2019/04/24

君僕主if 没 その2

ーー運命の人を信じるか否か。
そんな馬鹿な話を兄弟に振ったことがあった。三人の弟のうち、二人はそんな馬鹿な話があるわけないと告げ、一人はいてもいいとは思うといった。だが、これまであった人は、再会した彼らの中に彼女はいない。過去の自分が運命の人だと思った、あるいはそばにいることを渇望した人はいない。そんな人物を、諦めた方がいいのかと思い始めた頃だった。
見とれた、といってよかった。格好はただのハイスクールの学生だというのに、からかった男をいとも簡単に投げ飛ばした彼女は記憶の中のその人物そっくりだったのである。彼女を追いかけようとしてーー俺は部下につかまる。彼女は他の男と合流し、人混みに消える。運命の人との再会は、実にあっけなく、そして一方的な再会には違いなかった。

==

「ナマエを見た」
そう告げれば、周りの反応は二つに別れた。それはそうだ。彼女を知っている人間と知らない人間ーー後者があっとうてきに多いのは彼女は俺が俺であった頃に死んだからだーーがいるのである。彼女の話題にしろ、あまりいい感情を持たない人間は数人にいるのかもしれないが、ボスだけは違うだろうと俺は彼女を見る。彼女もまた俺を見た。
「あの子が?」
「あぁ、部下に捕まって追えなかったがあれは確かにナマエだった」
その後ろ姿を思い出すだけでこそばゆい気持ちになる。
「ーージャック」
「どうしたんだ?ボス」
「あの子は私達と同じとは限らないのよ」
彼女は諭すようにそう告げる。それは理解していた。十分に。あの過去を思い出すやつもいれば、思い出さないやつもいる。会って話してみなければ、それがどちらかさえわからない。
「あぁ、わかってる。でも、嬉しいんだ」
表情が崩れるのがわかる。心の底から、嬉しいのである。何故なら彼女はーー彼女がーー。
「この世界に存在している、それだけで俺は嬉しいんだ、ボス」
そう、それは、紛れもなく俺が求めた世界なのだから。

==

「死ぬかと思った」
そうポツリと呟けば、コックピットにいるヘイティとサチがチラリとこちらをむいたが気にしないことにする。今回ばかりは死ぬかと思った。
学生は総じて使いやすい立場にある。政府にとっても、レジスタンスにとっても。そして、いとも簡単になくなる命でもある。ゲーム感覚で挑んでは多くが死んでいき、大人は悠々とそれを見るだけだ。まるで映画のように美化して語るやつもいるが結局は反対なんてしやしない。その矛先が自分に向くのが嫌だからだ。反対した奴らはみんな死んだからだとも言えるだろうが。
コツンと背中に何かがあたる。なんだ、と振り返ればタバコの箱が落ちていた。投げたらしいヘイティを見れば、ジェスチャーで吸っていいと言われたので遠慮なく火をつける。サチがあまりいい顔をしなかったが。
今回の仕事は、何処ぞのゲームのような仕事であるには変わりなかった。単身で基地に入り、敵の計画を食い止めるというそれである。たったの1日でケリがついたのは、離れ小島だったから向こうの増援が来なかったからに過ぎない。
「またこれでマイガールがアイツのお気に入りになってしまうね」
ヘイティがそう呟く。元は会社員だというのに様々な乗り物を乗りこなし、武器を扱える彼は私を娘として扱う。いや、夢の中で確かに彼に似た人物が父親がわりであるし、それは逆も言える。私はタバコをふかしてこれからのことを考える。
「ねぇ、ナマエちゃん、失敗したってことにして、このまま逃げちゃおうよ」
「そうだな、君たちだけならそれができるさ」
私はそうやって自分の首筋を触る。チップを埋め込まれた学生は少なくない。レジスタンスにとって有力だと思われる学生に付けられた首輪だった。サチにはつけられていない。それは私とヘイティがかばってみせたからだ。この首輪は死ぬまで外れることはない、とは開発した人間が告げた言葉である。そして、仕事をこなせば外してやるとは私の上司のような男の言葉だった。
「マイガール、帰ったら報告はほどほどにするんだ、いいね」
そう釘を刺したヘイティに片手を上げて答える。ほどほどにしたいもなにも、私はすぐに切り上げるつもりでいるが、結局はあの男次第なのである。

==

ーー嫌悪を覚える。振るわれる『暴力』に。部屋を開けると男の暴力を受けた学生が転がっている。薬でも入れられたのか、それとも弾薬、酒のせいか。虚ろな目をして転がっていた。男はというと半裸でタバコに火をつけていた。これは報告が早くすみそうだと思う。帰ったか、と告げた男に、はい、と返事をした。
「命令通り敵軍基地を破壊しました。あそこはもう使い物にはなりません。入れ違いで大人たちが向かったのでおそらくはレジスタンス側になっているでしょう」
それだけ報告すれば、男はよくやった、と褒めた。
「褒美をやろう」
「いえ、そんなものは」
断ろうとした途端に身体中を電撃が走る。膝をつけば、ああこれだから首輪は!という怒りと自分の体に呆れが込み上がる。男は目の前にやってくると、私の頭を掴む。
「先程まで、お楽しみだったのでは?」
そう睨んで失敗したと思った。男はいいように解釈したらしかった。お前が一番だ、などと告げた男に吐き気が込み上げる。あぁ、欲に溺れた人間はなんて浅ましいのか。
「さぁ、褒美の時間だ」
その薄ら笑いの顔に風穴を開けれたら最高の気分だろうに。

==

寝ている男を放置し、倒れていた学生を運び出し空き部屋に寝かす。自室でシャワーを浴びて着替え、いつもの溜まり場に顔を出すとそこにいた全員が良い顔をしなかった。私の立場を羨む馬鹿もいれば、私に同情する奴もいるし、あの男を羨む馬鹿もいる。ここを溜まり場にしている連中はまともな方で同情やあの男の嫌悪で止まるのだが。ヘイティはソファで寝転んでいる。顔に載っている写真集は彼のお気に入りで、猫の写真がたくさん載っているものだ。どうやら寝ているらしい。
「ナマエ、お前今度はアイツに付き合わされるらしいじゃねぇか」
「あぁ、聞いた。どうやらレジスタンス同士の話し合いがあるらしく、アイツも出席するらしい。そのお守りというわけだ」
「子供が大人のお守りとか本末転倒だな、ま、この支部じゃ当たり前だけど」
「ねぇ、ナマエちゃん、いつ出発するの?」
「今日の昼だ」
「え!?」
「今日の昼だって!?昨日の今日じゃないか!」
ヘイティが起きていたらしい。そこにいた学生が何人も肩を跳ねさせたが、本人は気にしていない。
「いつものことだ」
「ダメだ、判断力が鈍りすぎる」
「ヘイティ、ただのお守りだよ。君たちの付き添いを頼んだから、ヘイティとサチにはまた迷惑をかける」
「私達だけ?」
「俺たちは東欧支部の奴らとお仕事だから」
そう肩を組んだ学生に、「あぁ、どおりで断られたのか」と納得する。ヘイティがそれを聞いてまた顔を歪めた。
「東欧支部?」
「あぁ、向こうと合同任務だってよ。ま、大人が使えないから俺らが行かされんのか、死ぬ確率が高いから行かされんのかわかったことじゃないけどな」
「意思疎通は大丈夫か?」
「向こうが日本語喋ってくれるらしいぜ」
「ナマエ、そのまま北米でパーンってしてくれてもいいんだぞ」
「そうなったら私達は死ぬけどな」
そう私がいえば、はははは、と笑う彼らは強い、のか、タガが外れてしまったのか。扉がノックされ、大人が迎えにくる。じゃあな、ヨークシンで会おうぜ、なんて漫画の言葉を吐いた彼らに手を振り返す。これが今生の別れにならなければいいのだが。

==

ついたそこは北米だった。どうやら北米支部と話し合うらしい。ヘイティは民間人の服を、私とサチは高校の制服を着る。ぱっと見は学生が疎開してきたか、学生が渡米してきたようにしか見えないだろう。相手から逃げる人もいれば、レジスタンスから逃げる人もいる。警戒しないのはそういうことだ。

兵士を巻きつつたどり着いたのは大学のような建物だった。ような、というのは空襲か何かで所々壊れている箇所があるため、大学として機能しているかと問われたらノーであるからである。大人たちに続いていけば、通された部屋。会議室のようなそこである。空いている席は三つ。極東支部からきた要人はあの男を含めて三人。あの男は私達に壁際に立つように告げた。私達は指示通りに壁際に立つ。そこではじめて、自分に思ったよりも疲労がたまっていたことに気づく。目を閉じて幾分か回復を図るが、回復しそうもない。つん、と突かれてそちらをみる。サチが困った顔で私を見た。
『大丈夫?』
そう静かに手話という手段で尋ねた彼女に『大丈夫だ』とまた手話を返す。ヘイティさんが『昨日の今日だからね』とまた告げた。
『ちょっとだけ寝る?』
『寝たら怒られるだろうからな、起きる』
『恐らく帰ったらまた任務だ。寝なさい』
『会議に集中しないと』
『寝ろ』
最後は命令形ときた。片手を私の顔の前に差し出したヘイティに心配性だなあと苦笑いをする。そんな静かなやりとりだったのだが、不意に視線を感じてそちらを見た。既視感があった。その男性に。長い夢で見た男性を少し大人にしたような顔立ちだった。彼は少し眉間にしわを寄せて、なんともないようなフリをして、机を指で叩いた。それがモールス信号だと気づくのはそこまで時間はかからなかった。
『体調が悪そうだが、大丈夫なのか?』
その問いかけに頷く。腕を組むフリをして、同じく答える。
『お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です』
『大丈夫に見えない』
そう眉尻を下げて伝えてきた彼は益々彼に似ている。
『私を気にせず会議に集中したらどうですか』
『集中できるとでも?少なくとも、俺は君と話していたい』
『ナンパですか?』
『君だから言ってる。抜け出そう』
そんなことを言った彼に、つい、である。つい、彼と夢の中のジャックを被せてしまったのだ。
『会議に集中しろ、ジャック』
最後のKをうつ。それと同時に彼はポロリと握っていた万年筆を転がした。唖然としたような顔である。もしかして、彼もジャックだったんだろうか。そう思いながらヘイティさんを見れば彼もまた彼でモールスでやりとりしているらしい。相手は私からは要人の陰になって見えないが。
『使い物、ならない。やめとけ』
数秒の間。
『極東支部、主力、学生』
また数秒の間。
『大人、指示するだけ、子供、いいように使われている』
数十秒の間。
『子供、管理下、どうなるか不明』
そこでヘイティさんが私の視線に気づいたらしい。こちらを見てニコリと笑われたが。
「そう、あらかたそちらの現状はわかったわ」
不意に聞こえた声に顔をまた要人達の方に向ける。聞こえてきた声は、聞き覚えがあるには間違いなかった。
「また詳しいことは明日にしましょう。今日はゆっくり体を休めて。部屋は部下が案内するわ」
「ありがとうございます」
扉が開き、レジスタンスが現れる。あの男が行くぞと私達に声を掛けた時に私は口を開く。
「サー、少しだけ彼らと話したいのですが」
「何故そんなことか必要なんだ?」
「彼らの経験は極東のそれとはまた違うでしょう。彼らの経験を聞き、それを理解した上で今後の戦闘に取り入れたいのです」
上部だけの嘘だ。それでも彼らを揺るがすには大きかった。あとの決め手はこうだ。
「大人達(あなた達)の勝利のために」
そう付け加えれば彼らは機嫌よく、よく言ってくれた、と笑う。それにいかにも褒められて嬉しいのだという、愛想笑いで答える。あの男が耳元で口を開く。
「余計なことは言わない方が身のためだ」
「わかっています、サー」
「そうか……夜には話も終わるだろう。部屋に来い」
それだけいうとあの男達は曲がり角に姿を消す。それを見送ってヘイティが扉を閉めた。
「ナマエちゃん、今なんて言われたの?」
「サチ、しばらく私に近づかない方がいい。恐らくアイツは何か起動させていった」
「えっ!?」
「心配いらない」
そうぽんと頭だけ撫でる。ヘイティが要人が座っていた席についた。
「やぁ、久しぶりだね、『喜び』。久しぶりであってる?やっぱり僕が一番の若造だ」
「今日は機嫌がいいのね、『嫌悪』。えぇ、あってるわ、そうよ、貴方が1番の若造」
その声に私はそちらを見た。そこにいたのはボスである。私がか細くボス?と呼べば彼女は優しげに目を細めた。
「久しぶりね、ナマエ。よく帰ってきてくれたわ。この国に」
その声に涙が出そうになるのをこらえる。サチを促して椅子に座るようにいうと私は一歩下がったところに立った。
「で、ヘイティ。どういうことかしら?」
「その前に、マイガール 。近づくな、ということはあの男に起動させられたね。レベルはどれくらいだい?」
「……わからない。だが、あんまり高すぎはしない」
「君が出撃している」
「クリア」
「君が大人の代わりに出撃している」
その瞬間、バチリ、とスタンガンが当たったような音がして身体中に痛みが走る。膝をつけば、席についていた一部が立ち上がった。駆け寄ってきたのはジャック、だろうか。目の前がクラクラする。
「ジョイ、理解したかい、僕らの状況」
「……嫌という程ね」
「まぁ、こちらから発言しない限りは発動しない。あぁ、憎たらしい。こんなものさえなければ風穴を開けてやるのに」
「仲間割れか?」
「仲間じゃないさ、あんな奴ら!いいかい、アイツらはーー」
「ヘイティさん、ストップ!!」
サチが声を荒げてそう止める。私の体が誰かに持ち上げられーー、ソファに似た椅子に寝かされたことがわかる。
「おこるのは理解できるけど、あんまり喋るとナマエちゃん倒れちゃうから!」
「私は大丈夫だから」
「大丈夫なわけないでしょ!」
そう一蹴したサチに苦笑いをする。ヘイティが絶望したような表情に変わるのが予期できたので口を開く。
「ヘイティ、私は少し休むから、彼らとの交渉は任せても?」
「あぁ、構わないよ、ごめんね、マイガール 」
「大丈夫だよ、慣れてきたから」
ゆっくりと目を伏せる。まぁ眠りに落ちるその瞬間、私をソファに寝かした男によってゆすり起こされたのだけど。怒る気になれなかったのは彼が、泣きそうな顔をしているからだ。それに申し訳ないことをしたなと目を伏せる。
「そんな顔しなくても、私は生きてるよ、ジャック」

==

はたり、と、ちからつきるように腕を落とした彼女の首筋を触る。感じた脈に、感じた呼吸に安堵すると共にそこにあった不確かな何かに眉間にしわをよせた。彼女の首を動かして、そこにある何かを確認する。バーコードのような模様。問題はその下だろう。
「パラメディックーークラーク博士」
そうかつてはパラメディックと呼んだ女性を呼べば彼女は不思議そうな顔をした。
「どうしたの、スネーク」
「ナマエの首筋に何かある」
「首筋?」
そう言って彼女は近くまでやってくると、ナマエの首を除きこむ。たしかにある何か、に、彼女は顔をしかめた。
「……なにかが埋め込まれてる」
「何か?」
「詳しく調べないとわからないわ」
「それが管理してるんだ。その子だけじゃなく、一部の有力な子にね、逃げないようにしてる。下されたものを拒めばさっきみたいになる」
男ーーボスと知り合いらしいーーは眉間にしわを寄せて告げた。それがなかったら、と、続けかけて言葉を止めた彼は口を噤んだ。もう一人の少女に視線が向く。彼女は首を左右に振った。
「彼女にはないよ。数人だけだ。矢面に立ったね。サチ、共有できるものがあるかい?」
「はい」
そこでもう一度彼女は動きをとめる。そして周りを見渡して、あの、と口を開く。
「ナオミ博士っていう方か、ハル・エメリッヒ博士はいらっしゃいませんか?」
「……どうして?」
彼女の問いに対しての答えはイエスだ。しかしながら、それを素性の知らない彼女にいうわけはいかないんだろう。ボスの問いに彼女は肩を跳ねさせた。しかしながら、譲る気はないんだろう。
「あのぅ、じゃあ、SOPシステムって言ったら通じますか」
その問いかけに、彼女が同じであることを理解する。そして、近くにいたパラメディックも理解したらしい。
「わかるわ」
「それ、限りなくSOPシステムに似てるものです。あのシステムに懲罰用のスタンとか、いらないことを話さなくようにする機能とかをつけてます。ただ、それほどまで科学は発展していないので中枢機関との交信が必要だからアレが埋め込まれてるっていうか。でも、未完成だから……」
「この子は実験体ってこと?」
「はい。彼女を含む何人かは。このシステムには、人間の活動限界ーー72時間を超えても動けるようにセットされています」
ナマエがゆるりと目を開く。そして、俺から目をそらすとボスたちの方を見た。
「早い話、死んでいても動くようにセットされている可能性があって、その中枢機関機関を壊したらその負積が一気に崩されて被験体が死ぬ可能性がある」
「ナマエ、寝なさい。ただでさえ、72時間超えてるんだ。何回めだと思ってる?」
「数えるのはやめたからなぁ。まだ1、2回目?」
「ナマエちゃんの馬鹿、とっくに両手で足りないからね」
「一度一部の良識ある大人が中枢機関を壊しかけたがそれで何人かが死んだ。破壊じゃなく、そのままプログラムを書き換える形が望ましい。ボス、クラーク博士、サチは怪しくない。彼女の望む人に合わせてほしい」
そう言って彼女は薄く笑んだ。その表情が穏やかすぎて、息が詰まる。このまま、彼女はーー。
「ナマエちゃん、何回も言うけど、そこで笑うの遺言みたいに聞こえる言い方だからやめて。ヘイティさんの精神にも悪いから。寝なさい」
「寝たくない」
「そう言う貴方に強制スリープ状態」
サチと呼ばれた少女がパソコンで何かしたようだった。彼女の目が緩やかに伏せられ、また寝息が聞こえる。クラーク博士が眉間にシワをよせた。

==

夢を見る。真白な世界の夢をみる。誰かが私を呼ぶ夢を見る。緩やかに目を開けば、そこは病室に似た場所であると理解できた。白だけではなく暖色が使われているのは精神的にはそちらの方がいいという解釈からか。時間が読めない場所である。そのまま側から聞こえる寝息の方を見れば、夢で私を呼んだ人物がぐうぐうと寝息を立てていた。
ーー彼は彼であるんだろう。あの会議室にも似た場所で行われた会話を聞く限りでは。そっと髪を撫でてやれば、彼はゆっくりと目を開いた。定まらない目に私をうつすと、愛おしそうに彼は私をみる。ナマエ、と、確かに呼んだ彼は、私に手を伸ばした。頭に、髪に、そうして頬に。滑っていく手のひらは大きい。大事そうに抱き寄せた彼は額をつけて、目を伏せる。会いたかった、と心底から思っているように。それが泣き顔に変わるのにはそこまで時間がかからなかった。ポツポツと布団を濡らした涙に、彼は酷いじゃないか、と呟いた。私は確かに酷いことをしたので、肯定する。
「最後にあんな言葉を吐かなければ、よかったね」
「あぁ、そうだ。君があんな言葉を吐かなければ、俺は君に縛られず生きれた」
それは本心なんだろう。私が告げなければ、彼は恐らく私を嫌っていたのだろう。
「……ごめんなさい」
そう静かに謝る。あのまま君に嫌われて死ねばよかった。そう呟けば胸がチクリと痛む。しかしながら、生きている人を考えれば、それが正しいことなのだろうけれど。目を伏せれば、彼はそれが嫌なようで揺すって私の目を開かせる。もう一度映った彼は泣きそうな顔で口を開く。
「いいや、ナマエが謝る必要なんてないんだ。俺が、君を殺した。自分(ジャック)を殺した。あの時、引き金を引かなければ、君はいたんだ」
「君は悪くなんてないよ。私が悪いんだ。私が、君に殺されるようにしただけだ。君は命令を忠実にこなした」
「あぁ、でも、俺は君と生きたかった。ナマエと、これからも一緒にいれると、どうしようもなく、信じていたんだ」
彼は深く傷ついたんだろう。母親にぐずる子供のようにも見えた。
君がいればオレは足を踏み外すことはきっとしなかった。君がいればあの未来は変わっていた。もし、あの息子達が、君との間に生まれていたら。彼の口から沢山のもしもが降り注ぐ。
そして、同時に私はあの世界の未来をしる。たった一人が足掻いたところで未来は変わらないのだと。どうすれば彼を助けることができたのかと。大きな道筋から離れることなんてできないのだろうか。
ジャックの揃った両目からさめざめと流れる涙を私はは手で拭う。両手で彼のほおを包む。
「ジャック、私は君を助けたかったよ」
君の未来を助けたかったよ。沢山の人と笑い合っている君の未来を見たかったよ。だから足掻いてみせたのに、私では変わらなかったんだ。それを全て飲み込んで、彼の額に額をつける。
「ごめんね、ジャック」
私を殺したのは君だ。けれど、君を殺してしまったのも私だ。彼は大きな手を私の頭に回す。そのまま近いた顔に目を伏せれば、涙が溢れ落ちた。



ーーまぁ、そんな甘ったるい空間は苛立ったような上官の登場によって変わるのだが。


目の前に現れた上官である男に、ジャックは少し不服そうにした。上官は彼を気にすることなく、私を見下ろした。
「ナマエ、来い、と命令したはずだが?」
「申し訳ございません、サー。今、目が覚めたもので」
「お前に眠りは必要ない、違うか?」
「……はい、そうです」
「あぁ、そうだ、お前たちに眠りは必要ない。他の二人がお待ちかねだ」
そう私の手をつかもうとした男に、ジャックがその手を掴んだ。
「彼女に何をするつもりだ?」
「若いの、なんだ、お前はコイツに惚れでもしたか?」
可笑しそうに笑った男に私はジャックに手を離すように告げようとするが、ジャックが先に肯定した。
「あぁ、そうだ、惚れた、」
「じゃあ来るか、若いの。今からコイツを回すんだ。お前も欧米人に抱かれるなんて機会は滅多にないだろう?」
その言葉にジャックが動きを止めた。私は首を左右にふる。彼に幻滅されたくなくて、首を左右にふる。
「サー、やめてください。彼を巻き込まないで」
「なんだ?今更嫌がるのか。道具のくせに」
その瞬間、男が一回転した。一回転した、というよりは投げ飛ばされた、が、正しい。反応を見るに意識を失ったようである。投げ飛ばした人物の顔を見る。ジャックはただ穢らわしい物を見るような冷めた目で彼を見下ろしていた。しかし、私が見ていることに気づくと、眉間にシワを寄せてこちらを見た。
「ナマエ、コイツらに何された?」
「まぁ……任務から拷問まがいなものからーー色々と。利用される立場なんだ。私だけじゃない」
「もう一人のあの子もか」
「あの子にそんなことはさせない。もっと守ってやりたかったが流石に限度があった。私が任務についている間に他の子供が犠牲になった」
そう告げて自分の首元を触る。
「これは首輪だ。コイツらは怖いのさ。これがなければ自分達が殺されると理解している」
「まともな大人は?」
「ヘイティと他数人くらいじゃないか?まともで勇敢な大人はもう、戦火で死んだよ。ヘイティは私がいるから親身なだけで、私がいなければ無関心だろうね」
私が守ろうとするから、彼は仕方なく守ろうとするのだ。それは親の責務か、それとも否か、わからないが。
「そうだな、でも、利用されていて悪い話だけじゃない」
誤魔化すように笑う。彼は怪訝そうな顔をした。
「この男に利用されたから、こうしてアメリカに来れて、君に会えた」
それが、たまらなく嬉しかったから。そう告げれば、彼は目を丸くした。そして、軽々しく彼は私を抱き上げて歩き出す。
「ジャック?」
「……ここじゃゆっくり休めないだろう?」
そう悪戯っぽく笑った彼に、そうだな、と肯定する。
「何処かに逃がしてくれるのか」
冗談である。ただ、映画のような台詞を言ってみたかっただけだった。ゆっくりと目を伏せて、冗談だよ、と告げる。襲ってきた眠気は安堵からだろうか。

==

「ナオミさん!」
やってきたその人にそう声をかける。久しぶりね、サチ、だなんて笑った彼女は見るからに体調も顔色も良さそうだった。それが嬉しくて、どうしているかなんて野暮な質問は頭から吹き飛んだ。連れてきたクラーク博士はパラメディックと呼ばれた彼女だろう。……仲良くしていいのだろうか。因縁とか、と思ったけれど、仲は良さそうである。
「話はクラーク博士から聞いたわ。大変なものが作られたみたいね」
「そうなんですよ」
そう言って彼女に今まで解析したデータを見せる。彼女はそれを眺めて眉間にシワを寄せた。
「私、オタコンに教わったから機械工学はわかるんですけど、医学的な観点は全くわからないんです。だから、どの程度人体に影響が出るかわからなくて。妨害電波を出すことも考えたんですけど、それで友達が死んだら嫌だなって」
ラップトップに映った文字列を眺める。同じ学校だから、庇ってくれたのか。私が怯えるしかなかったから、庇ってくれたのか。わからない。でも、彼女と私はスネークとオタコンのような関係になりつつある。せっかくそうなったのに、死ぬなんて嫌だったし、なにより彼女は彼女達は私を信じてくれているのである。あの首輪をいつか取ってくれるのではないか、なんて。
「どうしたら、助けられるかな」
スネークがあの世界での、私にとってのヒーローであったように、現実では彼女が私のヒーローだった。だから、今度は、私が。

==

2日目の会合になんともない顔をして出席する。昨日ジャックが投げ飛ばした男はジャックを睨み、そして私をも睨む。ちゃっかり北米支部側の空いている椅子に座ったヘイティは昨日私がいなかったというのに特に精神を磨耗している様子はない。手話でよく寝れた?と尋ねられたのでよく寝れたと返しておいた。
そこから話を聞き、今後の話をきく。どうせ動くのは私達だから、聞いておいて損はない。相手方の動き、他の支部の動き、極東の状況。そんなものを頭に叩き込んでいれば、不意に通信が入った。
『ナマエ、聞こえるか?』
口元を隠して、首筋に手を当てて答える。
「あぁ、聞こえる。どうした?」
『良いニュースと悪いニュース、どっちから聞く?』
「蓋を開ければ二つとも悪いニュース、なんてことはないな?」
『さぁな、あんたの考え方だろ。極東支部が世界帝軍に乗り込まれてる。多分もうすぐ落ちる。で、アイツらの管理統制を奪ったからサチちゃんのPCに送っといた。本体はどうやらミサイルのドサクサに紛れて打った衛星みたいだ』
「……そうか。まさかとは思うが、死のう、なんて考えてないな?」
『別にもう良いだろ?俺たちは頑張った』
「まだだ。出来るだけの奴らをつれて脱出しろ。相方は生きてるな?」
『生きてるよ、残念ながらね』
「喜ばしいことに、の、間違いだろ。そこから東に向かった場所にヘイティが機体を隠してる。出来るだけ交戦を避けて逃げる意思があるやつや無事なやつを連れていけ。東欧支部との合同任務に行った二人に連絡は?」
『手放しで喜んでた。しばらく東欧支部の方にいるってよ』
「了解。こちらでサチが首輪から解放の手段を探っている。北米支部に動けないか聞く。脱出地点に到着、もしくは何かあれば無線で連絡しろ。以後こちらからは無線でバックアップする」
『了解、もう少し頑張るよ、アンタの言葉だからな』
『了解、頑張るね、あともうヘイティさんと更田さん以外の大人は役立たずがわかったから、一緒にいる3人なんとかしといて、Over』
途切れた無線に息を吐く。さて、この3人に席を変わってほしい、ところである、が。ヘイティさんが何かあった?と聞くので頷く。手話で言葉を告げる。
ーー極東支部が陥落しそうだ。
その言葉に彼は目をまん丸に見開いて、嘘だろう?と口を開いた。上官がヘイティを睨んだ。
「ヘイティ、何を」
「悪いけど、お役交代だ。アンタ達は役に立たない。そこをヘイティに譲れ」
「なんだと?」
「……サー、極東支部の本部に無線が繋がりません。私のチップがおかしいのかもしれませんし、そちらから連絡を取っていただけますか」
そう言って、ああこれでは向こうが無線に気づいたらやばいことになるな、と思う。試しにコールしたが、やはり、繋がらないから壊れているらしい。三人のうち、一人が席を立つ。そして、通信を試みたらしい。おかしい、と呟いて彼は他の二人をみた。私の上官にあたる男がこちらを向く。
「ナマエ、何があった?」
「東西コンビより報告がありました。極東支部が落とされそうだと。ただ、今日はエイプリルフールですので、子供達のいたずらでしょう」
そう笑う。エイプリルフール、な訳がない。こちらは4/1でも、日本は4/2だ。彼らは疑わしげにこちらをみる。私はニコニコと笑いながら、子供のフリをして首をかしげる。
「それとも、貴方達は、子供が反旗を翻したと思った?まさか、貴方達が手綱を繋いでるのに?できるわけないですよね。貴方達に付き合うのは飽き飽きだ。どいてもらえますか」
そう表情を消して銃口を構える。ガタリ、と後ろに下がった彼らを押しのけて座る。そうしてボスと向かい合った。
「ボス、手短に現状をご報告します。極東支部は陥落寸前というところでしょう」
「続けて」
「詳しいことは不明です。恐らく大人、子供ともに死傷者が多数であることは予想されます。また、それと同時に私の指揮下にいるモノが撤退を開始しています」
「撤退だと!?」
そう声を上げた男達を睨む。
「最後まで足掻けと?ww2時代の日本軍のように?」
「あぁそうだ」
ふつっと、湧き上がった怒りに、限度を通り越して湧き上がった怒りに彼らをみる。
「ふむ、そうだな、なら、君達が戦えばいいんじゃないか」
北米支部の誰がが口を開く。いや、少し知っている。確か、彼はゼロと呼ばれた男だ。
「君達も極東支部なのであれば、君達もそうする義務がある。やりたくないなら黙ることだな。続けてくれ」
「極東支部の本部は元は日本と呼ばれる国にあったのは間違いありません。ただ、本陸地にはありません」
「本陸地にはない?」
ジャックの近くに腰掛けていた男性のその問いに頷く。
「九州や北海道、四国かはたまた沖縄か」
「お詳しいんですね」
「日本人の血を引いてるからな。一時期日本に住んでたんだ」
「では、種子島、といえばわかりますか?」
「!JAXAの本拠地か」
「カズ、わかるのか?」
「あぁ、島だよ」
「島からの撤退か……何か手はあるのか?」
「ヘイティが隠している飛行艇がある」
「飛行艇?」
「おいおい、ただの飛行艇と思わないでよ。自動運転やレーダーや見た目のステルス機能に電磁波も詰んでる。逃げるのにはもってこいだ。北米支部は何処か中継地点を決めて、迎えに行ってくれればいいよ。そこまでのナビゲートは僕達がする。」



 Comment(0)
君僕関連 

次の日 top 前の日