2020/09/22
↓続き
倒れ込んだその姿に頭が真っ白になった。何してんの。動け。冗談はよしてよ。そう念じても立ち上がらない姿に私は息をつめた。なんとか立ち上がっても動くことはない。動け。頼むから。蓮は迷いに迷ってたみたいだった。私がいつもいる席を蓮は知ってるからか、ちらりとこちらをみた彼は、目を伏せてーー平泉監督に向かってばつ印をつくる。それをみた瞬間、私の体は弾かれたように動いた。私は着ていたETUのユニフォームを近くにいたサポーターに渡す。そしてそのまま関係者入り口に向かう。止めかかった警備員に、他のヴィクトリーのスタッフが私だと気づいて中に入れてもらった。そのまま蓮のところに向かう。足を引きずって中に入ってきた王様に、私は口を開いた。
「で、いつから調整するの?」
全く、可愛くない言葉だ。辞めないで、と言えばいいのに。引退なんで許さないとでも言えばいいのに。彼は一瞬、息を呑む。かれがやめると言い出すことが、沈黙が怖くて私はまた口を開く。
「私のスケジュールの関係もあるんだし、早く決めてほしい。で、蓮、今回はどこやったの。足首?」
「左膝」
いつもの通り返した蓮に私は息を吐いて肩を貸すために近づいた。
「まーたフットボールの神様に貸しを作りよって。……まぁ、来季には出れるでしょ」
君が、辞めなければ。願いを託して目を伏せる。
「当たり前だろ」
体を預ける感覚と共に振ってきた言葉に私は目を開いた。
「俺を誰だと思ってんの」
そもそも、持田蓮という人は心底から負けず嫌いであるし他人に弱みをあまり見せない人物である。というのは、誰の評価だったか忘れた。昔蓮と付き合っていた彼女が私に持ちかけた話だったかもしれない。まぁ、同意できる内容であるが、こいつの弱みはこちらが察することでしか発見できないのだ。そこには慰めもいらない。慰めたって、お前になにがわかんの?としか返さないからだ。そういうところで恋人と溝ができるんだぜ、とは腐っても言わない。
「そういや、ETUの応援よかったわけ?」
「誰かの退場劇でそれどころじゃなかったわ。あそこまで頭真っ白になったの人生で初めてだったから」
「ふぅん?」
俺は見透かしてますみたいな顔が腹立つな。あーはいはい、と告げる。見透かしてるなら言ってやろう。
「だって、辞めるかと思ったし、心配したから、ETUの応援どころじゃなかった。頭真っ白で反射的に動いたの。そもそも、蓮がいるヴィクトリーを別に応援してないわけじゃないよ。君がいるから私が応援しようがしまいが勝つじゃん。それに蓮に何かあれば手のひら翻すよ、私は」
「お前は本当に俺が好きだねぇ」
自信満々な顔で言いやがった。信じられない。何をどう受け取ったんだこいつは。言い返すために彼を見て、言い返すのはやめた。だって、あの強がりな王様が泣きそうだったからだ。肩にもたれかかるように回っていた手が頭に回る。いつもと違う髪の触り方をされる。耳元に寄せられた唇は言葉を紡ぐ。
「……ありがとうな」
その言葉に対する返答など私にはない。だから、私はいつものように悪戯っぽく笑って告げるのだ。
「……これからもよろしくの間違いじゃないの?」
そういえば、彼はキョトンとした表情を浮かべたあと、吹き出した。いつものような大袈裟な笑い方でもなく、肩をケタケタと揺らして、笑う。そっと手を離した蓮はドクターカーに乗り込むと口を開く。
「ナマエ、あの話、10番はとっとけよ、俺が着るから」
「ならさっさと怪我治しなよ、ばーか」
そう言って子供みたいに舌を出してやる。ガチャリとしまった扉に私はそのまま駐車場に向かう。スタジアムからはうるさいほどの歓声が沸いた。
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「ナマエ、持田は」
かかってきた電話に大丈夫だよ、と告げる。運転中であるがためハンズフリーでの通話だ。まだサッカーする気でいるみたい、と返せば世界のどこかにいる彼は安堵したように息を吐いた。
「代表は無理だと思うけど来年以降狙うつもりじゃないかなぁ」
「……」
「ハナちゃんには苦労かけてばっかりだねー、蓮は。何年待たせてんだ」
ははは、と笑う。笑えてなどないが。本当に神様は悪戯好きなのだろう。信号待ちである。あぁ、だめだ、とハンドルに軽くもたれかかった。
「ごめんね、ハナちゃん。私があの足の持ち主だったらよかったのにね」
「……!」
「そうしたらきっと二人で日本代表としてサッカーできたのに」
どちらにせよ、私の道はあそこで途絶えていたのだから、あの足が、故障癖が、私の足だったらよかったのに。そうしたら、他の女の子達のように二人の成功を祈ればいい話であったのに。声が震える。嗚咽がもれる。涙はポロポロと流れるだけだ。しかし、そんな声さえも切り裂くように、声が降ってくる。
「そんなことをいうな!!」
怒ったような声だ。ような、ではなく、彼は怒っているのだろう。
「ナマエだったら良かった、だなんて、俺がいうと思うのか!誰だからいいという話じゃない!!」
「でも、」
「でもじゃない!!いいか、ナマエ!俺はアイツがくるまで10番でいる!当たり前だ!俺が天才で一番うまいからだ!持田がスパイクを脱がないのであれば、絶対にそりょ、揃うんだ!」
「……ハナちゃーん」
グスグスと鼻を鳴らす。青にかわった信号に体を起き上がらせる。そこで初めて、ハナちゃんは私が泣いてることに気づいたらしい。おろおろとした声で、ナマエ、泣いてるのか!?と声がかかった。
「悪い、言いすぎた、すまない、」
「ううん、私が悪いからいいの。ありがとう。ハナちゃん、怒られてちょっと元気でた。最近さ、気が気でなかったからさ、」
「……あぁ」
「蓮が無理して怪我してサッカーやめたらどうしようって、ずっと頭のどこかにあって、なんか最近、ずっと、焦ってるように見えて、いつか怪我するって、なんとなく、おもっちゃってて、試合みにいったら、うごけなくなって、こわくて、」
「……そうか」
「私、二人と一緒にピッチに立ちたくて頑張ってるのに、蓮がいなくなったら、私がサッカー頑張ってきた意味が全部なくなっちゃうから、」
「!」
「でも、やめないで欲しいとか、いえないし、ハナちゃんにはいうなとか、いうし、ほんと、どうすればいいのかわかんなくて、ごめんね、」
息を吐いて袖で目元を拭う。はぁ、ちょっとハナちゃん相手にぶっちゃけたら楽になった、と呟いて頬を叩く。
「……色々初耳だ」
「えっ?なにが」
「……だが、いいな。三人で同じピッチに立つのか……ふふふ……10番は俺だな」
「えー、蓮が10番置いとけってうるさいしなぁ」
「今の日本代表の10番は俺だ」
「奇遇じゃん、私も日本代表の10番なんだよね」
「ぐっ!」
「さーて、蓮が代表に来るのはいつかな?それまで私とハナちゃんで不動の10番しとこうぜ」
ふふふ、と笑いながらそう告げればハナちゃんも笑ったようだった。
「あぁ、」
「約束だかんね。まだ椿くんに譲るにははやいからね」
「まて、なぜ椿なんだ。というか知り合いなのか」
「椿くん去年から推してるから。素直で可愛いから喋ってみるといいよ」
「まて、また、猫をかぶって、たぶ、たぶらかしたのか!」
「はぁ??」
「だめだ、手遅れになる前に事実を伝えねば……ナマエはただの持田だと」
「えっ、まって、ハナちゃんなにその認識!初耳なんだけど!」
「優しい言葉だけかとおもいきや、そのうち背後からズドンだ……その恐ろしさをアイツらは知らない……!」
「えっ!?ええっ!?」
ただただ降ってくる言葉に困惑していれば、ハナちゃんが声を押し殺して笑う声がする。そこでからかっているのだと気づいて、もー!と私は声を上げた。それに対してケラケラと笑ったハナちゃんに、もー!ともう一度声を上げたが、ハナちゃんは笑うだけである。それがなんだかおかしくなって、私も笑ってしまったのだけど。
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ハナちゃんが試合に出ていない。蓮のお見舞いに行きつつありゃ?と首を傾げてみていたが、結局最後まで出場せずに終わった。そうして怒涛の通話である。怒っている。いや、前ほどの剣幕ではないが怒っているらしい。こういう時は話を聞くだけで彼は満足するために話を聞きながらベッドで本をめくっていたのだが、ナマエはどう思う?と聞かれてしまった。
「うーん……ハナちゃん、あのね、ハナちゃんが天才なのは私知ってるんだけど……」
「……あぁ」
「椿くん達とプレーしてみたらいいと思うよ」
「……は?」
「あの二人は……いや……うーん、まぁ、その答えはさ、椿くんとプレーしたら出ると思うな」
「……本当か」
「私がハナちゃんに嘘ついたことある?」
「ない……騙されたことはあるが……」
「もう一回騙されたとおもってさ、一緒にやってみてよ」
そう言って本を閉じる。私達だとおもってさ、とは言わないが。
「きっと楽しいからさ」
その次の試合の後に、まぁ言おうとしたことは理解した、と通話が来たので良いだろう。ほら、と笑ってしまったのは仕方ないと思うのだ。
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蓮と私は腐れ縁がつくかもしれないが、ハナちゃんと私は幼馴染という言葉でまとまる関係である。まぁ、蓮に連れていかれた先で会ったのがハナちゃんで大人しい子だなぁ、とおもって気にかけていたら懐かれた感じではあるのだが。決して世話を焼いたわけでは……ないと思っている。ハナちゃんの家は海が近くにあるため、よく遊びに行ったのはいい思い出じゃなかろうか。そんなこんな、偶に(ユースが休みの時に)一緒に遊んだりサッカーしたのがハナちゃんであり、私と蓮が喧嘩したとき間に入ったのもハナちゃんであり、なんやかんやお互いに連絡をとったり遊んだりして今に至る。私がメンタルよいしょすることもあれば、前のようにハナちゃんがメンタルよいしょしてくれることもあるのだ。いや、恋愛についてはちょっと……話聞くだけだけど。あと、海外組は偶に連絡がくるので偶に連絡を返している。
「お前そういやさ、アイツとどうなったの?越後」
「は?なにそれ」
サッカーを見ながらそう告げた蓮はブッと吹き出した。
「越後と連絡してんの?」
「してない。越後さんの連絡先しらないし、蓮でさえ面倒くさいことに巻き込まれてるのに、あの人と関わると更に面倒くさいことに巻き込まれる気がする」
女性人気がエグいのだ。越後さんと目の前にいる持田蓮は。幼馴染だから蓮の面倒くさいのは跳ね返せるが越後さんは多分面倒くさいでおわるきがする。ケタケタと爆笑している蓮に私はは口を開く。
「でも、越後さん相変わらず顔がいいよね。岩淵くんと越後さんは会うたびに顔がいいって言ってる気がする。今日も顔がいいね!って言って去ってる」
「なにそれ!マジうけるんだけど!」
「顔がいい選手みてると顔がいいね!って言ってしまうから野球の方でも言ったら知り合い以外になんだコイツみたいな顔をされてしまったのが最近だよ」
そういえば蓮は表情を曇らせた。忙しい奴め。
「お前さ、他競技に迷惑かけんのやめたら?」
「いや、卓球とかソフトとかにはバレてるからなにも言われないし、野球もほら、長い付き合いの人は長い付き合いだから」
「だから辞めとけって。お前の評価さがんのはいいけど、俺の評価さがんだろ」
私の頭を掴んだ蓮は力を込めてくる。いたい、といっても離されない手をバシバシ叩く。しばらくしたら満足したのか手を離されたが。
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ビュアーが蓮の怪我、引退説についてのコメントを持ってくると思った。聞いてくることなくない?と思ったけどホームだったわ。なおかつ男女兼任サポーター多いし、みんな知りたいのだろう。
だから、少し、話しても良いかと思うのだ。まぁ私の機嫌はあまり良くないけどな。引退説がどうとか推測で無駄な話をしてんじゃねーよ、という気持ちである。蓮は退院したものの自宅療養中なのだ。
「……まぁ、その話は置いといて、ちょっと長いけど、昔話していい?」
そう切り出せば彼らは「は?」という顔をした。その顔は悪くない。ニコリと笑って頭をかく。「あと関係者怒らないでほしい」と付け足せば彼らはさらに変な顔をした。
「は?」
「私の人生で三つぐらい、どうしようもないからこそ悔しいことがあってね。持田選手にブスとか言われるとかそういうことはいいんだよ。あ、でも下手ははっ倒すとは思ってるけどまぁそれはおいといて。私が今までで一番悔しかったことってなんだと思う?」
そうたずねる。インタビュアーは目をパチパチと目を瞬いた。私は汗を拭いながら口を開く。
「みんなが考えるような、どこそこ戦でゴールはずした、どこそこ戦で負けたとかも次は改善して当たればいいから悔しいけども、一番悔しいことじゃない」
そう言って、やれやれと肩を竦める。
「なんかさ、私は持田選手となんやかんやそんな喧嘩したことないんだけど、一回だけ花森選手巻き込んでまじ喧嘩したことあったんだ。いやぁ、あれは花森選手に悪いことをした。その理由が唯一無二で今後拭われないだろうけども一番悔しかったこと」
「ーー理由は?」
「はははっ!いやこれほんとにね、くだんないことだと思うよ、人にとっては。だって当たり前のことだ。多くの人にとっては。だから言わない。けど、そこで私はいくつかやりたいことやらなければならないことを見つけてまぁ今ここにいるんだけど、その時たったひとつだけ夢を描いた。その夢のために私は今もいる。まぁ、回りくどい説明するけどさ、その夢には持田選手が必要なんだよ。だから、私はどっちかがスパイクを脱いだら私も脱ぐって決めてる。夢が叶わなくなるから。でも、私は来季もプレーするつもりでいる。それが質問の答え」
そう言えばサポーターが湧いた。これでいい?という言葉は完璧に消えたな。まぁ引退云々の質問に答えみたいなものだから仕方ないだろう。そう言ってひらりと手を振っあ。
「インタビューおわり!ばーい!」
苗字選手でしたーー!ありがとうございましたー!というアナウンサーに私はピースサインをする。誰だお前らもう結婚しろってヤジ飛ばしたのは。アイツの女子ファン怖いんだからやめてくれ。今回もマウント云々って言われるんだぞ。こわっ。って、私どさくさに紛れて蓮って言ったな。
着替えて外に行けば蓮がいた。ひらりと手を振った彼はまぁ相変わらずでかいな。
「なにあれ」
「うるせぇ、ビビったか。さっさとピッチに立てってプレッシャーを与えてんだ」
そう言いつつ松葉杖をついてる蓮をバシバシ殴る。なんで疲れてる私がゲームしてんのに連れて帰らにゃいかんのだ。「はっ、あんなもんプレッシャーにもならないね」と言いながら車に乗り込んだ。私は松葉杖を後部座席に入れてから運転席に乗り込む。車のエンジンを入れて、そのまま発進した。
「……あのね、蓮。私は嬉しいよ」
「なにが」
「まだ一緒にサッカーできることが」
「あっそう」
「ははは、そこだよなぁ。あっそうですますのが君だ」
私はケラケラと笑う。
「私は君のそういうところが堪らなく好きだね」
そう言いつつハンドルを切る。彼は上機嫌に窓の外を眺めたまま口を開く。
「俺もお前も物好きだよな」
なにが。そう問いかける前に、蓮が先に口を開く。
「お互いにこんな奴好きになってんだから」
その言葉に動きを止める。何かを返さなければ、と言葉をさがす。
それってどういう意味、とは言えない。その先に続く言葉が何処かこわかったからだ。車は信号でとまり、私は蓮を見る。それさえも見透かしたように、蓮は私をみて「なに?」と尋ねた。
「……いや、なんでもない」
「ふぅん?てっきり、それってどういう意味?って聞いてくるかと思った。誰かさんって、超サッカー馬鹿だし、昔っから思ってたけど、そういう考え全くなさそうだし」
そういう話は、苦手なのだと、蓮は理解しているはずなのだ。
「前に、お前からサッカーとったらなにが残んのかとかほざいてたけど」
グイッと私の首元を引っ張られる。至近距離だ。少し動けばぶつかってしまいそうな。真っ直ぐな目を向けられる。ピッチの上の彼のように、何かに飢えた表情を浮かべている。
「俺がお前の人生に残ってやるよ」
その言葉に私が返事する前に、慣れたように距離をゼロにした。
oo
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