龍一の娘がいたって」
「あー、違う違うシノちゃん。コイツのペンネームが飯塚龍一だから、実際 は飯塚龍一が謎解いてる」
「えっ、でも、彼のデビューを考えたら……」
そう、ソレだ。私が叔父に勧められて小説を書いたのが10の時である。おおよそ10の時に書いた小説ではない。
「……そういう反応をされるのが嫌で娘を名乗っているのか」
「……というより、みんな信じませんし、そっちの方が都合がいいんです、色々と」
七海光太郎の後ろからそういう。また七海光太郎に前に出されたけれども。
「で、俺に何のようだ?事件現場に行くわけではないし」
「七海光太郎に物を預けたくって。あと、海の夢の国のネコちゃん欲しいです」
「お前はまたそうやって俺をパシるな。俺は暇じゃないんだぞ。あとこのあいだ、京都行ってきたついでにオオサンショウウオのデッカいやつかってやっただろ。それどうしたんだ」
「ふふふ、ダイちゃんなら私のベッドの半分くらいを占拠してます。次のネコちゃんはお出かけ用です」
そう答えつつカバンの中からノートの切れ端をファイリングしたものをとりだし、無理矢理丸めて七海光太郎のポケットにいれた。
「預かっててください」
「なんだこれ」
「また悪用されたらたまらないから七海光太郎が持っ出てください。警察もあてにならないって海外でわかったので」
そうカバンの中身を原稿だけにし、じゃあ、と手をあげる。ネコちゃん待ってます!とだけつげてその場をあとにした。
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かけていった飯塚アキに七海光太郎はため息をついてその背中を見送った。全く世話のやけるお転婆娘である。何がどうして懐かれたのかは検討もつかないが、あのお嬢さんはいつも七海光太郎に対してはああだ。
「七海くん、彼女だと気付いていただろう?」
そう尋ねた団に、七海はええまぁ、と頷いた。特徴的な足音だった。綺麗すぎるというのか。足を引きずったり、すったり、重心が偏ったり。そういう癖がないのである。コツコツコツ、と綺麗な足音なのだ。いうなれば、癖がないのが癖というか。
「ったく、困ったモンですよ。すぐにああやって俺をこき使おうとするんですから」
そう言いつつ、七海光太郎は今度は何を押し付けたのかとポケットに突っ込まれたファイルを取り出す。無理矢理丸められたそれをポケットから取り出せば幼い字で書かれた何かということは理解できた。なんだ、とマジマジと見てみればそれは推理小説ーーいや、ある意味では犯罪のトリックである。それも、完成度が酷く高い。七海光太郎が眉間にシワを寄せていれば、その様子を不思議に思った団がどうしたんだと尋ねるのはすぐのことである。
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私・飯塚アキに関するネットの評価は様々だ。飯塚龍一となれば、今世紀最高の、だとか、推理小説界の、だとか最高の褒め言葉がつくというのに、私に関しては死神扱いなのが多い。私が事件を起こしているわけでなく、いや、トリックノートは私が書いたから私が発端かもしれないけど、まぁ私が事件に首突っ込んで事を解決する、が、私がいたら事件が起こり解決する、に解釈されたからかもしれないけども。まぁ、基本顔バレしていないからいいんだけども。
「また君を死神扱いか」
クスクスと笑うその人は、ある意味器用に、するりと、私の心に踏み込んだ人である。七海光太郎が足音を立ててドカドカとやってきているのに対し、彼は足音を殺して、いとも簡単にやってきたのである。昔の記憶がなければ彼にとても好意を寄せたかもしれないが、昔の記憶があるからこそ、わかるのだ。彼は私に近づくために多くを偽ってやってきているのだと。まぁ、わかっていれば恐らく足を踏み外すことは無いと思う。彼ーーケンさんと話すのは勿論趣味が合うから楽しいし、記憶の中にいる恋い焦がれた人と似ている節があるからだ。
「漫画や推理小説の探偵さんの気持ちがわかりました」
そう言いつつ紅茶が注がれたカップに口をつける。相変わらずこのお店の紅茶は美味しい。
「私が来て事件が起きているならこのお店もとっくに事件が起きてますよ」
「うん、それもそうだ。君は死神じゃない。こんな素晴らしい作品を生み出せるから、君は知恵の神あたりじゃないかな?」
「お世辞を言っても原稿用紙しか出てきませんよ」
「それを楽しみにしてたんだ」
そう言った彼は紅茶をのみつつ、私の原稿用紙にまた目を通し始める。こうなって仕舞えば一息に彼は読むだろう。マスターもそれを見て苦笑いした。私も読ませてほしいところだね、と言ったけれども発売を待ってほしいところである。
「そういえば、マスター、オオサンショウウオのぬいぐるみ貰った話しましたっけ?」
「あぁ、あの京都のかい?」
「そう!私のベッドの半分ぐらい、取られちゃうんですよ!」
「それはまた大きいな」
「それを成人男性が京都から東京まで運んだって思うととても面白くないですか?」
「また貢がせたのか、君は」
やれやれというようにマスターは息を吐く。
「貢がせてませんー、欲しいって言っといただけですー」
「それを貢がせるっていうんだよ」
「まぁ、私の話はおいておいて、そんな状況で思いついたのが今回の話です!」
「アキ、うるさい」
そう隣から聞こえたブーイングに、ムッとする。マスターが見兼ねてクッキーをくれた。
「いい子にしてたら遊園地に連れて行ってあげるから」
その言葉にお口にチャックをしてマスターを眺めることにする。マスターは苦笑いしていたけれど。
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原稿用紙を担当さんに渡し、ケンさんに遊園地に連れて行ってもらい、満足する。いい話が書けそうだな、とるんるんしながら思いついた話を口ずさめば彼は何も言わない。赤信号で車を止めた彼は私を見下ろした。
「次のお話かな?」
「はい、次は二つの話を書くとします。真っ白な探偵とー、真っ黒な犯罪プロデューサーの話です」
「……またシリーズになりそうだな。どっちが勝つんだ?」
「勝ち負けなんてありませんよ」
「どうして?」
「二つは交わることなんて平行線なんですから、勝ち負けなんてないです。でも黒と白はリバーシみたいですね」
そう鼻歌を歌いながら物語を描く。ケンさんは何も言わずにまた車を走らせる。そうしてついた家の前である。ケンさんにお礼を言って降りれば彼は私を見上げた。
「アキ、君は何色かな?」
「私ですか?私は薔薇色ですって言いたいですけど、実際のところは鼠色ですね。黒色に近づきすぎれば黒くなってしまうし、白色に近づいたら白くなりますね、きっと。リバーシでいう、次の一手に翻弄される真ん中のコマです」
おやすみなさい、と笑って家に帰る。なぜかいた七海光太郎に、遅い!と怒られてしまったけれど。
「なんでいるんですか、七海光太郎」
「おまえが説明もなく俺になんか押し付けたからだろ」
「どうやってはいったんですか?」
「探偵なら序の口だろ」
「不法侵入!」
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「トリックノート?」
そう応接室で首を傾げた七海光太郎に、頷く。ノートの切れ端を提示してどういうことだ?と尋ねた彼への返答である。
「小さい時に作ったものなんですけどね、親が売ってしまって。その一部が今でも多額で取引されてるみたいなんですよ。大人しく持ってくれているならいいんですけど、それを元に国内外で事件が起こるんです。最近たまに変な事件が起きるでしょう?私が解決してるやつ」
コーヒーを淹れて彼に差し出す。
「これ、私が小さな頃に作ったトリックなんです。犯人はそれを見て計画を実施するわけだ」
「……普通ならコレ重要証拠として警察検察行きだろ」
「私も本来なら警察検察に渡すんですけどね、偶に警察や検察達がトリック見て事件を起こすんです。だから基本的に叔父さんが管理してくれるんですが、叔父さんは日本にしばらく来れないみたいですし。七海光太郎が一番持ってても変なことしないなぁって」
そう言いつつ応接間にいるサメくんを抱えて対面に座る。彼は「お前が計画を与えてるわけじゃないんだな?」と真っ直ぐな目で告げた。
「そんなのは小説の中だけで充分です。お腹いっぱいです」
そう首を左右に振って、与えていないという。彼は少し考えて、でも書斎におくのは不安なのか?と尋ねた。
「お前の書斎、本がありすぎてちょっとやそっとでは見つからないだろ」
「書斎に関しては編集さんが来たり、ご近所さんが来たり、不特定多数の人が来ることがありますから。貴方みたいに不法侵入してこないとは限りませんし」
「あのなぁ、俺みたいな奴がほかに」
「いるから言ってるんですよ」
そう言いつつ、サメくんをツンツンする。相変わらずフワフワである。私に接触する為に私のこと勉強してきたなっていう人がちらほら、と言えば彼は恐らく顔をしかめるだろう。だから余計な言わないが。
「とりあえず、今日本で一番安全なのは七海光太郎が持つことだと私は判断したんです。だから預かっておいてください」
七海光太郎を伺うように見れば彼は大きくため息をついた。わかったよ、と言った彼はやはり物分かりがいい。
「というか、七海光太郎、書斎見たってことは家の中見たんですか」
「お前がいると思ったんだよ」
「私の部屋も?ダイちゃんが寝そべるベッドも?」
返事がない、目をそらした、ということは。見たのか。ダイちゃんが寝そべるベッドを。他人が見たらどこで私が寝てるんだ?と思うようなベッドを。
「うわぁ、変態だー!どうせコイツどこで寝てるんだ?って思ったんでしょう!」
「ち、が、う、!いや、確かに思ったが!」
「寝る場所はいろいろあるんですー!書斎の暖炉の前の大きなミケちゃんクッションとか!応接間のソファとか!ゲストルームのベッドとか!ダイちゃんの横とか!」
そう言ってサメくんを投げる。キャッチした彼はサメくんを雑に扱うんじゃありません!と叱った。
ちなみに飯塚龍一名義のツイッターで、娘がまたぬいぐるみを買ってきた、とぬいぐるみをもらうたびに写真でとる私である。一部屋にひとつはある。偶に怪しい(何か細工されている)ぬいぐるみを見つけては泣く泣く処分しているのだ。そんなに飯塚龍一の顔を拝見したいか。今の作者近影、サメのぬいぐるみに仮面だしその前はイヌのぬいぐるみに眼鏡だもんな。授賞式も基本コメントか娘と偽って私が行く感じだし。次からは誰かに飯塚龍一役を頼むかなぁ、と七海光太郎をみる。彼はコミカルにギクリとしたけれど。こういう反応が面白いのだとは言わないでおく。
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狭い空間というのは落ち着く気がする。オオサンショウウオのぬいぐるみのダイちゃんと壁の間とか。ダイちゃんと布団をかぶってしまえば一瞬で眠りに落ちてしまうのである。
誰かに髪をすかれている感覚がしてぼんやりと目を開く。そこにいた人物に、現実にいないはずの人物の名を紡げば彼は首を傾げた。それを見て、ああ彼はケンさんだと理解する。
「……ケンさん?なんでここに」
「……呼び鈴を鳴らしても出ないから。鍵が開いてたよ」
「あらら……戸締り確認せずに寝ちゃったからか……」
そうダイちゃん越しに彼を見上げる。ふ、と彼は口に笑みを浮かべた。
「無防備だな」
「眠たいんですもん」
またうつらうつらと船を漕ぐ。彼はそれにまた笑って、もう少しおやすみと私の髪を撫でた。
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規則正しい寝息を立て始めたこの子には、警戒心などないのだろうか。いや、警戒心よりは眠気が上回っているのかもしれない。この娘の警戒はわかりにくいものだった。恐らくこちらが近づく為に色々と偽装しているのを理解しているのだろう。寝顔はただの子供と同じだというのに、誰があの飯塚龍一本人だと思うのか。
今でこそ飯塚龍一の作品は大人に向け書かれたもの、少年少女のためにかかれたもの、ミステリーマニア向けに書かれたものなど多岐にわたるが、初期の作品ーーのちに闇の傀儡子シリーズと呼ばれる作品ーーは猟奇的で何処か美しい殺人事件が多かった。絵画のような彫刻のような描写。それは空想の世界だからこそできるものなのだと誰しもが思っていた。そう、誰もそれが場所と条件さえあえば誰にでもなし得ることができるトリックで成り立っているとは思っていないのだ。彼女の作品は全てそうだ。どんなことでも実際にやろうと思えばーー彼女がえがくように美しくなるかは別であるがーーなし得ることができる。それを理解する人間はちらほらといるが、決してそのトリックが使われないのは公になっているからだろう。
そう、彼女の描くトリックは公になっているから誰もやらないだけである。彼女が作り上げ、世界に拡散されたトリックノートは今も何処かで事件を起こしている。彼女の作り上げた完成されすぎたトリックに、何度心が踊ったことか。絵画のような事件現場に何度感嘆のため息をついたことか。彼女は比類なき才能の持ち主なのだ。こちら側に連れ去ってしまいたいほど。
彼女の顔にかかった髪をすく。まったくもってこちらの内心など何も気にしていないような寝顔である。それに笑んでいれば、アキ、という男の呼び声が聞こえてそちらをみる。こちらに近づく足音に窓を開けて庭にある近くの木に飛び移る。現れた真白の探偵は、眠っている彼女を見下ろして、何だ寝てやんの、と柔らかな笑みを浮かべた。
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目が覚めたらケンさんが七海光太郎に変わってた。何ということだ。とりあえず寝起きなので、出て行ってください!と彼の背中を押して扉の外にだす。扉を開けた彼に、着替えるんです!と怒れば彼は慌てて扉を閉めた。はぁ、とため息をついて部屋をみる。さて、ケンさんがいたのは夢だったんだろうか。開いている窓から外に見る。外には誰もいないようである。窓をしめて着替えを取り出して着替える。簡単に髪をとかして、扉を開ければ七海光太郎がこちらを見た。
「七海光太郎、朝から何の用ですか?」
「この前のトリックノート、あっただろ?ああいう変な事件が起きたからお前を呼びに来た」
そう告げた彼に流石にDDCは情報が早いなぁ、と思う。
「わかりました、いきます」
そう言いつつ近くのカバンをひっつかむ。窓をきちんと閉めて、戸締りをきちんと確認して家を出た。
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