2021/03/24
誰がために花は咲く3
3
その人を見たことがあれば作るのは容易いが、見たことがないとなると難しい。孫尚香や蜀の将、普段仲がいい町娘や女官などであればその人に合わせた色はわかるのだ。しかしながら、その人を見たことがなければその人の雰囲気も似合う色もわからないというのが本音である。君主の息子に頼まれたらしいその武人にあれやこれや聞いてもわからないだろう。
本格的に寒くなり、ナマエがあの温かなマフラーを付けようかと迷い出したころである。曹操から劉備に宛てた使者ーー張遼というこの前の戦に一緒に戦ったという人と龐徳という馬超達と同じ場所にいたらしい武人であるーーがきたのは。そして彼らは曹操の息子である曹丕に頼まれて腕の良い髪飾りの職人に会いにきたのだという。それを聞いた誰もがナマエのことかと思ったが、当のナマエは困った顔をするだけだった。職人ではなく下手の横好き、そして趣味として作り上げたものだからだ。話を聞くに、曹丕という人は愛妻家でその妻のお姫様を大切にしているらしい。その人が贈り物として渡したいらしい。
「色とか……花の形とか……あと布も手元にないので……」
ナマエはそう困った顔をした。尚香への髪飾りの布は劉備が工面して手に入れたものだったからだ。町娘や女官であれば、自分であしらえた布を使えば良いが、そういうわけでもない。龐徳という人は少し困った顔でナマエを見下ろした。
「それは困りましたな。我らは買ってこいと言われたのです」
「ええ……」
ナマエも負けじと困った顔をして見上げた。馬岱がナマエを見下ろした。
「色も人に合わせてたの?」
「はい。人によって似合う色、似合わない色があるので」
「そっかぁ、だからあんなに人に似合うんだねぇ」
「どうせ徐庶殿が魏への使者として行くんですし、そのまま一緒に魏に行ってその姫を一目見てきたらどうです?」
その言葉に、ああそういう手があるのかと思う。龐徳が「ああそれはいいですな」と頷けば、馬超が「法正殿!」と声を荒げた。
「魏に行って、ナマエの身に何かあったらどうするんだ!」
そんなに怖い国なのか。ナマエはそう思いながら馬超を見上げた。確かに張遼という人は少し……いや、関羽も同じような雰囲気である。固い人というだけだろう。こっそりと徐庶が耳打ちする。
「馬超殿は……魏が色々あって苦手なんだよ」
この時代だ。色々あるものだろう。
「まぁまぁ……」
「馬超殿、では下手なものをつくりナマエを曹丕に手打ちにされたいと?」
法正の言葉にナマエは固まった。徐庶がまた「極論だからね」と耳打ちをする。
「それは!!」
「かと言って、渡さなければ交易問題にもなりかねないんですよ」
「ぐっ!しかし!」
「まぁまぁ、若。龐徳殿もいるし、何かあっても徐庶殿が取り返してくれるよ」
「えっ」
まさかの言葉だったんだろう。不意に名前が上がった徐庶は困った顔をしたが、さらに「ねぇ!徐庶殿!」と背中を叩いたので「うん」としか返事を返せなくなった。
「徐庶殿だけの迎えが不安なら俺も行くよ〜」
しぶしぶである。馬岱の言葉にいかにも渋々といった風に馬超は頷いた。ナマエは背の高い周りを見渡す。これはもしかして本人の承諾がないまま決まったのではなかろうか。
孔明が拒むと思ったが、知見を広げるのはいいことだといい、確かに下手なものを作ると攻め入る理由にならないという理由がナマエは龐徳達と魏に向かうことになった。ジョーイは、とナマエが心細そうに尋ねれば、馬超が世話をしておくという話になる。流石に乗れない馬を連れてはいけない。
ナマエはとりあえず、大きめの鞄の中に機織り機や編んだレース、一応細々とした色とりどりの花やかぎ針や綺麗な糸など必要だがなものを入れる。妖筆と普通の筆、巻物も念の為に入れた。孔明に一応確認をとったほうがいいとナマエは孔明の時間を少しもらうことにした。
「刃物は入れないほうがいいですよね?」
「それは……」
近くにいた姜維もまた微妙な顔をした。
「……何故そう思うんです?」
「えっ……敵意がないことを示すため?」
そう首を傾げる。孔明は「そうですね」と頷いた。ナマエは相手が敵意を抱いていないのだと当たり前のように思っている。自分が命を狙わない限り、自分の命も保証されるのだと。なんとなく危険だと理解はしているが、何がどう危険なのかは理解していない。かと言って、慣れない大きな刃物を持たせたとしてもナマエは扱えないだろう。
「ナマエ、貴女がものを作るときに使っている小さな刃物があったでしょう」
「はい」
「あれでは余程慣れた人でなければ人を殺せません。それくらいなら許されるでしょう」
「じゃあ、それを入れていきます」
「魏はここより北にあります。馬に乗れば風が冷たいことでしょう。病に罹らぬように気をつけなさい」
孔明の言葉にナマエは頷いた。そうして「いってきます」と告げてかけて行く。それを見送って、孔明は小さく呟いた。
「ナマエの世界は本当に平穏な世なのでしょうね」
「……はい、そうですね、丞相」
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魏への道すがら龐徳や張遼に色々な話を聞いた。蜀から出るのが初めてだといえば彼らはさまざまなことを教えてくれたのだ。本来であれば魏は蜀の北方に位置するが、この世界では位置を少し変えていること。しかし気候はそのままであること。龐徳は昔は馬超達と同じ場所にいたこと。張遼の帽子の話。蜀で聞くような話とはまた少し違うのは国が違うからだろうか。マフラーを作っておいて正解だったと馬上で冷たい風を感じなら思う。手は悴んでいたが、山を越えて森をくぐり抜けた先に見えた雪にナマエは「わっ」と声を上げてしまった。
「雪だ」
「雪が珍しいのか?」
「私の世界で……私の住んでいた地方はそこまで降らなかったので。積もるなんてもってのほかです」
「ナマエ殿の……世界?」
「蜀の方から聞いていませんか?私は違う世界から来て、蜀にお世話になっているのです」
その言葉に張遼と龐徳はナマエを見た。戦国を中心に流浪する鉄砲を扱う男とも、呉にいる軍師を補佐している男とも、そして魏にいる見目美しい女性とも違う。彼らは強者であるが、どう見ても龐徳の前に座るナマエは強者ではなかった。戦国側の子供か、はたまた劉備達が目にかけている孤児か、と思っていた。ナマエは視線の意味を察した。昔ならばそれが嫌で逃げていたが、それはもう乗り越えた。ナマエは戦に行かずとも、何かを作り出す力には秀でている。それは泰平を築いた先に必要なものである、とお世辞かもしれないが皆言ってくれたのだ。
「私には戦うことはできませんが、細々と装飾品を作ったり、みなさんを手伝ったりして住まわせてもらっています」
「髪飾りもその一環か」
「はい。……しかし、何故他国まで話がいったのでしょう」
「商人の噂だろう。腕の良い職人は商人が知っている。いくつか売ったことは?」
「ありません。私が勝手に作って渡しているだけです。お礼として布や糸をもらいますが。あぁ、でも人によっては月英さんや馬岱さんが間に入ってくださいます。そう言う人からはよく糸や布をもらえました」
「ならば、曹丕殿にそう伝えておこう」
「他の国を見られるので、特にいりませんが、お姫様の生地は必要です。それさえ伝えていただければ」
ナマエはそう言って困った顔をして龐徳達を見上げた。
「それは大丈夫であろう」
魏は蜀と雰囲気がまた違う場所だった。雪が降り積もった景色は美しい。蜀が緑をあしらった装飾品が多いのに比べ、魏は青色をあしらった装飾品が多い。建物であっても、庭であっても雰囲気が違う。龐徳と劉備は馬を兵士にあずけ、こちらにとナマエを手招いた。兵士はナマエをみて色々と勘繰っているようである。
「ことの成り行きは先駆けのものが伝えているだろうが、しばし待ってほしい」
そういった張遼に、ナマエは頷いて庭に面する廊下で待つ。深々とした寒さに息は白く散って行く。冬でも美しい庭なのだ。恐らく春になればもっと美しい庭なのだろう。龐徳がナマエを見下ろした。
「何を考えている?」
「美しい庭だと思っていました」
ナマエの言葉に龐徳は庭をみた。何も咲いていない。彩がない庭だ。確かに桃や桜が花をつける春や、蓮の花が咲く夏は美しい庭である。
「花は咲いていないが」
「雪の白が花の代わりみたいなものです。冬でも綺麗なのだから、きっと春はもっと美しい庭なのでしょうね」
そうほうっと息を吐いたナマエに、龐徳はつぶやく。
「ナマエ殿の世界は平和なのだろうな」
「平和といえば平和です。私の国は、ですが」
ならば、ナマエの住む国と流浪する男、そして魏にいる女は違う国から来たのではなかろうか。
「戦はないのか?」
「ありません。私の国は一度大きな戦で負けてから、それ以降は戦をしてはいけない決まりになっているからです」
「ふむ?しかし、戦は仕掛けなくても仕掛けられる時があろう。それでも貴国は戦をしないと?」
「うーん、専守防衛がなんだとか聞いたことがあります。そこのあたりのことで議論が怒っているのは確かです。国を守る人達はいますから」
そこでようやく流浪する男が同じ国だと理解できた。あの流浪する男は恐らくはその一人だったのだろう。
「国を守る人間は戦がないなら何をする?」
「訓練したり、他の国の人を助けたり、災害があった場所を助けたり色々されてますよ……あまり、この国にいる方はこういった話をされないのですか?」
「あまりいい話は聞かぬな。同じ国とは思えん。ナマエ殿は、祖国が好きか?」
「そうですね……この世界に来るまではあまり考えたことがありませんでしたが、なんやかんや言って私は好きだと思います」
ナマエの当たり前が当たり前でなくなった今、思い返せば恐らく好きなのであろう。ナマエの返答に龐徳はナマエを見下ろして緩くえんだ。ならばナマエよ、祖国を大切にすることだ、と。
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目の前にいるのが曹丕という人物らしい。涼しげというのか、冷たそうというのか、そう言うイメージを持つ。恐らくその隣にいる人がお姫様なのであろう。艶やかな大人の女性である。ナマエはその女性似合う花や色を思い浮かべていた。色はやはり青色系統で、落ち着いた色の方がいいだろう。蓮や薔薇はどうだろうか。レースをあしらったほうがいいだろうか。いくつか試作を作って選んでもらったほうがいいかもしれない。しかし、好きな色を考慮しなければそれはそれで意味がないだろう。
「ええっと、好きな色や好きな花などはありますでしょうか?」
そこまで告げてからナマエは顔色を悪くした。礼儀だから名乗れと言われていたからだ。
「申し訳ありません、不躾に眺めてしまいました。蜀から来たナマエです。髪飾りの参考にしたいので、好きな色や花を教えていただければ助かります」
改めてそう告げれば、蔑ろにはされなかった。布はもういくつか用意されているらしい。まぁ、偽物ではないか布を盗むのではないかという文官の言葉に、ナマエが作っている間は誰かしら部屋にいるということになったのだが。
部屋について、ナマエは早速カバンの中身を机に並べた。おいてある布は見るからに高価そうである。これは無碍にはできないだろう。普通の筆で巻物にデザインをかく。今回は思いつきというよりは何か形をきちんと考えた方がいいだろう。百合、薔薇、蓮、藤、椿。椿はイメージとは違うし、百合よりは大人っぽい薔薇の花だろう。やはり蓮か薔薇で作るか、と、とりあえず鞄からこぶりの花をとりだして合わせたり布を並べて色味を考えてみたりする。それを張遼は何も言わずに眺めていた。あれやこれやと考えながら作業する様子はどこかあれやこれやと考えながら策を練る軍師たちに似ている。逃げる様子もなければ、何か不穏なことをする様子もない。それどころか、刃物を取り出す時は張遼に確認を取るぐらいだ。筆先ほどの刃物はどうみてもひとを襲うようなものではない。その刃物で布をきり、小さな四角を作っていくナマエに張遼は不思議に思い口を開く。
「貴殿は本当にそのような小さな布から花をつくるのか」
「?はい」
ナマエは張遼の手の上に小さな花を乗せた。張遼はそれを眺める。
「小さな布を折り曲げて作るんです」
「見事なものだな。私はこのような物のことはわからぬが、いかにも女性が喜びそうなものだ」
「張遼さんもつけますか?」
「む」
「帽子の飾りにとか……」
「……先に甄姫殿の髪飾りに集中した方がいい。あの文官の様子を見るに貴殿の首が飛びかねん」
「えっ……が、がんばります」
「あぁ、頑張られよ」
張遼の言葉にナマエはまた作業に戻る。張遼もそれを眺めた。日が落ちようとしている。
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窓の雪が灯りがわりになるとはこういうことだったのか。ナマエは窓辺に積もる雪がぼんやりと部屋を照らすのをみてそう理解する。確かにすこし明るい。これで文字が読めるかと言われたら微妙ではあるが。そんな情景を思いだして、ナマエはいつものように口ずさむ。
「ほたるのひかり、まどのゆき、ふみよむつきひ、かさねつつ、いつしかとしも、すぎのとを、あけてぞけさは、わかれゆく」
小さな花びらをくっつけていく。薄い布で花を作れば透明感のある花ができるのだ。
「とまるもゆくも、かぎりとて、かたみにおもう、ちよろづの、こころのはしを、ひとことに、さきくとばかり、うたふなり」
ナマエを監視している兵士がナマエをちらりとみたがナマエはそこに誰かいることを忘れている。歌は鼻歌に代わり、次第に静かになって行く。そうしてナマエはできたと睨めっこしていた蓮の花を机に置いた。そうして伸びをした時、兵士を思い出したらしい。
「あっ」と小さく呟いて、居心地が悪そうに苦笑いをした。
ナマエが逃げる様子も盗む様子もないが為に、見張りをする人間も片手間で仕事をする人間が割り当てられるようになってきた。人によってはナマエは逃げないだろうからか居眠りしたり鍛錬に行っていたりもする。
「盗まれた?」
「あぁ、お前が眠っている間に盗んだようだ」
そうナマエは首を傾げた。眉間に皺を寄せた男は、ナマエに文官を突き出す。ふるふると震え上がる兵士の手には確かにナマエが蜀から持ってきたら花があった。てっきりナマエは何処かに落としたか、それとも猫や鼠が持っていったかと思っていたものだ。どうか命だけは、と震え上がる兵士にナマエは大袈裟だなぁと思いながら首を傾げた。最近よく見張り当番になる司馬昭ーーだいたい居眠りしているーーがあららご愁傷様と兵士をみる。引き連れてきたのが規則に厳しいと評判の于禁だったからだ。
「何故盗んだのですか?」
「こ、故郷にいる妹が婚姻を……なにか贈りたくて」
「それはおめでとうございます。しかし、盗まれた物を渡しても嬉しくないでしょうし、貴方が盗んだとわかれば妹さんも嘆かれるのでは?」
ナマエの言葉に兵士は震えるばかりである。
「妹さんの婚姻はいつなのですか?」
「……」
「答えろ」
「は、春でございます」
春。春ならばまだまだ先であるしお姫様の髪飾りを作ったあと持ってきた花を寄せ集めれば作れるだろう。
「……して、処罰はどうする?」
「私は返せてもらえたらそれで……」
「では、軍の規律にそって処罰を」
ナマエはその言葉に慌てて于禁を止めた。返してもらい、謝ってもらうので終わりと思っていたからだ。
「あの、では、処罰としてこの人を私の手伝いにしてもらっても?」
「なに?」
「見張りの方が別にいるので、盗みもされないでしょう」
「務まるのか?」
「はい、きっと」
ナマエの言葉に于禁はちらりと兵士を見下ろす。そしてナマエを見下ろした。
「ならばこの者を貴方に任せよう。司馬昭殿」
「は、はい!?」
「しっかりと見張っておけ」
そう言った彼に司馬昭は愛想笑いしながら頷く。兵士を置いて部屋を出た于禁を見送り、ナマエは兵士をみた。先生に怒られている生徒……よりも怖がっている。
「おいおい、ナマエ、大丈夫なのか?」
「流石にお姫様のや高い布は触らせられませんが、私が持ってきている布を触るのはいいかと」
「それを甄姫様に渡すって?」
「いや、妹さんのお祝いは自分で作ってもらおうと……私がそちらを作ってしまうのは流石に許されないでしょうし」
そんな会話に兵士はピタリと固まり、司馬昭はやれやれという顔でナマエをみた。
「お前ほんとにお人好しだよなぁ」
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幸いなことに兵士はそこそこ手先が器用でナマエが教えると少しずつ理解して慎重に慎重に花を作り上げていく。ナマエはというと大輪の花をいくつか作りあげ、細かい花と合わせて行く作業に入っていた。
「ナマエ殿、もうすぐ完成かしら?」
「はい、もうじきです」
王元姫の言葉にナマエは頷いた。王元姫はナマエの見張り、というよりはナマエの見張りであるはずの司馬昭の見張りである。最初はうたた寝(と司馬昭は王元姫に証言したが、ナマエには「寝る」と宣言していた。ナマエは黙っておいているが)をよくする司馬昭が、きちんと仕事をしているか伺いにきていたのではあるがナマエと兵士が作っている花が気になったのかたまに差し入れをくれていた。いつのまにかそう言った将が増えつつあるのはナマエしかしらないことだろう。まぁ、名を名乗らない人が多くはあるのだが。特にふらりと部屋に入ってきては、誰かが来る気配に逃げていく人の話はナマエにとって面白かった。ナマエが口ずさむ詩を聞いてやってきたその人は綺麗な詩を紡ぐし何より賢かった。この国の話、この国の昔の話、ナマエの国の話、蜀の話にはふれないが、そんな話をたくさん聞けたのだ。
ナマエは合わせた花をみて、息を吐く。あとは飾り布の配色を合わせてみたりだとか、レースを合わせてみたりという作業だ。ナマエはレースを取り出すと、それを三角形に折ってずらし花に合わせてみる。
「それもナマエ殿が作ったの?」
「はい。編みました。飾り用の布です」
「へぇ、綺麗な布ね」
王元姫はそう言ってナマエの手元の布をみる。ナマエの国のものかしら?と尋ねた彼女にナマエは首を左右に振った。
「もっと西の方の国の編み方みたいです。祖母に教えてもらいました」
そう言ってナマエが笑えば王元姫はごめんなさいと謝った。ナマエは首をかしげる。
「どうして?」
「家族に会えないでしょう?」
「確かに会えなくて寂しいですが、それはそれです。家族が巻き込まれてないことの方が嬉しいので」
きっと生きて行くためには父親は戦に出るなりなんなりしただろう。母親にだってきっと危険なことが付き纏った。この世界で二人が死んでしまえばそれでこそナマエは毎日泣いていただろう。それを考えるようになってから、ナマエは家族に会えなくても大丈夫になってきていた。寂しいのは寂しいが。この世界ではジョーイがナマエの家族なのだ。
「ジョーイは元気かな」
「ジョーイ?」
「蜀にいる私が世話をしてる仔馬……うん?まだ仔馬なのかな?」
「馬かよ」
「はい、馬です。私のこの世界の家族です」
ジョーイの姿を思い浮かべる。寒さで震えていないだろうか。それを考えてナマエは少し寂しくなった。蜀のみんなは。心配してくれていたら彼らは。
「ナマエ、どうかしたのか?」
「いえ、そろそろ帰る頃かなと思っただけです」
「そうだなぁ、そろそろ蜀からの使いが来てもおかしくはなさそうだけどな」
司馬昭は欠伸を零しながらそう告げた。花と睨めっこしていた兵士が出来たと声を上げる。彼の手には薄桃色の大きな花が一輪出来上がっていた。ナマエは作業の手を止めて、白い布を取り出した。
「では次は白い小さな花を」
「小さな花?」
「はい。大きな花をつくれたので、小さな花は簡単に思えますよ」
「……ナマエ殿、よければ私も教わってみたいのだけれど」
「はい、構いません。私が持ってきた布しかありませんが」
ナマエはそう笑んで布を取り出す。王元姫はそれを悩ましげに眺めた。司馬昭も同じくながめて、これなんかいいんじゃないかと水色に似た布を指差した。
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