2018/02/01

↓断片 それは出会いか別離か再会か 二


「……疲れた」
そうぼやいた館長に、俺たちは首をかしげる。談話室を掃除してたんですよ、と言った彼女は大きく伸びをした。
「談話室?」
「ええ」
「そんなものがあったのか」
ふむ、と考えた菊池に彼女は手招く。何かが額に入っているが、埃が被って見づらい。彼女がそっと手でその埃を拭う。そこには館内の見取り図が書かれていた。
「おっと、間違えたこれは来客ようでした」
そう言った彼女はまたカウンターを探る。俺たちが見取り図を見れば、なんの本がどの辺りにあるのか、ということが書かれているのが見えた。やはりその本の多さに圧倒されていれば、彼女は「あった」と別のものを取り出す。もう一度拭ったそこには、施設全体の説明が書かれていた。
「やっぱり広いね。談話室は……端かな?」
「へぇ、食堂もあるのか」
「この前アンタが言ってた寮はこっちか」
そう俺が指差せば、彼女は頷いた。
「寮って大きいのか?」
「職員が暮らしてたくらいだから広いよ」
「館長はここに住んでるのか?」
「そうですね」
「僕も住みたい」
「どうぞ。ただ、貴方達からすればかなり不便だと思いますよ。生活様式が百年以上違いますし」
彼女の言葉に俺たちは目を見合わせた。たしかに、ここにあるのは古いものばかりである。だから、恐らくは寮もそうなんだろう。
「僕は気にしないよ」
「まて、龍。百年だぞ?俺たちが当たり前に使ってるホログラムラップトップがないんだぞ」
「うわぁ、SF」
「うわぁって、アンタな……」
「ここにあるのはアナログです。紙、本、ペン、インク」
「なんだかワクワクして来るね」
芥川の言葉に内心同意する。それは多くが失われたものだ。
「あぁ、でもたまに来る知人がやれ古いだのやれ時代遅れだこれだからババアは、と、一部に何かしてましたね」
「ババアってアンタそこまで年取ってないだろう?」
そう首を傾げた俺に彼女は目を瞬いた。なんだその反応は。
「……私は昔からこの生活なので慣れてますが貴方達は違いますから不便ですよ」
彼女は手についた埃を払う。
「まぁ、住みたいならお好きにどうぞ。部屋はかなり空いてますので、荷物を持ち込んで頂いても構いません」
「その知人の部屋はいいのか?」
「そこだけ鍵が閉まってるのでわかるでしょう。まぁ、前の職員の荷物が置いてあるかもしれませんが、貴方達なら捨ててもいいです」
その言葉の意味を聞こうとするが、それはノックの音で消える。はい、と返事した彼女は玄関の扉を開けた。
「あ、夏目先生達だ」
そう言った芥川のいうとおり、現れたのは夏目先生と正岡先生、森先生である。
「アンタが館長か?思ってたより若いんだな、しわくちゃ婆さんかと思ってた」
「正岡。すいません、お邪魔してしまって。私は帝国学園で教師をしている夏目漱石と申します。こちらは同じく教師の正岡子規と森鴎外先生です。芥川くん達からお話を聞きまして」
「ええ、私も彼らからお話はお聞きしています。あいにく、名乗るよう名は持ち合わせていないので私のことは館長でも司書でもお好きにお呼びください」
「……なら、館長と呼ばせていただこう」
「とりあえず、図書室に案内しましょう」

==

「これは、芥川のいうことがわかるな。これだけを読むのに何年かかるだろうか」
「そうですね、私の天国はここにあったのだと思いました」
「ははぁ、これは驚きだな。こんな量の本、見たことねぇや」
そう感嘆のため息をついた三人に、彼女はご自由にしてください、と告げた。
「ただ、電球が切れてしまっているので夕刻にも慣れば暗くなりますが」
「ふむ、わかりました。肝に銘じましょう。どこにどの分野がありますか?」
彼女は扉のすぐ横にある見取り図を指差した。
「真ん中が純文学、左が詩歌、右が大衆小説です。それぞれあいうえお順で並んでいます」
「古典はないのですか?」
「古典がいつの時代をさすかによりますね。江戸までなら二階部分にあります。明治以降は純文学に振り分けられて並んでますね」
「俳句は?」
「詩歌に振り分けてありますよ」
「ははぁ、そういう振り分けだったのか。だから古典の明治文学が純文学に並んでるわけだ」
「まぁ、お好きに過ごしてください。談話室の鍵を開けておいたので、昼過ぎはそっちの方が明るいとは思います」
「館長は何処かに?」
「芥川くんが寮を見たくてうずうずしてそうなので案内しますよ」
「寮……」
彼女の言葉に先生三人が反応した。俺は苦笑いしてそのまま彼女に続く。やはり、本というのは魅惑らしい。

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寮はそこまで廃れた印象はない。やはり、あの印象は外から中を見たからそうなのだろうか。しかし、あのとき手についた埃は確かだったし、軋む床板の音もわすれやしないが。
ーー違和感を感じたのは。多くの扉が並ぶそこ、に、見覚えを感じたからである。来たことがないはずなのに、知っているような感覚は本を見た時と同じだろう。それに足を止めた俺に、隣の二人も止まっていることがわかった。彼女は振り返って、どうしたんです?と首を傾げた。
「いや、来たことがあるような気がした」
「佐藤くんもかい?」
「ってことは龍もか」
「……ネットやゲームで見たのでは?」
そう首を傾げた彼女は、好きなように見て行ってください、と告げる。キィ、となった音にそちらを見れば男が顔を出した。
「司書ー、啄木がつぶれちまったから水をくれって、客か?」
「未成年飲酒は反対です。ええ、まぁ、住みたいそうで」
そう言った彼女に、芥川が首をかしげる。
「貴方はここに住んでるんですか?」
「まぁ、宿を借りてるな」
「彼、旅人なんで、フラッといなくなっては帰ってくるんですよ」
「旅人」
「いいねぇ、旅人っていう響きは。ま、お前さん達に言えばバックパッカーだ」
そう肩をすくめた男は司書と呼んだ彼女を見る。
「よかったのか?司書、中に人を入れて」
「構いませんよ」
「お前さんがそういう返答をするってことは、同じ分類か?」
首を傾げた男に司書は「高校生ですけどね」と告げる。
「まぁ、ここに住むと楽だぜ。光熱費も家賃も何もかからないしな。たまに司書を手伝うくらいか。不便っちゃあ不便らしいが俺は気にならない範囲だ」
「スナフキンは野宿しますもんね」
「スナフキン?」
「司書、それは海外の童話好きしかわからねぇぞ」
「貴方はここに住んで長い?」
「俺が大学やめた頃だから二、三年前か?」
「でも、ずっといるわけじゃないですしね」
そう言った館長は少し拗ねているらしい。恋人か?と思ったが、俺に恋したか?と揶揄っているあたり違うらしい。
「まぁ、中にいる奴は住んでるな」
「啄木は本を盗もうとしたからね、衣食住提供してるだけありがたく思ってほしい」
「うるせー、それ一年と半年前の話だろ。今はバイトしてるっつーの」
そう言って現れたのは同い年ぐらいの青年である。
「本を盗もうと?」
「たまに居るんだよ、誰かに頼まれて本を盗もうとする人が」
「あぁ、だから俺に会った第一声がああだったのか」
「おどかしたら帰るんだけど、君たちは帰らなかったしねぇ。佐藤くんに関してはすぐに謝ってくれたし」
「誰かさんとは大違いだな」
「うるせぇ。つーか、誰だよコイツら」
「帝国学園の生徒」
「あぁ、あの……」
「先生も来てるよ。森先生とか」
「マジで!?俺挨拶してくる!」
そう目を輝かせた先生はそのまま駆けていく。騒がしい人だ。男はそれを見送ってポツリと呟く。
「ここに人が増えて寂しいのか嬉しいのかわからねぇが、お前さんが望むならそれもいいんだろうな」
「……?」
「いや、こっちの話だ。俺は若山牧水。あっちは石川啄木。もしここに住むなら仲良くしてくれ」
男の言葉に芥川がすぐさま言葉を返す。
「芥川龍之介です。住みます。お願いします」



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