2019/03/21

春、紅に染まりて 三



苗字の探している人物は軍服を着ている数人の男である。名をなんだっけな……井原西鶴、福沢諭吉、松尾芭蕉、葛飾北斎、だった気がする。学校の終わりに俺たちが探し回っていれば、一つの学校に結びついた。帝国学園と呼ばれる学校である。珍しく顔を晒した十六夜(こいつも無駄に顔が整っているから腹がたつ)が頼み込み、そのうちの一人と会わせてくれることになったらしい。何したんだ?と聞けば雨の中頭を下げ続けたと言っていた。ちなみに熱でぶっ倒れたけど。苗字も流石に悪いことをしたと思ったらしく看病をしていた。
で、十六夜が復活をしたので苗字と、ただ他校を見たかった俺がくっついて学園に向かったわけである。建物は純洋風だ。数十年にはやったデザインである。他校の生徒がちらほらこちらを見るのは十六夜か噂になっているからだろうか。ちなみに審神者養成校の制服は学ラン、もしくは袴であるのでここにいたら間違いなく浮く。苗字は苗字で帽子を目深に被り、キョロキョロと辺りを見渡していたが十六夜の後ろにくっついていた。
「やぁ、十六夜くん」
生徒を掻き分けてやってきたのは人の良さそうな男性である。
「すまないな、君の噂で校内が持ちきりになってしまって……」
「いえ、私もそういう行動をしてしまったので」
「その子達は?」
「右はすいません、予定にはなかったのですが……右が後輩の眞白、左がこの前お話しした苗字です」
「チーッス!」
そう手を挙げれば、十六夜に頭を叩かれた。痛い。苗字は頭を少し下げただけだ。十六夜は男性を見る。
「すいません、苗字は少し人見知りでして……」
「ははは、構わないさ。さて、こちらだ。理事長が待っているよ」
そう校舎の中に入っていく彼に俺たちは続く。苗字は黙ってそれに続いた。靴を来客ようのスリッパに履き替え、ざわざわとうるさい廊下を進む。たどり着いたのは応接間と書かれた部屋である。ノックした彼は中から帰ってきた返事に扉をあける。中にいたのは初老の男性である。
「理事長、こちらがお話した」
「十六夜と申します」
「あぁ、君があの噂の」
そう笑った彼は俺を見る。苗字は十六夜の後ろに隠れたままだ。
「私に会いたい誰か、は、誰かな?」
「その前に、こちらを」
そう言って十六夜が写真を差し出した。その写真を見て、男性は目を見開いて十六夜をみた。
「これをどこで……これは、俺たちしか持ってない写真のはずだ。俺の他は、もう、」
「……他はもういらっしゃらないのですね」
「ーーあぁ、あいつらは戦争で。だが、それをどうして君が?」
十六夜がチラリと苗字をみた。苗字はそっと目を伏せた。そうして一歩、十六夜の陰から出ると座っている初老の男性を上から下までみる。
「君は、泣き黒子があるから、福沢くん?」
そう尋ねた苗字の言葉に、男性は動きを止めた。ゆっくりと彼は苗字をみつめる。
「なんていうことだ」
小さく彼は声を出す。震える手で彼は帽子をとった。男性はただただ苗字をみる。苗字はただ彼の手を両手で包むと柔らかく笑った。
「従軍中に、ここが、壊されたときいて……俺が帰ってきたら、ここには何もなかった。ただ、焼け跡になっていた。だから、貴女も、」
燃えてしまったかと。
この人は苗字が人間じゃないことを理解しているのだろう。苗字は周りを見て口を開く。
「……ここが、学校になっていたので、驚きました」
「本当はあなたの社を建てたかったんです。しかし、政府が良い顔をしませんでした。貴女は燃えてしまったから、と。なればと作ったんです。文学をまた再興させようと。それが、残された俺ができることでした」
そう言った彼は苗字の手を掴んで、その手に縋るように告げた。
「それが生き残ってしまった俺ができることだったんです」
ぼろぼろと泣き出した彼に、苗字は緩やかに首を左右に振った。
「そんなことを言わないでください。私は貴方だけでもまた会えたことを、貴方が文学のことを思ってくれている。それだけで、凄く嬉しいのです。ほら、福沢くん、貴方は一番偉い人なのでしょう?こんな小娘に泣きついては、部下の方が驚いてしまいますよ」
俺は男性をみる。男性は何かに驚いているかのようにーーいや、違う、魅入っているかのようにそこを見ていた。少し眉間に皺を寄せた十六夜が苗字に尋ねる。
「苗字、気はすんだか?」
「はい、と言いたいところ、なのですが、まだやることがありまして」
「やること?協力しただろ?結局は協力してくれんの?」
「……貴方達は私のお願いを聞いてくれましたから、政府はともかく、貴方達に協力しましょう。道は覚えましたから、先に帰ってくださっても構いません」
「乗りかかった船だ、最後まで付き合う」
「なぁ、俺探検してきていいー?」
「お前は問題起こすから単独行動をするな」
グッと襟を掴まれて、苦しいと暴れる。苗字は苗字で「否定できません」とつげた。なんだよその認識。
「場合によってはすぐ終わりますよ。福沢くん、森は開かなかったのですね?」
「ええ、開く案もでたのですが、役人の一人に開くなと言われまして」
「なるほど……変なことを言われませんでしたか?」
「変なこと?」
「森に面した方に意味のない扉を作れとか……」
「扉」
「理事長、もしかして、アレですか。ほら、今は棚で隠れている」
「あぁ、あったな!意味がわからないからと昔棚で隠したものか!」
「その棚……退かせませんか?」
首を傾げた苗字に、二人は目を瞬く。
「今すぐには無理だが、貴女がいうなら、退かした方がいいのか?」
「はい、とても助かります」
「そういうなら退かせよう」
「え、理事長、あれを、ですか」
「あぁ」
「何十年も放置してある?あの木製の?資料がうず高く積まれた?」
「あぁ、君達や職員には迷惑をかけるな」
そう笑いながら告げた初老の男性は苗字をみる。
「貴女は日曜日にいらしてください。その時にはなんとかしましょう」
その言葉にもう一人ががっくりと肩を落としたので元気を出せよと背中を叩く。十六夜と苗字に怒られたが、本人がありがとうと言ったので良いだろう。まぁ、それよりも、カキーンという今まで聞いたことがない音に窓の外を見た。

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「はー、野球、楽しかった……!」
寮の食堂である。開口一番にそう言えば、カナタがぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でた。最近子供扱いというか、犬扱いされている気がする。
「野球しに行ってたのか」
「そんなわけないでしょう。探してた人に会いに行ってたんですよ」
苗字はそう言ってお茶を啜った。いつのまにか降ろされたらしい陸奥が苗字にしがみついていた。
「会えたのか?」
「……一人だけは。元々が私の社だった場所に学校が立っていました。しかし、あそこには……いえ、それだけ時間が経ったということでしょう」
「まぁなぁ、普通は一巡するころだろ。こっちがそうであるみたいに」
そう頭をかいたカナタは、お前は向こうにいるべきなんだろうがなぁ、と呟いた。
「私は十六夜様に降ろされた身ですし、約束してしまいましたので協力しますよ」
「おーサンキュー、まぁ、随分と昔みたいにならなきゃいいが」
カナタはそう言って頬杖をつく。俺は飯をかき込みながら苗字をみた。
「でもよ、あのじっちゃんと苗字ってどういう関係なわけ?恋人とか?」
「いいえ?彼は眞白くらいの歳の頃から私の社に遊びに来る子の一人でして。彼らのうちの一人がわたしを見えていたので、仕方なく姿をみせたんです。まぁ、そこから色々と手伝っていただいたりはしましたが」
苗字は行儀よく箸をおいた。
「彼らは一緒に従軍しましたから、そこが最後でしたね」
「なんだかラブロマンスな予感」
斜陽さんがほうっとしたながら告げた。十六夜が顔をしかめたが。なんで怒ってんだコイツ。俺の言葉は出ていたらしい。カナタが笑いながら俺の頭をまたぐしゃぐしゃと撫でた。
「そういやお前、神格下げたのか」
「あんまりあの姿でウロウロするすべきではないでしょう。ないとは思いますが十六夜様に何か異変があっても嫌ですし、審神者ならこれくらいでいいです」
お茶を啜った苗字はあまり大人になりすぎると部屋が小さいんですよと告げた。たしかに、苗字がでかいと寝る場所がせまい。一理あると頷けば、周りが二度見した。白昼サンがそういえばと口を開く。
「二人は同じ部屋だっけ。どうやって寝てるのさ?」
「雑魚寝ですね」
「前は長曽祢も陸奥も刀だったからさぁ、広かったんだけどさぁ、今は狭い」
「わたしとしては眞白の寝相を長曽祢さんが止めてくれるのが嬉しいですけど」
その言葉に周りは数秒だまり、煩くなるのだが、気にしないことにする。

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日曜日である。理事長と呼ばれた初老の男性が言っていた日だ。とりあえず苗字から離れる予定のない刀の陸奥を装備した苗字、刀の長曽祢装備の俺、三日月宗近装備の十六夜とカナタ装備の先生で行くことになった。先生の顔が見えるのかと思えば、謎の技術により見えなかった。とりあえず学校にはいれば、この前知り合った人がいたので駆け出す。
「じっちゃーん!」
「おい、理事長先生、だろう」
十六夜の釘を交わしながらじっちゃんに近づく。相変わらず元気がいいなと笑ったじっちゃんに、へへ、と頭をかいた。先生が慌てて頭を下げる。
「すいません、うちの生徒がお世話になっているようで」
「いいや、こちらとしては彼女に会えた。それだけで嬉しいよ。さぁ、こちらに……と言っても今教員や学生の一部が運んでいる最中でね」
苦笑いしたじっちゃんに、俺たちは顔を見合わせた。

そこに行くと、たしかに物がたくさん散乱していて教師らしい人物たちと生徒が数人ちらほらといた。俺は見知った顔を見つけて両手を振る。
「しーきー!」
「お、その声は眞白だな?」
そうこちらをみた子規に両手を振りながら近づく。十六夜が先生を付けろとまた言ったが、本人が許しているのだからいいだろう。
「正岡、彼は?」
「ほら、この前いってた天狗みたいにぴょんぴょん跳ねる奴だよ。是非ともうちの野球部に入って欲しいね」
「あぁ、あの……」
そんな会話にパシャりと何かが光った。なんだ、と飛び跳ねて警戒しようとすれば先生に押さえつけられる。
「すいません、うちの生徒がお世話になったようで」
「先生、なんか光った!」
「あれはカメラのフラッシュだ」
「かめら?亀の甲羅?」
首を傾げた俺に十六夜が「そんなわけないだろう」と突っ込んだ。周りにいた奴らが笑ったが、なぜ笑われているのか不明である。
「ねぇ、君が理事長の隠し孫?」
ずいっとやってきた生徒に、隠し孫?と首をかしげる。
「なぁ、じっちゃん、なにそれ」
「ははは、眞白くんではないよ。私の隠し孫はこちらだ」
そう苗字の背中を押したじっちゃんに、隠してないのか、と誰かが小さく呟いた。
「いやぁ、正しくは私が戦時中出向いてた場所で関係を持った娘が身籠っていたようでなぁ、その子の子供だ」
「理事長、お言葉ですが、騙されていませんか」
白衣を着た男性がじっちゃんにそういう。じっちゃんは笑うだけであるし、苗字は困ったように笑うだけである。まぁ、普通の奴は理解できないだろう。
「ふくざ……お爺ちゃん、また無理なことを」
「しかし、そのお孫さんの一言でこの棚を移動させようと?」
「あぁ、それはややこしいな。ここだけの話、そういうことにしておいてくれ」
「なにそれ」
食いついたのは先程かめら?とやらを持っていた学生と何かをメモしていた学生である。もう一人の学生は苗字をみて、うっとりとしていた。
「青い目の美少女」
「着ているのは男子学生の服だぞ」
「えっ」
「あれ服がないから俺の予備着てるだけだし、苗字は女だぞ」
俺の言葉にソイツはパァっと顔を明るくさせた。俺は十六夜に殴られた。痛い。
「まぁ、とりあえず、ふくざ……お爺ちゃん、棚は退かせそうですか」
「校長先生、首尾はどうだ?」
「あとは退かせるだけですよ」
苦笑いしたおっちゃんに慌てたように先生が手伝いに行く。しかし動かない。他の先生も加わる。それでも動かない。それに他の学生も加わり、俺と十六夜も加わった。
「なんだこれ!なんだこれ!うごかねぇ!」
「地面に直接生えてるんじゃないのか」
「いいや?たしかに役人が置いていったんだがな」
そういったじっちゃんに、苗字がそれをはやく言ってください、と告げた。苗字が悠々と近づき、近くにいた学生に避けてもらう。
「アンタが加わっても動くかどうか」
「いえ……急に動くので気をつけてくださいね」
苗字の言葉に全員が首を傾げた。
「とうしましませ、どうそのかみよ、ふうじられしばしょにとうしませ。われはそのさき、こうだいな、しょもつのもりの、あるじなり」
そう告げて苗字が棚を叩くと棚が勝手に右にずれる。バランスを崩した何人かーー先生も含むーーが倒れた。
「苗字さん、なんだい、これ」
「役人が置いていった封印具でしょうね」
そう苗字はただ先を見ながらそう告げる。俺はじっちゃんに並んでそこを見た。そこにあるのは古びた大きな扉である。上に掲げられたプレートは埃を被ってなんと書いてあるのか読めやしない。
「こりゃあまた変な所に扉があるな」
子規がそう言ってあたまをかいた。おっちゃんがじっちゃんに目配せし、じっちゃんが頷いたので扉をあける。一瞬の沈黙ーーしかし、その先は壁であったので、全員間の抜けた声がでた。
「は?壁?」
「しかし、向こうが森であるし、向こう側に扉がない以上はこうなるのがオチですね」
そういったシマシマスーツの男性に、じっちゃんが少し考えーー苗字を見下ろした。苗字はちらりとじっちゃんを見上げる。
「増築は別に構わないでしょう?」
「ちょっと待ってください、なら、この先は本来、」
「ええ、そういうことです。中の管理は貴方達に任せましょう。貴方達は悪さはしないでしょうから」
「あんな、膨大な量を?」
「偶に私も見に来ますから」
じっちゃんが顔を片手で覆う。この先20年は死ねやしない、と言ったじっちゃんに周りが困惑したように見た。苗字は扉を一度しめる。十六夜が苗字に近づいて扉を見上げた。
「苗字、なにをするんだ?」
「私と一緒に隠されたもの、をこちらに繋ぎます。審神者云々というよりは、文学のものなのでこちらにあるのが妥当でしょう」
苗字の言葉に十六夜は少し考える。先生が、ああ、そっか、と声をあげた。
「君のや……しきにあったものも、君と一緒に避難させられていたのか。たしかにそれなら管轄は僕らじゃない」
「管轄?避難?どういうことです?」
そう問いかけた学生に、先生は苦笑いするだけである。まぁ、答えても信じないだろうが。苗字は周りをちらりとみて口を開く。
「皆さんは今から起こることを夢物語、もしくは白昼夢で処理していただいて構いません」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です」
白衣を着た男性の問いかけに苗字はそう言って扉に手をついた。
「つなぎましませ、どうそのかみよ。われはこのさきにすみしあるじなり」
そういえば、扉に施された装飾が、金色の光を帯びた。なんだなんだと俺は扉に近づく。苗字は扉をから少し離れるとじっちゃんの手を取った。そしてじっちゃんの手を両手で包む。
「とびらにかけしかぎのもと、ぴあのがおとししぜんのおと、しがつむぎしこいのうた、ほしぞらかけるよぎしゃのきてき、ななつのなつとさくらがすみ、どうけしのおとしたなみだ、そこにひとさじいんくをくわえ、とびらのかぎはかんせいす」
うたうように告げられた言葉にじっちゃんの手(もしくは苗字の手とじっちゃんの手の間である)が一瞬煌めく。苗字が手を離せば、鍵があった。とても古い鍵だ。資料に乗っているようなものである。苗字はまた扉に近づき、くるりとまわる。それに合わせて桜が舞い、苗字の姿が着物に似た服へと変わった。
「つぎにまもりてよにんのぶんし、しかをつむぎしじゅうし、しぜんをしるしきゅうへい、たいしゅうをとくむちし、じゅんぶんがくをつづりしけんし、そしてそれにつなるものひきいて、われはこのちにかえりけり。つなぎましませ、どうそのかみよ、かのとしょかんと、つなぎませーー」
楽しそうに、嬉しそうに。そんな調子で苗字が言葉を告げると、埃を被って燻っていた文字の読めそうにないプレートが、がしゃん、という音と共に変わった。図書館、と書かれているようである。
「福沢くん、学校なら図書室のほうがいいかな?」
「いいや……あれは図書室という範疇じゃないですよ」
何かを噛みしめるようにじっちゃんはそう言った。苗字が手招けば、じっちゃんは扉の前にたつ。さっきの鍵を取り出して、鍵穴に嵌めれば、かちゃりというなんとも小耳良い音がした。教師が眉間にシワを寄せて口を開く。
「鍵が開いても、この先は」
「いいや、違うぞ、露伴。我々はとても不可思議な体験をすることになる」
じっちゃんはそう言って両扉をゆっくりと開いた。
ーーその先は、壁じゃない。かと言って、森でもない。
真っ赤な絨毯、木製でできているだろう階段に、シャンデリアが周りを照らしていた。唖然とした周りに、俺はじっちゃんの後ろから飛び跳ねるようにそこを見る。
「なんだこれ!なんだこれ!」
悠々と中に入った苗字に、じっちゃんも中に入る。俺も中に入れば、周りも続いた。
「すっげぇ!」
「あの時のままだ」
「えぇ、そうですね、ここは長い間、同じ姿のままです」
苗字はそのまま先にある扉に手をかける。ぎ、という重そうな音の後、扉が開く。その先にあったのは、沢山の棚である。棚の中には所狭しと何かが並んでいた。それをみて、真っ先に駆け出したのはじっちゃんだけでなく教師もらしい。適当に近くにあったそれをとると、開く。
「本だ、しかも、紙の」
そう言った教師にじっちゃんが口を開く。
「あぁ、そうだな。ここにあるのは全てそうだ。先の戦争で、失われたはずのものだ」
「理事長、これは、いったい、我々は夢をみているのですか」
「彼女が言っただろう?おおよそ理解ができないだろうから、白昼夢と思えばいいと。この国にはどうあがいても解明できないものや理解ができないものがあるんだ」
じっちゃんの言葉に、それは正しいと頷く。長曽祢たちや俺たちの術だってそうだ。科学技術の発展は止まることを知らないらしい。だから、昔は理解されていたものが逆に理解できなくなったのだ、とはいつだったか苗字がぼやいた言葉だった。
不意に苗字が数冊の本を抱えてやってくる。
「ふくざ……おじいちゃんは、まだ手帳をもっていますか?」
思い出したかのように付け加えられた言葉に、白々しいな、と誰かが告げた。
「あぁ、まだもっているよ」
「もしかしたら、怪書の類が出るかもしれません。ここにあるのは、私と共にありましたが、私は長く眠ったり、不在にしたりしていましたから。そういう時は例にならってバッサリと」
「怪書?幽霊が出るのか?」
「似たようなものですね。例えばこんな本、なんですが」
そう告げた苗字がもっている本は赤黒い文字が表面に浮かび上がっていた。じっちゃんが眉間にシワをよせた。
「まだあったんですか?」
「いえ、これはただの模したものです。ここがまた現世に来たことで再度現れる可能性はありますから」
「ねぇ、それ、読んだらどうなるの?」
「読んでみますか?」
苗字の言葉に、いいのか?と生徒が尋ねる。苗字の手から生徒に移ったそれに、かめらをかまえたりしていた生徒が本を開いた。その瞬間、感じた嫌な感覚に俺は飛び跳ねて距離を取る。まばらに宙に浮いた文字、そしてそれは真っ黒な人の形を作り上げる。生徒は本を落として距離をとった。
「う、わ、なんだよこれ!」
人の形をしたそれに俺は長曽祢をケースから取り出して抜刀する。そのまま切り掛かった、が、手応えがない。べったりと体についたのは黒だ。
「うぇ、すみだ」
「刀、じゃ、無理ですね。そもそも審神者の範囲ではないので、神術でどうにかなる範囲ではありません」
「じゃあ、どうすんだよ」
「これに対抗できるのは、ただ一つだけです」
苗字はそう言ってじっちゃんをみる。じっちゃんは懐から手帳を取り出す。
「久しぶりだから、できるかどうかーー『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』」
じっちゃんの言葉に手帳が弓矢に変わる。そのままじっちゃんが射抜いてみせた。その瞬間、べちゃり、とインク溜まりになったが、まるで時代遡行軍の血が消えるようにインク溜まりも消えーー本も他と変わらないものに変わっていた。
「このように、錬金術を使うしかありません」
「錬金術だって?!」
錬金術?と首をかしげるなか、おっちゃんだけが目を瞬いた。丸眼鏡をかけた教師がおっちゃんを見ながら口を開く。
「確か、lost technologyの一つですよね?」
「あぁ! 誰もやり方がわからない上に謎の学問だ!」
「校長先生の研究分野ですか?」
「ああ!」
「後でいいお部屋に案内しましょう」
「先ほどの、手帳を弓矢にかえること、が、錬金術?」
「あれは錬金術の一つ、ですが、貴方達にも使えると思いますよ」
「むしろ、教員は覚えて貰わないと困る」
じっちゃんの言葉に教師達が顔を見合わせる。苗字は先程もってきた本を一冊とると丸眼鏡をかけた教師をみた。
「これ、は、逍遥先生」
「ん?」
「これは四迷先生、これが紅葉先生で、これが露伴先生」
苗字はそう言って本を渡していく。
「これが森先生、これが夏目先生、これが子規先生。とりあえずそれにざっと目を通してください。1時間後にまた集合ということで」
「それだけで錬金術がつかえる?」
「まさか、できて福沢くんと同じこと、でしょう」
「僕たちは?」
「学生には渡せませんね」
「でも、あと三冊あるじゃん」
「これは校長先生に」
そう言った苗字に、おっちゃんが目を瞬いた。
「俺に?俺は1時間に3冊か……参ったな」
「いいえ、貴方の力と彼らの力は同じようで違います。それは、錬金術士と文士の違いでございましょう。貴方はただ、選べばいい」
苗字はそう言えば3冊の本が勝手に宙に浮く。そのどれもがタイトルが書かれていない青い本だ。おっちゃんはその3冊をみた。先生がハッとしたように、いけない、と告げた。
「提示されたものをうけとれば、神様の契約になってーーむぐ!」
いきなり現れたカナタが先生の口を手でふさぐ。まぁ、どちらにしろ先生の言葉は遅かった。おっちゃんは一冊の本を選んでしまったからだ。他の2冊は苗字の手元になおると、消える。
「他の2冊はおいおいに」
おっちゃんがページをめくる。
「真っ白、なんだが」
「それは読むものではありませんからね」
苗字の言葉に子規が首を傾げた。
「本なのに、読むものじゃない?」
「ええ、これはまた別です。表紙を閉じて、手をかざしてください」
苗字の言葉におっちゃんが手をかざす。その瞬間、青く淡く光った。苗字がその上に手を重ねる。
「目を瞑って……本を読む時のように、頭の中に浮かんだ文字を追ってください」
数十秒すれば、また、本が光る。先程よりも長く。苗字がそっとおっちゃんの手を退ける。そうすると、本は勝手に開いてパラパラと捲れた。文字がまたまばらに浮かぶ。そしてそれはまた何かを作り上げていく。しかし、先程とは違うのは真っ黒な姿ではなく人の姿になったことだ。それは軍服のような服を着た男性である。文字が弾けるように飛び散って、その人物は目を開いた。
「井原西鶴、ここに参ずる。まぁ、しがない従軍作家の一人だよ」
そこまで名乗ってみせた彼は、周りを見渡した。
「彼女の言っていたことは、こういうこと、ねぇ。アンタが俺を導いてくれたわけだ。どうせなら、とびっきりの美男美女がよかったが……」
周りがきょとん、として彼をみた。周りの反応をみて、彼は頭をかく。
「なにキョトンとしてるんだ?わかってて俺を呼び出したんだろ?」
「どういうこと、ですか、」
じっちゃんがそう告げて苗字をみる。現れた男もつられて苗字をみた。
「はぁぁー!推しが!戦場でこれでもかと求めた推しが!ここにいる!かーんちょーう!」
「井原は黙れ!」
「その言い方は、一人別駐屯地に行った福沢の野郎だ、な?あれ?じじい?」
男はそう言って首を傾げた。じっちゃんが足音を鳴らしてやってくる。
「どういうことですか!」
「……その前に、文士と錬金術士の差をお教えしましょう」
苗字はそう言って何処かに腰掛ける。こちらから見たら宙に浮いているように見えるのは気のせいではないが、もう気にしていないんだろう。
「文士とは即ち文学者、もしくは作家のことを指します。いえ、もう少し意味を広げて言葉を綴る職、という意味でもいいでしょう。あなた方が自在に操る言の葉には力がありますから、あなた方が綴った物語、もしくは詩歌には力が宿るのです。それは誰かの心を動かすこともあるでしょう。でも、本質はもっと別です。あなた方は無意識に、自分の心の一部、魂の一部をそれに落とし込んでいる。その時の感動、似たような感情、そういったものを。そうすると、本は偶に有魂書というものになり得ます」
苗字はそう言ってまた青い本を取り出した。
「文士にとって、この有魂書は自分自身でもあります。なので、文士が有魂書を使うと、福沢くんのように武器の形に転じ、本や文字を害するもの、怪書の中にいるものを倒すことができるものに変わるーー『変化』するのです。しかし、錬金術士は、武器を取り出すことはできません。その代わりに、有魂書にある魂を人の形に呼び起こすことが可能です。これを錬金術士の用語では、『転生』と呼びます。転生した文士は言葉を記した本人ではありますが、生前の本人とは必ずしも同じではありません。彼はたしかに井原くんです。しかし、彼の全ての記憶を持つか、生前と同じであるか。そんなことは錬金術士はもちろん、私にも証明はできませんが」
「でも、俺は俺だ、そうだろ?そういう哲学的なことは考えるより、感じりゃいいんだ」
男はそう言って笑った。なんとも明るい男である。
「で、俺はなにをすりゃいい?コイツらは?」
「本の管理を手伝ってあげてください。私は基本、ここにはいませんので」
「は、え!?館長いねぇの!?」
「ええ、それに今はしがない学生をしてますから。福沢くんや校長先生達の手伝いをしてあげてください」
「福沢?やっぱあのジジイが福沢か?年取ったなぁ。あれから何年たったんだ?」
「あの戦争はもう数十年も前だ」
「そりゃ、お前も年をとるわな。ま、またよろしくな、相棒」
「誰が相棒だ、誰が」
「では、皆さんは本に目を通しておいてください。少々話が長くなってしまいました。先生方は本を読み進める中で、もし本の中から鍵が現れることがあるならば、その鍵で開く部屋は好きにしていただいて構いません」
苗字の周りに桜の花びらが舞い落ちる。
「ーー私は貴方達とまた巡り会えたことが大変嬉しゅうございます」
ちか、ちか、と苗字の足元が点滅するように。
「兄様、やはり私は人を嫌いになれっこないのです」
苗字はカナタを見てそう笑うと、桜の花びらになって消えた。しかしながら、その桜の花びらがソファの上に降り注ぐ。十六夜と先生とカナタと駆け寄ってみれば苗字がすやすやと眠っている。カナタがそれを見下ろして口を開く。
「力を使いすぎたのか。これは今日は起きそうにないな。帰るか」
「えー!俺探検したい!!」
「お前らはお前らの仕事をすんだよ」
そう言ったカナタに俺たちの端末が鳴り響くのはすぐのことだった。

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