2019/03/19
春、紅に染まりて ニ
すうすうと相変わらず部屋の中で眠っている苗字は呑気な顔である。そして、二人で少し広いくらいだった部屋は陸奥と長曽祢サンの登場によりだいぶ狭くなった。とりあえずそろそろ連れて行かねば出席がやばいだろうと苗字を担ぐ。教科書を眺めていた陸奥と壁にもたれていた長曽祢サンが、眞白?と首を傾げた。
「たまには連れ出した方がよくね?」
「は?」
「ちょっくら行ってくるわ!」
そうにこやかに笑ってそのまま部屋を後にする。二人の叫びが聞こえた気がしたが気のせいだと思いたい。
ーーあの事件で、この学校の生徒も先生もだいぶ減ってしまったらしい。残ったのは、あの時に残ってくれた先生と他の生徒を別の場所で保護していた先生数人。そして、生徒は一クラス分というところか。それにより学年みたいな区切りもなくなり、俺は今や十六夜達と同じ授業を受ける身になってしまったのである。まぁ、それは向こうにも言えるんだろうが。
「暁サン、チーッス」
「あぁ、眞白……って、苗字?」
「苗字殿はもういいのか?」
暁サンと蜻蛉切コンビに、コイツ寝たままだから授業で寝かせてても一緒、といえば蜻蛉切に首根っこを掴まれた。
「ぐぇ」
「申し訳ない、眞白殿。陸奥と長曽祢が追ってきている故」
「まーしーろー!」
そうかけてきた陸奥は苗字を奪う。俺は長曽祢に説教を食らう。
「それにしても、苗字はまだ眠ったままか」
「それな。よっぽど瘴気をすったか、政府が変なおろし方したか……まぁ、ぐっすりな寝顔なもんだな」
「まて、おろし方?」
割り込むような会話に俺は暁サンの後ろを見る。暁サンも振り返った。そこにいるのは先生の刀剣だ。カナタって呼べばいいと言っていた。
「カナタ殿、それはいったい?」
「まぁそれはおいといて、お前ら部屋入れ、坊はもう中だぞ」
器用に足で戸を開けたカナタに先生は頭を抱える。とりあえず苗字は苗字の席に寝かしておこう。何も知らない一部の生徒が不満を述べたが、苗字がなんでこうなったか知っている奴らは何も言えないわけで。ただ、困った顔をした先生にカナタさんが面倒くさそうにほおをかいた。
「あー、そいつなぁ、存在自体が不安定なんだわ。ある程度制限されてたのに、この前の騒ぎで頑張っちまったから余計に不安定になってて寝るしかねぇの」
「神さまのお手つきだからですか?」
そう尋ねた生徒に十六夜が静かに青筋を立てかけたがカナタが「いや?」と首を傾げた。
「どっちかってっと、ソイツは人間のお手つきだぞ」
その言葉に、先生が固まる。俺達は首を傾げる。
「は?……は?」
「俺は色々重なって、昔の掟なんて糞食らえと思ったから足を踏み外してこうなってるが、ソイツは人間が連れ戻しにきたから足を踏み外した」
「いや?え?」
先生が頭を抱える。カナタは仕方ねぇな、と言いながら先生に座るように促した。
「歴史の授業してやる。昔、審神者という存在がいてソイツらが刀剣率いて戦ったことはわかってるんだよな?」
「はーい、今みたいに一人一振りじゃなくて、苗字ちゃんみたいに、一人と多数だったんですよね?」
斜陽さんの問いに、カナタは頷く。
「あぁそうだ。あと、顔も真名も晒してた。が、今の刀剣は……まぁお前らがおろしてんのは正しくは分霊なんだが、本霊の記憶をある程度消されてる」
「武芸の、そいつは初耳だな」
頬杖をついた白昼サンの鶴丸が口を開く。カナタはそちらを向いて口を開いた。
「お前らは歴史を改変する奴らと戦ったことは覚えてても、誰に寄り添ったかは覚えてないだろ?」
「そりゃそうだ、何人審神者がいたと思ってるんだ」
「……多くの本霊がたった一人を選んだが、お前らは何も知らないだろ?」
その問いかけに刀は誰も答えない。隣の長曽祢も目を瞬くだけだ。
「昔の審神者は良くも悪くも名も顔を晒してたもんだから、本霊に連れてかれたんだよ。神隠しってやつだ。しかも、陣地を現世じゃなく狭間に置いたことで元は人間だった存在も不安定になる。審神者がいた時代、表の歴史では鬼籍に入るやつが続出した。それは何故か」
「狭間の世界に身をおいたから、自らの存在事態が怪しくなった、か。昔の法律では7年いなくなれば鬼籍入りだと聞いた」
「十六夜の言う通りだ。それが昔の審神者の七の縛り。で、だ、鬼籍入りが増えるに連れ、生まれながらにして存在が不安定なものが増えた」
「不安定?」
「存在しないものと、存在するもの。もしくは存在しないものと、存在したものの間の子供だ」
「刀剣と、審神者の子供ってこと?」
先生の言葉にカナタは頷く。
「あぁ、そういうこった。そいつらは特殊指定人物とされ、7つまでは親のいる神域に身を置き、14に審神者になり、21で神界入りする。ただ、その中でも分霊の子と本霊の子は扱いが違った。本霊の子は産まれると共に刀としても生まれる。だが、分霊は刀の身を与えられない。刀としても生まれなければ、人の命の廻りには逆らえないから年老い、死んでいく。そして、俺達みたいに道を外れることも出来ない」
カナタの言葉に誰も何も言えない。
「俺は道を外れた。古い掟なんて糞食らえと思って相棒だった歌仙を連れて神界から降りた。そのあと審神者やら刀剣保護に明け暮れたから今の位置についた。元は一本の打刀だったが、今はひょっとこに剣にされて坊の神社に祀られたわけだ。苗字は」
カナタはそう言って苗字をみた。
「……こいつもなんやかんやで道を外れてな。神界にいたり、まぁこいつは図書館にいたり色んな場所に顔出したりするんだが……政府が不安定な形、というより自分達が制御できる形でこっちに連れてきたんだろ。だから余計に不安定なんだよ。あの瘴気を祓うのに、何年かかるんだか……」
「年!?」
俺の声は周りに響く。いや、だって、何年っておかしな話である。瘴気とかってよくわからないが。しかしながらそこでチャイムがなり、カナタのじゃあ今日はこれで終わり、解散、という声で締められた。先生がハッとしたように、勝手に終わりにしないでください!と叫んだが、カナタはどこ吹く風である。
「十六夜、ちょっとツラ貸せや」
「なんですか、その物言いは」
「いいからいいから、陸奥、それ持ち上げてこい」
「おん」
その言葉に、陸奥は苗字を抱き上げて部屋を出て行く。
「はぁー、何年も寝て、飯くわねぇで大丈夫なのか」
俺のつぶやきに、長曽祢がフッと息を漏らしたのだが。
==
暁サンや白昼サン、斜陽サンに引き摺られて十六夜達尾行なう。武道館に入るとカナタがこちらをみた。慌てて隠れたがカナタが的確にこちらに来たので全員で諦める。ははは、と笑った三人に来るだろうなとは思ったが、とぼやいた。斜陽さんが手を挙げた。
「だって、カナタさん、依怙贔屓よくない!」
「お前らの中で神術トップは十六夜だろうが。まぁいいか」
「え、いいの?」
「坊はさっさと俺を普通にする準備しろよ」
「え、えええ……いいけどさぁ」
そうぶつくさ言いながら先生は神棚を組み立てて行く。白昼サンがそれをみて首を傾げた。
「何するんですか?」
「十六夜に苗字をちゃんとした形でおろさせる」
「は?」
十六夜も初耳だったらしい。カナタを凝視した。
「あいつ寝たままだと、別分野が困ることがあるからな。ただ、神術が一定以上じゃないとできない」
神棚を組み立て終わった先生がカナタを見る。
「でも、カナタさん、苗字さんの媒体って政府管理してるんじゃないの?」
「阿呆、お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「刀剣だろ?」
俺の問いにカナタがガックシと肩を落とす。え?違うの?とは周りの言葉である。
「……眞白、カナタは我々の守護及び武芸の神と祀られる神剣だ」
蜻蛉切の言葉に、周りはカナタをみる。
「神様ってこと?」
「これでもな」
「しかし、それが苗字の媒体と結びつくんだ?」
「ナマエは俺の妹だ」
カナタの言葉に先生は「え?」と小さく声をあげた。
「え、えええ、まさか、分社に祀られていた神剣が苗字さんだっていいたいんですか?あの、戦争中に暴徒が襲ったっていう」
「ああ、まぁな。だが、頭の回る公安が神剣を別の場所に移し、こいつも守護してたやつを別の場所に移した。燃やされたのは急ぎで誂えたモンだよ。こいつの剣の本体は政府が管理してるんだろう」
「それじゃあ、どうやって取り出すんだ?」
「まぁ、お前にわかるように言えば、俺は刀の神さまだから名を紡ぐだけでその刀の本体を取り出せんだ。本来なら付喪神呼び出すのに使うんだが」
なにそれ便利!と思ったが、十六夜達にはそうじゃないらしい。
「年数は刀達の方が年上なのに?」
「ああ、そうだな、でも、その刀達の一部も、審神者も俺に縋ったからこうなったんだろ」
肩を竦めたカナタは、とにかく!と先生をみた。
「坊はさっさと俺を普通の姿にしろ!」
その言葉に、先生はため息をついて、榊を持った。
==
祝詞って聞いてたら眠くなる、んだけども、ひらりと視界に紅葉が舞ったので起きる。季節外れの赤い紅葉が嵐のように吹き荒れたと思えば、そこに一人の人を作った。カナタだとは理解できる。でも、違った。蜻蛉切や長曽祢、加州や三日月、鶴丸国永が頭を下げたということは、えらいんだろう。先程までが和服だったのに今が軍服に似ている。カナタはそっと十六夜をみた。
「準備はいいな、十六夜」
「……はい」
カナタはその返事に手を前に伸ばす。何かを呟いたーー俺には聞き取れなかったーー彼の手に紅葉がまとう。少し眉間に皺を寄せたカナタだが、すぐにまた何かを言った。その瞬間、纏った紅葉は散り、一振りの剣にが現れる。それを十六夜に差し出すと十六夜は両膝をついて両手で受け取った。その瞬間、カナタは何時もの姿に戻る。先生がひょこひょこやってきて、剣をみた。
「これが、分社の」
「うーん、政府が不安定な形にしたのわかった気がするな」
そう言ったカナタは手をグーパーとする。べっとりとついた黒に、先生が飛び跳ねるように驚いた。
「うわっ、なんですか、それ!」
「コイツの無駄な抵抗。まぁ、墨だ」
「す、すみ!?でもなんで……」
「政府は多分、コイツの協力的なところだけ連れてきたんだよ。そりゃあそうだよな、自分の加護を与える奴らを根こそぎ政府に無罪な犯罪者にされた挙句、自分の居場所燃やされてんだから。十六夜、やっぱなしだ。お前が扱えるモノじゃない」
「しかし、苗字は眠ったままなのでしょう?」
「いや、数年たてば起きる」
「しかし、その数年の猶予もない。違いますか」
その問いにカナタは黙った。俺はまた頭の後ろに手をやって、二人を見る。
「苗字に話聞いてもらったらいいんだろ?いいじゃん、いいじゃん、話してみようぜ」
「カナタ様、眞白の言う通りです。彼女は話せばわかる人だ」
「……そこまで言うならやってみればいいさ」
カナタはそうため息をついて近くの壁にもたれた。十六夜が神棚に剣をおく。いざが祝詞を唱え始めれば苗字の体が透き通りーー消えた。それと共に陸奥も透き通り、消えると刀になって地面に落ちた。長曽祢が落ちる前にキャッチしたけど。
「剣に宿りし御神よ、おりましませ」
その言葉に、桜吹雪が舞った。それは人の形を描くと苗字より少し大人びた人物に変わる。眉間に皺を寄せたそれは十六夜を見下ろした。
「どうして私を降ろしてしまったのですか、十六夜様。数年もすれば、貴方達に協力的な私も目覚めたでしょうに」
「……では、貴女は協力的ではないと?」
「貴方達人間が何をしたか、それを踏まえて言っているのですか。私の加護する物を燃やし、私の加護する者を無実の罪で殺し、最後には私の居場所さえも奪った。数十年も昔。ええ、貴方達にとってはね。貴方達とっては生まれる前の、今となっては歴史で語られる事件だ。貴方達は私から何もかもを奪っておきながら、それでも与えろというのですか」
そう言った苗字の目には確かに怒りが見える。十六夜が言い淀んむ。周りもカナタも言い淀む。俺は苗字の怒りがよくわからないので口を開く。
「でも、苗字が起きて俺は良かったとおもうぜ。だってさぁ、お前、寝てばっかで飯も食ってねぇじゃん。数年それとか考えらんねぇ」
そう言ってみれば、白昼サンに背中をつねられた。痛い。飛び跳ねて距離を取ろうとしたら暁さんに首根っこ掴まれたけど。十六夜は俺をみてから、苗字をみる。
「苗字、貴女を呼んだのは俺のわがままだ。事を急いだのも、貴女のことを理解せぬまま呼んだのも。ただ、目覚めているお前とこうして話したかった。数年も待っていられるか」
十六夜の言葉に、苗字は少し動きを止めた。俺も十六夜に便乗する。
「そうだ、そうだー!お前がいないと俺落第するだろ!」
「眞白ちゃんは黙ってて!」
斜陽さんが俺の口を手で塞ぐ。苦しい。カナタが息を吐いて苗字を見た。
「ーー」
何という名を呼んだかはわからない。ただ、苗字はカナタをみる。
「お前の怒りは正しい。俺はあの時持て囃された方だからな。逆ならこんな事態でもぜってえ手をかさねぇ自信がある」
「……」
「でも、引きこもってんのも限度があるだろ。刀剣や銃は非常時しか必要とされないが、お前の加護するモノは、平常時に一番必要とされる。ここにいる誰も審神者しろなんていわねぇよ。ちょっと力貸してくれたらいいな、ぐらいだろ」
その言葉に苗字は眉間の皺を深くしたが、すぐに怒りをため息と一緒に逃がしたらしい。
「わかりました、協力しましょう。しかし、貴方達が人を探し出せれば、ですが」
苗字の言葉に俺たちは目を瞬いた。
==
Comment(0)
次の日 top 前の日