2020/06/29

当該幸福論(君僕主if 没)

・オセロット寄り
・追記はヨルムンとごちゃごちゃしようとした結果
・多分オセロット→君僕主が強い

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「アダムスカ」
彼を呼べば彼は魘されるように小さく言葉をこぼす。アダムスカ、ともう一度呼べば彼はゆっくりと目を開いた。ヘイティ、と私を呼んだ彼に安堵の息を吐く。よかった、どうやら生きているらしい。そうして彼は頭を抱えながら起き上がる。ここは、と言葉をこぼした彼に私もまた首を左右に振った。
「私も気づいたらここにいた」
部屋を調べてわかることはいくつかある。ここは私とアダムスカが住んでいるだろうことと、新聞などをみる限り東欧諸国であることだ。詳しく部屋の中を物色する前にアダムスカを見つけたので起こしたのだが。アダムスカが大丈夫そうであるため、近くの棚を慎重に物色することにする。アダムスカは近くにあった写真を手に取った。
「まさか、俺とヘイティで住んでるのか?」
彼は写真を見てそう告げる。私も同じ写真を見たのでおそらくは、と告げた。私とアダムスカが仲睦まじく写っている写真をそばに置いた彼もまた近くの棚を漁った。
「国際免許証があった」
「どっちの?」
「二人分だ。車のキーに、パスポート、身分証のようなものもある……聞いて驚け、ヘイティ」
「何を?」
棚を覗きながら私が告げる。めぼしいものはなさそうである。
「……我々が夫婦らしいぞ」
「へぇ、それは……って、は?!」
アダムスカの方を見れば彼は身分証のようなものを投げてよこした。それを見れば確かにアダムスカが旦那になっている。
「全く恐ろしい世界だな。ジョンが見ればなんていうか」
「いや、この世界の本人は何も言わないかもしれないぞ」
見つけた写真のなかのジャックは他の誰かと幸せそうに笑っている。私ではないのは確かだろう。アダムスカが近くに寄ってきて、その写真をみた。
「見たことがない」
「エヴァでもないな……例のパスという子か?」
「いや、違いそうだが……」
そう言った彼の近くで携帯が音を立てる。カラーリングからしてアダムスカのものだろう。彼に取るようにつげ、私は別の部屋に向かう。キッチン、ダイニング、ベッドルームに書斎のような部屋。ベッドルームのクローゼットにあるのは確かに私が好む服だ。あとは医療道具のようなものもちらほらある。書斎のような部屋に入ればここはアダムスカが使っていたようである。同じくクローゼットを探れば彼の服と数冊日記帳のようなものを見つけて手に取った。


最近の日記帳からだいたいの人物相関図が見えてきたが、ひしひしと『私』がジャックを苦手としており、ジャックもまた『私』を嫌っている感じがするというより、嫌われているようである。アダムスカもまた二重スパイ的な感じだろうがよくしてくれている(意訳)だそうだ。後はどうやら闘病していたようで、もう先が長くはなかったらしい。日常のほとんどをベッドルームで過ごしていたようだ。ふむ、これは過去の日記を読み込む必要があると考えていれば、アダムスカが電話しながら部屋に入ってきた。
「申し訳ございません、まだ少しーーはい、はい、そうです。では、また」
そう言って通信を切ったアダムスカに私は彼を見上げた。
「ナマエ、思ったよりも事態はややこしい」
「私もそう思う」
「それは?」
「私ーーややこしいが、この世界の私の日記らしい。私の主観だからわからないがーー君は二重スパイ的な役割を担っていた」
「そのようだ。この世界のジョンからの電話だったが、あれは相当だな」
「相当?」
「あぁ言いにくいがーー」
「私を嫌っている?それなら大丈夫だ。この世界の私もジャックを嫌っている」
「何かあったのか?」
「過去の日記をあさるしかない。とりあえずこの一冊はわかっているのはジャックが嫌いなこと、私は闘病中でここ最近はベッドルームで殆どを過ごしていたこと、こちらの様子を伺うためだとわかっていても君に感謝していたことと神への祈りぐらいだ」
「待て、この世界のナマエがベッドルームでほとんどをすごしていたなら何故そこから遠いこの部屋に日記がある」
「ここは君が使っていた部屋みたいだ」
「俺が隠した?何のために」
「読もうとしたんじゃないか。それか読んでいたかだ」
現に小栞のようなものが挟まっているのが数冊ある。
「ーーなら、この世界のヘイティは」
「死人か、もう日記も書けないほど衰弱していたんだろう」
神への祈りと、父への謝罪、アダムスカへの感謝、願いと後悔、そんなもので締め括られた日記帳を閉じる。きっと私じゃない誰かは、私をスケープゴートにして円満に導いたのだろう。それはきっと『私』も納得しているのだ。だから、否定することなくアメリカから離れ、逃げるように東欧で暮らしていたのだろう。
「きっとこの世界のジャックは幸せなんだろうな」
そう言って初めの一冊を手に取る。そんなわけないだろうと呟かれた言葉に私はそちらをみる。
ーージャックが嫌いだとか苦手だとか、そういうのには同意はできないが、彼は優しい人だというのは同意できる。そっと彼を抱き寄せて、気にすることはないんだ、アダムスカ、と静かに泣いている彼の背を撫でた。

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どうやら私とアダムスカは幼馴染みらしい。どうりで親しいわけだ。あとの経歴はほとんど変わらない。時代がかなりズレているのだが、まぁいわゆるパラレルワールドなのだから気にしないでおく。最初はジャックとも仲が良かったらしい。でも、それがとある事件を気に仲が決別していた。というよりは勘違いが積み重なったのかもしれない。父とザボス、ソローに東欧に私は逃され、シスターをしつつ闘病。そうして私を探していたらしいアダムスカと再会、結婚した、らしい。で、おそらくアダムスカは情報をジャック達に流している、と。紙に相関図をまとめ上げる。アダムスカも自分の記録を見て彼は彼でまとめていく。最初は私の日記帳をみていたが、最後のページをみて本で顔を隠す程度には動揺したとみる。まぁそれもそうで、最後のページには彼に感謝するというメッセージのしたに、彼は『私』を愛してくれていないかもしれないが『私』は彼を愛していたという旨が書いた後に消されていた。微かに見えるその文字を私と同じく読んだのかもしれない。この世界の私は偉いと思うのだ。呪いを消そうと努力したのだから。
「何かわかったか?」
「俺の日記があった」
そう言ったアダムスカが私に手帳を投げて寄越す。それを読んで私がアダムスカのように固まるのは仕方ないことだった。

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これから指示通りに彼女は命を終えていく。これでしばらくは安泰なのだと自分に言い聞かせる。定刻。例の薬を投与する。彼女は珍しく私に気づき、あの頃と変わらない緩やかな笑みを浮かべ、また眠りにつく。例の薬の投薬が終わったことを報告する。
(略)
彼女が珍しく起きる。もうそんな力など残っていないはず。投薬量問題なし。私の名を呼び微かに手を動かしたため、手を添える。彼女は柔らかな笑みを浮かべ、目を伏せる。眠ったようだった。そのまま動くことがなくなり、体温が下がり始め、呼吸が止まる。○○日○時○○分死亡確認する。

部屋を整理していると彼女の日記を見つけた。昔からの日記を大事に保管していたらしい。だが、よくわからない。彼女な主観とこちらの主観、事件のあらましが違いすぎる。読み進めるとする。
(略)
彼女のそばにオオアマナを添えた。ジョンに最後の報告をする。願わくば、彼女と私に穏やかな生がもたらされることを。

「……」
「どうやら二人揃って死人らしい。そして電話は取るべきではなかった」
アダムスカはそう言って私の手から手帳を奪う。だから目が覚めた時に近くにいたのか、と頭を抱えた。
「ナマエ、ここから出よう」
「何処に」
「ここにいれば貴方がややこしいことになる。貴方を死んだと俺が報告しているなら尚更だ」
「だが、何処にも行けないんじゃないか?君以外を説得するには難しい」
一つだけあてがある、と車のキーを持ってきた。
「こちらのジョンには貴方の遺骸は海に捨てたと報告するつもりでいたようだ。その遺骸を運ぶ術もある」
「海から海外に?」
「いいや、そうするには海運のアテがない。山に行く」
「山」
「手記を読んでいるとわかった。ザボス率いるコブラ部隊は中立だ」
彼の言葉に私は目を瞬く。いや、確かにそうなのだ。この世界では彼らは生きている。確かにアダムスカの手記にはたまに彼の両親と会っていることがかかれ、彼らもまた退役している事がわかる。一か八かではある。でも、それでも。
「わかった、一緒にザボスに怒られよう」

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この国の国境を越えてしばらく。変装というか、そんなものをして、車を乗り換え、山道に揺られる。そうしてついたコテージのような建物の外には穏やかなガーデニングをする一人の男性がいた。彼は車をみて、中にいたアダムスカに気づくと、一瞬驚いて見せたがーーひらりと手を上げる。彼は口元に笑みを浮かべながら同じく手を振った。
「ソローだ、生きている」
「君は父親にも似てるな」
近づいてきた彼にアダムスカは車から外に出る。久しぶりだなんて会話を軽々といつもしていたように交わす彼はやはり柔軟だろう。そうしてソローは目深にハットを被った私を見て目を見開いた。アダムスカ、と先程までは英語だったというのに今度はロシア語に変わる。
「アダムスカ、彼女は」
「……アメリカには死んだ事になっている」
「虚偽報告を?」
「……仮死薬を使った」
アダムスカはそう言って私を見下ろした。まぁ確かにあの家に仮死薬はあった。おそらくアダムスカのものだ。ソローはまた視線を彼に戻す。
「彼女の手記を見つけた。綴られている事があまりにも俺たちの認識とかけ離れていて……」
「彼女は何か話したのかい?」
「いいや、相変わらずだ。今聞こうとしても、薬の副作用か蘇生が少し遅れてしまったからかわからないが、記憶を一部無くしているんだ」
その言葉に、ソローは「彼女を家の中に」とアダムスカに促した。彼は頷いて私を車から外に出す。そうして家の中に私達は足を踏み入れた。

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ソローからザボスに説明され、ザボスに怒られると思ったのだが案外受け入れられた。フードを外し首を左右に振る。出されたミルク入りコーヒーに(記憶喪失という程なので)両手でもって口をつけた。うん、薬は入ってなさそうである。手記を一通り読んだ二人は私たちをみた。
「……ジョンにはナマエが死んだと報告したのね」
「はい、そうするしか彼女が生きる術はない」
「ーーそうね、でもバレたら貴方も軍法会議にかけられるわ」
「覚悟の上です」
アダムスカはそう真っ直ぐに告げた。
「本来なら貴方達ーー父さん達を頼ってもいけない。でも、どうするべきか俺にもわからない。ただ、俺は、彼女に」
幸せに生きてほしい。そう呟いた彼に私は首をかしげる。泣きそうな顔だ。アダムスカ、と彼を呼ぶ。アダムスカ、泣きそうな顔をしている、と子供のように指摘する。
「泣いてない」
「そう?ならいいけど」
彼の頭をポンとすれば、そんな歳じゃないと怒られてしまったが。二人は目を見合わせて、そうしてアダムスカをみた。
「ーー貴方は辛い役目になるわ。ジョン達を騙さなければならない。それどころか、下手をすればアメリカを敵に回さなければならない」
「それも覚悟の上です」
彼が強いのはこういうところだろう。真っ直ぐに告げた彼に、彼女は緩やかに笑みを浮かべた。
「わかったわ、手を貸しましょう」

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「まだその指輪をつけてるの?」
そう告げた女性にアダムスカは肩を竦める。そして、そこに誓ったものがバカバカしいというふうに鼻で笑って見せた。
「女性をかわすには丁度いい」
「選り取り見取りなのに、オセロットはもったいない」
クスクスと彼女は上品に笑う。軍人であるというのに気品があるその姿に見惚れる人は多い。現に自由を謳うこの国の多くが彼女の気品に酔いしれ、そして彼女を支持していた。スネークとこの国を救った女性、あの人とは対で英雄視される人間、そんなものだから余計に彼女に向けられる目は濁ったものなのだろう。些か近いその距離から離れる。すぐ誘惑しようとする。それが自分のものであると言いたいように。でもそれは『外』
からやってきたアダムスカだから思うだけであり、恐らくは他はそうではない。機嫌を損ねた女性にアダムスカは困ったように笑って見せた。
「貴方と近いとボスが面倒くさいことになる」
「誰が面倒だって?」
そう現れたのはジョンだ。あの世界とは違い両眼が揃った彼は「ジェシカがオセロットと近いのなんて今更な話だろう」と告げて見せた。それにまたアダムスカは苦笑いする。元のあの場所ならトゲトゲしい視線がしばらく向くというのに、この人物はそうでもないらしい。ゼロ大佐ーーあの世界よりも当然位があがっているーーが呼んでいただなんてあの世界なら有り得ない台詞を吐けば、ジェシカと呼ばれた彼女は綺麗な笑みを浮かべる。じゃあねと吐かれた言葉はどこぞの女優のようだった。
いや、事実、彼女はどこぞの女優のようであるし、目的のためなら用意周到な策を巡らせるタイプだろう。誰にも知られていない。いや、知っていた誰かは消された。だからあの人はただ一人悪役に陥ったのである。
「オセロット?」
「あぁ、いや、どうしたんだ?ボス」
「いいや、見惚れるなら気をつけた方がいいぞ。ジェシカはやり手だ」
そんなこと、知っている。ここにいる誰よりも。葉巻に火をつけたジョンは煙を吐き出すと空を見上げた。
「気を引くにはいい案だが、あまり関心はしないな」
その意味は理解している。指輪だ。彼はあまりいい顔をしない。彼の認識上は当たり前だ。それを理解した上で見せびらかすように告げる。
「いいでしょう?」
「別の誰かなら良かったが」
暗に外せと言いたいのだ、彼は。犯罪者と、国を、自分達を脅かした重罪人と、この世界のアダムスカの任務の上で交わされた指輪。そこにはこれっぽっちも愛などいうものは入ってないように見える。この世界のジョン達にとってはそういうものだ。彼らにとって憎む対象なのだ。ジョンにとっては、ボスにとっては、あの世界のゼロを憎んでいたように。去年の夏のことだ。だいたいのことがわかり、アダムスカはナマエとザボス達に報告をした。報告を聞いた彼女は怒るかと思えば、そうか、というなんともあっさりとした言葉で終わらせた。そうして笑んだのだ。
ーー彼らは今、幸せなんだな?と。仕方のないやつだという風に。恐らく、あの世界で彼女はそれを望んでいた。同じ魂を持つというのなら、この世界の彼女もそれを望んでいたにちがいない。あの頃の自分たちは気付くことなどなかったが。いや、目を背けていただけかもしれない。
「ーー最近、彼女の夢を見る。いつも幸せかと俺に問いかけてくる」
「……これ見よがしに、幸せだと言ってやれ」
「あぁ、何時も言っている。みんな幸せだと。そうしたら彼女はなぜか満足したように笑う」
指輪からジョンに目線を向ける。ジョンは葉巻の煙を見つめた。どこか憂いるように。
「ーーただの夢だろう」
「そうだ、ただの夢だ」
笑いながらそう告げる。
ーー事件の顛末について彼女は沈黙を貫いたまま『死んだ』。何人もがどうしてあんなことをしたのかと彼女の行動に興味を持った。しかしながら、彼女は拷問を受けようが、何をされようが沈黙を貫いた。牧師との会話の中で、神に祈る言葉の中で彼女はこう告げたとCIAは記録を残している。沈黙したまま死ぬことをどうかお許しください、と。
「俺も最近、彼女の夢を見た」
ぽつりとジョンが呟く。珍しいと揶揄うように告げてやれば、ジョンは昔の夢だ、と告げる。
「恨み辛みを言われるのか?」
「いいや、穏やかで些細な夢だ。だが、もう、笑い声が聞こえない。俺にはもう彼女の声は思い出せない。そのうち顔も忘れるだろう」
「後悔しているような言葉だな」
「……アイツは何も話さなかった。普通なら何か話すだろう。だが、なぜ沈黙を貫いた?」
自問自答に近いそれだ。きっと彼は真実に目を背けているだけで幾分かは理解している。
「ただの気まぐれか、何かもっと恐ろしいものを抱えていたか、何もなかったか、だ。エヴァ曰く、女は秘密を着飾るもの、らしい」
秘密を着飾るーーそれはアダムスカにも言えるのだが。

=

「結局は大事にしてるのね、その指輪」
そう告げたのはエヴァと呼ばれる女性である。アダムスカはもう一度肩を竦める。女を巻くには都合がいいからな、といっていれば「貴方はいつもそういうけれど」とエヴァは口を開いた。
「それならその指輪じゃなくたっていいでしょう?」
「それもそうだ」
「この国にとっては重罪人だけど、貴方にとっては違うのかしら」
エヴァはそう言って頬杖をつく。少し意地悪な表情を浮かべて。アダムスカは彼女をみて、そうだといったらどうする?と尋ねてみた。予想していた通り彼女は目を大きく見開いた。しかし、そこで本音は言わない。言ってはいけない。
「戒めだ」
「戒め?」
「この女は、ボスを裏切った。ボスだけじゃない、俺たちも、いや、世界を全て。次はそんなことをさせないという自分への戒め。それを忘れないようにつけているだけだ」
「ーー私は今でも思うのよ。彼女はどうしてあんなことをしたのか。黙ったまま死んでいったのか。貴方は本当に何も知らないの?」
「知らん」
「本当に?推測もないわけ?」
そう食いつくように告げたエヴァに、アダムスカは目を伏せる。手記に書かれていた最後の一文。それくらいならば恐らくは許される。
『ーー彼女は我々の幸せを望んでいた、それだけだ』
ロシア語で静かに告げる。もう一度目を見開いたエヴァは、緩やかに目を伏せた。
『あの人が本当に望みそうなこと』

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ある意味は夢のようである。いや、現に夢なのかもしれない。したから聞こえてくる物音に耳をすます。いきなり屋根裏に追いやられたと思えば、来客のようだ。察するにジョン達が来たのだろう。アダムスカの声も聞こえる。笑っている。ジョンもまた笑っている。下の階からきこえてくるのは昔私が望んでいたものに違いなかった。物音を立てずに壁際により、木箱と木箱の隙間、その間にあるシートの中に身を滑り込ませる。そしてそのままそっと目を伏せた。
しばらくして。幾分か眠っていたらしい。微かに揺すられたことで私はゆっくりと目を開いた。そこにいたのはアダムスカではない。そしてザボス達でもなかった。ただただ目を見開いた彼に、私は与えられた『役目』の正しい言葉を正しい言語ーーロシア語で返す。
「あなたはだあれ?」
彼はその言葉に、動揺したようだった。しばらくの沈黙ののち、彼は静かに「エイバブ」と名乗ってみせた。エイバブ?と繰り返せば、彼は静かにうなずく。そうして拙いロシア語で私に尋ねる。
「君は?」
「私はアマナ」
「アマナはどうしてこんな場所に?」
「よくわからないけれど、多分誰かにそっくりだからかな?おばさまに隠れておくように言われてしまったの」
「……そうだったのか」
「貴方はかくれんぼが得意なのね。みつけるなんて。でも黙っておいてくれないかなぁ」
困ったように笑う。彼は目を伏せ、わかった、とうなずいてみせた。そこに嘘はなさそうだ。なので私はありがとう、とお礼を告げる。
「私はもう少し眠るわ。貴方達は朝には帰るのかしら?」
「あぁ、恐らくは」
「そう、さようなら、エイバブ。少しの間でも会えてよかったわ」
「おやすみ、アマナ」
彼はブルーシートで見えないように私を隠した。そのあとも何か移動させていたので恐らくは隠してくれたんだろう。しばらくすれば、エイバブ、とアダムスカの声がする。
「時間がかかっているがどうした?ネズミでもいたか?」
「いえ、何も。目当てのウィスキーが見つからなくて」
「……お前が持っている箱だ。周りが出来上がりつつあるが、ボス達が御所望だ」
「わかりました」
扉が閉まり、二人分の足音が遠くなる。それを聞いてそっと息を吐く。見つかってしまった以上、恐らくはここにはいられなくなるだろう。とんでもないミスをした、と内心で舌打ちをした。

==

「屋根裏部屋」
そう静かに告げたエイバブに、アダムスカはなんでもない風に彼を見る。
「屋根裏部屋がどうした?」
「まるで『後ろ家』だと」
エイバブの言葉にアダムスカはとぼけてみせた。僅かに眉間にシワを寄せて、エイバブを見る。
「何がいたのか?」
「いや……オセロットが知らないなら、亡霊か、あるいは酔った俺の望みだったのかもしれない」
そう小さく呟くように告げたエイバブにアダムスカは訝しげに彼を見る。気にしないでくれ、と彼はファントムシガーに火をつける真似をした。
ーーこのエイバブと呼ぶ人物は間違いなく、あの世界で同じ名を送られた人物と同じ人物だった。そして、ナマエの部下であった人物でもある。正しくは『ナマエ』の部下であったが、ボスに引き抜かれた存在であるのだが。ナマエが事件を起こす数ヶ月前の話であるらしい。
「重罪人だぞ」
「理解している。彼女がそうするとは思えない。何か理由があるはずだ。でも、それさえももう見つからない」
「あまりそういうことを言うな。ボスにどやされる」
「わかっている」
火を消したエイバブにアダムスカはただ声をかける。
「ーー気に揉むな、お前のせいじゃない。あまりにも死者を気にかけてみろ、呪われて死者の国に引き摺り込まれるぞ」
揶揄うような言葉だった。ただの。慰めなんてものではない。だが、エイバブはアダムスカを見た。
「もう手遅れだ、オセロット。俺は彼女に呪われた。いや、誰もが彼女に呪われている。たった一人を除いて。お前もそうだろう?」
その問いにアダムスカは肩を竦めて「さぁな」と告げた。

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「一行はおかえりに?」
現れたボスにそう問いかける。えぇ、とうなずいた彼女に私は目を伏せた。
「一人、顔を見られてしまいました。ここにはいない方がいいのかもしれません」
いままでありがとうございます、と言おうとしたのを制し彼女は口を開く。大丈夫よ、と。何が大丈夫なのだろうか。私が見つかればアダムスカが危ないと言うのに。貴方は心配しなくていいの。彼女はそう言って私を抱きしめた。でも、と言葉を続ける。
「人間はいつかは向き合わなければいけないのよ、そのすべてに。でも、そうね、そろそろ貴方もやるべきことをなさなければいけないのかもしれないわ」

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別に戦場が嫌なわけではない。いけと言われれば行く、それだけの話だ。乾いた風、砂。そんなものと共に弾が飛び交う場所。そこで私は今を生きている。でもそれはきっと向かい合うためのものだ。私がここで噂されれば噂されるほど、そうして写真なんぞ撮られてしまえば、誰かがやってくるなんてわかりきっている。そして、アダムスカがどうなるかもわかりきっている。だからこそアダムスカは今私の側にいるし、私の噂を彼らに告げたのだ。
ーー死亡確認はしているし、遺体は処分したはずである。生きているのは八割型ありえない。ありえるとすれば、誰かの助けがあって『私』は生きている。それが誰かなどわからない彼では決してない。だから、私は私であることを捨てなければならない。


今から君に自己暗示をかける。
アダムスカの言葉に、ナマエは苦笑いをした。そうなると思った、と。そうでもしなければ欺くことなど難しい相手なのだ。元の世界に戻れば記憶は戻るだろう。そうそっと耳元で言われ、私は大丈夫なのだと笑ってみせた。
「君には辛い役目を押し付けてばかりだ」
「いいや。おやすみ、ヘイティ。どうか、いい夢を」
優しい声色だった。そうして彼は言葉を紡ぐ。君は何も知らない、記憶がもたない女性になるのだと。

=

『アマナ』と呼ばれる女性が、医師団がいる村にはいた。この国の人物ではないが、村の護衛をしている。隣村が燃えた時も的確な指示で村人の多くを救った。彼女は私達に英雄視され、そしてまた医師団達も頼りにする。ひとつだけ困った点があると言うのならば、彼女の記憶は二日も持たず全て消えてしまうことだった。だからこそ、最初は殺そうとした私を彼女は忘れ、他と同じ怪我人として私を扱い、慈しむのだろう。
「アマナ」
そう呼べば彼女はゆっくりと目を開く。
「貴方はアマナ。この村や医師団を守っている人よ」
「君は?」
「私はクワイエット。貴方の友人」
「友人?」
「腕にメモしてあるわ」
そう彼女に促せば彼女は腕を見る。そうして周りにある情報を詰め込んで、最後に、おはよう、クワイエットと笑ってみせた。日課になりつつあるやりとりだ。そうもしなければ、彼女は何も理解しない。たまに嘘をついて恋人だ、家族だと言えば彼女は信じ込んでそういい対応をとってみせる。敵だと言っても銃やナイフを構えない限り、嘘だろう、と笑ってすます。そんな彼女に周りの人間はあっけなく毒気を抜かれて、彼女と親しくなるのだろう。
「クワイエット、アマナは起きたかい?」
「今」
「やぁ、アマナ、俺は……」
「待って、待ってく、探す。昨日の私によれば、いる人物はこのメモを見ればわかるらしいから……ええっと……どれだ」
「ヒントはCだ」
「クリス?」
「ああ」
「医師団のリーダー?医師団のリーダーが嘘つきでいいの?詐欺師ではなく?」
彼女はメモと彼を見比べる。彼女のメモをみれば、恐らく昨日書き足されたのであろう嘘つきという言葉があった。苦笑いしてみせた彼は、昨日君をからかったんだ、と告げる。
「酷く君に怒られた。反省しているよ」
「書いておこう」
彼女はそう言ってメモに反省しているようだから許してやってくれと書き込む。明日には恐らく嘘つきという言葉は二重線で消されている。
「クリス、どうかしたの?」
「君に客人だ」
「客人?」
「Sのとこにいるシャラシャーシカという人物だ」
その言葉に私は眉間にシワを寄せる。シャラシャーシカ、と探してみせた彼女は、その文言を読んで、立ち上がった。
「アマナ、私が話しておくから支度をしてから来て。あまりにも無用心だわ」
「それもそうだ」
彼女はうなずいて、私に頼むという。私はそれに返事をし、その人物のもとへ向かった。

「なんのようかしら」
「おっと、用があるのは君ではない。アマナは?」
「怪しい貴方にいう必要なんてない」
シャラシャーシカ。昔なら東側と呼ばれた国の拷問特別顧問という名誉を持つ彼は最近この村に出入りするようになった人物。恐らくアマナが見境もなく保護し、医師団が仕方なく治療していた兵士達を連れ戻すためにきたチームの上官だ。そして、アマナを連れ帰り拷問するつもりでいる人物である。何故ならアマナはそっくりだからだ。多くの国で極悪人とされる人物に。アメリカを覆そうとした人物に。いや、本人かもしれない。死んだことになっているだけで。現に彼女の手記には恐らく彼女が今の彼女になる前に綴られた言葉が書かれている。
「酷いな、私が彼女に何をした?ただ話しているだけだろう」
「どうだか。帰りなさい。もう貴方の国の兵士は返したでしょう」
「言っただろう、彼女と話したいだけだと」
そんな雰囲気などいざ知らず、アマナはこちらに小走り出かけてくる。身支度を急いだからか髪が跳ねている。
「ごめんなさい、シャラシャーシカさん」
「おや?今日は私を覚えているのか?」
「ええーと、はい」
「嘘はダメだぞ、アマナ。手帳を読んだだろう?」
「失礼になるじゃないですか」
「君の場合ならないから大丈夫」
そう指摘したクリスに彼女はそうですかと告げる。
「変わらずか。我が国に連れて行けば精査できる」
「行かせない。アメリカにも、どこにも」
「クワイエット、大丈夫だ。彼は無理やり連れて行くような悪い人じゃないと見える。でもシャラシャーシカさんはどうしてここに?もう貴方の国の兵士も敵の兵士もいないみたいですよ」
彼女はそう言って彼を見た。シャラシャーシカは知っている、と彼女を見下ろす。
「君と少し話したい。できれば二人きりで」
「ダメ」
「武器は持たないと約束しよう。なんなら調べてくれたって構わない」
「ダメよ、絶対に」
「クワイエット、大丈夫。それくらいなら構いません。ただ、クワイエットが心配するので彼女の目の届く範囲でもいいですか?」

=

彼が何故そのような顔をするのかはわからない。手帳を読んでもわからない。ただこの国で戦争をしている勢力の片側の味方の国の人物であることと、不思議な人物だということしかわからない。今も角材を背に両手を組んで隣に並び、遊んでいる孤児達を見ていた。
「アマナ、君は記憶が一日たりとももたない」
「そうみたいですね」
「この前私と話してみせたことも全て」
「はい」
「そんな君に、ナマエ・クラウディアに聞き覚えは?と尋ねても意味がないんだろう」
シャラシャーシカはそう言って私をみた。ナマエ・クラウディア。私は手帳をめくってみるが、そんな人物の項目はない。誰だろうか、と首を重ねてみるが彼は「覚えていないのか」と返すだけだ。
「貴方の大切な人?」
なんとなしにそう尋ねてみる。彼は一瞬目を見開いてみせたが、国家転覆を図った重罪人という言葉だけで終わった。そのあとは彼は何も言わず、またな、という言葉を残して帰っていったのだけども。

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「貴方は誰?」
その日のうちにシャラシャーシカに連れられてきた人物は見たこともない人物だった。私が一人になるタイミングを狙ったらしい。目を見開いた彼らのうち一人は、何故お前が生きている!と私に銃を向ける。会ったことがない人物だった。だから、貴方は誰と告げたのだ。その言葉に彼は銃を強く握る。私は困った顔をしてシャラシャーシカをみた。彼はそっと銃口を下に向けさせた。
「ボス、彼女は覚えていない。何も」
「わからないだろう、拷問にかけたのか」
「いいや。だが、貴方も明日になればわかる」
そう彼は告げた。シャラシャーシカが口を開く。
「ナマエ、彼はスネークだ。聞き覚えは?」
「蛇?変わった名前だね。シャラシャーシカも変わっているけれど」
クスクスと笑う。こんな場所で立ち話もいけないから、村で話そうと言えばシャラシャーシカが口を開いた。
「アマナ、クワイエットは?」
「クワイエットは医師団の分隊について隣村まで行ってるよ。明日まで帰ってこないんだって」
「そうか、なら行こう」
シャラシャーシカの言葉に仲が悪いなぁと笑う。仲良くすればいいのに、と言えば、彼は「難しい話だな」と淡々と告げた。そのあと、村で三人と話した。と言ってもシャラシャーシカともう一人しか話さず、スネークという男性は何も話さなかった。手帳に二人のことを書こうとすればシャラシャーシカに止められる。どうして?と尋ねても明日にはいなくなるからと言われてしまえばそれで終わりだ。そうして私は就寝する。きっと明日は記憶が続いているのだと信じながら。

==

「貴方は誰?」
そう首を傾げた彼女に、ほらね、とアダムスカは告げた。衛生兵であるエイバブは彼女を驚いたように見下ろす。
「昨日の記憶がないのか?」
「あぁ、そうらしい」
「自分の名前は?」
「自分の名前?」
彼女はそう言って首を傾げる。眉間にシワを寄せた彼女は、酷く考えこんだ。頭を抱えて、思い出せない、と呟いた彼女は酷く不安そうに見える。
「ここはどこなんだ?私はなんでここにいる?貴方達は誰?」
そんな彼女の声を聞いてか、男が駆け込んでくる。アマナ、と呼んだ彼はアダムスカ達の間に割り込んで彼女の手を取った。
「君の名前はアマナだ」
「アマナ?」
「君の手帳に名前はある。ここは君が助けた村だ。君はこの村や俺たち医師団を守ってくれている」
「貴方は誰?」
「俺はクリス。医師団のリーダーで君の友人だ。あとで、君の手帳のCの欄を見てごらん。あと、自分の腕を見て」
男の促しに彼女は腕を見る。そうして理解したのか、彼女は手帳を取り出してCの欄をみた。
「おはよう、クリス。この人達は?」
「おはよう。シャラシャーシカはわかるけれど他はわからない。君は先に着替えて朝食をとっておいで」
「場所、わからない」
「子供達が迎えにきてる」
扉の方を見れば子供がこちらを覗いていた。彼女はうなずいて立ち上がる。おはようアマナと子供に囲まれた彼女はそのまま廊下に消えた。クリスと呼ばれた男は眉間にシワを寄せた。
「シャラシャーシカ、どういうつもりですか。それに彼らは」
「私の知り合いだ」
「……クリス医師、彼女は記憶障害を?」
「……えぇ、我々があったときにはもう患っていました」
「精査は?」
「してません。彼女がいなくなればこの村は危ういので。この国の内紛が終われば連れて行くつもりでいます。貴方達は何を?」
「ナマエクラウディアがここに潜伏していると聞いた」
「まさか。アメリカの発表では死んだはずでしょう?彼女がそうだと?ありえない」
クリスの発言に「だが」とスネークが口を開いた。
「あの女はアイツと瓜二つだ」

==

もし、貴方がナマエクラウディアならばどうした?
そう尋ねたエイバブに話を聞いていた彼女は首を傾げた。どうして黙ったまま死んだのか。それを尋ねたいためでもあった。アマナと呼ばれた女性を連れ帰るにはこの村を落ち着かせる必要があり、また医師団やクワイエットと呼ばれる人物も説得する必要がある。無理やり連れ帰れば恐らくは批判の的になるのだろう。だからこうして話をするのだ。
「よくわからない。私とその人が同じ意見だとは限らないのに」
「あぁ、わかっている。聞いてみたかっただけだ」
「君ならどうする?」
「俺なら認めるなり否定するなりはっきりいう。黙っていてもいいこてなんてない」
「そうか?私なら黙っている」
そう言ってみせた彼女にエイバブとスネークは動きを止めた。彼女は気づかないまま野菜を収穫をしている。
「その彼女が本当にやったとか、やっていないとか、そんなものは私は知らないけれど、私が彼女の立場ならきっと黙ってると思う」
「ーー何故」
「それで円満に解決するならば良しってところかな。私一人で犠牲が済むのなら、それで世界が平和になるのなら私は喜んで身を差し出す。黙っていれば相手の都合の良い方に勘違いしてくれると思うから。否定して内紛が起きてしまえばもともこもないし、認めても次は誰が仲間なのかと追及されるだろうから、沈黙する……あぁ、そうか、なるほど」
アマナはそう言って何かを納得した。そうしてエイバブとスネークを見て、困ったように告げた。
「貴方達の仲間にジョンという男性は?」
「ーー何か思い出したのか?」
「いいや、違うんだ。私が誰かに託された手帳があって、毎朝それを読むようにという誰かの言いつけがあるんだが……その人物が似たようなことを書いていたから」
そう言って彼女は立ち上がる。そうして彼女は笑った。
「彼女はきっと誰も恨んでいないし、その人達の幸せを祈っていた。黙ってることで守れた何かがあったんじゃないか?」
それは贖罪となる言葉なのか、呪いになる言葉なのか。誰も知らない。


==没!!


「亡霊だよ、スネーク」
そう言ったアダムスカは胸を押さえた。夢が終わる。長い間見た夢が。先に醒めた彼女はきっと自分が幸せな世界にいるのだろう。
「俺も彼女も、もういない亡霊だ」
「オセロット、喋るな」
「死んだって貴方が気にすることじゃない。……貴方は恨んではいけない。俺達は幸せだった。一時でも。それを貴方はわすれてはいけない。幸せに生きろ、ジョン。それが俺たちの望みだ」
笑う。彼女のように笑う。周りが暗くなっていき、風が頬に当たる。そうして意識が闇に沈んだ。

次に目が覚めたときは見覚えのある景色だった。視界に映り込んだ隻眼のジョンは幾分か心配そうにアダムスカを見つめている。
「ナマエ、アダムスカが起きたようだ」
幾分かトゲが含まれる。チクチクしたような。見に覚えはない、とは言い切れない。恐らく彼女と同じ夢を見ていたからだ。そして彼女にことのあらましを聞いた。
「おはよう、アダムスカ」
彼女はそう言って笑う。ジャックが拗ねてるんだ、と言った彼女にジョンは「拗ねてない」と怒ってみせた。その姿にアダムスカは笑う。何がおかしいんだと反感は買ったがそれはそれだ。ここが、きっと、彼女が、自分が求めた幸せなのだろうと。

==
「アダムスカ」
彼を呼べば彼は魘されるように小さく言葉をこぼす。アダムスカ、ともう一度呼べば彼はゆっくりと目を開いた。ヘイティ、と私を呼んだ彼に安堵の息を吐く。よかった、どうやら生きているらしい。そうして彼は頭を抱えながら起き上がる。ここは、と言葉をこぼした彼に私もまた首を左右に振った。
「私も気づいたらここにいた」
部屋を調べてわかることはいくつかある。ここは私とアダムスカが住んでいるだろうことと、新聞などをみる限り東欧諸国であることだ。詳しく部屋の中を物色する前にアダムスカを見つけたので起こしたのだが。アダムスカが大丈夫そうであるため、近くの棚を慎重に物色することにする。アダムスカは近くにあった写真を手に取った。
「まさか、俺とヘイティで住んでるのか?」
彼は写真を見てそう告げる。私も同じ写真を見たのでおそらくは、と告げた。私とアダムスカが仲睦まじく写っている写真をそばに置いた彼もまた近くの棚を漁った。
「国際免許証があった」
「どっちの?」
「二人分だ。車のキーに、パスポート、身分証のようなものもある……聞いて驚け、ヘイティ」
「何を?」
棚を覗きながら私が告げる。めぼしいものはなさそうである。
「……我々が夫婦らしいぞ」
「へぇ、それは……って、は?!」
アダムスカの方を見れば彼は身分証のようなものを投げてよこした。それを見れば確かにアダムスカが旦那になっている。
「全く恐ろしい世界だな。ジョンが見ればなんていうか」
「いや、この世界の本人は何も言わないかもしれないぞ」
見つけた写真のなかのジャックは他の誰かと幸せそうに笑っている。私ではないのは確かだろう。アダムスカが近くに寄ってきて、その写真をみた。
「見たことがない」
「エヴァでもないな……例のパスという子か?」
「いや、違いそうだが……」
そう言った彼の近くで携帯が音を立てる。カラーリングからしてアダムスカのものだろう。彼に取るようにつげ、私は別の部屋に向かう。キッチン、ダイニング、ベッドルームに書斎のような部屋。ベッドルームのクローゼットにあるのは確かに私が好む服だ。あとは医療道具のようなものもちらほらある。書斎のような部屋に入ればここはアダムスカが使っていたようである。同じくクローゼットを探れば彼の服と数冊日記帳のようなものを見つけて手に取った。


最近の日記帳からだいたいの人物相関図が見えてきたが、ひしひしと『私』がジャックを苦手としており、ジャックもまた『私』を嫌っている感じがするというより、嫌われているようである。アダムスカもまた二重スパイ的な感じだろうがよくしてくれている(意訳)だそうだ。後はどうやら闘病していたようで、もう先が長くはなかったらしい。日常のほとんどをベッドルームで過ごしていたようだ。ふむ、これは過去の日記を読み込む必要があると考えていれば、アダムスカが電話しながら部屋に入ってきた。
「申し訳ございません、まだ少しーーはい、はい、そうです。では、また」
そう言って通信を切ったアダムスカに私は彼を見上げた。
「ナマエ、思ったよりも事態はややこしい」
「私もそう思う」
「それは?」
「私ーーややこしいが、この世界の私の日記らしい。私の主観だからわからないがーー君は二重スパイ的な役割を担っていた」
「そのようだ。この世界のジョンからの電話だったが、あれは相当だな」
「相当?」
「あぁ言いにくいがーー」
「嫌っている?それなら大丈夫だ。この世界の私もジャックを嫌っている」
「何かあったのか?」
「過去の日記をあさるしかない。とりあえずこの一冊はわかっているのはジャックが嫌いなこと、私は闘病中でここ最近はベッドルームで殆どを過ごしていたこと、こちらの様子を伺うためだとわかっていても君に感謝していたことと神への祈りぐらいだ」
「待て、この世界のナマエがベッドルームでほとんどをすごしていたなら何故そこから遠いこの部屋に日記がある」
「ここは君が使っていた部屋みたいだ」
「俺が隠した?何のために」
「読もうとしたんじゃないか。それか読んでいたかだ」
現に小栞のようなものが挟まっているのが数冊ある。
「ーーなら、この世界のヘイティは」
「死人か、もう日記も書けないほど衰弱していたんだろう」
神への祈りと、父への謝罪、アダムスカへの感謝、願いと後悔、そんなもので締め括られた日記帳を閉じる。きっと私じゃない誰かは、私をスケープゴートにして円満に導いたのだろう。それはきっと『私』も納得しているのだ。だから、否定することなくアメリカから離れ、逃げるように東欧で暮らしていたのだろう。
「きっとこの世界のジャックは幸せなんだろうな」
そう言って初めの一冊を手に取る。そんなわけないだろうと呟かれた言葉に私はそちらをみる。
ーージャックが嫌いだとか苦手だとか、そういうのには同意はできないが、彼は優しい人だというのは同意できる。そっと彼を抱き寄せて、気にすることはないんだ、アダムスカ、と静かに泣いている彼の背を撫でた。

==

どうやら私とアダムスカは幼馴染みらしい。どうりで親しいわけだ。あとの経歴はほとんど変わらない。時代がかなりズレているのだが、まぁいわゆるパラレルワールドなのだから気にしないでおく。最初はジャックとも仲が良かったらしい。でも、それがとある事件を気に仲が決別していた。というよりは勘違いが積み重なったのかもしれない。父とザボス、ソローに東欧に私は逃され、シスターをしつつ闘病。そうして私を探していたらしいアダムスカと再会、結婚した、らしい。で、おそらくアダムスカは情報をジャック達に流している、と。紙に相関図をまとめ上げる。アダムスカも自分の記録を見て彼は彼でまとめていく。最初は私の日記帳をみていたが、最後のページをみて本で顔を隠す程度には動揺したとみる。まぁそれもそうで、最後のページには彼に感謝するというメッセージのしたに、彼は『私』を愛してくれていないかもしれないが『私』は彼を愛していたという旨が書いた後に消されていた。微かに見えるその文字を私と同じく読んだのかもしれない。この世界の私は偉いと思うのだ。呪いを消そうと努力したのだから。
「何かわかったか?」
「俺の日記があった」
そう言ったアダムスカが私に手帳を投げて寄越す。それを読んで私がアダムスカのように固まるのは仕方ないことだった。

==

これから指示通りに彼女は命を終えていく。これでしばらくは安泰なのだと自分に言い聞かせる。定刻。例の薬を投与する。彼女は珍しく私に気づき、あの頃と変わらない緩やかな笑みを浮かべ、また眠りにつく。例の薬の投薬が終わったことを報告する。
(略)
彼女が珍しく起きる。もうそんな力など残っていないはず。投薬量問題なし。私の名を呼び微かに手を動かしたため、手を添える。彼女は柔らかな笑みを浮かべ、目を伏せる。眠ったようだった。そのまま動くことがなくなり、体温が下がり始め、呼吸が止まる。○○日○時○○分死亡確認する。

部屋を整理していると彼女の日記を見つけた。昔からの日記を大事に保管していたらしい。だが、よくわからない。彼女な主観とこちらの主観、事件のあらましが違いすぎる。読み進めるとする。
(略)
彼女のそばにオオアマナを添えた。ジョンに最後の報告をする。願わくば、彼女と私に穏やかな生がもたらされることを。

「……」
「どうやら二人揃って死人らしい。そして電話は取るべきではなかった」
アダムスカはそう言って私の手から手帳を奪う。だから目が覚めた時に近くにいたのか、と頭を抱えた。
「ナマエ、ここから出よう」
「何処に」
「ここにいれば貴方がややこしいことになる。貴方を死んだと俺が報告しているなら尚更だ」
「だが、何処にも行けないんじゃないか?君以外を説得するには難しい」
一つだけあてがある、と車のキーを持ってきた。
「こちらのジョンには貴方の遺骸は海に捨てたと報告するつもりでいたようだ。その遺骸を運ぶ術もある」
「海から海外に?」
「いいや、そうするには海運のアテがない。山に行く」
「山」
「手記を読んでいるとわかった。ザボス率いるコブラ部隊は中立だ」
彼の言葉に私は目を瞬く。いや、確かにそうなのだ。この世界では彼らは生きている。確かにアダムスカの手記にはたまに彼の両親と会っていることがかかれ、彼らもまた退役している事がわかる。一か八かではある。でも、それでも。
「わかった、一緒にザボスに怒られよう」

==

この国の国境を越えてしばらく。変装というか、そんなものをして、車を乗り換え、山道に揺られる。そうしてついたコテージのような建物の外には穏やかなガーデニングをする一人の男性がいた。彼は車をみて、中にいたアダムスカに気づくと、一瞬驚いて見せたがーーひらりと手を上げる。彼は口元に笑みを浮かべながら同じく手を振った。
「ソローだ、生きている」
「君は父親にも似てるな」
近づいてきた彼にアダムスカは車から外に出る。久しぶりだなんて会話を軽々といつもしていたように交わす彼はやはり柔軟だろう。そうしてソローは目深にハットを被った私を見て目を見開いた。アダムスカ、と先程までは英語だったというのに今度はロシア語に変わる。
「アダムスカ、彼女は」
「……アメリカには死んだ事になっている」
「虚偽報告を?」
「……仮死薬を使った」
アダムスカはそう言って私を見下ろした。まぁ確かにあの家に仮死薬はあった。おそらくアダムスカのものだ。ソローはまた視線を彼に戻す。
「彼女の手記を見つけた。綴られている事があまりにも俺たちの認識とかけ離れていて……」
「彼女は何か話したのかい?」
「いいや、相変わらずだ。今聞こうとしても、薬の副作用か蘇生が少し遅れてしまったからかわからないが、記憶を一部無くしているんだ」
その言葉に、ソローは「彼女を家の中に」とアダムスカに促した。彼は頷いて私を車から外に出す。そうして家の中に私達は足を踏み入れた。

==

ソローからザボスに説明され、ザボスに怒られると思ったのだが案外受け入れられた。フードを外し首を左右に振る。出されたミルク入りコーヒーに(記憶喪失という程なので)両手でもって口をつけた。うん、薬は入ってなさそうである。手記を一通り読んだ二人は私たちをみた。
「……ジョンにはナマエが死んだと報告したのね」
「はい、そうするしか彼女が生きる術はない」
「ーーそうね、でもバレたら貴方も軍法会議にかけられるわ」
「覚悟の上です」
アダムスカはそう真っ直ぐに告げた。
「本来なら貴方達ーー父さん達を頼ってもいけない。でも、どうするべきか俺にもわからない。ただ、俺は、彼女に」
幸せに生きてほしい。そう呟いた彼に私は首をかしげる。泣きそうな顔だ。アダムスカ、と彼を呼ぶ。アダムスカ、泣きそうな顔をしている、と子供のように指摘する。
「泣いてない」
「そう?ならいいけど」
彼の頭をポンとすれば、そんな歳じゃないと怒られてしまったが。二人は目を見合わせて、そうしてアダムスカをみた。
「ーー貴方は辛い役目になるわ。ジョン達を騙さなければならない。それどころか、下手をすればアメリカを敵に回さなければならない」
「覚悟の上です」
彼が強いのはこういうところだろう。真っ直ぐに告げた彼に、彼女は緩やかに笑みを浮かべた。
「わかったわ、手を貸しましょう」

==

ーー誰かがそれを成し遂げないのであれば、他の誰かが代わりにそれを成し遂げる。そうして世界は回るのである。


「というわけで、本社から派遣されてきたヘイティでーす」
そう言った雇主になる女性であるが周りの視線は鋭いものがある。
「本社から?なんでまた」
「なんでも社長の古い知り合いの娘さんみたい」
雇主の発言にそれをきいた一部が目を瞬いた。
「コネ入社ってやつか」
「でも大丈夫なのか、危ないだろう?」
「多分ね、送り届けにきたチェキータが部下に欲しいって言ってたから」
「では何故ウチに?」
「あんまりあっちの方面にいかせたくないんだって」
「わけありか」
「多分ね、私も聞かされてないけど」
そう肩をすくめた雇主に私はなんとも言えない顔をする。
「はい、じゃあ自己紹介よろしく、ヒヨコさん」
「ええーっと、アマナ・リーズラグプです。ヘイティとお呼びください。よろしくお願いします」
「あれ?アラビア系かと思ってたんだけど、ファミリーネームがそんな感じならロシア系なの?それともムスリム?」
雇主の言葉に私は首を左右に振る。
「ムスリムではありませんが……母にあまり外してはいけないと」
「体が弱い?」
「いいえ、アメリカで死んだとされる人間に私が似ているので」
そう言いつつヒジャブと口元に巻いた襟巻を外す。目を見開いた何人かは私が誰に似ているかーー正しくは私自身なのであるがーーを理解する。
「こりゃまた厄介な人物に似ちまったもんだな」
「レーム、何か知ってるの?」
「アメリカを危機に晒したテロがあっただろ。あれの犯人、まぁ、重罪人だよ。確か当局の発表じゃ二年前に東欧で殺されたらしいが」
私の代わりに説明してくれた彼に私はもう一度アダムスカがくれた襟巻とヒジャブで顔を隠す。あぁだからアメリカ側にはいけないのかという風な納得をした彼女達に私は「そういうことなんです」と息を吐いた。
ーー二年、も、帰れていない。アダムスカはあちらこちら飛び交っており偶に実家であるザボス達のもとに来るが一年でも数えられるほどだ。その間私はザボス率いるコブラ部隊と山岳ブートキャンプをしたり、孫を見たいとソローさんに言われたり、まぁ色々あった。……のだが、ジャックがザボスの元に訪れたいというアダムスカからのリークがありザボスの知り合い
である武器会社に紹介されたのだ。何人か候補者はいたようで、最初の数ヶ月はキャスパーという男性の護衛と補助をしていたのだが、彼らがアメリカに向かうことになり今の雇主である彼女を紹介されたのである。
「おーい、ヘイティ、遠い目をしてないで、早速だけどお仕事行くよー」
雇主の言葉にハッと彼女を見下ろす。本当に大丈夫なんですか、とは眼帯の女性の呟きだった。

==


こりゃあ参ったなというのは壮年の男性ーーレームさんの言葉である。私はなんとも言えない顔をした。何かミスをしただろうか、と思っていれば近くにいた雇主ーーココさんが「どうかした?」と尋ねた。
「困ったことに、一緒だと仕事が非常にやりやすい。こりゃあチェキータが渋ったわけだ」
「ありがとうございます……サポートは結構得意です」
「何処かの部隊にいたのか?」
「少しだけ。でも普通の国軍です」
「惜しいやつを手放したな」

==

「まだその指輪をつけてるの?」
そう告げた女性にアダムスカは肩を竦める。そして、そこに誓ったものがバカバカしいというふうに鼻で笑って見せた。
「女性をかわすには丁度いい」
「選り取り見取りなのに、オセロットはもったいない」
クスクスと彼女は上品に笑う。軍人であるというのに気品があるその姿に見惚れる人は多い。現に自由を謳うこの国の多くが彼女の気品に酔いしれ、そして彼女を支持していた。スネークとこの国を救った女性、あの人とは対で英雄視される人間、そんなものだから余計に彼女に向けられる目は濁ったものなのだろう。些か近いその距離から離れる。すぐ誘惑しようとする。それが自分のものであると言いたいように。でもそれは『外』
からやってきたアダムスカだから思うだけであり、恐らくは他はそうではない。機嫌を損ねた女性にアダムスカは困ったように笑って見せた。
「貴方と近いとボスが面倒くさいことになる」
「誰が面倒だって?」
そう現れたのはジョンだ。あの世界とは違い両眼が揃った彼は「ジェシカがオセロットと近いのなんて今更な話だろう」と告げて見せた。それにまたアダムスカは苦笑いする。元のあの場所ならトゲトゲしい視線がしばらく向くというのに、この人物はそうでもないらしい。ゼロ大佐ーーあの世界よりも当然位があがっているーーが呼んでいただなんてあの世界なら有り得ない台詞を吐けば、ジェシカと呼ばれた彼女は綺麗な笑みを浮かべる。じゃあねと吐かれた言葉はどこぞの女優のようだった。
いや、事実、彼女はどこぞの女優のようであるし、目的のためなら用意周到な策を巡らせるタイプだろう。誰にも知られていない。いや、知っていた誰かは消された。だからあの人はただ一人悪役に陥ったのである。
「オセロット?」
「あぁ、いや、どうしたんだ?ボス」
「いいや、見惚れるなら気をつけた方がいいぞ。ジェシカはやり手だ」
そんなこと、知っている。ここにいる誰よりも。葉巻に火をつけたジョンは煙を吐き出すと空を見上げた。
「気を引くにはいい案だが、あまり関心はしないな」
その意味は理解している。指輪だ。彼はあまりいい顔をしない。彼の認識上は当たり前だ。それを理解した上で見せびらかすように告げる。
「いいでしょう?」
「別の誰かなら良かったが」
暗に外せと言いたいのだ、彼は。犯罪者と、国を、自分達を脅かした重罪人と、この世界のアダムスカの任務の上で交わされた指輪。そこにはこれっぽっちも愛などいうものは入ってないように見える。この世界のジョン達にとってはそういうものだ。彼らにとって憎む対象なのだ。ジョンにとっては、ボスにとっては、あの世界のゼロを憎んでいたように。去年の夏のことだ。だいたいのことがわかり、アダムスカはナマエとザボス達に報告をした。報告を聞いた彼女は怒るかと思えば、そうか、というなんともあっさりとした言葉で終わらせた。そうして笑んだのだ。
ーー彼らは今、幸せなんだな?と。仕方のないやつだという風に。恐らく、あの世界で彼女はそれを望んでいた。同じ魂を持つというのなら、この世界の彼女もそれを望んでいたにちがいない。

「ーー最近、彼女の夢を見る。いつも幸せかと俺に問いかけてくる」
「……これ見よがしに、幸せだと言ってやれ」
「あぁ、何時も言っている。みんな幸せだと。そうしたら彼女はなぜか満足したように笑う」
指輪からジョンに目線を向ける。ジョンは葉巻の煙を見つめた。どこか憂いるように。
「ーーただの夢だろう」
「そうだ、ただの夢だ」
笑いながらそう告げる。
ーー事件の顛末について彼女は沈黙を貫いたまま『死んだ』。何人もがどうしてあんなことをしたのかと彼女の行動に興味を持った。しかしながら、彼女は拷問を受けようが、何をされようが沈黙を貫いた。牧師との会話の中で、神に祈る言葉の中で彼女はこう告げたとCIAは記録を残している。沈黙したまま死ぬことをどうかお許しください、と。
「俺も最近、彼女の夢を見た」
ぽつりとジョンが呟く。珍しいと揶揄うように告げてやれば、ジョンは昔の夢だ、と告げる。
「恨み辛みを言われるのか?」
「いいや、穏やかで些細な夢だ。だが、もう、笑い声が聞こえない。俺にはもう彼女の声は思い出せない。そのうち顔も忘れるだろう」
「後悔しているような言葉だな」
「……アイツは何も話さなかった。普通なら何か話すだろう。だが、なぜ沈黙を貫いた?」
自問自答に近いそれだ。きっと彼は真実に目を背けているだけで幾分かは理解している。
「ただの気まぐれか、何かもっと恐ろしいものを抱えていたか、何もなかったか、だ。エヴァ曰く、女は秘密を着飾るもの、らしい」
秘密を着飾るーーそれはアダムスカにも言えるのだが。

==

「ヘイティ?」
「アダムスカ?」
現れたその人に私は目を瞬く。彼もまた驚いたように目を瞬いた。その様子が珍しいが、こんな場所で会うとは思わなかった。ココさんが私をみる。ヘイティの知り合い?と尋ねた彼女に、私は頷いた。
「アダム、彼女はココ・ヘクマティアル。私の上司です」
その発言に彼は理解したらしい。そもそも彼はザボス経由で私が今何をしているのかを知っているはずなのだ。
「HCLI社と貴方の噂はお聞きしている、ミス・ヘクマティアル。そして妻がお世話になっています」
ワォ、紳士的な対応だ。しかしながら周りは、妻という言葉に引っかかったらしい。それは彼の部下にも言えるのだが。一拍置いて向いた視線に、私は口を開く。
「ココ、彼はアダムスカ。私の夫です」
「ええっ!?ヘイティ、旦那さんがいたことは察してたけど、現役軍人だとは聞いてないよ!」
「本社の方から通知がきているとおもっていたのですが……」
「少佐、私達も初耳です。ここ数年指輪をきちんと嵌めていると思ったら!」
「言っていないからな」
さらりと部下に言ったアダムスカに、それはどうなのか、と思ったが私も人のことを言えないために口を紡ぐ。さっさと持ち場に戻れと命令したアダムスカに部下達は敬礼をして持ち場に向かった。
「ふふふ、キチンと上司をしてる」
「ヘイティ」
「悪い、君がそうしてる姿が久しぶりにみれたものだから」
クスクス笑っていればアダムスカは困った顔でため息をついた。物珍しい様子でココさん達が私をみているが知らないふりだ。
「ミス・ヘクマティアル。例の購入の件ならば別の少佐だ。案内しよう」
「ありがとうございます、えーと、」
「オセロットかシャラシャーシカと呼んでくれたらいい。ここではそれで通じる」
「わかりました、オセロット少佐」
「こちらだ」
そう体を翻した彼に私はココさんをみる。
「ココさん、私は車の近くで待機を」
「ありがとう!でも、あとで根堀り葉堀りきくからね!!」
そう言いながらアダムスカについて行った彼女とトージョさんに私は苦笑いする。近くにいたレームさんに助けを乞えば笑われるだけで終わってしまった。


商談はスムーズに済んだらしい。さぁ帰るよとつげたココさんに私は頷いた。ちらほらとアダムスカの部下が私に喋りかけてきたりするのだが、まぁ、それは可愛いらしいのでいいとする。慕われているようで何よりだ。見送りに来たアダムスカにひらりと手を振る。
「ではアダムスカ、お互い生きているなら年内に会えたらいいな」
私の発言に彼の部下と私の周りは私を凝視した。アダムスカは腰に手を当てる。
「俺は死なないつもりでいるが、誰かさんはな」
「あははは、よく鳴く山猫さんだ。また投げ飛ばすぞ」
「今は俺の方が強いだろう。あと、アマナ、仮にも部下の前だ、やめてくれ」
「悪かった、君の反応は面白いから、すぐに君をからかいたくなる。次に会う時もお互い生きていることを祈ってる」
もう一度ひらりと手を振れば、彼もまたひらりと手を振った。車に乗れば、レームさんがハグの一つもなしか、と言って車を出したが向こうは向こうで部下に絡まれているのがみえた。まぁ、すぐに怒っているのがみえたが。
「もともとヘイティは連邦軍にいたのか?」
「えぇ、まぁ。でも、ほら、私が連邦軍にいるととてもややこしいんです。国際事件になりかねないでしょう?」
「ま、アメリカからすれば亡命したと取りかねないわな。だが、少佐なんかと何処であったんだ?」
「同じ作戦に参加していました。そのあと家の近所であって、まぁ、今は夫婦です。HCLI社に入れたのは彼の両親のコネですね。まだ外見上ややこしいみたいなので連邦にいるよりは海外を飛び回った方がいいと」
「寂しくないのか?」
「向こうは向こうで任務で忙しなく家にあまり帰ってきませんし、彼の両親の家にいるとたまに山岳ブートキャンプしないといけなくなるのでちょっと」
苦笑いしてそう答える。なるほどなぁ、とタバコを燻らせたレームさんはバックミラー越しに私をみた。
「ヘイティの動きがいいのはそのブートキャンプが有能だったからか」
「あははは、効果があったならよかったです」


==原作筋

「ヨナ、私が担当する社会と一言でいっても、地理と歴史があるんだが、どちらがいいかな?」
そう教材を持って首をかしげる。彼は「どっちでもいいよ」と投げやりにつげた。苦笑いして口を開く。まぁどちらにしよ地理と歴史を混ぜて教えるつもりだったのでいいのだが。
「昔の戦争の話と、戦場把握に必要な地理とどっちがいい?」
そう言葉を変えれば彼は目を瞬いたのだけれど。

「あれはヘイティの言葉の運び方が上手い。教師になれるんじゃないか?」
「今の仕事を怪我で退職せざる終えなくなった時はそうします」
アールの言葉に私は苦笑いする。無事に授業はやり切ってみせた。まぁ他の教科のことは詳しくは他の授業の時に聞けばいいと言ったので少しは授業に出るだろう。
「ってか、ヘイティは何カ国語話せるんだ?さっきのロシア語もフランス語も発音きれいだったし」
「ロシア語は母語だからなぁ。あとどのくらいの会話のレベルかによります。普通に話せるのはロシア語と英語とフランス語、日本語です」
「なんで日本語が入るんですか」
「日本の和食が好きです」
「というかドイツ語とかイタリア語とか中国語、ポルトガル語も喋ってんの聞いたぞ」
「日常会話ぐらいならいいんです。でもその国にしかない専門用語が出るので旅行以外には使えません」



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君僕主派生 

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