2020/09/26
↓続き
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頭が真っ白になる。目を瞑るだとか、そういうことも考えられないくらいに。やけに優しく唇が離れれば、彼は優しく笑んでそっと髪を撫でた。
その知らない姿に私は呆然と彼をみた。いつも蓮はそんなことをしないし、表情をしない。冗談にしてはタチが悪い。信号、と言われて慌てて信号機をみる。青に変わっていた信号に私はアクセルを踏んだ。
「え……蓮、なに、え、血迷った……?」
我ながら頓珍漢な返答をしたと思う。蓮はその言葉に、ぶはっ!!と吹き出した。
「お前、ほんっと、そういうところがサイコーだよな!!普通の女は顔真っ赤にしておわるか怒んのに!!!!ひー、うける!超うける!」
ケタケタと笑う蓮に怒っていいのか、と思う。なら怒るか、と口を開こうとすれば、蓮は涙を拭った。笑いすぎたらしい。
「越後から聞いたけど、お前相手を幸せにできないから振るんだろ?」
「……何年前の話を……」
「越後が俺が幸せにするって言っても夢とサッカーの二の次になるからって断るらしいじゃん。普通の女ならころっといくのにさぁ!当時聞いて大爆笑したわ」
「うるさいぞー、くそ、越後さん黙ってると思ったのに」
はぁ、とため息をついて車のスピードを緩やかにおとす。今日はやけに信号に引っかかる日だ。運が悪い。ハンドルにもたれかかる。
「俺は別にお前を幸せにする気もないし、お前に幸せにされる気もない。ただ、お前といたら誰よりも楽。お前もだろ?」
「……そりゃまぁ否定はしないけど」
ぐう。少し体を起こして蓮をみる。何にも変わらない?と尋ねれば彼は目を瞬いた。我ながら子供のような言葉だ。だってどう対応すればいいのかわからないからである。
「何にも変わらないなら、いいよ」
気恥ずかしいから視線を前に向ける。蓮はまた吹き出して肩を揺らした。
「仕方ないねぇ、お前が夢を叶えるまではそうしてやる」
==
「いやいやいや」
ロッカーである試合後の。みんな履けた後であるが、私はロッカーにあるユニフォームをみて頭を抱えた。片付けにやってきたのか監督が私をみる。
「どうした?苗字」
「いや……えー……いや、うーん……」
私は彼を見上げる。監督は信頼できる。何せ口が固いからだ。元男子リーガーで後既婚者である。幼馴染みの奥さんは元プロテニスプレイヤーとかいうそんな人だ。ならば、この混乱を収めるために聞くのもいいかもしれない。
「蓮に、告白??された??いやあれは一種の気の迷いか??」
ハテナを浮かべながら告げる。監督がピシリと固まった。
「あ、なんか気の迷いな気がしてきたからいいや」
「いや、よくないぞ。お前はすぐにそれだな。なんて言われた」
そう言って隣に座った監督に、私はタオルに顔を押し付ける。
「蓮に、私からサッカー取ったらなにが残るかなって前に聞いてて、その時はサッカー馬鹿はサッカー馬鹿らしくサッカー馬鹿でいたら?って言われたんだけど」
「あぁ」
「昨日、お互いにこんな奴好きになるなんてとか、人生に俺が残ってやるよって言われた」
ちらりと監督をみる。監督が目を見開いて、お前それはむしろ、と口を開く。
「プロポーズだろ?」
「はぁ?」
「いやそうだな、お前は嫌いだもんな、そういう話の渦中に自分がいるの。でもそれお前話だけ聞いてたらプロポーズだぞ」
「いやでもこれ落ち込んでる蓮の絶対気の迷いって感じがしてるからそうだと思う。読モから女優からアナウンサーからひっきりなしに連絡きてるのにないない」
私の言葉に監督はため息をついた。
「お前ほんっと恋愛に興味ない奴だな。サッカー一筋、それはそれでいいとは思うが、確かにお前からサッカー取り上げたらなにも残らないだろう。マスコミも未婚独身ってうるさくなるぞ」
その言葉に私は顔をしかめる。
「男はそれで許されるくせに女は許されないこの風潮なに」
「それ妻も言ってたな。昔よりは結婚云々の話はマシになっただろうが……まぁ、持田が残ってくれるって言ってんならその言葉に甘えとけ。お前がプレイヤー引退したら持田の調整役として男子の方にって話が嫌なくらい出てんだ」
それは初耳である。はぁ、とため息をついて彼を見る。
「私は便利屋さんではないんですけどね」
「今回は進んで言ったって聞いたが。夢を叶え終わって燃え尽きるよりはマシだろ」
そう肩をすくめた監督はそのまま立ち上がった。
「まぁ、お前はどっちにしろ20年以上サッカーとあの二人に時間割いてんだから、サッカー取り上げてもその二人が残るだろうが」
「は?」
「お前はあの二人とサッカーするためにがむしゃらに走ってきてるんなら、サッカー取り上げてもあの二人が残るだろ」
「そんなもの?」
「そんなものだ」
監督はそう笑いながらロッカーを後にする。私はそれを見送ってもう一度息を吐いた。
「意味わかんないなぁ」
ため息をついてスマホをみる。ホーム画面にはただ一言「おつかれ」というメッセージが届いていた。
**
『苗字ナマエと言う人物は女子サッカー界で女王と言われる存在である。それは日本だけではなく、海外からも女王またはそれに近い名前で呼ばれている。日本の女子サッカー界を引っ張ってきた人物、というより世界の女子サッカー界をひっぱてきた人物とされている。もし性別が男であれば、同い年である持田や花森に並ぶプレイヤーになっていた。それどころかそれ以上になっていたかもしれない』
そう書かれた記事を読んで端によける。結局は苗字ナマエにつく評価のほとんどは『男であれば』と言う言葉で締められる事が多い。本人も冗談で言うからこそなのか知らないが。でも、自虐的なそれも記者がかくそれも決して許される物ではない。なぜなら、苗字ナマエの母親は大層それで気を病んだことがある。幼馴染みと同じチームでサッカーが出来ないとわかり、喧嘩したその日のことだ。泣いている苗字ナマエに彼女の母親は「ごめんね、男の子として生んであげられなくて」と告げたのだ。その光景は、今でも目に焼け付いている。
女子のユースに入った彼女は何でも一番だった。何でも出来た。その割にはつまらなそうだった。試合や練習風景を見た男子のコーチや監督が男だったらと何度も無責任に告げた。本人にも告げた。たまに休憩時間にお互いにボールを蹴ってる姿も知っている。偶に横浜のユースの少年も混じって蹴っていたりする。それどころかチームを巻き込んでサッカーしたりしている。その姿は楽しそうだったのだ。
「あの二人とサッカーするのは楽しいのか」
そう尋ねれば苗字ナマエはうなずいた。楽しいと。では女子のユースであるチームメイトは、と尋ねれば表情を曇らせた。
「ねえ、どうして一緒にサッカーをしちゃいけないの」
そう尋ねた子供に危険性を告げる。体力、体格、力、足の速さ。性別によって生じる差。それは今はそんなにないが、年を重ねるにつれ大きくなる。それを全てノートに書いた苗字はただまっすぐにこちらを見た。
「じゃあ、これを補ったら一緒にサッカーできる?」
その言葉はノーだ。本当はノーだ。恐らくあの二人はプロになる。そして苗字ナマエもプロになる。でも同じ舞台に立つことなどない。オリンピックやワールドカップ、同じ名前がついていたとしても結局は違うものだ。同じチームでなどできやしない。でも、恐らくここで馬鹿正直にノーと答えれば恐らくはサッカーをやめる。だから、「どうだかな」とごまかして告げる。
「差はそれだけじゃない、プロの世界になってくれば競技人口の差によるもの、そもそもの昔から流れのもの、プレーの質、そんな物も違う。年齢を重ねるにつれ余計に難しくなる」
「じゃあ、それを全部クリアすれば良いの?」
――いい顔をしやがる。そう思った。恐らくコイツは本気でそうするつもりなのだと理解した。ただ、あの二人と一緒にプレーするためだけにサッカーを貫くつもりだと。こんな覚悟を見せられてはもうこちらはお手上げだった。
「わかった、負けだ。付き合ってやる」
叶うかどうかは謎であるが。
「ただ、あの二人と一緒にプレーしたいなら女子の中で絶対的でいろ。誰からも羨望のまなざしで見られるスーパースターになれ。日本じゃなく世界のトップにいろ。女王であれ。話はそこからだ」
無理難題を押しつける。何処かで諦めるか、それをこなして女王様として君臨するか。どちらに転んでも良かったのであるが――まぁ、後察しのように苗字ナマエは女王として君臨している。所属するチームも、日本という存在も。それも数年になる。苗字ナマエが煽るからか、敵であってもアドバイスを送ったり仲良くするからか、女子のプレーの質は当時に比べてかなり良くなった。下手をしなくても男子二部より強い可能性がある。
「そろそろ夢を叶えさせてやるか」
――人生において、苗字ナマエからサッカーを奪ったら何が残るか。その問いは不適切だ。ただしくは、苗字ナマエの人生において「持田と花森と一緒にプレーをする」という夢を奪ったら何が残るのか。それが怖い気もしているのだ。燃え尽きはしないかと。でも、そこに何かが残るのであれば良いだろう。自分が残ると言った持田にしろ、海外にいる花森に会いに行くにしろ。誰かが残るのであれば大丈夫だ。女子のオリンピック予選、オリンピック。男子のアジア杯、男子のオリンピック。その後に協力を仰げるのであればならば恐らくはきっと。
『――苗字ナマエの原動力である夢は未だに不明のままだ。それがどういう物なのか我々は注視していきたい』
**
「あっはっはっ、うるせぇ」
おっと澄ましてたかったのにやってしまった。にこやかに吐いてしまった暴言に後悔などはないが、記者が固まった。まぁ一部私を昔から追いかけてきていた記者は平然としているが。
「男子日本代表の話とかしてないじゃん、なに勘違いしてんの。ここは、女子代表の、記者会見。なに関係ない話振ってんの?」
そう言って頬杖をつき、「ねぇ?」と伺う。
「なに関係ない話振ってんの?って聞いてるんだけど聞こえてます?」
「え、いや、あの、同じ日本代表としてですね」
「君らが求めてんのって、結局は私の口から男子の方へのバッシング出したいだけでしょ。馬鹿みたいだし、意味わかんない。こっちは勝負の世界で生きてんの。基本勝ち負けしかないの。勝った側がいるんだから負けた側もいるに決まってるでしょうが」
「しかし、国を背負って」
「そこまで無敗だったじゃん。無失点だったんだから代表としては完璧でしょ」
「最後の試合の内容は」
「はぁ?逆転したのみてなかったの?接戦で面白い試合だったじゃん。向こう側にツキが向いてただけでしょ」
「しかし、椿選手のレッドカードが」
「ーー結局聞きたいのそこなんでしょ。結局はあの場でキャプテンしてた越後さんでも、エースの花森くんでもなく、あの子をバッシングしたいだけじゃん」
眉間にシワを寄せる。
「君らの書くもの報道するもの、それって他者を揺動して傷つけることにもなるって理解してんの。私許してないよ。君ら、それで民衆揺動して私の可愛い後輩の選手生命絶ったの忘れたんだ。へぇー?あれだけ掌返して慌てて弁解してたのにね?まぁ、それが仕事だもんね」
あぁ、イライラする。広報からの視線がいたい。大人にならねばならない、と息を吐いた。
「私が言えるのは、またあの子達が代表で所属チームでサッカーしてるのをみたいよ。すごい楽しそうにプレーするからさ、花森くんも心なしか楽しそうだったんだよね。私もできるなら一緒にプレーしてみたいし、さっさと二人で花森持田コンビに追いついてほしいね。むしろさっさと10番奪ってほしいね!」
そう言って笑う。
「だいたい、私が何か言えるわけないじゃん。当時君らも世間も関心なかっただけで、私もだいぶ昔代表戦で同じことやって負けてるし」
監督が隣で頷いている。いや、当時コーチしてたからなこの人。ザワザワした周りに監督が口端をあげて笑った。
「懐かしいな、あれ、お前の方が悪手だったのにな。一発退場、ベンチにいる俺たちには弁解の余儀は一切なし」
「ねー?荒れたわー、あの後。持田には散々爆笑されて腹たったからしばらくPKの時に持田の顔面思い浮かべて蹴ってたわ。懐かしいなー。あの後あのプレーが向こうに誘われたんじゃないかって見ててくれた花森くんに言われて、それ理解した瞬間、相手に殺意湧いたもんね」
ははは、と笑いながら「いやぁ、あの頃は若かったなぁ」とおばさんみたいな発言する。結局、あの時私が代表に慣れてなかったし色々あったから誘われた。それだけだ。
「貴方達が怒る理由もまぁわかる。でもそれって裏を返せば、それだけ面白いゲームを彼らがしたってこと。あのチームは、あの監督はそれを作り上げていた。それはなににも変えられない結果だと思う。なにより私はあの子と彼らに期待してる。サッカーを楽しむやつに悪い奴はいないんだよ」
そうひらりと手を振った。会見終わりでいい?と広報さんに聞けば頷かれたのでお疲れさまでしたー、と手を振って後にした。
==
「ナマエに会いたい」
電話越しに言われた言葉に、いいよ、とかえす。彼はきっと本当はそんなこと思っていないのだ。だからいとも簡単にいいよと返事をした私に戸惑うことになる。
「って言っても11月までリーグあるし、その後になっちゃうんだけどね。流石に距離が距離だし今すぐは難しいからさ。私もハナちゃんに会いたいしね。ハナちゃんはいつぐらいに落ち着きそう?」
「……12月」
「12月の中旬からだっけ?クリスマスだ!」
「……俺がそっちに戻る方が先か」
「え、私ドイツ行きたいし、ハナちゃん帰国する前に行って……いやこれ一緒に帰ってきたら怪しまれるな?」
笑いながら「お互いいい歳だもんね」と言って笑う。彼は少し笑いをこぼしながら「そうだな」とつげた。「今更ではあるが」とも。
「ナマエ、ありがとう」
「なにが?」
「女子の会見だ。俺たちを庇うから酷い書かれた方をしただろう?」
「あぁ、気にしないで。私ああいうの嫌いなだけだから。椿くんのせいでもハナちゃんのせいでもないしね。ありゃあ椿くんは若いからなっちゃっただけだよ。名誉毀損で訴える手筈もあるし、そのまま私の過去ミス見て薄れたらいいなぁ」
そう言って笑う。マスコミっていい加減だからさ、と目を伏せた。
「あの人達、簡単に人を殺すよ。選手生命だって殺すよ。民衆誘導してさ。……ハナちゃんは椿くんとまだプレーしたいでしょ?」
「……あぁ」
「なら伝えた方がいいよ。椿君が折れないうちにさ。ハナちゃんには私の二の舞にならないでほしいよ」
「……荷が重い」
「お互い天才な上に日本の10番背負ってるから仕方ない。お互い優しいから蓮は『それ俺に関係ある?』ってことも背負ってるから仕方ない」
後ろからクッションが飛んできたが無視だ。まぁ、しばらくすれば、ハナちゃんが椿くんの連絡先知らないという事態で話は終わるのだが。
別に庇ったわけではないのであるが。たたお礼を言われるあたり庇われた認識なのだろうか。目の前で呆然としている彼でさえも謝るのだ。誤った認識である。あんまりに道でぼんやりとしてるから話を聞こうか?なんて声をかけてしまったが、これは困った。悲壮感が漂っている。彼に子供じみた缶ジュースを渡す。両手を受け取った彼は目線をあわせようとしない。
「あのね、椿くん、そういうことじゃない。君を責めるだとか庇うとかそういう話ではないよ」
そう言いつつ私はお茶を飲む。雑踏をみつめて私は口を開く?
「私は君を応援するって決めた。堺さん達にいったでしょ?調子がいい時も悪い時も試合が出てるでてない限らずに応援するって」
「でも」
でも、じゃないんだよね。と思うのだけど、余計な言葉を告げても無駄かもしれない。
「ハナちゃんが君とまたプレーしたいんだって」
「え?ハナちゃん、ですか?」
「あれ?私、ほら、君が五輪選抜選ばれた時に言ったでしょ?もしa代表に選ばれたら蓮とハナちゃんによろしくって」
「あっ……」
「思い当たる人いない?」
そう意地悪っぽく笑う。彼は目を瞬いた。
「あれ、持田の下の名前しらない?持田蓮と花森圭吾とは小学生からの付き合いで仲良いんだよ。だから蓮とハナちゃん呼び。流石に公衆の前ではそれはどうかと思うから、持田と花森くん呼びなんだけど。この前、ハナちゃんが電話してきて、君の連絡先知らないって言ってたから代わりに伝えるね。プレッシャーになるかもしれないけど」
彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「またA代表で待つものが増えてしまった。どうしてくれる。あまり持田のように待たせてくれるな」
ふふ、と笑えば彼は動きを止めた。
「蓮も同じようなこと言ってるし、まぁアイツは意地悪だから今の君には言わないけど」
「……」
「足を止めても許されると思うよ。君の一年を考えるとね。でも、君とまだプレーしたい人もいることを忘れないで。私もまだ君のプレーを見たいよ」
言いたいことは私は伝えた。ハナちゃんの分も伝えた。あとは彼次第だ。足を止めるのも、歩き出すのも、やめてしまうのも。もたれかかっていた柵から起き上がる。じゃあね、と彼に告げて近くに止めていた車に乗る。あっ、と声を上げた彼が窓に寄ってきたがそっちは蓮がいるだけだぞ。覗き込んだ彼は蓮がいたことに驚いたようだ。まぁ、ジロリと睨んだからな。
「なにあれくらいでしょげてんの?」
「え?」
「ま、次当たった時ボコボコにしてやるから待っときなよ。ナマエ、車出して」
「わかってらぁ。こちとら遅刻ぎりじゃい。じゃね、椿くん」
そう言って車を走らせる。お前ホント椿くんに甘すぎ、とつげた彼に私は「いやぁ、ハナちゃんも椿くんも素直で可愛い」といっておいた。
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