2018/02/02

↓断片 それは出会いか別離か再会か 三


館長はお茶を入れてくると告げていなくなる。部屋を好き勝手見ればいいよ、と言えば若山さんが「直感で部屋を選べばいいと思うぞ」と告げた。直感?と聞き返せば、彼は酒を口に含む。どうやら酔いどれらしい。
「お前さん達がここに来た時、懐かしいって思わなかったか?」
「思いました。来たことがないはずなのに」
「やっぱりな。俺もここに来た時、懐かしいって思った。その時はどっかの国で似たような屋敷を見たのかと思ったんだが」
「……どうして貴方はここに?」
「雨宿りに屋敷の前に逃げ込んだら司書が招き入れてくれた」
また若山さんは酒を口に運ぶ。
「俺は屋敷に入った瞬間、懐かしいと思った。俺の場合、初めて通された部屋が今の部屋だが、直感で選んでいてもここを選んでいただろうよ。まぁ、司書も啄木には直感で選べっつってたしな」
「直感、なら、ここだな」
菊池が若山さんの隣の扉を開ける。かちゃり、という音がして、その扉が開く。中を覗けば古い洋室らしい。きちんと整理された本棚には本が並ぶ。中にあるクローゼットには服が入ったままだ。埃をかぶっているのをみるともう何年も使われてないらしい。
「中に荷物があるが」
「捨ててもいいがとっておいてもいいんじゃねぇか?それはその部屋のお前さんが決めることだろうよ」
「じゃあ、僕はこっちかな」
そう少し離れた扉を芥川が開く。同じように覗けば、部屋の間取りは同じだが、内装は少し違うのがわかる。芥川の方が本が多い。少し香った嗅ぎ慣れない香りと、机の上に置かれた箱に今はもうないモノだとわかる。タバコ、だ。
「わぁ、みてよ、寛、タバコだよ」
「こりゃ年季ものだぞ」
そんな二人の会話をよそに、俺はぐるりと周りを見渡す。直感でいえば、若山さんの隣、菊池の反対側である。そのドアノブに手を触れれば、若山さんが少し驚いたのがわかった。そうか、と告げた彼に開けるのをやめる。
「いや、気にしないでくれ」
手を顔の前で振った彼に首を傾げて扉を開く。かちゃり、と音がして中に入れば、やはり同じ間取りの部屋だった。少し違うのは中に本棚とは別に描きかけの絵画が置かれているからだろう。恐らくそれは窓から見える景色だ。転がったスケッチブックをあければ、景色に混じって館長の似顔絵なんかが描いてある。
「……この部屋、知ってる気がする」
そう小さく呟いて周りを見れば、風が窓を叩いた。

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「お前さん、この部屋が全部埋まったら消えちまったりしないよな」
若山が投げかけた言葉に紅茶を入れていたその人物は振り返った。浮かべた笑みは有耶無耶にさせるためのものだろうか。司書、と呼ぶ人物は、人ではない。それを知ってるのは若山だけだろう。それは、他の人よりも早くこの屋敷に訪れたからだ。
ーーあの日。雨が激しく降り、記録的な豪雨だと騒がれた日、若山はこの屋敷に足を踏み入れた。雨宿りさせてもらうか、と扉に手をかければ音もなく後ろにいたのがこの人物だった。屋敷の人だろうか、とも思い声をかけた。しかし、女は言葉を話さない。ただ、静かに微笑んで、扉をあけた。若山の手を引くように、奥へ奥へ進む彼女の足がチカチカと点滅するように。でも、不思議と怖くはない。逆に懐かしさを感じた。行き着いた部屋は、今、自分が過ごしている部屋でーー彼女はそこから着替えを引っ張り出して若山に与える。やれ風呂だという風に引っ張って移動するのはなかなか楽しかったと思う。雨が上がった日、寂しそうにこちらをみた彼女はあいも変わらず言葉など話さなかった。
恐らくは人が増えるたびにこの「人擬き」は人に近づいていく。最近なんかは喋ることも食べることもできる。それに合わせて、この屋敷ーー元は図書館だが――は綺麗になっていく。
「あり得る話ですね、私はここに縛られているわけですから」
そう目を伏せた彼女に、若山はなんとも言えない。
「私はここを守るために存在しています。だから、大丈夫だと思ったら消えてしまうでしょうね」
「ここにいる人を追い出せば?」
「あなたは優しいからそんなことはしない」
「わからないぞ。俺だってやるときゃやるしな。お前さんが消えちまうと俺は悲しい」
「悲しい?」
「あぁ、悲しくて悲しくて酒を断ちそうだ」
「それは大変だ」
そうクツクツと笑った人物はあどけない。
「多分、方法はあるんだと思う。私が人に戻れる方法」
「俺にできることか?」
「さぁ」
「さぁって……どうするんだ?」
「多分、私の名前を、思い出せばいいんだと思うんです」
カップを盆に乗せた彼女はそのまま歩き出す。それを追うように若山は彼女の後ろを歩いた。
「お前さんの名前ねぇ……桜」
「安直だ」
そう笑った彼女に桜の花びらが舞った。

==

「お?お前さん、正岡じゃねぇか」
「若山?お前何してんだこんなところで」
「何って、ここに住んでんだ。まぁ、日本にいる間だけな」
「ぼっさん知り合いか?」
「あぁ、何年か前に飲んで仲良くなった」
そう笑った若山さんはソファに座る。館長は機嫌がいいのか鼻歌を歌いながら紅茶を俺たちの前に置いた。
「先生、やっぱり僕はここに住むことにするよ。光熱費もただ、家賃もタダ、本はたくさんある、最高だと思わないかい?」
「芥川、甘い話には裏があるというぞ」
「お前、本当に、ここはかなり不便だぞ。何十年ってか、何百年前の生活様式だよって思うぐらい」
「そうか?」
「だから、ぼっさんは野宿するからだろ。文明の利器がない!」
「あるよ、少しは」
「俺が取り付けてやった奴だろ」
「私はちゃんと言いました、ここにあるのは紙とペンとインク、それに加えて本ですって」
「それでもこうとは思わないだろ、普通は!」
そう念を押した啄木――どうやら同い年らしい――に、館長は若山さんをみた。
「ぼっさん、啄木がワガママ言います」
「お前さん追い出されるぞ」
「……それは勘弁」
そう目を泳がせた啄木に、夏目先生が首を傾げた。
「そんなに古い生活様式なんですか」
「古くても生活できますからね」
「違いないな」
彼女は紅茶を手にとって、それを飲んだ。ひらり、と何処からか桜の花びらが舞い落ちる。若山さんが彼女をみて同じく紅茶を手に取った。
「嬉しそうだな」
「大人数だから。ここに人が沢山いるのが嬉しい。昔はここに、沢山の人がいて、議論をしたり、お気に入りの本について話していたから」
彼女は本当に嬉しそうに笑う。ひらり、と、また桜の花びらが舞った。芥川が少し考えて、館長は、と言葉を続ける。
「館長は今おいくつなんですか?」
「どうして?」
「いえ、夏目先生や正岡先生が子供の頃から廃れた状態だったんでしょう?」
「あぁ、そうだな」
「秘密」
そっと笑んで、彼女はまた紅茶を飲む。
「でも、ずっと住んでますよ」
「……中には入れたのかもしれませんね。大人たちが夜な夜な集まっていたのかもしれません」
「ぼっさんが初めに来たんだろ?」
「ん?あぁ、そうさなぁ。俺が来た時は司書しかいなかったもんな?」
「うん」
「……ここで一人で寂しくなかったのか?」
とっさに口に出た言葉に彼女は目を瞬く。
「あんまり覚えてない。最初はそうだったかもしれません。でも、きっと、今、そうなったら寂しいし、悲しい」
「よーし、決めた、龍、俺も住む!」
「電子機器は仕方ない、家から持ってくる。そうと決まれば忙しいぞ!佐藤も住むな?」
「確定事項か、まぁ、異論はないが」
「いやぁ、羨ましいですね」
「先生たちも住んでいいんですよ。そういう人、いますし」
「ん?俺のいない間に増えたか?」
「若山さんと被らないんですよね、あの三人は。まぁ、住むというより偶に遊びにくるための部屋ですけど、」
「三人?」
「露伴先生と紅葉先生と逍遥先生」
「……待て」
ピシリと先生たちが固まる。俺たちは首を傾げた。
「君たちは知らないかもしれませんが、帝国学園大学の教授ですよ。それも、有名な」



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