2020/02/10

白い魔女がいる本丸4

白い魔女のいる本丸4

「あの一期一振」
縁側で五虎退くんの虎と戯れていた大倶利伽羅さんが口を開く。珍しいと思いながら私は「はい」と口を開いた。
「目を覚まさないのか」
「はい、私がこちらに来てからずっと、いえ、鯰尾くん達を言うにその前から目を覚まさないみたいです」
「手入れ部屋は」
「手入れ部屋には何度か。でも、刀身も外傷も治っているので……恐らくは心の問題でしょう」
「心?」
「はい。目覚めるのを拒否しているのか、それとも心がかけてしまっているか」
そう言ってぼんやりと考える。恐らくはマスターならわかることなんだろう。大倶利伽羅さんは首を傾げてこちらをみた。
「アンタは偶に不思議なことを言うな。西洋ではそんな考え方なのか」
「色々特殊なだけで私は日本人なんですけどね」
今は、と言う言葉がつくけれど。
そう苦笑いすれば彼はピシリと固まった。まぁ、驚くのも無理がない。色々と逸脱している。なんとも言えない雰囲気を切り裂いたのは今剣くんである。上から降ってきた彼は私の前で刀を構えた。
「あるじさま!ふしんしゃです!下がってください!」
「不審者?」
小首を傾げた私に大倶利伽羅さんは廊下の先をみて刀を構えた。げ、こっちにもいる!と聞こえた声は知っている声だ。
「ちょっと!君たち酷くない!?俺は知ってる感覚がするなぁ、別の場所のはずなのに知ってる街並みにでたなぁ、って思ってたんだけど!そりゃあ勝手に敷地に入ったのは悪……不審者か!」
「わかったようで何よりだ。どこからきた……?」
「イラっちみたいなのがきたな……ええい、助けてー、ナマエー」
「なぜ主の名を知っている!」
「……あのさ、君、堅物で真面目すぎって言われない?」
私はとりあえず今剣くんの背を押しつつ障子から顔を覗かせる。主!隠れてて!と言う声と黒いコートを着ている人が振り返るのは同時である。
「やっぱりナマエだ!やっほー!久しぶりだな!いやぁ、また元気な姿が見れて俺は嬉しいよ!……あ、ちょっとまって、俺のこと、覚えてる?大丈夫?」
そう言ってワタワタする彼に私は小さく「マスター?」と呟く。彼は「そう!」と大きく頷いた。
「ナマエのだいすきなマスター!」
彼はそう言うと「ほら!ハグとかしていいよ!」と手を広げる。とりあえず、ととと、と彼に近づいてハグをしておいた。
「oh……ナマエ、まだ素直なままなのね……いつか騙されないかマスターは心配……」
そう少し離れたマスターに私は小首をかしげる。
「マスター、どうしてここに?」
「うん?世界中旅してるんだけどな、ナマエに似た感覚を感じたからもしかしてって思ったんだよ。いやぁ、妖精の魔法も馬鹿にできない。で、ナマエ、こいつら誰?昔みたいに騙されてない?大丈夫?」
「だれがあるじさまをだますんですか!そっちこそだましてないですか!あるじさま、やっぱりふしんしゃです!!こんなあやしいやつが、あるじさまのしりあいなわけないです!」
「え、なにこのこ、毒舌……」
「怪しく見えても優秀な人なので大丈夫です」
「ちょっとナマエ?師匠にその言い方はないんじゃない?」
おいおいと泣き真似をした彼に私はクスクス笑う。こらー、笑い事じゃないんだぞ、と私の頭を撫でた彼は周りを見て、「で、こいつらは?」と比較的真面目な声で告げた。
「仕事仲間と言いますか……大丈夫、あんなことにはなっていません。まぁ、異質は異質ですけど……」
「だろうなぁ」
頭をかいた彼は私をみた。
「俺は安心してもいいの?結局」
「はい」
「本当に?」
「疑い深い奴だな」
「いやぁ、この子抜けてるでしょ?……え?何その表情。この子、超々純粋よ?」
「マスター、余計なことを言わないでください」
そうムッとして彼をみる。ごめんごめんと頭を撫でて見せた彼に私はとりあえず現状を話すか、と部屋に招いた。

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「へぇ、よくわかんないけど面倒な世界にまた生まれちゃったもんだなぁ」
マスターはそう言って頬杖をついて私をみた。面倒なのだろうか、と考えていれば、大包平さんが口を開いた。
「面倒とはどう言うことだ」
「いやぁ、面倒でしょ。どうあがいても終わりが見えないだろ?未来はかなり先があるんだぜ?未来に終わりがない限り戦いの終止符はないように思えるがな」
「今の戦いが無意味だと?」
「いや、相手が無意味だろ?未来は確定した物なのに、それに抗うなんて烏滸がましいだと思わないか?どんな運命でも受け入れる、それが大事」
運命は変えられない。基本的には。私はだから昔自分の運命を受け入れた。生きたくなかったのかと言われたら嘘になるが、それでも私は自分の運命に少しだけ助けられたのだ。
「そもそも、生まれちゃったと言うことはますたー殿は何時から主と知り合いなんだ?」
蜂須賀さんがそう尋ねる。マスターは「それ聞いちゃう?」と告げた。
「な、ん、と、ナマエが一回死ぬ前から知り合いです」
「はぁ?」
「ぶっちゃけ前の人生でしか関わりはないんだよねぇ」
「意味がわからん、どういうことだ」
「俺の知るナマエは病気で死んだ。でも、妖精がかけた魔法でそっくりそのまま生まれ変わった」
「妖精?」
「妖精……それは御伽話か何かかい?」
「あぁ、そういう認識なのね、この世界。じゃあ、そういう認識でいいと思う。ま、俺とナマエはふかーい仲ってわけだ」
そう大包平さんに向かってニヤリと笑ったマスターに私は首を左右に振る。
「ふかーい仲、というか、ただの師弟関係ですけどね」
「ナマエー、のり悪いよー」
「……それよりマスターはどうしてここに?」
「んー、旅?みたいな感じで……」
「イラ兄さまたちは?」
「……イラ達はあの街にいるよ」
真面目な声でマスターはそう告げた。この人はまた、と思ったけれど、マスターが何か眉間にしわを寄せているのが見えた。しばらくの沈黙の後、彼は私をみる。
「ナマエ、決してデイブレイクタウンには戻るな」
「……どうしてですか?」
「あそこにお前は戻っちゃいけない。今のお前の居場所はあそこではなく、ここだ。イラ達の知るお前は死んだんだ」
「でも、」
「もー!でも、じゃないの。あそこに帰っちゃだめ。帰れないだろうけど、ダメ!坂道と一緒に広がってる模してる街で我慢しなさい!」
めっ!と茶目っ気たっぷりに叱った彼に私はしょんぼりとする。そんな顔してもダメ、だそうだ。
「話は変わるけど、ナマエ、キーブレード は?」
「相変わらず出せます」
ムッとしながらそう言って答えてみる。拗ねているのは自覚済みだ。
「だろうなぁ……ナマエ。あんまり出来ることを教えるな」
「……どうして?」
「どうしても、だ。後、一応、敵にも気をつけた方がいい」
相変わらず答えは教えてくれないらしい。それを気をつければあとは心に従えばいい。マスターはそう言って柔らかく笑んだ。
「鍵が導く?」
「……心のままに」
「そう!じゃあ俺はナマエが元気に生きてる世界を知れたし、そろそろ行くか」
そう立ち上がったマスターに、大倶利伽羅さんが「一期一振はいいのか」と私に聞いた。私はマスターの服の端っこを掴む。
「マスター、帰られる前に一人だけ診てほしいのです」
「みる?なにを」
「眠ったまま起きてくれません。外傷病気、はたまた魔法ではなさそうなんです」
「そこまでわかってるならわかるだろ?」
「はい、心の問題だとはわかるのですが、心の一部が欠けているのか、それとも悲しみのあまり眠り続けているのかわかりません。だから……」
「ナマエ、それはナマエが解決すべきことだ。俺じゃないよ」
「……」
「もー、そんなにしょんぼりしない!そうだな、たった一つヒントをやるなら、そいつは夢の奥まで進み心が戻ってこないか、ナマエのいうように心の一部が欠けてーー誰かの心に移っているかだ。例えば、悲しみにくれて眠ったなら前者だし、誰かを庇ってそうなったなら後者だ」
そう言ってマスターは私の手を優しく解くと、私の頭を優しく撫でる。
「鍵が導く心のままに進め、ナマエ。そうすればいつか答えにたどり着く」
マスターは真面目な声でそう言うと私の頭から手を離した。そうして、くるりと後ろをむくと、じゃあな、と狭間の回廊を開けて見せた。
「よくわからないお前らはナマエを守ってやってくれ」
「怪しいやつに言われなくとも守るわ」
「そう、ならよかった。じゃあな、鍵が導く心のままに」
マスターが回廊に入るとその回廊はなかったかのように消えていく。マスターが願うように口を開く。
「ナマエ、今度こそ幸せに生きろ」
そうしてなにもなかったかのように消えた回廊にあたりは騒然とした。私は回廊があった場所を見つめる。
「マスター、私はあの時も、確かに幸せでしたよ。もちろん、今も」
息をそっと吐く。あたりを探し終えた刀剣達が私のそばにやってくる。
「主、今のはなに!?あいつ急に現れて急に消えたんだけど!」
「あの人は昔からああなんですよ。やることなすこと結構急なんです」
苦笑いして空を見上げる。今日も透き通るような青空だ。あの街と、同じような。

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「一兄の目覚め方って、もしかしてキスじゃない!?」
そう言って乱ちゃんが御伽話の本を抱えてやってきた。本当は乱くんであるが、私が最初に呼んだ時にちゃんづけだったことと本人の希望によりちゃん付けのままだ。御伽話にはまっている彼の部屋にはお小遣いでかった御伽話の書物がたくさんある。今日持ってきたのも恐らくその中の一つだろう。
「キス?」
「接吻だよ、接吻!主が接吻したら起きるんじゃないかな!」
「はぁ!?」
本日近侍の大包平さんが叫びながらガタリと立ち上がる。その大きな声に私とそこにいた近侍見習い中の五虎退が肩を跳ね上げ、お茶を持ってきていた鯰尾くんは耳を押さえた。
「何故主が一期一振と!」
「まぁまぁ……乱ちゃん、私もその手の魔法かなって調べたんだけど違うみたいだったから……」
「なんだぁ、そうかなって思ったのになぁ」
そう唇を尖らせた彼に、大包平さんが咳払いをする。
「一応聞くが、どんな話なんだ」
「結構キスで何か起こるなんて御伽話じゃ王道ですよ。白雪姫、眠り姫……一兄は眠り続けてますし、眠り姫みたいだと言えばそうですけど」
「ねぇ、主、物は試しだからやってみない?」
「やりません」
「絵になると思うんだけどなぁ」
はぁ、とため息をついた乱ちゃんの頭を撫でておく。彼らは彼らなりに、兄を目覚めさせる方法を探しているのだろう。
「でも、主さまのお師匠さまが言っていたのは、どういうことなのでしょうか……」
「俺たちが遠征中にきてたっていう?」
「はい」
「確か……夢の奥にまで行っているか、他者に心が移っているか、だったか」
大包平さんはそう言って少し考えたようだ。おそらく、彼は最後に一期さんが起きていた時を知っているに違いない。でも、触れていいことなのだろうか。そうこちらが戸惑っていれば、五虎退くんが口を開く。
「えっと、一兄が最後におきていた時は、どんなかんじだったんですか……?」
そう尋ねた彼に周りの視線は彼にむいた。
「今の主さまの前が、どんな審神者だったのか、僕は知りません。でも、ひどい審神者だったんだろうなって……」
「その前日に一振り目の秋田とここにいた三振り目の五虎退が折られちゃった」
「ーーえ?」
「……秋田と五虎退は練度が高かった。だが、その時、無理な出陣が続いていてな。短刀だけの部隊も動いていた。その出陣先で折れたと俺は聞いた。一期一振は優しすぎた。粟田口が折れるたびに悲しんでいたのを覚えている」
「ひどい、そんなの……」
五虎退くんが涙目になる。黙っていた鯰尾くんが大包平さんをみた。
「……その次の日でしたよね、大包平さんが一兄と出陣してああなったのは」
「あぁ、一期一振と鶴丸が別同隊として動いてくれていたんだがーー検非違使の奇襲にあったらしい。俺たちが駆けつけた時には鶴丸は折れ、一期一振は大太刀と相討ちになっていた。おそらく、お前たち弟がいなければアイツはあそこで折れていただろう。なんとか連れ帰る途中はまだ喋っていた」
大包平さんは目を伏せる。
「アイツは俺にお前たちを頼むと告げ、俺は自分で守れと叱ったんだ。その時、アイツが持っていたのがーー大太刀からドロップしたのが今ここにいる秋田だ」
大包平さんは思い出すようにそうつげる。ととと、と足音が聴こえてきて「主君!」と元気な声が聞こえた。
「今日のおやつは、なんと主君お気に入りの羊羹です!食べにいきましょう!」
ニコニコと笑いながら告げた彼は私の手を引いて部屋から連れ出した。周りもそれに合わせてゾロゾロと部屋を後にした。


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おやつは大広間で食べることが多い。もうすでに遠征部隊以外が集まっているのをみると、みんな待っていてくれたんだろう。いただきます、という言葉を告げれば全員が同じ言葉を告げた。そうして目の前の羊羹を一口大にきり、口に運ぶ。うん、美味しい。
「みんなでなにを話していたんですか?」
隣に座った秋田くんはあっという間におやつを完食して見せた。私は苦笑いする。まぁ寄ってたかってなんやかんやと考えていたのだから不思議に思ったんだろう。つん、と彼の胸をつつく。いつかはその推測を告げればいいのかもしれない。
「……秋田くんの心の中に、一期一振さんの心があるかもしれないね、ってお話」
「ぼくの心の中に、ですか?」
そう呟いた彼に私は推測だけどね、と呟く。周りはじっと私と秋田くんをみた。彼は小首を傾げたけれど。
「うーん……そうかもしれません!」
「え?」
「時々、声が聞こえるんです!みんなに聞こえないけど、優しい声だから、誰だろうってずっと思ってたんです!今の主君のお話を聞いて、すごい納得しました!」
秋田くんは満面の笑みでそう告げる。乱ちゃんが眉尻を下げて彼をみた。
「そっか、秋田は一兄の声を聞いたことがないから……」
「はい!」
「……じゃあ、秋田くん、一期一振さんに聞いてみてくれないかな。そろそろ起きてくれませんか?って」
私は秋田くんに目線を合わせて口を開く。
「?どうやればいいんですか?」
「……自分の心に聞く感じかなぁ……?」
「心ですか?」
「胸に手を置いて、目を瞑って。そうして聞いてみるの」
私が促せば彼は「やってみます!」と胸に手を置いて目を瞑った。そうして彼は元気よく、無邪気に問いかける。
「一兄、一兄、そろそろ起きてみませんか!今の主君は前の主君とは違います!優しいし、美味しいご飯だって食べれるし、美味しいおやつも食べれます!どうですか!起きてみませんか!」
秋田くんの言葉に、チカ、チカ、と彼の胸が光ったような気がする。少しの間をあけて、彼は口を開く。
「……大丈夫です、一兄、みんな心配しています。みんな一兄に会いたいって……そうです!」
「会話、してるの?」
それはまるで会話だった。いけるかも、しれない。私は乱ちゃん達をみる。
「今声をかけたらきっと乱ちゃん達の声も聞こえるよ……大包平さん、長谷部さん、一期一振さんの体をこちらにお持ちいただいてもいいですか?」
「主?」
「起きるかも、しれない」
私の言葉に、二人だけでなく他もガタガタと動き出す。一兄、一兄、と聞こえる声の中私はそっと秋田くんの胸に手を当てた。……光を感じる。そして、それに呼応する様にキーブレードが音を立てて現れた。私は少し距離を離して秋田くんにそれを向ける。
「主さん!?」
シャン!という音と共に光が秋田くんに放たれ、彼の心に呼応し空間が揺れる。
「私は少しだけ姿を消しますが、貴方達は呼びかけ続けていて」
それだけ告げて中に入る。誰かが私の服を引っ張ったらしい。そちらを見れば、薬研くんと乱ちゃんである。とりあえずダイブ空間は危ないので彼らを引き寄せた。
「主さん、なにこれ!?」
「秋田くんの心に向かってるの」
「秋田の心?」
「ほら、見えてきた」
そういえば、彼らは私の視線を辿った。見えたステンドグラスのような地面に、乱ちゃんが一言「綺麗」と呟いた。近づいてきたからか体は減速していく。そうしてゆっくりとそこに降りたつ。
「一期一振さん、いますか?」
私の問いかけに、先に「主君!」と声がする。そちらを見れば秋田くんが誰かといる。その誰かをみて、二人は「一兄!」と驚いて駆け出した。私もゆっくりそちらに向かう。青年は二人を抱きしめていた。ある程度近づいたところで彼は立ち上がり私をみた。
「貴女が新しい主、ですね」
そう言って微笑んでみせた彼に私は頷く。
「はい、私はナマエと申します。この本丸を引き継ぐことになりました」
「はい、存じ上げております」
「存じ上げて?一兄、知ってたのか?」
「あぁ、秋田とずっと一緒にいたからね」
穏やかに彼はそう告げる。
「一兄、戻ろうぜ。みんな一兄を待ってる」
「平野も五虎退もーーそもそも粟田口のほとんどが折れてしまっていないのに、かい?」
「……あぁ、そうだな。ほとんどが折れちまった」
薬研くんはそう言って口を噤んだ。乱ちゃんがポロポロと泣いている。
「どうしてそんなこというの!」
それは怒ったような口調だった。
「どうしてそんなことをいうの!ボクらはずっと一兄が起きるのを待ってるのに!折れた五虎退達だけじゃなくて、僕たちのことも考えてよ!」
「乱、一兄は頑張ってくれたんだから……」
「薬研はいいの!?一兄がこのまま、ずっと、寝てても!」
「いいわけないだろ?でも、当人が嫌だって言ってるんだ、無理強いはできない」
「主さんも何か言って!」
そう促されて、私は眉尻をさげる。そうして彼を見上げた。
「貴方が嫌ならば、無理強いはしません。でも、貴方の家族は貴方を待ってる。貴方だけじゃない。他の本丸の刀剣達だって、貴方が起きるのを待ってる。毎日貴方に何かしら話しかけて、毎日貴方に食事を運んでいます」
「……」
「私が信頼できないのなら、私を無理に信頼しなくても構いません。出陣したくないのであれば出陣せずとも構いません」
「職務を放棄しても構わないと?」
「私は貴方がいつかは前を向いてくれると信じています」
「忘れろというのですか、折れてしまった弟達を」
「いいえ、前を向くことと忘れることは違います。貴方には彼らの思い出がある。誰よりも彼らの残香がある。それと一緒に前を向くんです」
そう言って緩やかに目を伏せる。
「人が、誰かの心が、本当に消滅してしまったら、思い出も記憶も残りません。だから、貴方の家族は貴方が覚えている限り、貴方の心で生きています」
「心?我々にそんなものがあると?」
「心は他者との触れ合いでできるものです。貴方が何てあろうと関係はありません。貴方が家族を大切に思うのも、彼らを愛するのも、悲しむのも、誰かを憎むのも、貴方に心があるからです」
そう言って私はゆっくりと彼をみる。心とは、厄介なものですな、と小さく呟いた彼に秋田くんは首を左右に振った。
「一兄、心は厄介なものではありません!だって、心がなかったら、美味しい料理も美味しくないし、探検も楽しくないし、主君の魔法にワクワクしたりもできないんですよ!大丈夫です、一兄!ぼくが一兄をまもってみせますから!」
悪いやつなんて、懲らしめちゃいます!
ファイティングポーズをとった秋田くんに、私はクスクスと笑う。薬研くんも乱ちゃんもまた笑った。
「そうだぜ、一兄。俺たちは強くなった。一兄を守れるくらい……って言っちゃあ大袈裟だがな、集まれば一兄を守れるぜ。今の大将は昔みたいな無茶はぜってぇしない」
「うん、うん、だから、安心してよ、一兄」
彼らの言葉に一期一振さんは目を見開く。そうして絞り出すように口を開いた。
「……お前たちは、」
「一緒に帰ろう、一兄」
そう彼らが手を差し伸べる。彼は1度目を閉じてーー何か決心したようにその手に手をかさねた。
「あぁ、」
その瞬間、緩やかな光が視界を埋めーー元の広間へと世界が切り替わる。急に現れた私達に驚いた周りであるが、私には仕事が残っているわけで。パチリ、と同じように目を開けた秋田くんの胸に手を当て一期一振さんの心を取り出す。それが花の形になるのは私の性質の関係だ。その花をそっと一期一振さんに乗せればそれは彼の体に溶けるように消えた。これで、呼吸は完璧に整った。
「主君、一兄は……」
「一期一振さん」
そう優しくゆする。ピクリと、まず指が動く。それからゆっくりと時間をかけてーー彼は目を開いた。同じように覗き込んでいた大包平さんが口を開く。
「おき、た……?」
しかし、そんな彼は粟田口の他の刀に突き飛ばされたのだけど。ゆっくりと彼は手を持ち上げ、じっとみつめた。
「なんと、あたたかな、」
「一兄ーー!!」
そう一期一振さんに抱きついた短刀や脇差の二人に私は立ち上がって場所を譲る。所々から鼻をすする音がする。他の刀剣も一期一振さんに近づいて代わる代わる声をかけているようだった。
「主がいなくなったので、何があったのかと……どちらに?」
「心の中、かなぁ」
「心の中?」
「難しい話ですよね。大丈夫です。むやみやたらに行きませんから。今回は一番ああするのがはやかったので」
「主は」
彼はそう言って私を見下ろした。
「本当に魔女のようですね。貴方がきてから奇跡的なことばかり起こる」
「……魔女はお嫌いですか?」
少しの自嘲をまぜて、彼にそう問いかけた。彼は「いいえ」と笑う。
「貴女が魔女であろうが、なかろうがーー私達を救ったことには変わりない。この長谷部、地獄の果てまでお供いたしましょう」
長谷部さんはそう告げて、私の返答を聞く前に一期一振さんの近くに歩いていく。様子を伺っていた陸奥守さんが五虎退くんを連れていく。私の近くにきた大倶利伽羅さんは一言「よかったな」とだけ告げた。見上げてみれば、視線は一期一振さんに向いている。
「そうですね、よかったです」
そう言って私は囲まれた一期一振さんをみた。誰かの心にダイブする、それもキーブレードを持たない人を引き連れて、だ。全員無事に戻れたのが奇跡というか。そっと息を吐いて自分の手を見つめる。キラキラと光の粒子が舞ったのを閉じ込めるように手を握りしめた。
「今日の夕飯は豪華にしましょうか」
私のその一言に、もっと周りは騒がしくなったのだけど。



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白魔女本丸草子 

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