2020/02/29

白い魔女がいる本丸5

例えば、その海の先に何があるのか、だとか。
その部屋から出陣ゲートの方を見下ろせば、随分とデイブレイクタウンに模した街並みが広がっている。風が顔にあたり、潮の香りが鼻をくすぐった。穏やかな日が差し込むそこは、彼の一番のお気に入りの場所であるらしい。
お気に入りの場所というのは様々だ。例えば広がる街並みの建物の屋根の上。お店屋さんを模したその建物の中。花が咲く公園に、街のどこかにある秘密基地。本丸の中よりも街の方が気に入っている人は多いようであるが、彼はあの街を見下ろすことができる本丸の一番高いところが好きである。
「ほんに、綺麗な場所ぜよ。まるで外国じゃ」
「普通はやっぱり和風なんですか?」
「さぁのぉ。ワシのおった本丸は基本の形のまま変わらんかった。でも、ま、基本の形は和風じゃな」
陸奥守さんは思い起こすように告げる。
「前の主は全く本丸におらんかったき、形が変わらんかったんじゃ」
「本丸に?」
「おん、ワシらのところにおったこんのすけ曰く、政府の偉いお人の子供でな、興味持ってやりたい言うたけんど、飽きたんじゃろうて。ほんに、気ままな奴ぜよ。こっちの気もしらんで」
少しの寂しさを滲ませて彼はそう告げる。きっと彼は、彼らはその人の帰りを待っていたのだろう。あの場所にいるのはさまざまな境遇をもつ刀剣だという話は聞いていたがこう聞くと本当に違うのだ。
「ま、そのおかげでワシらはここに来れたんじゃが」
そうあっけらかんと彼は笑う。私は彼の頭をクシャクシャと撫でてしまった。どうもこの刀は笑顔で本心を隠すところがある。
「わ、主、なにしゆうが、ワシは短刀じゃないき、頭撫でるのはやめとおせ」
「また会えますよ、きっと」
そう言って手を離した。彼はパチパチと目を瞬く。そうして肩を震わせておかしそうに笑った。おかえしと言わんばかりに彼は私の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
「まっこと、不思議にゃこと言う女子ぜよ。そうじゃな、またあったらおんしのこと自慢しゆう」
彼はそう言ってまた海の方を見た。
「主はあの海の先に行ったことあるがか?」
「いいえ、行ってみたかったんですけど、結局は一度も行きませんでしたね」
私もまた海を見る。ぼうっと二人でしていれば、下から騒ぎが聞こえる。なんだ?と思えば出陣ゲートに刀達が集まっているのが見えた。慌てたように短刀が私に手を振る。どうやら帰還した刀剣に何かあったらしい。とん、とそのまま柵を飛び越える。陸奥守さんが「主!」と手を伸ばし、刀剣達が慌てて寄ってくる。私はそのまま地面に降りたのだが。とりあえず陸奥守さんに手を振っておく。彼は見るからに安心していた。
「主!?大丈夫!?」
「あれくらいの高さなら大丈夫です。加州さん、どうかしましたか?」
「えっ……と、刀剣男士を拾ったんだけど」
彼はそう言ってゲートの方を見る。刀剣男士を拾った、とは?私もまたそちらを見れば確かに色々な刀剣男士がいた。見たことがない人も多いそれに首を傾げていれば、こんのすけがぴょん、と現れた。私はそのままこんのすけを抱き上げる。
「恐らく政府のゲートメンテナンスに弾かれてしまったのでしょう」
「ゲートメンテナンス?」
「主さまには関係がないことなので黙っていたのですが、一部の本丸は政府で用意したゲートを出陣に使用したり、場所の行き交いに使用します。そのゲートのメンテナンス日ですので、十四時よりゲートが使えなくなったのです。独断で使用された審神者様がいたのでしょう」
「そう言うことだ!」
後ろから聞こえた声に肩を跳ねさせる。驚いたか?と声をかけてきたのは鶴丸さんだ。恐らく感覚からしてお隣さんである。
「助かったぜ、うちの主は何かに熱中しだすと他が疎かになるんでな。1日遠征先から帰れなくなるところだった!」
カラカラと笑った彼は「で、だ」と頬をかいて笑顔を苦笑いに変える。
「主と連絡しておきたいんだが、連絡機を借りてもいいか?」
その言葉に私はこんのすけと顔を見合わせた。

==

こんのすけを通して連絡をとっている鶴丸さんの周りにいるのは見たことがない刀剣達ばかりだ。私の隣で完璧に苦笑いしながら、びっくりしましたと告げた一期さんは言葉を続ける。
「遠征から帰ろうとしたら、鶴丸殿たちが困っていらっしゃって。五虎退と知り合いのようでしたのでつれかえってきてしまいました」
「彼らとは演練で何度か手合わせをしました。お隣さんです」
「お隣?」
「私も最近知ったのですが、本丸にもお隣があるみたいで。こんのすけ曰く、玄関の番号を指定すれば共通の道に出れるとか」
「そんなものが……」
「おーい、お隣さん!主が君と話したいそうだ!」
そう手を振った鶴丸さんに、私は返事をする。一期さんに一言断って鶴丸さんに近づいた。携帯端末から見えるお隣さんは私をみるなり頭を下げた。
「ほんっとうにもうしわけない!」
「いえ、お気になさらず。困ったときはお互い様ですし」
苦笑いしてそう告げる。一緒に映っている歌仙さんもまた眉尻を下げていた。お隣さんはちらりと伺うように私をみる。
「申し訳ないんだが、しばらく預かっておいてくれないか?」
「しばらく?」
「今緊急の連絡がきてな、メンテナンスが終わるまでしばらくかかってしまうらしい。未定なんだってよ」
「げんかんからむかえにこれないのかい?」
そう尋ねた男性にお隣さんは肩を竦める。
「そっちもメンテナンスらしい。大規模メンテナンスだ」
「主様、私もその連絡を受信しました。嘘ではないみたいです」
こんのすけの言葉に別に疑ってはいないので「構いませんよ」と返答をした。画面の中の歌仙さんが安堵したように息を吐いた。
「本当にお隣さんに感謝しないといけないね。鉢あえてよかったよ。主、これに懲りたのならなにかをしながら指示を出すのはやめてくれ」
「うっ……悪いが、お隣さん、頼む。他の奴らは大人しくしてろよ!特に鶴丸!」
そう言って通信が切れる。鶴丸さんが「と、いうことで!」と言い笑顔を浮かべて私をみる。
「よろしくな、お隣さーー」
「主!」
一期さんの切羽詰まったようなその声に振り返る。いつもとは違った大きな扉が現れて、そこから弾き出されるように刀剣男士が入ってくる。というよりは慌てたように、だ。私の本丸の刀剣が担いではいってきたり、恐らくは他の本丸の刀剣が逃げるようにきたりする。最後に何かに弾かれるようにして大包平さんと御手杵さんが扉から出てきた。穏やかではないのは彼らは抜刀している。扉から何か異形の手がみえる。ヌッと顔を出したのは見たことがないーー妖怪のような何かだ。鶴丸さんが口を開く。
「遡行軍か!」
その言葉に私は理解する。とりあえず怪我人の保護が必要である。
「怪我人は出来るだけ後ろに!一期さん達は怪我人のフォローを!」
「!わかりました!」
「俺たちも手伝おう!」
「扉を閉めるのを手伝ってください」
「とびら?あのとびらを?」
「はい。そうするしかありません」
「主は下がっていろ!!」
「下がれません!その扉を閉めないと意味がないからです!大包平さん、それを扉の先におしやってください!扉を閉めます!」
「簡単に言ってくれる!」
「大包平!この前俺を吹っ飛ばした奴はできないのか?!」
「!!何故お前がここにいる!!」
「その説明はあとだ!できないのか!?刀剣の横綱のくせに!」
「!!やってる!」
そう言った彼は一度距離を取る。代わりに出た御手杵さんに私は叫ぶ。
「御手杵さん、霊力を槍の先に集中させてください!」
その言葉に彼は霊力を槍の先に集中させたらしい。ひやり、とした感覚がする。
「そのまま突き刺して!」
彼はその言葉に攻撃をしゃがんで避けるとそのまま遡行軍の図体に突き刺した。その瞬間、パキリ、という音とともに敵が凍りついていく。私と御手杵さんは大包平さんをみる。
「大包平さん!」
「大包平、今だ!!」
彼の刀剣に光がまとわりつく。彼はそのまま一部が凍り付いていく敵に一太刀浴びせた。光の斬撃が敵を扉の方に押し出すと、彼らは扉を閉めようと扉を押した。鶴丸さん達や何人かが扉を押し、徐々に閉まっていく。ギ、ともう一度覗いた手に誰かが舌打ちをした。私のそばを横切って、黒がかけていく。抜刀した彼は御手杵さんの背中を踏み台にすると奥にいた敵に刃を突き刺した。
「同田貫」
「楽しそうなことしてんじゃねぇか」
「主!これは、」
「扉をしめる!しのごの言わずに手伝え!」
本丸からかけてきた刀剣達が加わって扉は閉まっていく。私はキーブレードを取り出すと扉に向けた。現れた鍵穴に向かってキーブレードから光が飛んでいく。かちゃん、という音がして扉は閉まりーー扉は光を発して消えた。空に雲が見える。あまり良くない兆候なので払っておいたほうがいいだろう。キーブレードを地面にむけ、祈るように口を開く。
「清浄なる光よ、心の王国よ、不浄をはらい、我らを護りたまえ」
光が宿ったキーブレードを空に向ける。ホーリーガードと呟けば光は空につきぬけ、光の粒子が空から舞い落ちた。ふぅ、とため息をついてキーブレードを離す。これは体に負担がかかるのであまりしたくないのだけども。主!と寄ってきた長谷部さんに、しっかりしなければ、と気を取り直す。
「大包平さん、事情は後で聞きましょう。とりあえず先に怪我人の手当てを。資材は足りるでしょうか」
困ったように笑えば、長谷部さんは眉間にシワを寄せた。
「主、厳しいことを言うようですが、この本丸以外の刀剣を手入れする必要はありません」
「え?」
「主、今回は長谷部の言う通りだ。連れ帰った俺が言うのもなんだが信用できる奴らじゃない」
はっきりと言った大包平さんに長谷部さんは頷いた。
「しかし、怪我人を放置はできません」
「主、こいつらが主の味方であるとは誰も保証ができないのですよ。主の命を狙うかもしれない」
「敵であると言う証明もできないでしょう。ならば、手当てをするべきです。帰る場所がある彼らをこんな重傷で放っておくわけにはいきません」
私は引く気がないためそう強い口調で告げる。でも、彼らの言うことももっともだろう。それは理解している。長谷部さんが目を見開いて瞳を揺らした。そっと息を吐いて私は下を向く。
「すいません、貴方達は私を心配してくれているだけなのに……わかりました」
「主?」
「彼らの刀身は治さず体だけを治します。ゲートが治るまでは彼らにこの街で待機してもらい、本丸には入れないようにする。私がここに赴くときは最低二人は護衛をつける。これでどうですか?」
伺うように長谷部さんをみる。彼は息を吐いて、仕方ありませんね、とわらった。
「主命とあれば、そうしましょう」
「大将、あれ結構疲れるんだろ。軽症ぐらいでいいぜ。あとは俺や他の俺が手当てするさ」
「僕達、包帯持ってきます!」
そう駆け出した短刀を見送って私はもう一度キーブレードを取り出す。皆に癒しを、と呟けば白い花びらが散って彼らの傷が塞がったらしかった。騒がしくなる周りに、私はキーブレードから手を離す。ふらりと傾いた体を大包平さんがキャッチした。これは大きな魔法を使いすぎたな。
「主!?」
「魔法を使いすぎて疲れただけですよ、平気です……って、わ!」
「主、あとはワシらに任せぇ。街のことはだいたい把握しとう」
「僕らも詳しいから、主はやすんでいて……」
「ありがとう。でも、」
「主様、他の本丸には私から連絡を入れますがゆえ、おやすみくださいませ」
私が何か言う前にこんのすけがそう告げる。私はお言葉に甘えて、と苦笑いをする。陸奥守さんが手を叩き、長谷部さんが促すと他の刀剣の一部が彼らの近くによって行った。私は大包平さんに抱えられる。歩ける、と言うがお構いなしである。まぁ、感じる暖かさに私は安堵して目を閉じてしまうのだけど。


==

人か、化け物か。よいものか、わるいものか。本来審神者は姿を見せないというのに、姿をみせたそれが計り知れない何かなのは間違いはないし、おおよそこの国のモノでもないのもみてくれから理解できる。白い髪、赤い瞳。かと言って本丸にいる悪戯好きの刀の色移りというわけでもない。なによりも、広がっている世界がこの国のモノではなかった。大包平に抱えられて坂を登って行った審神者は、あの明かりの灯った建物にいるのだろう。まるで、一つの街が本丸の中に存在しているようだ。家具もあり、電気も火も通っているそこはこの本丸の短刀曰く無人らしい。審神者の記憶を元に修復された場所。それがこの街へと変貌したのだという。
こちらが信頼していないのがわかるように、向こうの本丸の一部もこちらを信頼していないがわかる。主は、主様は、主君は、大将は。
「優しい人なんだ」
そう言って、短刀や脇差達は坂を登っていった。


目が覚めたら朝である。しかも自分の部屋だ。起きたか、という声が降ってきてその出所を見れば大包平さんが座っていた。傍らには刀がある。手入れはきちんとされたんだろうか。そうぼんやりしていると彼は私をじっと見た。
「意識を失っていたが、大丈夫なのか?」
「少し大きな魔法を使いすぎてしまって、疲れただけですよ」
「すまん」
「?」
「俺が余計なことをしなければ」
「いいえ、貴方が謝ることではありません」
緩やかに首を振る。眉尻を下げている彼に、大丈夫です、と笑った。そんな叱られた犬みたいな顔をしないでほしい。わしゃわしゃと頭を撫でれば、桜が少し舞った。
「大包平くん、主は起きたかい?」
そんな声に彼は「あぁ」と頷いて障子を少し開けた。
「彼らにもご飯がいるだろうから何か食材を持って行こうと思うんだけど」
「私もお手伝いします」
「大丈夫なの?」
「はい、あ、でも、少しだけ身を清めたりしても構いませんか?」
「うん、待ってるよ。大包平くんも手伝って」
「あぁ、了解した」
立ち上がった彼はそのまま「無茶はするな」と言い聞かせて外に出た。私はひょいひょいとお風呂の準備と着替えの準備をする。困った、こういう時に限って和服と巫女服がない。そういえば昨日、河川さんと蜂須賀さんがたまには手入れをと手入れに出してくれたのを思い出す。ため息をついて洋服を選び、お風呂場に向かった。

「あれ?主、今日は洋服なの?可愛い」
そう私の周りをうろちょろしている加州さんにありがとうございます、と苦笑いする。
「昨日、蜂須賀さん達が手入れ屋に出してくださって」
「元から主、そんなに着物持ってなかったもんね」
「動きやすいのは洋服なのですが、和服の方が皆さんに馴染みがあるでしょう?」
「うん、それもそうかも。でも、洋服の方が主は似合ってる」
笑みを浮かべて告げた彼に私はクシャクシャと彼の頭を撫でてしまった。照れ隠しである。
「主は厨房に?」
「食材をしたの彼らに分けないといけないので」
「あぁ、昨日来た奴らね。もー、主は優しいんだから」
そんなことを話しながら光忠さんがいる場所に顔を出す。長谷部さんも小難しい顔をしていた。
「長谷部さん?」
「主、百歩譲って炊き出しは良いとしましょう。しかし、魔法はダメです」
「今更な気もするけどな、大将、長谷部の言う通りにしといた方がいい」
「わかりました。気をつけます」
「下にも料理できる刀剣はいるだろうし、手伝ってもらおうか」
「そうだね、それがいい」
意見が一致したらしい厨房組に私は話が早いなぁと眺める。あとは皆今日は洋服なんだねとか似合ってるとか口々に褒めるので私は居心地が目を泳がせる。
「大将?」
「あんまり、そう言ったことを言われると、照れます」
そうぽつりと呟けば、彼らは顔を見合わせて笑った。少しムッとしてしまったのは仕方がない。大将、違う違う、と薬研くんが手を振る。蜂須賀さんがクスクスと笑った。
「主が年相応に見えたものだから」
その言葉に私は目を瞬いたのだけれど。

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白魔女本丸草子 

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