2020/10/15

↓if軸 空白 1

・if軸シリアスかただったのにズレた

もうちょっとだけでいいのだ。あと、ワンシーズン。このシーズンだけ。神様、このシーズンだけでいい。だから、頼むから、時間をください。
そう願ったところでどうしようもないのだ。そもそも医者曰く無理矢理体を動かしているに近いし、本当なら即入院すべきことだとはわかっている。わかっているのだけれど、わかりたくないというのが本音だ。フロントにも監督にも言っていないし、幼馴染みにも言っていない。でもきっとそのうち見透かされるのだ。今日の練習はなんとなく行きたくなくて、罰金覚悟で体調が悪いからと嘘をつく。昨日は病院に行くために休んだからあるいは何も言われないかもしれないが。さて、今回はぶち当たった壁があまりにも大きすぎた。残りの数ヶ月のために人生を棒に振るのか。残りの人生のためにシーズンや夢を棒に振るのか。一緒にサッカーをしたい、とこぼしても二人に無理だと答えられたことも精神的にきているのかもしれない。今日の予定を全部なくすくらいには。この年になって、私の足元が一気にぐらついたのだ。
「苗字?」
「あれ?城西さん?」
「今日は女子は練習じゃないのか?」
「休んだ」
「休んだ?」
「なんかちょっと色々あって休んだ!」
ははは、と笑う。笑えているかは分からないが。
「なんかここ最近本当に色々あって」
「……俺で良ければ話をきくが」
城西さんはそう言ってこちらを見た。私は言葉を止める。何を言おうか考えて、考えて、そうしてぽつりと言葉をはいた。
「城西さん、私、今季で引退するかも」
震える声だった。だって認めたくないからだ。彼は私を見下ろして、どうしたんだ?と優しく尋ねる。あぁ、頭がぐちゃぐちゃだ。色んな言葉が混ざって混ざって、出たのは涙ぐらいである。ギョッと私を見た城西さんは私の背中を撫でると、別の場所に行こうと私の手を引いたのだが。

「蓮に言わないで」
私はそう震える声で告げた。落ち着いた雰囲気の、まぁ、大きなホテルにある喫茶室だった。平日の朝だからか人は大していない。
「苗字?」
「今からいうこと、蓮にも誰にも言わないで」
そう願う。彼はわかった、とうなずく。それをみて、私は少し安堵した。
「最近、体調があんまり良くなかったから、病院行ったんです。そしたら、思ったより色々検査されて……」
「足か?」
「ううん、お腹の中」
そう言って、下腹部を指差す。これでおめでたなら良かったんですけどね、と言えば彼は変な顔をした。
「がんかもしれないって」
「ーーは」
「まだそうと決まったわけじゃないですけど、その可能性が高いし、本当なら昨日そのまま入院して治療を開始するべきだって言われて」
顔を下げたのは仕方がない。声が震えているのも仕方がない。
「そもそもサッカーもできなくなるかもしれない。サッカーがない人生ってなに?わけわかんない。普通の幸せを追えばいいってなに。お医者さんが思ってる普通の幸せって家庭持ってニコニコすることでしょ。摘出するから子供も産めなくなるのに無責任なこといわないで。残りの数ヶ月のシーズンのために人生を棒に振るのかって言われたけど、残りの人生のためにシーズンや期待や夢を棒に振りたくないよ」
ぐちゃぐちゃだ。全部、ぐちゃぐちゃだ。吐き出した言葉に彼はなにも言わない。しばらくして、そうか、とただ一言告げた。
「監督やフロントに相談は?」
「なにも言ってない」
「苗字はどうしたいんだ」
「まだサッカーしたいし、今シーズンは出たい」
「なら、フロントや監督に言うしかない。医者にもな。協力してくれるさ」
「……こわい」
「怖くない、大丈夫だ。俺がついて行こうか?」
そう言った彼を見上げる。ついてきて、と彼の服の端を摘んでしまったのは仕方ないのである。


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監督は動きを止めたし、フロントも顔面蒼白になった。そこから始まるどうしようの連鎖を止めたのは監督である。苗字はどうしたいんだ、と尋ねた彼に今シーズンはプレイしたいと言えば彼はわかった、とうなずいた。そして私の意思を尊重するべきだと告げた。でも他の人には言って欲しくなくて、言わないで、と言う。
「ここにいる人達しか知らないから、誰にも言わないで」
「持田も知らないのか?」
「知らない。城西さんがたまたまあって、話を聞いてくれただけ。言わないで。誰にも。言ったら殺す」
はっきりとそう告げる。お願いだから、言わないで。

==

夢を叶えさせてやる。そう監督が珍しく私のに真っ直ぐな目でそう告げた。お前の現役最後の日に夢を叶えさせてやるから大人しくしておけ、と。だんだんと悪くなる体調に、蓮がいい加減気づき始めている。どうしたのかは聞いてこないが。ハナちゃんもまた私が試合をフルじゃなくて途中出場とか途中でいなくなるのをみて何かあったかと心配している。チームメイトはただ私の調子が悪いのだと思っていると思う。そんな中での一コマだった。
「もー無理だって、諦めてんの、こっちは」
タオルを被ってそう告げる。彼はただ「叶えさせてやる」と告げて後にした。


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「お前どうしたの?」
そうぶっきらぼうに尋ねた蓮に、どうもしないよ、と告げる。会った時に痩せたか?と尋ねたハナちゃんに失礼だよ、と告げる。大丈夫だよ、気にしないで、と言う様はなにも変わらない。日に日にやっぱり何かあるという蓮に、ハナちゃんに、私は苦笑いをするしかないのだ。それは今日も同じである。
ただ、私はこのゲームを最後に引退しなければならないし、おそらくはピッチに立てたとしても何年後かわからない。このあとはそのまま病院に行って入院するわけだし。神様に今日だけこの試合の間だけは好調にしてほしいと毎日願掛けしたからか体は嘘のように軽かった。いつものように代表の後輩や同年代と話し、いつかのようにピッチに立った。がんばれ、90分だけだから。二人においつけ。90分。できる、やれる。そう息を吐いて、ピッチを見上げた。

あ、これ、やばい。そう思ったのは後半のアディショナルタイムの時だ。ハナちゃんに向かって蹴ったボールは綺麗にハナちゃんの元に収まり、ハナちゃんからのパスで蓮がゴールを決めた。ぐわんぐわんと回り出した世界に、今日だけだからと頬を叩く。
「後もうちょっと、がんばれ私」
そうぼやいた私を誰かが見ているだなんて、知らない。

聞いてないときっと怒るのだろう。でも、それでもいいのだ。私は今シーズンで一度ピッチから去ると告げる。騒然となった周りに、彼らに、彼女らに、私は笑うのだ。理由は言わない。言ってやるか。誰が感動ポルノなんかになってやるか。お涙頂戴の物語になってやるか。理由は、と尋ねられて、まぁ、クイーン候補がいろんな場所にもういるしさ、だなんて告げて笑う。
「知らないの?女は秘密を着飾るものなんだよ。まぁ、サポーターにいうなら、私の夢は最後の最後でちゃんと叶ったから、ありがとう」
そう言ってインタビューを終える。聞いてないよ、聞いてないです、そう言った周りと、痛いほど突き刺さる視線に私は手を振って先にロッカーに引っ込んだ。途中で手をついたのは仕方がない。持った。この一試合だけは持たせた。めまいがする。監督やフロントマネージャーが飛んできて、私の手を引いて誘導する。詳しい話なども出来ず、スタッフをかきわけて私を連れた彼らは移動する。そのまま裏口に止められた車に私は乗せられた。

そこからの記憶はぼんやりしている。ただ、はっきりしているのが夢だけで、真っ白な空間に誰か知らない人がいた。私のことはどうでもいいから蓮の足をどうにかしろよとげしげし言えば頷かれたのだが、どうやらそういうことらしい。意識がはっきりとしたとき医者から小言に合わせて言われたのは私の足に転移してる珍しい形だったよ、ということだ。ショックを受けた両親には悪いが、もうここまできたらこちらはあきらめがついている。
「28年連れ添った相棒にサヨナラバイバイするね」
そう脚をさすりながらカラカラと笑えば城西さんが変な顔をした。監督達、一部のフロント、家族。城西さんはそれ以外で唯一私がいる場所を知っている人だ。抜け落ちた髪の毛はもう気にしていない。世間的な私の扱いは失踪らしい。フロントも私の言葉に納得してちゃんとしたコメントを出してないから余計だろう。彼はピシリと動きをとめた。そうしてしぼりだすように、「足か?」と尋ねてくる。
「うん。足だけ移っちゃってたらしい。切断するって」
そう言って笑う。吹っ切れちゃった、と。
「そのかわり、まぁ夢の中で神様なんだからなんだか知らないけど蓮の足よろしくって言ったから多分来シーズンから調子がいいと思う。あ、蓮に怒られるから言わないでね」
「アイツも探してるぞ。最近俺を疑ってるからな」
「ふはは、勘がいいのか城西さんがとちったかのどっちかじゃない?」
ケラケラと笑いながら告げる。彼はホッと息を吐いて私をみた。
「未練はないよ。だって、夢が叶ったしね」
「だが、」
「……みてみて、城西さん」
そう言って窓の外を指をさす。窓を閉めてるから声は聞こえないだろうが。城西さんが窓の外を見た。
「あれ、アンプティサッカーって言うんだけどね。この病院のグランド借りて練習してるチームがあって、一緒にやらないか?って誘われてる。だから、手術して回復したらあのサッカーするって決めた。パラリンピックの競技にはなってないんだけどね、やりたいしやる。もうだから悲劇的な考えとはおさらばってきめた」
ケラケラと笑う。だから、だ。
「だから、もう蓮とハナちゃんにちゃんと話すし、広報を通じて発表させる。逃げるのやめた」
私の言葉に彼は窓の外から私に視線をうつした。彼とのおかしな共犯生活は終わりだ。私は彼にありがとうと告げる。
「城西さんのおかげで踏ん張れたよ」
「……力になれたのならよかった」

==

どのタイミングで言うべきか。代表の親善試合で二人は揃うのは確かだ。しかしながら、どのタイミングで言うべきか。そう考える。連れてきていいよ、と言った苗字であるが、どうつれていけと言うのか。自分で言えばいいのにとは思うが、まぁ、スマホの電源を常に落としているらしいので仕方ないのかもしれないが。シロニシ?と首を傾げた監督に、いえ、と首を左右に振る。余計な事は言わない方がいいし考えない方がいいのはわかっている、が。
「苗字のことをいつ言うのが正解だと監督は思いますか?」
苗字の話を聞くに、この監督も知っているらしい。だからあの少し変わった男女混合のゲームができたんだろう。監督は一度こちらをみてそしてまた練習風景をみた。
「あぁ、そうか、君は女王様の行方を知ってるんだったね。彼女は元気かな?」
「最近元気ですよ。回復したらアンプティサッカーするって意気込んでます」
「……アンプティサッカーだって?」
知っているらしい。こちらは彼女に聞くまで知らなかったのであるが。
「運がいいのか悪いのか、移転してたみたいです。今からやるって意気込んでますよ」
そういえば彼は目をパチパチと瞬いて、彼女ならすぐにスター選手になるだろうね、とつげた。それも想像がつく。
「それで、ハナモリとモチダに言ってもいいってなったんだね?」
「そうですね、ただ、向こうがなんで反応するかわからないので」
彼は「なら僕に任せておいてよ」と告げた。嫌な予感はするが、まぁ、なんとかなるのだろう。


試合が始まる時だ。モチダ、ハナモリ、と彼ら二人に声をかけた監督はいつものように飄々として口を開く。
「君たちのとった点数によっては女王様の居場所を教えてもいいよ」
その言葉に二人はピシリと動きを止めて、は?と口を開く。
「僕実は彼女の居場所をこっそり知っててね。まぁー、海外じゃ僕しか知らないだろうけど、国内で数人は知ってるだけだしね」
「はぁ?なんでお前が知ってんの?」
「決まってるだろう?彼女の夢を後押ししたからさ。さて、教えてもいいんだけど、彼女、わがままだからさ。リードがないと会いたくないんだって」
いけいけしゃあしゃあと嘘をつく。花森はぶつぶつと何かいい、持田の顔を見るに本心からなぜ知ってるのかと言う顔をしている。二人以外も苗字のことを気にかけていたからか、目を瞬いた。
「だから、少なくとも二点はリードしないとね?」




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