2020/10/15

タイトル未定 4

「お前親に携帯逆パカされたって聞いたけどマジ?」
そう笑いを堪えて尋ねてきた持田蓮に、私はマジマジーという。しばらくはビジネスホテルにお泊まりである。家に帰ってはダメらしい。母親逮捕されてないの?と思うが私が被害届出してないからだろうか。とりあえず逃げろとおじと先生と父親に匿われてビジネスホテルだったのだが、飲み会に誘われて今だ。いつのまにか古谷さんの彼女に上り詰めた友人が私をみた。
「また何かあったの?アンタ大変だもんね、昔から」
「いやー、今回ばっかはやばいかもしれない」
そう言いつつジュースを眺める。ええい、周りは興味を持つな!祝いの席で話すような内容ではないのだ。やめろ。
「何があったの?」
「うーん?まぁ今回のは流石にこんな場所で喋るようなことじゃないや」
「何があったの?」
「あれ?私の話聞いてない??」
ガシリと肩を掴んだ彼女にそう笑いながら背中を叩く。大丈夫だよと言っても彼女は納得しないのだろうが。
「私が大丈夫って言ってる間は大丈夫だから心配しなくていいよ」
「アンタさー、ホントさー、そういうとこなのよ」
コイツよってやがる。そう思いながら古谷選手をみる。お引き取りください。古谷選手は私をみて首を振る。おい、彼氏!どうにかしろ!職務を全うしろ。
「あと、アンタ、大学のコンクール出なかったって聞いたわよ。どういうことよ」
「あー、それ聞いちゃう?起きたら日付け飛び変えてたんだよね。面白くない?」
はははと笑いながらそう言う。起きたら、日付けが、変わってた。そう繰り返した周りに、誰かが「いや代表戦並みに大事って言ってなかった?」と告げた。いやー、目が覚めた時のこと思い出したら笑けてきたな。ケラケラ笑っていれば圭悟くんがあわあわしてる。友人に至っては私が持田くんタイプって言ったでしょ?と言われた。持田蓮がは?といった。私はグラスを見つめる。
「いやー、その日の為に手塩にかけられて育てられたはずなんだけどねー、まさかあんなことになるとはねー」
あ、これ私酔ってる。そう思いながら頬杖をつく。そして友人が私をみた。
「ま、あの人がそうしてこうなったんだからーー」
「あーー!主席じゃんかーーー!!」
あれ。個室のはずなのだけども。そちらを見ればうむ大学の子である。その声になんだなんだと大学の子がやってきた。やめろ、くんな。その面子だと面倒くさい奴がいる。
「苗字ーー!お前何コンクール欠席してんだー!お前がいない場所での主席なぞ真の主席じゃないわ!」
「うん、私出ないとやっぱ君が取るのか。おめでとう。そして私の休みを邪魔しないで欲しい。散れ」
「いやホント主席なんかあったの?主席高熱出ても体調マイナスでもコンクールで一番かっさらう人じゃん」
「母親と口論の末背後から殴られ、目が覚めたらコンクールの日飛び越えて病院だっただけだから、散れ」
こちらに向いた視線にグラスをカラカラ回しながら口を開く。私は口元に綺麗な笑みを浮かべる。
「ま、嘘なんだけど」
「嘘!?」
「目が覚めたら病院だったのは本当。貧血かなんかで倒れたんだと思う。あと、今はほんっとに学校関係ない集まりだから散ってほしい。個室だし、他の人に迷惑だから」
「なら納得いく理由をくれ。昔からあれだけ体調不良の中コンクールの賞とってるんだ。今更貧血如きでお前がコンクールから姿を消すわけがないだろう。ピアノ弾いたあと倒れるとかザラにあったじゃないか」
周りに失礼しますと頭を下げてから正座を決めた彼に、周りがどうぞどうぞと席を譲った。私はため息をついて彼を見上げる。
「昔から思ってたんだけどさー……いい加減にしないと君は永遠に私の幻影に苦しむことになるよ」
「は?」
「私を追いかけるなんて辞めなよ。私を追いかけても何の意味もないんだから」
「お前はずっと一番だった。今までも下手をしたらこれからもな。お前にみたいに俺は弾きたいし、お前のようになりたい」
その言葉にため息をつく。
「じゃあ君と私の差って何?」
「……そんなものはない」
「才能」
「次席と主席は才能が違う」
「次席は努力家なんだけどなぁ」
そう言った周りにケラケラと笑う。あぁ、おかしい。才能才能ってすぐそれだ。だから、私は冷めた目で彼らを見る。
「それ、本気で言ってんの?」
「え」
「みーんな昔から才能才能ってさ、ばっかじゃないの。あの大学にいる時点で君らは才能はあるんだよ。次席でいる時点で彼にも才能はあるんだよ」
「私達とはほら才能のレベルが違う」
「馬鹿なこと言わないで。私は物心ついた時からピアノばっかだった。学校、病院、ピアノ以外は何にも与えられなかったら嫌でも私みたいになるんだよ。好きなことをすることも友達と遊ぶことも許されず、次はあの賞だとか、次は有名なピアニストとの共演だとか、分刻みの練習スケジュールだとかそう言うことを子供のころからこなせば誰でも私みたいになるんだよ」
まぁそういえば彼らは顔を青くするとは理解しているが。教育ママで済む話ではないのだ。
「私は、次席よりピアノに関わった時間が少し長い。次席と私の差はたったそれだけ。逆に私は次席の方が上手だと思う」
「からかうな」
「からかってないよ。だって君、ピアノを凄い楽しそうに弾くじゃん。そう言う人の方がなんでも結局は上手くなるはずなんだよ。だから、私より次席の方が絶対上手い」
「だが……」
「君は私になれないし、私の模倣もできない。私も君の模倣はできない。だって君は私と違ってピアノが大好きなんだから。君は周りに何を言われようと君のスタイルを貫けばいい。審査員なんて見下してしまえ。私より俺を見ろと思いなよ。私は私をなぞってる最近の君の音より、君自身が弾いてる昔からの君の音が好きだよ」
真面目にそう返してグラスの中身を飲み干す。次席が混乱したようにしばらく動きを止めたので、さっさとピアノの森にお帰りと促せば、コンクール欠席の理由になってない!と他に騒がれたが。
「いやだから……あーもう面倒くさいな、君ら。本当に目が覚めたら病院だったんだってば。散れ。あと私多分もう学校行かないから。詳しい理由は教授からお聞きください。それでは、ご機嫌よう、みなさま、アディオス!」
そう言いながら周りをポイポイ追い出して個室を区切る障子を閉める。ギャーギャー騒ぐ声がうるさい。そのまま店から摘み出されてしまえ。はぁ、と息を吐いて圭悟くんの腕にもたれる。圭悟くんは固まったけど、許して欲しい。おいこら友人、だからナマエは持田くん似でしょ?とか言うんじゃない。私は似てないし、似てたとしてもあっちよりマイルドだから。
「というか体調は大丈夫なのか?病院云々って言ってたけど」
「まぁ、怪我だけなので体調的には大丈夫です。全く問題なし」
少し持ち直したので圭悟くんの腕をぽんぽんとしてからちゃんと座る。
「はー、やだやだ、私のつまんない話題は終わりにして違う話しよう」

==

「ハナと住んだらいいじゃん」
「いやいや、圭悟くんにそこまで迷惑をかけることは……」
「じゃあ俺の家に住む?」
「だから調子に乗るなよ持田蓮」
飲み会の最中に何度か言った台詞である。持田選手はカラカラと笑っているが、圭悟くんがジト目だ。これ見よがしに私と持田選手の間に入って持田選手を睨んでいる。ちょっと可愛すぎないか。持田選手は爆笑してるけど。
「持田、俺たちはこっちだぞ」
「おっとそうだった。じゃあなー、ハナ」
そう言って立ち止まって彼は綺麗な笑みを浮かべる。
「じゃあな、ナマエも」
その景色がいつかの彼に似ていて、私は目を伏せて手を振った。
「またがあるか知らないですけどねー、ね?圭悟くん」
「ない。もう、ない、絶対に」
睨んだ彼は私の手を引いて歩き出す。私は一、二歩、駆けてとなりに追いつく。
「圭悟くん怒ってる?」
そう尋ねれば彼は私を見下ろした。ふむ、怒ってるらしい。怒ってない、とぶっきらぼうに告げた彼はご丁寧に私の家へ送ってくれるらしい。でも、しかしだ。
「あのね、圭悟くん。ちょっとだけ弱音はいていい?」
「……ああ」
「……実はね、携帯こわれちゃった時さ、私、母親と喧嘩したんだよね。口論になって、もう面倒だから話を切り上げて、私が楽譜とか整理してたらさ、後ろから殴られちゃって、目が覚めたら病院でさ。今、おじさんや父親が逃げさないって言って家に帰れないんだ。大学も今すぐやめることになるかも」
ははは、と笑いながら告げる。彼は足を止めて私を見下ろした。私は笑えていないので足元をみる。
「ほんと、何を間違えちゃったんだろう。私の何がいけなかったんだろう」
声が震える。手が震える。何か。何か他の手が、他の結末があったのではないか。あぁ、いけない。彼に、心配されてしまう。
「私もあの子達みたいに、楽しくピアノを弾けたらいいのに」
それができたらきっと今の私は幸せなのだろう。
私が望むのは大それたことじゃないのだ。ただ、あの芝生の上でサッカーをしたい。ただ、楽しくピアノを弾きたい。あの一人きりの舞台なんかではなく。そういう小さな幸せが私は欲しいのだ。小さく満たされるような。
「……い、今は無理でもいつかは弾けると思う。俺が、そばに、いるから」
そう言った圭悟くんを見上げる。彼は照れを隠すようにまた足を、彼の家に進める。
「幸せに、なれば、きっと弾けるだろう」
彼の言葉に私は嬉しくなった。また2、3歩かけて彼の隣に並ぶ。彼は私の歩幅に合わせた。私は彼を見上げる。
「ありがとう、圭悟くん」
「……べ、別に」
「ねぇ、さっき持田選手が言ってたけど」
「なんだ」
「迷惑じゃなかったら圭悟くんの家に住んでいい?ドイツに行くまで私ビジネスホテル住まいになっちゃうんだよね。家事は任せてくれればいいし、ちゃんとアルバイトは探すからさ」
そう尋ねれば彼はちょっと目を輝かせた。可愛いかよ。
「そ、そういう理由にゃら、し、仕方ない、な」
噛んだ、と思いながらふふふと笑う。ありがとう、嬉しい、と返せば彼はまた前を向いた。




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