2021/03/24

誰が為に花は咲く4

4


「ほう、見事よな」
そう言ったのは名乗らない人だ。恐らくは偉い人なのだろうが、よくわからない。人が出払っている時にーー兵士が訓練などに顔を出している時にーー彼はやってくる。今日も誰もいないからとナマエが歌いながら作業していれば、椅子に座って眺めていた。毎度のことであるが、ナマエは「わっ!」と声を上げ、彼はクツクツと笑うのだ。危うく完成した髪飾りの一つを壊しかけた。
「しかし、この国の王子が要求したのは一つでなかったか?」
「どちらが好みかわからないので、決めてもらおうかと思いまして」
ナマエはそう苦笑いした。薔薇か蓮かどちらがもっとも似合うのかわからなかったからだ。
「どちらも好ましそうではあるが」
「それを聞いて少し安堵しました」
ナマエはホッと息を吐く。相手はそんなナマエをみてフッと笑った。
「先程の詩はお主の国の情景か?」
「昔の景色を謳った詩です。今はもうほとんどなくなってしまいました」
「なくなった?」
「人が住むために開拓をしたりしたので、なくなってしまったのだと思います。私が生まれる前にそういう風に無くなったものはたくさんあって、私が生まれてから国はそういう景色を守ろうと働きかけています」
「お主の国は面白いことをするな、人だけでなく景色も守るか」
「そうですね。でも、それは私の国だけではありませんよ。古くから残っているものをどう未来の人達に残して行くのかという問題です。先人達がみた景色を知らなければまた先人達の残した詩の情景も浮かばないでしょう?」
「ふむ、それは一理あるか。……しかし、お主のいる国とカメイのいる国が同じ国とは思えんな」
「カメイ?」
「この国にいるお主と同じ世界より舞い降りた人よ。酷くに美しく強い女性だ。あやつは基本的に自分の国や身の回りへの不満しか聞かんからな」
「龐徳さんや張遼さんも似たようなことを言っていた気がします」
「お主はどう思う?」
「何をですか?」
「この世界と元の世界、どちらが好きだ?」
「それはすごい難しい問いです」
ナマエはそう言って困った顔をした。
「あの世界を離れてはじめてあの国が好きだと理解しました。でも、この世界も好きになってきたところです」
「戦ばかりのこの世界がか?」
「戦は嫌ですが」
「お前たちが好む食事を取ることも難しかろう」
「この世界の食事も美味しいですよ」
「前向きだな」
「私は後ろ向きな方です。髪飾りを作り始めたのも気を紛らわせるためでしたし」
ナマエはそう言って相手を真っ直ぐに見た。
「……きっと元の世界は恵まれ過ぎているのです。温かな食事が取れることも、綺麗な服で着飾るのも、明日がくることも、多くのひとが当たり前だと思っているのですから。この世界に来て私はそれを酷く痛感しました。あと、季節の美しさも」
ナマエは窓の外を見る。雪がまた降り積もってきている。また一面真っ白な世界になるのだろう。
「冬の景色も美しいですが春も待ち遠しいですね。きっと、また違う色が灯った世界なのでしょう」
「あぁ、そうだな」
そう言って男ーー曹操は同じく窓の外をみた。春が近くなれば一面の白から色が灯りはじめる。もうしばらくは先であろうし、その頃にはナマエは蜀に戻っているであろうが。


==


再びみたお姫様はやはり大人っぽい美しさと色気を持つ人だった。ほう、とナマエが見惚れていれば「どうした?」と曹丕が声をかけたのだが。
「いえ、美しい方だなと」
「見惚れていたか」
「はい」
「素直なのは良いことだ。髪飾りができたと聞いたが」
その言葉にナマエは台に置いた髪飾りを二つ曹丕と甄姫に見せた。二つ?と首を傾げた彼らにナマエは困った顔をした。
「とりあえず二つとも今の私にできる最善を尽くしたのですが、どちらがより似合うのか、どちらがお好きなのかは私には判別できなくて」
「ふむ……」
別の兵がナマエから台を受け取るとそれを甄姫と共に眺めた。まさに美男美女である。しかし、曹丕は誰かに似ている気がする。薔薇の髪飾りをあてがって、ほう、という感嘆のため息が聞こえたと思えば、蓮の髪飾りをあてがって、また同じため息がきこえた。
「悩ましいな。どちらも甄の美しさをたてる」
「……どちらとも、という答えはいけないかしら」
その答えにナマエは「構いません」と頷いた。
「元々はお姫様に合わせてつくったので、他の方に合わせても似合わない気がします」
「では、ありがたくいただこうか」
「その奥のものは?」
そう尋ねた曹丕に、ナマエはああこれは、といって上に被さった布を外した。今で言うピンバッジみたいなものだ。制服を止めるのに使っていた安全ピンを使おうとしたが、それを見ていた名前を知らない男ーー曹操がそれは止めた方がいいと忠告してくれたたので、ヘアピンで代用した。挟んでとめる、そう言う概念である。きちんとピンはみえなくしてある。針は毒を塗り暗殺に使われることがあるからだろうか、とナマエは気づきその人に感謝した。
「私の世界では夫婦で似たようなものを身につけたりされるので、もし良ければと」
「あら、気がきくのね」
「ただ、私の世界の留め具を使ってしまっているので……」
近くの文官にこう止めるのだと説明する。文官はそのまま二人に説明をしたのか、甄姫が曹丕の服にその飾りをあしらった。なるほど、似合っている。
「お前に褒美を取らせよう。何がいい?」
その問いにもナマエは言葉を反復する。私が好きでやっているだけなのでいらないというのは相手を蔑ろにすることであるとは曹操がナマエに告げたことだ。だから、何かを言わなければならないのだが、ナマエは浮かばなかった。黙り込んだナマエに、曹丕がどうした?と尋ねた。
「いえ、何もいらないは相手にとって失礼だと聞いたのですが、私はどうも褒美というのが思い浮かばなくて」
「無欲な奴だ。ならば布や糸はどうだ?」
「あ、それが嬉しいです。余った布を頂いてもよろしいですか?」
「……ならば糸を手配しよう。明日にも蜀から使いが来る。荷物をまとめておくがいい」
ナマエはその言葉に、はい、と頷いた。……鞄一つに増えた荷物は流石に入らなさそうである。

==

荷物をまとめて、兵士の作り上げた花を一つの髪飾りにまとめあげる。箱は兵士が持ってくると言っていたのでそれに仕舞えばいいだろう。あとは、とナマエは残った髪飾りの材料を見つめる。そうしてナマエは余った時間と材料で、一羽の鳥を作り上げた。夜の空にその鳥をかざす。美しい青が、月夜に映えた。

「ナマエー!よかったよー!」
「わっ」
抱き上げられて一回転する。それはいつかの馬超と同じである。しかし、今回は嗜めた側であり前回いなかった徐庶が「馬岱殿、ナマエが困っているよ」と困り顔で告げたのだが。
「あぁ、ごめんごめん、つい!」
「いえ、大丈夫です」
地面に降ろされてナマエは告げる。馬岱は眉尻をさげたまま口を開いた。
「ナマエったら書状もくれないんだもの。俺も若もみんなもすっごい心配してたんだよ」
「あっ……そういうの送ってよかったんですね」
「うーん、やっぱり知らなかったかぁ」
馬岱はそう言って困った顔をした。酷いことされなかった?と尋ねた馬岱に、ナマエは首を左右に振った。
「あら、ナマエ殿……と、」
「なんだ、もう蜀から迎えが来てたのか」
そう告げた司馬昭にナマエは頷いた。お世話になりました、と言えば王元姫が「お世話になったのはこちらの方よ」とつげた。
「そのまま魏にいてくれたら私は嬉しいけれど、ナマエ殿の家族が待ってるものね」
「はい……あの、兵士の方が見当たらないのですが」
ナマエはそう言って困った顔をした。その言葉に二人は顔を見合わせた。あの兵士はナマエが帰る支度をしている途中にも、今日になっても来なかった。実は将の一人なのであるが、ナマエは最後まで気づいていないのだろう。そもそも、盗まれた話であるとか妹の婚姻の話であるとかは嘘であるはずなのだ。
「これをお渡しください」
そうナマエは司馬昭の手のひらに髪飾りを渡す。苦笑いをして司馬昭は受け取った。渡しておくと言ったものの付ける人間が存在するのだろうか。
「まだ間に合ったか」
そう顔を覗かせたのは偶に誰かを探して顔を覗かせていた隻眼の男性である。彼は箱に入った鳥をあしらった飾りをナマエに見せた。
「部屋に置いたままだった」
「あぁ、えっと、名前を知らない方が色々教えてくださったので、その人へのお礼といいますか……」
その言葉に隻眼の男ーー夏侯惇はなんとも言えない顔をした。その相手は察しが付いている。たまにふらりと庭に出ることはあったが、いつからか庭にはおらず、別の場所にいることが増えたのでる。
「そんな奴がいたのか?」
「皆さんがいない間にそっと来て、誰かが来る前にそっと帰られてました。詩歌や礼儀なども含めて色々教えてくださったので」
「……わかった、渡しておこう」
深い深いため息をついた夏侯惇はそこでもう二人ほど詩歌に通じる人を思い出したのだろう。
「一応尋ねておくが、それは男か、女か?」
「男性の方でした」
「齢は?」
「貴方様に近い歳の方だと思います」
「……わかった。これは俺が預かり、その男に届けておこう」
夏侯惇はそう言って箱を持つ。徐庶はその相手を勘ぐり、また馬岱もその人物を思い描く。連れて行かれなかっただけ、まだマシだろうかと。
「ナマエ、さぁ、帰ろう!みんなが待ってるよ!」
馬岱はそう明るい声で名前の肩を叩いた。ジョーイも君の帰りを待ってるよ、と。

==

「ナマエ、名乗らなかった人だけどね、若の前でその人の話をしないでほしいな」
そう言った馬岱をナマエは振り返るように見上げる。後ろに座って馬を操っている馬岱は困ったようにナマエを見下ろした。
「若はその人のことをすごく嫌いなんだ。だから、きっと君の口からその人の話が出るとすごい怒ると思うのよ」
他人事のようにいうな、と徐庶は思う。同じはずである。馬岱も馬超も。魏の曹操に一族を殺されたのだ。馬超は感情を隠すことをしないが、馬岱には隠す術がある。ナマエ
「だから魏に向かう前に怒ってらっしゃったんですか?」
「うん、そうなのよ。だから、ナマエが生きていてホンットによかったよ」
何も知らないのだ、この子は。平和のためにと歌いながら、誰が誰の家族を殺したのかも、誰が誰を恨んでいるのかも。なにも、何も知らないのである。だから、とても清らかな物に感じるのだろう。自分達とは全く違う価値観を持っているのだから。


森を抜け、山を越えた先も白い景色である。流石に山が一番の寒さだったが降りてからもさむさはある。ナマエはマフラーに耳まで埋めていた。
「成都も雪が積もってるんですか?」
「うん、成都も雪が積もってるよ。もう、ホント寒くって。向こうは寒くなかった?」
「あったかい何かがありました。篭に入った……」
「あぁ、炉炭かな?ナマエの部屋にも月英殿達が準備してたよ」
「本当ですか?ありがたいです」
「冬はあれが手放せなくってね」
そんな会話をしながら、馬岱はチラリと横目で後ろをうかがった。山を抜けたあたりから誰かがついてきている。冬だと言うのにご苦労なことで、と馬岱は内心ぼやいた。徐庶もまた背後を横目でみた。馬岱は帽子をナマエに被せる。いきなり暗くなった視界にナマエが「えっ!?」と声をあげたが、馬岱はいつもの声の調子で「ちょーっとナマエそのままにしといてね」と告げると徐庶が武器を構えるのはほとんど同時だった。馬岱はそのまま道を早駆けする。ナマエは暗闇の中感じる風に少し怖くなって馬岱の手をぎゅっと握った。馬岱は少し小さくなったナマエを見下ろす。
「大丈夫、大丈夫、すぐ徐庶殿も追いかけてくるから」
「な、何かあったんですか?」
「うん?あぁ、ちょっと動物がね、追いかけてきてたみたいだから」
「えっ、徐庶さん大丈夫ですか!」
「徐庶殿は強いから大丈夫だよー、ちょっと追い払うだけだしね」
馬岱の言葉にナマエはホッと息を吐く。だからナマエはじっとしててね、と、馬岱は一回り以上小さなナマエの手を見ながら告げた。そのあとすぐ、またのんびりと馬を進めていれば徐庶が追いついてきた。
「徐庶殿、動物は追い払えた?」
「……ああ、追い払ったよ。最近ここらに住み着いていたみたいだった。また孔明に報告しておくよ」


==

成都へ戻ってきたら、それはそれは大変だった。まずは馬超にくるくるとまた抱き上げられ、その次は劉備達に心配したと告げられ、魏でのことを報告し……とりあえず、ナマエがジョーイに再会できたのは日が暮れてからだった。ジョーイと呼び掛ければ、厩にいたジョーイはナマエがいる方をみた。ナマエが一回り大きくなったジョーイに駆け寄れば、ジョーイは嬉しそうにナマエに顔を近づける。ナマエがそっとハグをすればジョーイも擦り寄った。
「ただいま、ジョーイ」
ナマエの言葉にジョーイは答えるように鳴き声をあげる。その変わらない声にナマエはホッと息を吐いた。


また穏やかな日々が戻ってきた。ジョーイと散歩をし、月英の工房の手伝いをする。そうして休みの日に何かを作る。法正に連れられて兵の訓練場にも顔を出すようになり、顔馴染みの将も増えてきた。
「ナマエは変わったな」
そう告げた趙雲にナマエは「はて?」と首を傾げた。巻物に馬超の絵を描いていた手をとめて、ナマエは趙雲を見上げる。
「そうですか?」
「あぁ、よく笑うようになった。前は全てに怯えていただろう?それでこそ、馬超殿にも」
その言葉にナマエは困った顔をする。確かにそうである。が、馬超のいる手前そう言うのはどうかと思うのだ。手合わせが終わった馬超が槍を降ろしてナマエをみる。
「む?そうなのか?」
「……馬超さん、いつも険しい顔してたので……」
于禁のようなタイプだと思っていたのである。コロコロ表情が変わるのだとは想像もつかなかった。ナマエの言葉に馬超が馬岱をみた。
「そんなに険しい顔をしているか?」
「いやぁ、俺は見慣れてるからね!」
「もしや、今も怖いのか?」
「いまは怖くないです」
ナマエはそう言って首を左右に振った。今は良き兄というか、そんな形でおさまりつつある。馬超はナマエの言葉にそうか!と髪をぐしゃぐしゃに撫でる。ナマエはそれをくすぐったそうに享受した。ナマエがこの世界に辿り着いてから九つの月が経とうとしていた。

==





 Comment(0)
359/1059/遠呂智関連 

次の日 top 前の日