2019/12/24
新サクラ色々書き試し
「いや、歌劇が好きって言うよりかはお母さんが見にこれないから代わりに来てるだげだし」
彼女はそう言って被っていた帽子を目深に被った。そうなんだ、と苦笑いして告げる。感想を聞いてもいいかな?といつきちゃんに聞けば、あの子にも聞いた方がいいよ、といわれたのである。どうやら彼女曰く帝国劇場の常連らしい。こまっちゃんとも仲が良いとは誰に聞いた話だっただろうか。
「お兄さん新しい人だね」
「あぁ……うん、新人もぎりの神山誠十郎です。よろしく」
「もぎりの人……」
彼女はそう言って目を少し見開いた。しかしながら、すぐに神山?と首をかしげる。何かあるんだろうか、と思ったのだが、彼女は訝しげな顔で俺を見るだけだ。
「大神じゃないの?」
「大神?」
「……いや、こっちの話。オニイサンは気にしないで」
「いや、気になるよ、普通に……」
「細かいことを気にしてたら嫌われるよ」
「ぐっ」
そう息を詰めた俺に彼女は「まぁもぎる人も少ないけど頑張ってね」と俺の肩を叩くとそのまま隣からすり抜けた。あ、感想を、と言えば、彼女は振り返ると「歌練習した方がいいよ」とだけ告げてエントランスから外に出ていく。歌の練習……歌劇なんだから当たり前か。問題点は多そうだ、と、そっとため息をつく。一つずつ解決するしかないのだけれど。
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「ゲキゾウくんのでっかいぬいぐるみじゃん!!」
そうぴょこぴょことやってきたのは常連らしいあの子である。可愛い!ほしい!と抱きついただろう彼女に、自分はゲキゾウくんなのだと言い聞かせる。
「可愛い……お母さんに見せたら喜ぶかな……連れて帰れないかな……」
そう考えていれば、彼女は不意に上を見上げた。
「あざみちゃん、連れて帰っちゃだめ?」
「……だめ。ゲキゾウくんのカラクリ人形、帝劇の。ナマエがいくら常連でもダメ」
上から降ってきたのはアザミくんだろう。ちぇーっと拗ねたような声を出した彼女に、俺はバレないように息を吐いた。アザミくんと年が近いから仲が良いのかもしれない。
「ちなみにボタンを押せば喋る」
「えっ、どこ、ボタンどこ」
「ここ」
えい、とおしたアザミくんに、慌てて「帝国劇場をよろしくパオ」と言えば彼女は目を瞬いた。
「ね?」
「喋った!うーん、喋る人形も売ってないかな……」
「また何かあった?」
そう彼女に尋ねたアザミくんに、彼女は首をかしげる。
「なんで?」
「ナマエ、いつも劇してる間しか来ない。こういう日にくるの、稀」
「アナスタシア・パルマさんを見にきた」
「嘘。ナマエは舞台に立つ女優がだれとか興味ない」
「ぐっ、バレている」
彼女はそう言ってまたゲキゾウくんに抱きついたらしい。
「お母さん、また最近体調悪いんだぁ。だから、家にいても邪魔だし、お父さんや叔父さんを探しにきたんだけど……」
「帝国劇場にはナマエのいうような人、相変わらずいない」
「だよねぇ。ちょっと場所を変えて探してみようかな」
彼女はゲキゾウくんから離れる。どうやら彼女は彼女で訳ありらしい。誰かを探しにこの劇場にくるのだろうか。アザミくんが手伝う?と聞いたが彼女は首を左右に振った。
「アザミちゃんはここの見回りあるでしょ。ありがと、気持ちだけ受け取っとく」
「ん」
「またね〜」
そう手を振りながら消えた彼女にアザミくんはひらりと手を振ると、また消える。それを見送って、人気がいないのを確認してから変身をとく。……まったく、この仕事も楽じゃない。それにしても。
「帝国劇場で人探し、か」
こんな限られた場所で人を探すなど、探しやすい気がするが。
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彼女をまた見かけたのは次の日のことである。大きな鞄を持った彼女は俺を見つけると、「ちわー」と帽子を取った。少年のような服をきた彼女に「常連の」といえば、彼女は口を開く。
「常連ではないよ。それに今日はお仕事です、神山さん、だっけ?」
「あってるよ。それにしても……仕事?」
「ピアノの調律。一番安い人で指名したでしょ。すると私が来るんだよなぁ」
そう言った彼女に、ああ確かに竜胆さんにお願いしたな、と思いだす。働いているのかい?と聞けばお手伝い程度にねと言われた。……ピアノの調律は大丈夫だろうか。やはりアナスタシアに任せた方が。しかし、竜胆さんの言葉を思い出す。安いけど腕はピカイチと評判……だったような。
「任せられるかい?」
「うん、仕事だし」
「音楽室はこっちだ」
「……ん?まてよ、音楽室ってことは……あー、通りで、通りでみんなの歌の音程がズレてるんだな……」
彼女は頭を抱えてそう告げた。
音楽室に行けばアナスタシアがいた。彼女はアナスタシアに頭を軽く下げるとテキパキとピアノの調律をはじめる。時々なるピアノの音は本当に同じ音なんだろうか。
「あの子、とても耳がいいのね」
「耳?」
「細かい音まで修正してるもの」
アナスタシアはそうつげて、あとは彼女に任せましょうとその場を後にした。俺はなんとなく彼女を見ておくとする。
どれくらい時間が経ったのか、彼女はピアノの前に立つとポーンとピアノの鍵盤を押した。かなで始めた曲は題名は知らないが綺麗な曲である。そうして彼女は満足したのか「オッケー!」と声を上げた。
「驚いた、ピアノが弾けるんだね」
「お母さんに教わったからね!」
「お母さんもピアノの調律師なのかい?」
「んーん、お母さんは違うよ。でも、手に職を持ってた方がいいからって教えてもらった」
そう言って彼女は道具を片付けていく。その年ならばまだ学生の年ではないんだろうか。アザミくんぐらいの歳ならば、世間的には学生が多い。あまり家が裕福ではない?しかし、それにしては彼女が普段着ている服は小綺麗なものだ。
「……学校には通ってないのかい?」
「うん。別に通わなくても生きていけるし。お母さんのことも心配だし」
彼女はそう告げて掌をこちらに向ける。なんだ、と思えば「調律代」と彼女が告げる。そこで、ああ依頼料かと理解した。渡すように頼まれていた依頼料は、本当に子供の小遣い程度だったのだが。
「まいどあり!」
そう笑った彼女は年相応である。この金額でいいのだろうか、と思っていれば音楽室の扉が空いた。誠十郎、と声をかけてきたのは令士だ。
「令士?どうしたんだ?」
「いや、ピアノの調律ができるようになればと思ってな。そうすれば調律代浮くだろ」
そう告げた令士に、俺は確かにと思う反面、そんなお金もかかってないのにと思う。調律師が来てるって聞いてきたんだ、と言った令士に彼女が「はーい」と手をあげた。
「……子供?」
「あぁ、彼女が調律をしてくれたんだ」
「はーん、腕がいいんだな?」
「安くて腕がいいと評判らしい」
そう言って彼女をみる。彼女は「あんまり仕事してないけどね」と頭をかいた。安い?と首を傾げた令士に金額を言えば、目をまん丸にして見せた。
「安すぎだ!技術を安売りするもんじゃないぞ!」
「子供だからね」
「あのなぁ……」
「で、お兄さんは調律のやり方知りたいの?」
「やめた。そんな安い金額なら尚更だ。お前の金額が上がった時にでも聞くよ」
そうため息まじりに告げた令士に、彼女は何か思案した。
「お兄さんも新しい帝劇の職員さん?」
「んぁ?あぁ、大道具とか、小道具とか、ま、裏方だな」
「ふぅん。じゃあ、加山って人知らない?」
「かやま?知らないな」
「そっか。じゃあいいや。またね〜」
そう間延びしたような言葉で彼女は大きな鞄を持つ。あぁ、おくるよと彼女にいったが「大丈夫、ありがと〜」という返事で彼女は部屋から出て行った。
「なんだったんだ?」
「いや、誰かを探してるらしい」
「ふぅん……帝劇に出入りしているやつはすぐ見つかりそうなんだけどな」
「俺もそう思うんだが……」
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「お兄さんこっち!」
降魔から逃げるように手を引かれる。追いかけてこようとする降魔にナマエくんは迷いもせず路地裏に飛び込んだ。それでいくつかは立ち往生したのだが、やはり後を追いかけ来るものも多い。彼女は鞄についていた小さなラッパを取ると降魔に向かって音色を奏でた。その瞬間、降魔が弾かれたように飛ばされる。驚いたような降魔達から距離を取るように彼女はそのまま俺の手を引いて逃げた。路地裏から出た先は帝劇の近くだ。彼女は路地裏を見てから俺を見る。
「ここまできたら多分大丈夫だと思う。神山さん大丈夫?」
「あぁ、ありがとう。助かったよ」
「あの変な化け物、年々大きくなってるから気をつけた方がいいよ。お兄さんも霊力高そうだしね」
彼女はそう肩をすくめると、帝劇の時計を見て「あっ」と声を上げた。急いで帰らないと!と駆け出した彼女は俺に大きく手を振って人混みに消える。……今のはどうやったんだろうか。そうぼんやりと考えていれば、さくらに「隊長?」と呼ばれたのだけど。
「いや……今日一緒に逃げていた子がラッパの音で降魔の動きを止めてたんだ」
どうやってるんだろうと思って。
苦笑いをしてそう告げる。作戦会議というか、そんな中にする会話ではないかもしれない。それでも、やり方がわかれば大きな力になるには違いなかった。
「ラッパの音で……?」
「あぁ、小さなラッパだよ。子供の掌に収まるくらいの」
「なにかカラクリがあるのかしら」
そう考えこむ花組に、支配人は俺をみる。
「その子の年頃は?」
「あざみくんと同い年ぐらいの子です。帝劇の常連で……」
そこまでいって花組はそれが誰なのかを理解したようだった。あざみくんが「ナマエ」と口を開く。
「ナマエ、確かに楽器の音で降魔を倒せる」
「え?倒せちゃうの!?」
「ただ、小さいのだけ。大きいのは無理ってきいた。多分、大きいから動きを止めるだけだったのかも」
その発言に神崎支配人は何か考え込む。そうして、神山くん、と俺の名を呼んだ。
「次にその子にあったなら、連れていらっしゃいな」
「えっ」
「少し話したいことがあるのよ」
支配人はそういって目を伏せた。俺たちは顔を見合わせるだけであるが。
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それと同じ時空の妹ちゃんは司書しながら個人的な楽団を持ってる。
・個人的な楽団=貧しい人達の為のもの?
・妹ちゃん=みつは
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「最近少し帰りが遅いんじゃないか」
そう釘を刺した森先生に私はクスクス笑う。ナマエといえば私の後ろにひっついて森先生をみまいとしていた。いくつになっても子供だなぁ、と頭を撫でた。アイリスと最初であった時を考えればこれくらいかもしれないが。
「最近は外の人に算術とかを習ってるのよね?」
そう促せば彼女は目を白黒とさせた。なんで知ってるの、と言いたげであるが彼女から私に渡した手紙は今や帝劇の支配人となったすみれさんから私宛の手紙であるし、私にはもうわからない理論が並んだ手習帳には彼女じゃない人の文字でコメントが書いてあったりする。恐らくは面倒見がいい人がいるのだろう。
「な、なんで知ってるの!」
「さぁ、なんででしょう」
クスクスと笑いながらそうつげる。ワタワタとした娘は可愛らしくて、ついギュッと抱きしめてしまった。森先生は深いため息をつくと、荷物を置いてきなさい、と促す。他の先生たちもまた、ナマエ遅かったな、と小言のように告げた。なんとまぁ父親に似た立場の人が多いこと。
「司書、笑ってる場合か……」
「いえ、あの子は幸せな子だなって思っただけですよ」
「……ならその体を良くすることを考えるべきだな。ナマエの幸せには君がいるのだから」
そう私に釘を刺した森先生に周りの先生達が同調する。心配性だなぁ、と苦笑いしたら、最近の体調を思い返してからいってくれ、といわれてしまったが。むぅ。確かに最近、降魔がよく現れるからかあまり体調はよろしくないのは確かだ。それでも今日は調子が良いのだし、と思っていれば戻ってきたナマエに「おかあさんはねてて!」と怒られてしまったのだけど。
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「ナマエの母親もなかなかな美人だぞ」
そういった令士に俺は変な顔をしてしまう。お前……とついこぼれた言葉に令士は俺を見た。
「おいおい、変な勘違いはやめてくれ。写真で見ただけだ。ナマエが持ってるんだよ」
やれやれと肩をすくめて見せた彼に支配人は「あら、当たり前じゃない」と告げた。なにが当たり前なのだろうか。二人で首をかしげる。
「二人ともまだ会ったことがなかったかしら」
「ええ、まぁ……」
「そうね……花組も司馬くんもあったほうが良いかもしれないわ。そのうちいやでも顔を合わせるかと思ったけれど……」
支配人はそう言って考えこんだ。
「今から会いに行っていらっしゃい」
「えっ、今からですか?!」
「善は急げというでしょう」
「今日はナマエが来ない日なので、場所がわかりませんよ」
「帝国図書館は行ったことがなかったかしら。クラリスかあざみが場所を知ってると思うわ」
支配人の言葉に上から人が降ってくる。うわっと二人して声をあげた。
「あざみ、ナマエの家の場所知ってる」
「じゃあ案内を頼めるかな?」
「わかった」
こっち、と手招いたあざみくんに令士はやれやれとあたまをかいた。
「なにも持たずに行くのは野暮か」
「ナマエの母上、ゲキゾウくんがすき。きっと喜ぶ。饅頭なら尚更」
「それはあざみくんとナマエくんが喜ぶんだろう?」
==
「帝国図書館?」
そう二人して首をかしげる。間違いじゃないのかとあざみくんを見下ろせば彼女は頷いた。
「ナマエの母上、ここで働いてる。だから、二人とも、ここに住んでる」
「住み込みで働いているのかい?」
「てっきり病院か何かにいるんだと思ったが……」
「病院?」
「あぁ、ナマエからかなりの病弱だと聞いた」
「ここ、医者がいる。病室もある」
そう告げたあざみくんは「こっち」と手招いた。その後に続く。門を跨げば公園のような場所が広がっているのが見えた。絵を描いたり、ベンチで談笑している人が見える。その中でも何か指導していたらしい男性があざみくんを見て手を振った。
「あざみじゃないか」
「むっ」
「ナマエと遊びにきたのか?」
そう首を傾げた彼にあざみくんはムッとした。
「違う。今日は任務。ナマエの母上に、二人を会わせる」
「二人……?」
こちらに向いた視線に頭を下げる。
「帝国劇場の職員、神山誠十郎です」
「同じく大道具担当の司馬令士です」
「ナマエくんが良く手伝ってくれているので親御さんにご挨拶に伺いました」
そう告げれば彼はほうと納得した。若いのにしっかりしているな、と告げた彼はそのまま口を開く。
「司書なら今日は部屋にいると思うが……」
「……体調がよろしくないんですか?」
「いや、最近は良いみたいだが主治医がまだ本調子じゃないからと止めてる。会えるとは思うぞ」
そういった彼は佐藤先生と呼びかけられた声に「今いく」と声をかけた。あざみがいるなら大丈夫だろう、と告げた彼は俺たちに軽い挨拶をしてーーそちらに向かったのだけど。
帝国図書館は帝劇と同じくらい立派な建物だった。壁を埋め尽くすように並んでいる本に、関心してしまう。利用者だろう人が本を選んだり椅子に腰掛けて本を呼んでいるのも見える。そんな中をあざみくんは「こっち」と見知ったように歩いていた。その先は関係者以外立ち入り禁止、と釘刺された場所である。二人で顔を見合わせていれば、背後から「なにをしている?」という声がかけられた。まるで士官学校で上官から声をかけられたようだった。二人して振り返ればそこにいた人物にさらに俺たちは固まるのだが。眉間にシワを寄せた人物は、間違いがなければーー陸軍の軍医だった人物だ。それも下っ端ではない。彼はもう一度口を開こうとしたが、すぐに「神山さんと令士さん、なにしてんの」というナマエくんの声が聞こえたため口を噤んだ。そちらを見ればあざみくんと一緒にナマエくんがいる。彼女は俺たちをみて「蛇に睨まれたカエルみたい」とケラケラと笑った。
「ナマエの知り合いか」
「帝劇の職員さん!」
「あぁ、よくナマエが出入りしている劇場か。ナマエが世話になっている」
そう柔らかくつげた彼に、もしかして父親なのだろうか、と思う。
「いえ、娘さんにはこちらこそ世話に」
「娘、娘か。こまったな、そう見えるらしいぞ」
彼は揶揄うようにナマエくんに告げる。ナマエくんは手で大きな罰印をつくった。
「ぶっぶー!神山さん、ぶっぶー!はずれ!おおはずれ!森先生はお母さんの主治医です〜!」
その発言にやはり彼は陸軍の、と理解した。本人は「まぁ医者の真似事に近いがな」と告げたのだが。失礼しました、と謝ってはみたが彼は構わないと告げた。その後に続いた「ここにはナマエの父親に見える男が何人もいるからな」と言う言葉に俺たちは固まったのだが。
「森先生、むこうで夏目先生が読んでる」
「あぁ、ありがとう、あざみくん。そちらに向かおう。では、失礼する」
そう少し頭を下げた彼はそのまま廊下の先に消えた。森先生、と言うことは。俺たちが何か言う前に、ナマエの母上はこっち、とあざみくんに言われる。ナマエくんは首を傾げた。
「お母さんに会いにきたの?」
「……お前に色々手伝ってもらってるんだから、挨拶をしないわけにゃいかんだろ」
「そういうもの?」
「そういうものだ」
そう頷いた令士にナマエくんはふぅんと納得したようである。じゃあこっちだよ、と手招いた彼女はあざみくんの隣に並んだ。
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小さな背中を追いかけていけば、司書室と書かれた扉の前で彼女は立ち止まった。司書といえば本を管理する人ではなかっただろうか。おかあさん、と呼びかけただけで扉をあけたナマエくんに、令士が「ノックを教えるべきか」と頭を抱えた。俺の部屋やさくらたちの部屋、楽屋や音楽室に入るときはきちんとノックをしているけれども。扉をから覗き込んでいるナマエくんに、「あら、どうしたの?」だなんて柔らかな声が聞こえる。
「おかあさんに、お客さんきたよ?」
「あざみちゃんかな?」
「む。ナマエの母上、するどい。でも、あざみだけじゃない」
そう同じように顔を覗かせたあざみくんが告げれば、女性の足音が聞こえる。ナマエの新しい友達?と尋ねらがらあけられた扉、かち合った目に彼女は瞬きをしーー俺たちは苦笑いをしてしまったのだが。
「えっと、ごめんなさい。青年の方だとは思わなくって」
「いえ、」
びっくりしたように両手をあげた女性に、令士が小さく「美人だ……」とぼやいたのが聞こえたので裏拳をいれた。
「ぐっ、卑怯だぞ……誠十郎……」
「お前がナマエくんの母親に変なことを言うからだろ」
「素直な感想を述べただけだろ?」
クスクスと笑う声が聞こえて俺たちはそちらを見る。視線に気づいた彼女は「ごめんなさい」と謝ると、「そのやりとりが兄達のやりとりに似ていたものだから」と微笑んで見せた。
「それで、えっと……ナマエ、紹介してくれるかしら?」
「ん。右、令士さん。算術とかの先生。帝劇の大道具係。左下、神山さん。帝劇の職員でモギリ」
その紹介はどうなんだ、と思う。なので、改めて名乗るとする。
「帝国劇場の職員、神山誠十郎です。こちらは同じく職員の司馬令士」
「娘さんにはいつも手伝っていただいております。これはつまらないものですが」
そう言ってお菓子を手渡した令士に彼女はそのお菓子を「ご丁寧に」と受け取る。その時覗いた手首はか細い。色も白いし、おそらく本当に病弱なのだろう。
「私はこの子の母、加山みつはと申します」
「加山……?」
「……なにか?」
そう首を傾げた彼女に、俺たちは「いえ」と首を左右に振った。それにしても、イマイチ帝劇とは結びつかない人である。
「あと、支配人から手紙を預かっています」
「あぁ、なるほど、スミレさんの差し金ですね」
ポンっと手を叩いた彼女に「支配人とは知り合いなんですか?」と尋ねる。彼女は頷いた。
「ナマエ、あざみちゃん、お茶のセットを持ってきてくれるかしら。できればそうね……紅茶がいいかな」
「おかあさん、紅茶淹れるのヘタッピだから私が淹れてきてあげるね!」
「そうね、お任せするわ。お願いね」
「あざみちゃん、いこう〜」
「わかった」
ナマエくんはあざみくんを引き連れて歩いていく。それを見送って彼女はもう一度俺たちをみた。
「では、改めましてはじめまして。私は加山みつは。帝国図書館の司書および、帝国歌劇団奏組の総楽団長をやらせていただいております」
「帝国歌劇団奏組……?」
「劇中歌などの曲を担当する部署、とだけ頭に置いていただければ。昔はオーケストラピットで演奏していたのですが、今は録音が多いですね」
なるほど、支配人が会いにいけと言ったのはそういうこと、らしい。そんなものがあったのか、と思いながら聞いていれば彼女は言葉を続ける。
「また、あなた達ーー花組をはじめとする華劇団が『霊子甲冑』及びその後裔機を動かすまでもない降魔に対し出動する部隊、魔障部隊奏組の指揮官も兼任しております」
そう言った彼女にピシリと動きを止める。今なんと。彼女は小首を傾げたがーーすぐに、あぁスミレさんも細かい下部組織については教えていないんでしょうか、と納得した。
「帝国歌劇団には風組以外にも下部組織があったんです。今はもうかなり少なくなってしまいましたが……」
「えっと、加山さんはお詳しいですね」
「そこも聞いてないんですね。……隊長は大変でしょう?周りは女の子しかいないし、スミレさんも詳しくは言ってくれない上司だし……」
お見通しだ。ピシリと固まっている俺にかわりに令士が口を開く。
「加山さんはお詳しいんですね」
「昔、花組にいたので」
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「あれ?加山さん?」
「こんにちは、神山くん」
そう柔らかく笑んだのは間違いなくナマエの母親である加山さんだ。帽子やメガネで多少姿はごまかしているが、なんというか雰囲気でわかってしまう。少し駆け寄って、体は大丈夫なんですか?と聞いてしまうのは仕方がないと思う。彼女は俺の言葉に、「最近は調子がいいから少し遠出してきたの」とクスクスと笑う。
「ナマエがいるかと思ってきたのだけど……」
「ナマエですか?ナマエなら恐らく地下の格納庫にいると思いますよ。ご案内しましょうか?」
「あら、簡単に人をいれてもいいんですか?」
そう告げた彼女にピシリと固まる。彼女をみてみれば少し悪戯っ子のような表情をしていた。こんな表情もするのか、だなんて驚きつつ、彼女の言葉は確かにそうだとあたまをかいた。
「えっと」
「ごめんなさい、冗談です。困らせてしまいましたね。案内していただけると幸いです」
「いえ……こちらです」
彼女の一歩前に足を踏み出せば、彼女はその後を歩いてくる。時折懐かしげに周りを見渡す。そういえば彼女もまた昔の花組に属していたと聞いた。ブロマイドを見る限り、帝劇だけでなく巴里や紐育と言った華劇団にも属していたようであるが。懐かしいですか?と尋ねれば彼女は頷いた。
「変わっていなくて少し安心しました。あ、すみれさんに挨拶……」
「あぁ、支配人なら今日は外出されていますよ」
「うーん、どうもタイミングがあわないなぁ」
そう告げた彼女を昇降機にのせる。
「大浴場もそのままかな?」
「昔からあるんですか」
「もっと前はシャワー室でしたよ。……のぞいたりしてませんよね?体が勝手にー、とかいって」
「してません!!」
「それを聞いて安心しました」
がちゃん、と昇降機が動きを止める。ついた部屋をノックすれば、令士が「開いてるぞ」と返事をした。そのまま開けば、ナマエが何やらしているのが目に入る。令士は視線を俺に向けーーその後ろにいた加山さんをみて驚いたようにはねた。
「加山さん!?」
その発言にナマエも顔を上げる。「おかあさん!?」と目を白黒させたナマエは混乱しながらも近づいてくる。
「おかあさん!きちゃだめだよ!何してるの!」
「最近は調子もいいし、森先生も少しは出かけなさいって」
「森先生が?」
「うん。籠ってばっかりでも体に毒だからってね。だから、ナマエとお出かけしようかなって」
そういうことらしい。ナマエはその言葉に目をキラキラと輝かせて、本当に嬉しそうに笑った。
「やったあ!」
「そういうことなら、勉強は今度だな、ナマエ」
「うん!」
「司馬くんもいつもナマエといてくれてありがとう」
「いえ、俺も勉強になりますし、いいアイディアをもらえるんで」
首を緩やかに左右に振った令士は多分格好をつけている。ナマエもそう思ったのか、「令士さんひとづまにカッコつけてる」と指差しながら告げた。
「おいおい、美人にはカッコつけるもんだ」
「私にはつけてないな……?」
「お前はまだ美人とかそういう歳じゃないからな。もうちょっと歳とったらカッコつけてやる。まぁ、数年後に期待って感じだな」
「令士……」
お前というやつは。はぁ、とため息をつく。ナマエはといえば、腰に手を当て、数年後に期待して!と言い出す始末だ。おーその勢いだがんばれとは令士の発言である。俺は加山さんをちらりとみた。加山さんはといえばクスクス笑っている。怒ってはいないらしい。
「おかあさん、どこいく!?」
「うーん、まだ公演期間じゃないし……おいしいものをたべに行ったり、お買い物したりしましょうか」
「うん!」
大きく頷いたナマエに彼女はそっと手を差し伸べる。ニコニコとしながら手を握ったナマエは年相応の子供に見えた。
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娘が行きたいと言った場所にとりあえず向かうとして、お昼ごはんはまさかの中華ときた。なんでも一度神山くん達に連れてきてもらってとても美味しかったのだとか。たのもー、と道場破りのような台詞をはいたナマエはお店に入る。こちらをみた二人はもしかしなくとも上海華劇団の二人ではなかろうか。ナマエと……?と首を傾げた女の子に娘はニコニコと笑う。
「ユイさん、ご飯食べにきたよ!今日はおかあさんと一緒に!」
「おっ、そうなのか!なら待ってろ!とびっきり美味いの作ってやる!」
「じゃあ、二名さまごあんなーい!」
そう促されて席につけば、なんとも美味しそうな匂いが漂ってきた。しばらく雑談に耳を傾けていれば、炒飯が運ばれてくる。ぱくり、と一口食べてみればとても美味しい。
「おかあさん、美味しい?」
「とっても美味しい」
そうお弁当を拭いながら言えば、でしょ!と自分のことのように胸を張った。
「おかあさんとね、一緒に食べにきたかったんだぁ」
ニコニコと笑いながら告げたナマエに、嬉しさと申し訳なさがこみ上げる。きっとこの子には我慢させているに違いない。自分のことのようにニコニコと笑う上海華劇団の女の子はきっと悪い子ではないのだろう。
「よかったね、ナマエ!」
「うん!」
うーん……この様子を見てるとナマエがお世話になってる、ような。とりあえずナマエがいつもお世話に、と言えば「いいって、こっちも手伝ってもらってるし」と首を左右に振られた。できた青年である。
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ということで、あっちにうろうろこっちにうろうろしていたのだけど、あまり体調がよろしくなくなってきているのは多分降魔の力を感じ取ってきているからだろう。でも、ここで倒れると娘のトラウマになりそうなのでなんとか堪えながら帝劇に戻る。今日は楽しかったね!おかあさん!だなんてぬいぐるみを抱いてニコニコしている娘には心配なぞかけたくはないのだ。それがたとえ、血が繋がってなくても。戻ってきた帝劇で、偶然見つけた司馬くんと神山くんに今日の出来事を逐一報告している娘を見つめる。そっと目を伏せれば幾分か体調がマシになる気がした。不意に加山さん?とかけられた声に目を開く。そこにいたのは兄と加山さんそっくりな二人だ。娘が心配そうにこちらを見上げる。
「大丈夫ですか?具合が優れないんじゃ」
「むっ、平気ですよ、」
そうガッツポーズをしてみても、彼はあまりいい顔をしなかった。少し休憩してから帰られては、と言った彼に言葉に甘えるとする。きっと、休憩して帰らなければ、帰ることもできない。
「でも、そうですね、少しだけ休んで帰ります」
「おかあさん……」
「大丈夫、少しだけだから、ね?」
言い聞かせるようにそう告げる。彼が案内してくれた部屋は懐かしい場所で、私は緩やかに目を伏せた。
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「おかあさんに、無理させちゃった」
わんわんと泣き出したナマエくんは珍しい。今まで泣いたところなど一度もなかったのだ。今日のあの喜び様も初めてみたが。静かに胸を上下させる加山さんの顔色はあまりよろしくない、が、きっとこの人はナマエくんに心配させまいと気丈に振る舞っていたんだろう。それが裏目に出たようであるが。令士から話を聞いてやってきたのだろう支配人は彼女を見下ろしーーナマエに合わせて屈んだ。
「大丈夫よ、貴女のお母様はこれくらいで死ぬわけがないわ。きっと体調もすぐ良くなるわよ」
「でも……」
「そんな顔をしていたらお母様が悲しんでしまいますわ。さぁ、カオルと一緒に紅茶でもいれていらっしゃい。それを飲めばきっとまた元気になるわ」
そう促した支配人にナマエは顔を拭って大きく頷く。そうしてカオルさんと一緒に部屋を出た。
「本当に大丈夫なんですか?」
支配人に聞くのは間違いだろう。スミレさんは静かに目を伏せる。
「大丈夫じゃ、ないのでしょうね」
「えっ」
「でも、彼女が大丈夫だっていうなら私は信じるしかないわ」
彼女はそう言って扇をたたんだ。迎えを呼んでおきますわ、と告げた彼女は部屋を出た。
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