2020/10/15
タイトル未定 6
なんでお前ら結婚しないの?
そう尋ねた持田蓮に私は動きを止めた。いきなり尋ねてきたかと思えば、ドカドカとソファに座った彼は少しいつもと違う気がする。ちなみに、圭悟くんは結婚するつもりがある。私もできればそうでありたいと思っている。でも、結局は私は彼に見透かされている。
「ねぇ、なんで?仲良さそうじゃん」
「……やっぱり見透かされてたかぁ」
そう力を抜いて笑う。キープしてんの?と聞いてきた彼にそうではないよ、と首を左右に振る。私はなんでもないように食器を片付けながら告げる。
「私だってずっと圭悟くんのそばにいたいよ。でも、ほら、私ってすっごい欠陥品だからさ、」
「欠陥品?」
「親ともうまくいってないし、私が家族を持っても、お母さんが私にしたことをしちゃうかもしれないし、」
怖いのだ、親と同じことをするかもしれない。欠陥品の私と一緒になることで、彼に被害が出るかもしれない。それがたまらなく怖いのだ。
「圭悟くんを、幸せにできない、気がする」
私の発言に持田蓮は爆笑した。なんだ、私は結構真面目なんだぞ、とかれをみた。
「ハナを幸せにできないって、大それたこと言うねぇ。アイツ結構幸せそうにしてるみたいに見えんだけど」
はぁ、笑ったと彼は私をみる。もちろん、そこに笑みなどない。
「お前、何、今幸せじゃないの?」
「……しあわせ」
それは断言できる。私は圭悟くんといて、幸せなのだ。私の言葉に彼はため息をついて、口元に笑みを浮かべた。珍しく、柔らかな。
「じゃあその幸せにしがみ付いてりゃいいじゃん。俺ならまだしもハナなら振り落としていかないだろ」
「……」
「第一、他人の言うことなんて無視すりゃいいじゃんって、お前が俺に言った言葉だろ」
それ、この世界の蓮に言ったっけ。彼をみる。彼はフハッと息を吐いた。
「何その顔」
「持田蓮?」
「なんでフルネームなんだよ」
彼はカラカラとそう言って笑った。可笑しい。だって、この世界の彼はいつも持田蓮と私が呼んでるから違和感などないはずなのだ。
「蓮?」
「なに」
「……夢?」
「……夢だろ。だってお前もういないじゃん」
そう言った彼は私をみる。
「他のやつにやるのは夢でも気に食わないけど、まぁハナならまだ許せるか」
「……」
「なぁ、お前って、結局俺と一緒にいて幸せだったわけ?」
彼はそう尋ねて、夢のお前に聞いても意味がないか、と自嘲するように告げた。
「……幸せだったよ」
そう笑う。彼は目を瞬いた。
「あの時も、たしかに私は幸せだったよ。とても、とってもね」
たまらないくらい幸せだった。サッカーもできて、親もあんな風ではなくて、家族がいて、仲間がいて。私でない私はたしかに幸せだった。それはとても。今が小さな幸福をつなぎ合わせた先にいるとしたら、彼女は正に大きな幸福に包まれていたのだ。その多くはもう失われているけれども。それでも今まで頑張ってこれたのはきっとその幸せの記憶があったからだろう。
「蓮は幸せだったの?」
そう尋ねた声は今の私の声ではない。私ではない私の声だ。彼はただ一言、ばーか、と告げる。そして私の視界は第三者の視界にかわる。私ではない私がそこにいる。そこでようやくこれは夢だと理解した。
ユニフォームをきた私ではない私は、いつのまにかユニフォームをきた彼と圭悟くんではない圭悟くんがいるスタジアムの歓声の中に消えていく。振り返った彼女はただ一言、君も幸せになっていいんだよ、と告げる。同じく立ち止まった彼は、ひらりと手を振った。そっちのハナにもーー。
世界が暗転する。パチリと目を開けば、心配そうな表情をした圭悟くんが私を見下ろしていた。どうやら圭悟くんの帰りを待っている間にうたた寝をしていたらしい。
「……大丈夫か?」
「うん、ちょっとうたた寝してたみたい。ご飯あっためる」
「俺がする」
「圭悟くん疲れてるでしょ」
「これくらいは大丈夫だ」
そう言ってキッチンに向かった彼の背中を私は見つめる。
「……圭悟くんは私といて幸せ?」
私の発言に彼は驚いたように振り向いた。何を当たり前のことを、とぼやいた彼に、私はそっか、と笑う。
「よかった」
「……なにもよくないぞ」
「よかったよ。私も圭悟くんと一緒にいて幸せだからさ、独りよがりだったらどうしようかなって」
彼はコンロの火を止めた。そして早足でこちらに来ると隣に座る。
「……ナマエは俺といて幸せなのか」
「うん。幸せ」
「……そうか」
とても嬉しそうな表情で彼は私をみた。だから、私はその一歩先をすすむ。だって彼を散々私は待たせたのだ。だから私は彼の手を取って微笑むのだ。
「これからも圭悟くんがずっと一緒にいてくれたら、もっと幸せ」
私の言葉に、彼は目を丸くした。そして視線をそらして何かに葛藤したあと、私を見下ろした。
「な、ナマエ」
「なに?」
「お、おれと、け、結婚してくれるか?」
今より幸せにするから。どこか緊張したような彼の言葉に私は笑う。
「こんな私でいいのであれば」
その返答に彼は私を抱きしめた。鼻をぐすぐすさせている彼に、泣いてる?と聞けば彼は「泣いてなどいない」と離さないままそう告げた。
「あのね、圭悟くん」
「……なんだ」
「私の準備ができるまで、辛抱強くまっててくれて、ありがとう。おまたせしました」
「……まつのには、多少は、なれてる。誰かのせいでな。……でも、まさか、六年待つとは思わなかった」
「うん。ごめんね。これからも待たせるかも」
「……別にいい……待つ……」
「ありがとう」
へにゃり、と少し彼から離れて笑う。やっぱり圭悟くんは泣いてるじゃないか。ふふ、と笑えば彼はまた私を抱きしめたのであるが。
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婚約しました。そう海外組に言えば、周りがやっとかー!!と叫んだ。うるせぇ。他の客の視線がこちらに向いたわ。ジョーさんが圭悟くんの背中をバシバシ叩く。
「いやー、長かったなー!ハナ!」
「ほんまやで。何年前やっけ?プロポーズしたいって言ってたん」
「毎年毎年こっちから聞いてんのに今年はまだしないだったからな」
「ハナはヘタレだからなー、仕方ない。で、なんて結局何て言ったの?今後参考にするから教えてくんない?」
持田蓮が爆笑しながらそう尋ねる。誰が教えるか、とモゴモゴ告げた彼に持田蓮は遠慮なく背中をバシバシたたいて「減るもんじゃないからいいじゃん」と言った。ジョーさんがめでたいとエールを仰ぎながら圭悟くんをみた。
「というか今まで切り出せなかったのになんでまた切り出せたんだ?」
「……ナマエが……」
「あねさんが?」
「ナマエに聞いた方が早いだろ。なんか言ったのか?」
「私は圭悟くんといたら幸せだから、これからも一緒にいてくれたらもっと幸せって言った」
ふふん、と私も上機嫌でソーセージをかじる。まぁ私はそのままアレックんに頭をぐしゃぐしゃにされるのであるが。
==
久しぶりの日本であることは間違いない。あれ以降逃げ出すようにずっとドイツにいた。母親との音信は完璧に途切れたままなのだ。殺されたかけたのだから別に結婚式に呼ばなくてもよかろう。普通であった父親には悪いけども、私は二人を結婚式に呼べない。そそれはドイツに行く前、父親が口酸っぱく私に言い聞かせた最後の言葉だ。おじさん夫婦(と言えばいいのかわからないがあの教授とおじさん)には流石に伝えるべきなのかも知れない。圭悟くんのご両親には圭悟くんがやんわりと私の事情を話してくれていたらしく、昨日会った時はよくしてくれた。まぁ今回は圭悟くんのご両親に挨拶するための帰国である。他に行くとこあるっけ?と聞けば彼も特にないらしく、ナマエの好きにしたらいいと言われた。それ一番困るやつだ。
「じゃあさー、昔バイトしてたETU行きたい」
「ぐ……しかたないな」
そう言った圭悟くんは車の扉をあけた。
「ゆりちゃーん、久しぶりー」
見かけた姿に手を振る。パチパチとめを瞬いた有里ちゃんは「あー!」と叫んだ。選手とか周りがびっくりするからやめなさい。
「ナマエ!?もしかしなくても、ナマエ!?」
「うんうん、ナマエさんですよー」
「久しぶりー!びっくりしたー!」
そうハグした彼女に私もハグを返す。まぁそのまま騒いだ彼女が当時からいる会長やらに声をかけたが、ただの一年しかいなかったバイトにそんな記憶はなかろうて、と思っていたが結構みんな覚えてた。いやいや、何年前の話だとおもってんの??
「ナマエさん、どう?またETUで働かない?」
「ははは、そうしたいのは山々だけど、まだドイツに住んでるからなぁ。今は一時帰国してるだけだし」
「向こうでもサッカーの仕事を?」
「うーん、三年くらいはしてたんだけど、倒れたから辞めたというか……倒れたから辞めさせられたというか……でもたまに手伝いはしてる」
「生活は大丈夫なのか?」
「ピアノバーで荒稼ぎしたりしてたけど、同居人に止めろって言われて今はおとなしくしてます」
はははと笑いながら告げる。なんだなんだと顔を出した選手達をみて、私はニコニコしてしまった。
「今年のETUのサッカー、すごくみてて楽しいから好きだよ」
「なんかナマエさんがそう言ってくれると嬉しいわ」
「特に椿選手はさ、すごい楽しそうにサッカーするよね。代表の時もずっと楽しそうだったし、また代表でサッカーしてくれないかな。窪田選手と代表でサッカーしてるとこ、私は見たいよ。あのまま行けば次は彼らの世代でしょ」
そういえばなんか有里ちゃんに抱きつかれたけどなんでだ。もしかして結構叩かれてた?日本のマスコミの報道基本見てないからなぁ。圭悟くんも好きじゃないからね。
「ナマエさんやっぱりETUで働かない?」
「うーん働きたいけど無理かなぁ。このまま専業主婦コースにつきそう」
「えっ、うそ、結婚するの?」
「うん。相手の両親に挨拶するために帰国してるだけなんですよ」
「それはめでたいなぁ」
「ってことは日本人か」
「はい。あ、相手はもちろんサッカー好きな人ですよ!多分私よりサッカーが好き!」
「それはいいのか……?」
先程まで黙って聞いていた男性ーー恐らくは後藤gmが苦笑いした。
「連れてきたらよかったのに」
「いるんですけどね、駐車場で待ってるって聞かなかったんですよ」
「それってホントにサッカー好きなの?」
「いやー、多分、気恥ずかしいだけなんじゃないですか?私は会いに行こうって言ったんですよ」
そう言いつつ近くを通った椿選手にひらりと手を振る。
「ハーイ、椿選手、どう、お姉さんとお茶しない?」
「えっ!?」
「ナマエさーーん!!アンタ婚約者いるんでしょー!!」
有里ちゃんにグラグラ揺らされる。ベテラン組が私に気づいて苗字か苗字だみたいな感じで椿くんを引きずってくるのだが。そこで気づく。
「はっ!全員のサインもらえるチャンスだしu22陣のサインもらえるチャンスでは!!」
「相変わらず騒がしい奴だなお前は」
「確か海外行ってたんだよな?なに、またETUで働くの?」
「諸事情により一時帰国でーす」
「彼氏と一緒に結婚の挨拶に行くために帰ってきたんだって」
「へぇー結婚すんだ、おめでとう」
「ほんと、専業主婦するくらいならうちで働けばいいのに」
有里ちゃんの台詞に私はケラケラ笑う。椿くんが私をみて何か目をパチパチしている。
「どした?椿」
「いや、どっかで見たことあるなって……」
「あははは、ほんと?それ多分人伝だ。ピアノやってる人が身近にいたか、私の知人にあったかじゃない?私は君とはじめましてだよ。テレビで活躍は見てるけど」
そう手を差し出せば彼は握手を応じてくれる。
「君のサッカーは見てて楽しくなるから私は好きだよ。君が出たら周りを巻き込んで楽しくなるからね。また窪田くんとA代表でプレーしてね」
そういえば彼は動きを止めた。彼以外も動きを止めた。私は気にしないように口を開く。
「どういう形で終わっかはさておき、何はともあれ楽しそうだったけど、違うのかな?持田選手とか花森選手とか……窪田くんとサッカーするの」
「……違うく、ないです」
「ふふ、なら、君は大丈夫」
「えっ」
「楽しいって答えれるなら君は大丈夫。その次にどんな言葉が続いてもね。まぁ人間ミスはつきものだよ。カバーなんてエース二人とか城西選手とかが勝手にやってくれるって」
はははと笑いながら彼の手を振る。現に君の重大なミス、持田選手止めてくれたでしょ?と聞けば彼は余計固まったが。
「大丈夫、今はあの二人とか先輩に甘えてもいいと思うよ。だってあの二人は経験がすごいあって、君には経験ほとんどないんだからさ」
まぁ、完璧にサッカーやってない外野の言う言葉なんだけどね!と彼の手を離し、背中を叩く。うーむ、辛気臭い顔である。
「……あの試合でさ、花森選手や持田選手に怒られたことをさ、ひきめに感じてるのか、あれで自分があそこでプレーする資格はないと思ってるのかわかんないけど。これだけは言っとくよ」
そう言って彼から手を離す。周りの視線が私に向いた。
「二人は気にしてないよ。部外者の私だけど、それは保証できるかな。だって二人とも君達とサッカーしてるのは楽しそうだったから。あの二人は絶対素直に言わないだろうけど、あの二人も、海外組も、君とサッカーやってるの楽しみにしてる。だからまた窪田くんと一緒に走っておいで。まぁ、待ってはくれないからなるべく早くね」
もう一度彼の背中を叩く。目をまん丸にした彼は「うす!」と頷いた。素直で大変よろしい。まぁ、なんでそんなこと言えるのかと赤崎くんに突っ込まれるのだが。
「いやー、ドイツにいるとね、まぁ色々あるんだよね」
「なにそれ」
はははと笑っていれば椿くんが動きを止めた。「あっ……えっ……」とあわあわしている彼に私はそろそろ退散するかー、と笑った。
「そろそろ移動するか。またね、有里ちゃん。会長も選手も監督もお騒がせしました。ETUは来季もタイトルとってくださいね!」
そうひらひらと手を振って歩き出す。まぁ、その途中で椿くんは叫ぶのであるが。
「花森さんによろしく言っておいてください!!」
私はその言葉にもう一度手を振っておいた。
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