2018/02/02
↓断片 それは出会いか別離か再会か 四
・なんやかんやで先生組も住み着いた
あの『図書館』に住み始めて成績が上がった気がする。まぁ、勉強をしていればわからない箇所を教師に聞けるし、なんやかんや紙の本で参考書なんかが見つかるからだろう。空いた時間に本もかなり読むことができる。それに、先生達や若山さんの話、啄木の話を聞くのも面白い。自分の知らない世界がまだまだあるのだと理解するからだ。不便さは多少あるが、慣れて仕舞えばどうってことはないし、物を持ち込んで仕舞えば変わりない。菊池達と読む予定の本であるとか、そういう話をしながら帰れば、館長が誰かと話していた。誰だ?と思って首をかしげる。見慣れない男で、館長がかなり怒っているのがわかった。
「館長?」
そう声をかければ男は俺たちを上から下まで値踏みするように見る。嫌な視線に眉間にしわを寄せた。
「あぁ、ここに住み着いた輩と言う奴らか」
「失礼ですが、貴方は?」
「いやぁ、なに、名乗るような人間ではない。館長、とやらに、ここにある本を譲って欲しいと頼んでいるんだが――」
「またアンタか」
背後から聞こえた声に振り返る。そちらを見れば知らない男が立っていた。
「昔っからよく来るが、いい加減諦めたらどうなんだ?」
「露伴、それくらいで諦めるならばとうの昔に諦めているであろう。しかし、その娘がヘソを曲げて仕舞えば我らが困るのでな」
「さっさと帰れ」
その言葉に、男は舌打ちをしてその場を離れた。それを見送り、一人が館長に声をかける。
「ほれ、ヨシノよ。菓子を持ってきた、機嫌を治せ」
「お菓子たくさんありますか?」
「ほぉ、また言葉がしっかりとしたな。人が増えでもしたか」
「六人増えた」
「六人?ということは、この学生は」
「そう、住んでる人。掃除ができるね、露伴先生」
「その制服、帝国学園の高等部か」
「はい、三年の佐藤春夫と申します」
「同じく三年の芥川龍之介です。こちらも三年の菊池寛」
「そうか、ここは本が山ほどあるからな、勉強には飽きることはなかろう」
「おーい、司書ー、って、客か?」
「ぼっさん、遅いです」
「ぼっさん?ということは先の住民か。ヨシノが世話になってると聞いた」
「……いーや、俺が世話になってるんだ。俺は若山牧水。バックパッカーだ」
「我は尾崎紅葉と申す。こっちは幸田露伴だ。お互い大学の教授をしておる。ヨシノとは古い付き合い故、ここの部屋を間借りしておるのだ」
「ヨシノって館長のことですか?」
「あぁ、つけたのだよ」
そうさらりと告げた尾崎先生に、若山さんは「っていうことは司書の本名じゃないのか」とぼやく。
「そんなことより、お茶にしよう。二人はいつまでいるの?」
「そうだな、夏休み一杯は俺はいるつもりだが」
「秋声や鏡花、勇気もここに住んでくれれば楽なのだが、鏡花はそうもいかんだろうしな」
「アイツは潔癖症だから難しいだろうな」
「連れて来てもいいんですよ」
館長の言葉に二人は驚いたように目を見開く。
「棋院はともかく、二人は尾崎先生のお弟子さんでしょう?」
=
館長が隣でスゥスゥと寝息を立ている。居心地が悪くて動きたいが、館長が起きてしまうために動くこともできない。時々若山さんや露伴先生なんかには持たれて寝ているが、あの二人はどうしてあんなにも慣れたように本をめくれるのだろうか。ため息をついて、少し寝顔を覗き込む。それはあのスケッチブックに書かれた表情と同じだ。その表情に高まる心臓に、落ち着けとまたため息をつく。揺すり起こしてしまおうか。しかし、気持ちよさそうに寝ているのを見ると。
「おや?ヨシノは寝ておるのか」
手を右往左往させていれば、不意に扉が開き人が現れた。その後ろにいるのは学校で見たことがある人物だ。一学年下、ではあるが、ある意味対極、仲が悪そうなそれをもう一人がなだめていることが多い。
「言葉に甘えて連れてきたのだが……ふむ」
「先生、えっと?」
「寝ている方がここを管理しているヨシノだ。起きている方は三人の先輩にあたるであろう」
「えぇ、知っています。佐藤先輩ですね。芥川先輩と菊池先輩の三人は有名ですから。それにしても、ヨシノさんがこんなにお若いとは」
「先生ぐらいの人と思ったんだけど」
「人は見かけによらない。我は三人を案内してこよう。ヨシノが起きれば言っておいてくれ」
そう言って踵を返した尾崎先生に二人が続く。その後ろにいたもう一人は、館長を見つめて目を見開いたままだ。
「――勇気?いくよ」
「あぁ、ごめん、今すぐいくよ」
そうかけて行った青年。隣で眠っていた館長が小さく言葉を紡ぐ。
「あと、もう少し、」
あともう少しこうしろということか。
Comment(0)
次の日 top 前の日