2021/03/24
誰が為に花は咲く2
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周りが騒がしくなってきた。徐々に変わっていく様子をナマエは眉尻を下げて伺っていた。恐らく何か大きな戦が起こるのだろう。そうなってしまえば、ナマエは何もできないただの役立たずに戻るのである。馬岱も馬超も西の守りのために成都を一時去ることになり、劉備達も兵をあげた為賑やかだったそこは寂しいものへと変わった。留守を任されている諸葛亮や月英、関索達と言った一部のものは残っているが。厩もまたがらんとしている。恐らく諸葛亮達も劉備に合流すれば、ジョーイしか残らないのだろう。
「戦争するんだって、怖いね」
ナマエはそう言ってジョーイに軽くハグをした。どうか皆が無事であるように祈るしかナマエにはできることなどなかったのだ。
そうこうしているうちに噂は入ってくるようで、どこどこの戦で勝った、曹魏が、孫呉がと言う噂が街で流れるようになった。しかしながら一向に帰ってくる様子もない。それどころか諸葛亮や月英達までもが合流すると聞き、ナマエの顔色は悪くなった。噂は噂、戦況は良くないのではないかという心配である。自分の国が昔そうだったと習ったからだ。一人でいるとウジウジとまた考え込んでしまうと、孔明はナマエに筆を渡した。妖筆という馬岱の扱う武器だ。しかし、馬岱の扱う人の背丈のような大きさの妖筆ではなく、普通の筆のサイズであるために効力は謎ではあるのだが。そんなものとは知らずに、ナマエは妖筆を受け取り諸葛亮達を見送った。
「動かないで、ジョーイ」
試しにナマエがもらった巻物にジョーイを描いて見る。ジョーイは遊び足りなくてもっと遊んでほしいと言うように駆け回っていた。ようやくかけた馬に、ナマエが目を描き込んだ直後のことだ。巻物の中にいたはずの馬がぴょん、と、飛び出てきた。あまりの出来事に目を瞬く。近くにいた厩の兵士もまたそれを驚いたように見た。そのままジョーイと戯れるように走る絵に、ナマエは筆と巻物を見比べた。なんだこれは。しばらくすれば墨で描かれた馬は元の墨に戻るかのようにぺシャリと崩れてしまったが。すんすんとジョーイが地面に鼻を向けている。ナマエと厩の兵士は近づいてみるとそこにはナマエが描いたはずの馬の絵があった。
「えっ」
「それ、妖筆なんじゃあないか」
その言葉にナマエは妖筆?と首を傾げた。
「馬岱殿が持っている筆を見たことないか?」
「あの大きな?」
「ああ、馬岱殿はあれで絵を描くんだ。するとな、その絵がなのか墨でなのかはわからねぇが、敵を攻撃する。まぁ、ナマエのはオメェの性分からか大人しいみたいだがなぁ」
そう言った厩の兵士にナマエは巻物と筆、兵士を見比べた。
「ええ……」
「孔明様はおめぇにあつかえるようになってほしいんじゃねぇか?」
「どうやって?」
「……絵を描くしかねぇのでは」
困ったような顔をした兵士にナマエも困った顔をした。正しい扱い方など分かりそうもなかったからだ。
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あれからいくつか試してわかったが、目を入れなければそれは動き出すことはない。画竜点睛とはいうが、まさにそう言うことらしい。そうしてそれはひとしきり動いた後、ぺしゃりと潰れて地面に描いた絵を落とす。ジョーイをモデルに試していたからかジョーイもナマエも墨まみれになってしまった。水浴びをさせて今日は帰るかと、ジョーイの綱を引いて歩く。そうしてついた水源でジョーイの体を洗ってやればジョーイは嬉しそうだった。
とりあえずジョーイだけでは何かと、ナマエはそこらにいた動植物を描いてみたり、待機している兵士や女官を描いてみたりとする。どれも他と並んで仕事をしたと思えば、ぺしゃりとまた姿を地面にうつす。馬岱の筆で慣れているのか、それともナマエが大人しいと理解しているからか彼らは別に無碍にはしなかった。
ジョーイが耳を後ろにぴこぴこと動かしたのはナマエがまたジョーイを描いていた頃である。何処かに行こうと言わんばかりに鼻を突いたジョーイに、ナマエは不思議に思いながらジョーイに連れて行かれるままそちらに向かった。ぞろぞろと兵士が帰ってきている。時には街の人と抱き合ったり、歌を歌いながら。その中に馬に乗っている幾人かの将や劉備達を見つけてナマエはひどく安堵した。他の馬が帰ってきたのが嬉しかったのか、ジョーイが嬉しそうに周りを跳ねるように駆け、馬の隣に並んだ。
「おお、その模様はジョーイだな」
そう言ったのは馬上にいる劉備だろう。ナマエは周りを掻い潜り、ジョーイを嗜めた。
「こら、ジョーイ……ごめんなさい、劉備様」
「ナマエ、息災だったか。孔明から月英殿から話は聞いた。我らの身を案じてくれていたと。この通り、皆無事だ。馬超や馬岱も時期に帰ってくる」
その言葉にナマエはホッと安堵した。杞憂であったのだと。劉備の近くにいた法正が口を開く。
「出迎えるにはやけに真っ黒ですが墨でも溢したんですか」
その言葉にナマエは自分の服を見る。相変わらず墨で汚れているままだ。
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知らない将が何人かいる。例えば、赤い服を着た青年だとか、青い服を着た厳しい男性だとか、ドレスのような服を着た同い年くらいの女の子だとかだ。そういえば、尚香に頼まれていた髪飾りができたのだとナマエは壊さないようにカバンに入れてそれを宴の席に持ってきた。尚香さま、と呼び掛ければ、なぁに?と彼女はナマエをみた。
「頼まれていたものができたので」
「え!本当!?」
ナマエは鞄からつまみ細工で作った髪飾りを取り出した。赤い大振りの花に白い小さな花、緑色の花、紐を組み合わせだそれである。尚香はそれをみて目を輝かせた。
「可愛い!ありがとう!」
「気に入っていただけて嬉しいです」
早速つけだ尚香はやはり似合っている。劉備はおおと声を上げた。
「尚香殿によく似合っている」
「本当?嬉しい!」
ふむ、と思いながらナマエは二人を見る。人の恋路を邪魔するやつはなんとやら。ナマエは一礼して退散することにする。孔明に尋ねることがあったからだ。
孔明は赤い服をきた青年と話していた。なるほど、話しかけるのは邪魔だろうと足を引き返せば、何してるの?、と捕まった。徐庶と法正である。龐統がいるかと思えば、彼は別にいるらしい。
「孔明さんに筆をもらったのですが」
「おや?書の勉強でも始めたんです?」
「……いえ、それで絵を描くといいですよって。それで絵を巻物にかいたら、それが飛び出てきたので」
ナマエの言葉に徐庶と法正は目を見合わせた。
「ええっとそれはどう言うことだい?」
「妖筆でも貰ったんじゃないですか」
「あぁ、馬岱殿の……でも彼の絵は絵だろう?」
「絵は絵でしょう」
「ナマエの口ぶりから言うと動くみたいだけど」
「まさか」
そんな会話にナマエは「動くんです」と困った顔をした。二人はナマエを見下ろす。
「物は試し、見せてもらいましょうか」
そう言った法正に、徐庶はナマエを気遣うように見下ろした。
とりあえず、巻物にサラサラとジョーイの絵を描いて目を描き入れる。すると巻物から飛び出すように描いた馬が飛び出て庭を駆け回った。
「えぇっ……これはどうなってるんだろう」
「これは面白い」
そうしていつものようにしばらく駆け回るとぺしゃりと潰れて地面に絵を描く。
「こうなります」
「筆を見せてもらってもいいかな?」
そう尋ねた徐庶にナマエは筆を渡す。妖筆の類みたいだけど、と呟いた彼に、地面にできた絵を眺めて法正は口を開く。
「人はかけるんです?」
「かけます」
「それも動くの?」
「はい。膳を運ぶ女官をかけば描いた女官が膳を運び、馬番をしている人をかくと馬番の真似事をします」
「へぇ、すごいなぁ」
徐庶はそう言ってナマエに筆を返した。
「弓を構えた兵はどうなりました?」
「?描いたことがありません」
「徐庶殿、弓を持ってきて見せてやってください。ナマエはそれをみて描くといい」
徐庶はちらりとナマエを見る。ナマエは違う巻物を取り出して準備をしている。徐庶はなんともいえなくなった。法正にせかされはしたが、結末は分かっている。恐らくはーー。
「徐庶殿、なにぼさっとしてるんですか、はやく」
「……わかったよ」
徐庶はため息をついて弓矢を取りに向かった。
結果は少し違った。巻物から飛び出した絵の徐庶は弓矢を構えたそこで静止しぺしゃりと潰れて消えた。もう一度描いてみても同じである。法正は足元に広がる墨を見ながら口を開く。
「うまくはいかないものですね」
「どうして止まるんだろう」
そう二人が悩ませている傍ら、ナマエはああと理解した。ナマエは弓矢を構えた後の動きを理解していないからだ。ジョーイも、膳を運ぶ女官も、馬を世話する兵士もいつも見ているからなにをどうするかわかるのである。
「徐庶さん、弓矢ってどう使うんですか?」
「どうって?」
「多分、私が弓矢を扱ったことも扱う人も間近で見たことがないので、構える姿で止まるんだと思います」
ナマエの説明に二人は納得した。徐庶はナマエに教えるために、弓矢を持って近づく。これはこうで、持ち方は、そんな説明をふんふんきいたあと、徐庶は弓を構えて的に向かって矢を射る。それを数度みたあと、ナマエはもう一度巻物に絵を描いた。現れた絵の徐庶は的に向けて弓矢を構えると的に向かって矢を放つ。矢は的に当たるとぺしゃりと潰れ、放った絵の徐庶も同じくぺしゃりとつぶれた。
「なるほどね」
「なるほどねって、法正殿……」
「使えるものは使えと言う話ですよ」
そう答えた法正に、徐庶は少しナマエに同情した。恐らくこの娘は近いうちに戦乱に巻き込まれるのだ。
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宴会の次の日だからか、皆が休みというわけではないが、恐らくいつもより少し遅い。兵士達にも食事が振る舞われたのか厩当番の兵も半分居眠りをしながらそこにいる。ナマエがジョーイと今日も外に出ようとすれば、厩に知らない馬がいることに気づいた。恐らく他の国から来た将が乗っていた馬なのだろう。知らない馬の間からジョーイがひょこりと顔を出した。
「ジョーイ、知らない馬に挟まれてるの?」
そう尋ねればジョーイはナマエに擦り寄った。他の馬がナマエを見つめるのでナマエは手の甲をみせた。馬への挨拶はこうすれば良いのだとならったのである。すんすんと嗅いだ馬は大きく鼻から息を吐き出した。もう一頭にも手の甲をみせれば、馬はすんすんと嗅いで興味がなさそうにそっぽを向いた。ナマエはそれを苦笑いして見送って、ジョーイに近づいた。
「ジョーイ、今日はお休みだし少し遠くまで出かけよう」
そう言いながら慣れたように手綱をつける。厩から見える景色に少しずつ赤や黄といった色が見え始めていた。
ジョーイが走り回るのを眺めながら、ナマエは機織りをする。少し仲良くなった商人の娘がお嫁に行くのでお祝いに髪飾りを渡せば毛糸のような糸をもらったのである。レース編み用のかぎ針に似たものは手に入ったのだが、どうもマフラーなどを編むかぎ針は探してもなかった。それならばおってしまうかとナマエは思ったのだ。月英がちょうど機織り機を持ち運べる大きさにもう一つ作ったのでナマエはそれを持ち歩くようにしている。月英が最初に作った機織り機はナマエが踏み台を踏んでいたようなという言葉に作り直され、今ではナマエの部屋の端に置かれていた。
そもそもこの世界はナマエがいた現代よりも暖房設備が整っていない分冬は寒いだろう。それならばマフラーにしろ、セーターのようなものにしろあったほうがいいに違いない。ナマエは歌を口ずさみながら布を織る。こう言う場所に来て最初は流行りの曲を思い出していたが、一周まわってか学校で習うような曲や映画にでてくる曲のフレーズが思い出されるようになった。
「まわれ、まわれ、まわれよ、みずぐるままわれ。まわっておひさんよんでこい。まわっておひさんよんでこい。鳥、虫、獣、草、木、花。はるなつあきふゆ、つれてこい。はるなつあきふゆ、つれてこい」
風が木の葉を連れて行く。ジョーイがそれを追いかけるように跳ねていく。
「まわれ、まわれ、まわれよ、みずぐるままわれ。まわって、お日さま、呼んでこい。まわって、お日さま、呼んでこい。
鳥、虫、けもの。草、木、花。咲いて、実って、散ったとて。生まれて、育って、死んだとて。風が吹き、雨が降り、水車まわり。せんぐり、いのちが、よみがえる。せんぐり、いのちが、よみがえる」
映画にでてくるその短い歌がナマエはなんとなく覚えているくらいだった。天女の歌はこの歌にもう一番歌詞がついた形になるがそれはともかく、この世界にきてなんとなくその歌の意味を理解したのである。ナマエの世界ではあまり実感はなかったが、この世界では自然に生かされているのだということが嫌でも理解できた。だからナマエは食べ物にも敬意を払うようになったし、物を大切に扱うようになったのだ。
「まわれ、まわれ……わっ、」
ジョーイが座っているナマエの顔に顔をなすりつける。ナマエは機織り機を横に置いて、ジョーイを撫でた。
「まわれ、まわれ、まわれよ……」
ナマエの口ずさむ歌を少し冷たい風が攫って行く。少しずつ冬が近づいてきていた。
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ナマエが戻れば見覚えのない馬はいなくなり、そのかわり見覚えのある馬が2頭並んでいた。恐らく他の国から来ていた将は国に帰ったのだろう。それと入れ替わりに恐らくは馬岱と馬超が帰ってきたのだ。結局馬岱に送るものは月英に皮の扱い方を聞き、そして飯屋の息子が町娘に贈るために作った飾りと引き換えにもらった皮と布で作ることになった。一応馬超もあってもいいのではないかと思ったので馬超の分も作ってある。時間をかけ出したらキリがない。刺繍を入れ出したところで気づき、とりあえずそこで終わらせたが。帰ってきてすぐなら疲れているかもしれない。ナマエがそう思っていれば、体が急に浮かんだ。
「わ!?えっ!?」
「久しいな!ナマエ!息災だったか!」
「ちょっと、若!ナマエがまた固まってるよぉ!」
ぐるりと一回転して下される。そこにいた馬超と馬岱にナマエは目をパチパチと瞬いた。
「ほーら、驚いちゃってる!」
「む、すまん……おお、ジョーイ、大きくなったな!」
「ごめんねぇ、会ってそうそうに。俺たちもついさっき帰ってきたところなんだよ」
そう困ったように告げた馬岱と、ジョーイを撫でる馬超にナマエはホッと安堵のため息をついた。
「馬超さん、馬岱さん、おかえりなさい。ご無事そうで安心しました」
「あぁ!言っただろう!俺たちは心配いらないと!」
馬超はそう言ってナマエの頭をワシワシと撫でる。
「馬孟起、ただいまかえった」
「俺も帰ってきたよ〜」
そんな声にナマエは嬉しくて笑う。またいつも通りの日々が返ってきたのだと。珍しく笑ったナマエをみて馬岱と馬超は顔を見合わせたあと、馬超はわしゃわしゃとナマエの頭を撫でた。
「ナマエがつけてる袋、便利そうだねぇ。両手が空くし、馬に乗っても邪魔にならなさそうだし」
二人が劉備に報告に向かう途中である。馬岱がナマエの鞄を見てなんとなしに告げた。それを聞いて、馬超はどこか嬉しそうに馬岱を見て、ナマエを見下ろす。
「ナマエ!例のものはできているか!?」
「はい、できました。お二人が報告している間に取りに行ってきます」
「あぁ!頼む!」
「ええ?どういうこと?」
困惑顔の馬岱にナマエは一礼して自分の部屋に向かう。馬超は馬岱に、早く行くぞ!と声をかけて劉備のいる場所に急いだ。
「馬超さんに頼まれて作りました。馬岱のものです」
そう言ってナマエは馬岱に鞄を渡す。銀色と緑色の刺繍を入れた皮の鞄である。ええっ!?と驚きながら鞄を受け取った馬岱に、馬超が「俺がナマエに頼んだのだ!」と胸を張った。
「筆を運ぶのにちょうどいいと思って――」
「こちらは馬超さんのものです」
ナマエはもう一つ鞄を取り出す。金色と緑色の刺繍を入れた皮の鞄である。驚いたように目を瞬いた馬超に、ナマエは困った顔をした。押し付けがましかっただろうか、と思っていれば馬超が嬉しそうな顔をした。
「いいのか!?」
「はい」
「ありがたくいただく!」
そう言ってまたわしゃわしゃと馬超はナマエの頭を撫でるのだ。
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