2021/03/24
↓の遠呂智2
「役に立たないなら助けても意味がないじゃない」
そう告げた女性に、男は殴ってやろうかと拳を握った。呉の軍師見習いとなった青年が顔色を悪くして二人を見比べた。その様子に周りの将はなんだと三人を見たが、いつものことかとすぐに感心はなくなった。この三人は仲が悪い。こんな事態であるし、同じ世界から来たのだから仲良くしたらどうなのかと将達に告げられたからマシになったもののそれでも三人の折り合いはひどく悪かったのである。
「お前はまたあの子を殺すのか?」
男の口からこぼれ落ちた言葉に女は「はあ?」と眉間に皺を寄せて男をみた。青年はただただ顔色を悪くするばかりである。
「何言ってるの?」
「惚けんなよ。あの日、お前が轢き殺したくせに」
男はそう言って鼻で笑ってみせる。
「たった一人の命がなんなの?貴方もこの世界で何人も殺してるじゃない」
それはそうだ。この世界にきて、何人かは手にかけた。生きていくために。殺さなければ死んでいる、そんな状況だからだ。男は目を伏せて尋ねる。
「この世界の命の重さと俺たちの世界の命の重さは同じだと思うか?」
それは自分の弁明に似た言葉にしかならないのを男は理解している。女は同じだと答えるだろう。少女と同じ言葉を出すだろう。でも、それはきっと同じ言葉であるだけで違うものだ。
「同じでしょ?命は命よ」
「じゃあ。お前の命の重さとあの子の命の重さはどうなんだ。貧民と貴族、君主と将兵、先進国と発展途上国、命が命であるなら重さは等しいはずだろうよ」
「相変わらず意味がわからないわね、貴方何が言いたいの?」
「違うんだよ、命の重さは。戦だ病だ天災だってポロポロ人が死んでいくこの世界と、生きているのが当たり前の俺たちの世界では。お前は生きていることが当たり前の世界で、人を殺した。そうでもして辿り着きたかったこの世界は崩壊しかけてんだもんな、笑っちまうぜ」
「ちょっと話したの!?」
「僕は話してません、違います!」
「俺が覚えてんだよ。胸糞悪い。悪かったなぁ、覚えてて!」
徐々にヒートアップする言葉に流石にいつもの喧嘩とは違うとわかったのか周りの将達が三人をみた。「ちょっと待てって」と司馬昭達が割り込んで、ようやく男は握りしめた手から力を抜いた。
「こんな事態なんだから、もうちょっと仲良くしろって。なぁ?」
「どうしたんだ、トクメイ。お前が声を荒げるとは珍しい」
馬超の問いかけに男ーートクメイは息を吐く。半兵衛が「結構トクメイは短気だよ」とただ告げた。
「ほら、馬超に懐いてる嬢ちゃんがいただろう」
「馬超さんに懐いてる嬢ちゃん?」
「……もしや、ナマエのことか?」
馬超の問いかけにトクメイは頷いた。半兵衛もなんとなく理解したのか、ああ髪飾りの職人の、と手を叩いた。
「ナマエがどうかしたのか?」
「まさか、ナマエを見かけたとかか?」
「いや、それはありえん……ナマエはあの時成都にいた筈だ」
「馬超、それは違う」
トクメイはそう言って首を左右に振った。
「成都が妖蛇に襲われた後、俺はジョーイと一緒にいる嬢ちゃんにあった」
「……それは本当か!!」
蜀の将も、ナマエを知っている将も反応してみせる。
「あぁ、たまたまだったが、一部の民と一緒にいたからまだ安全だろう山奥の寺院に案内したんだ」
「なんだと!?迎えに行こう!」
「若、俺もいくよぉ、また若だけだとナマエが怯えちゃうよ」
「もうそんなことはない!トクメイ、ナマエは何処にいる?」
その問いかけにトクメイははっきり告げる。
「もうない。襲われたらしいと言う知らせを聞いて俺が戻ったが、寺院は妖魔に襲われた後だった」
わかっていたはずのことであるはずなのだ。それにしても、馬超は目を見開いてショックを受けたようだった。
「……そう、か。ジョーイは?」
「一箇所から動かなかったからそのままにしておいた」
「……。そう、か。……そうか……」
馬超の兜が下に向く。護ってやると、約束したのだ、と呟くように馬超が告げる。怖がりなナマエのことだからきっと恐ろしかったことだろう。
「……馬超将軍」
ようやく青年が口を開く。少し震える声で。女性はキッと睨むように青年をみたが、トクメイがそれが見えないように割り込んだ。
「……その時、ちょうど僕たちが近くにいたのです。僕の記憶を辿ればあの子は救えるでしょう」
「本当か!」
「馬超殿、しかし、その子は戦えないのでしょう?ならば今過去に戻り討伐軍に招いても酷い話穀潰しになるのではないですか?」
その発言に半兵衛はなるほどなと理解した。恐らくはこれで三人は揉めていたのだ。青年がトクメイに漏らしたのだろう。戦えない人間をわざわざ過去に遡ってまで今の討伐軍に招く必要があるのか。先を急ぐ将達はいるのではないのか。それはもっともではあるが、一部を敵に回す言葉でもある。役に立たない人間なら助けなくてもいいと言う言葉は一部の兵士たちにはひどく突き刺さる言葉で、それが積み重なれば兵達の忠誠は薄れていく。
「あの、君の言い方なら、役に立てばナマエを救っていいと言うみたいだね」
重い沈黙を切り裂いたのは徐庶の言葉である。
「……トクメイ殿、戻った寺院の跡の地面や床には絵が散らばってたんじゃないかな?」
「絵?……ああそういや、踏み消されてたけど、それっぽいのはあったな」
「やっぱり。なら、ナマエは間違いなく役に立つよ」
徐庶はそう言って馬超と馬岱を見た。
「法正殿に黙っておくように言われたけれど、あの子も妖筆を扱えるんだ」
「えぇっ!?そうだったの!?ナマエから一言も聞いてないよ!」
「元はと言うと孔明に渡されたみたいなんだけど、俺と法正殿しか知らないと思う」
「何故徐庶殿と法正殿か?」
「君たちが呉から帰ってくるまでの間で、孔明が他の人に捕まっていて……君たちがいればきっと君たちに相談してるよ」
徐庶はそう言って困った顔をした。
「しかし、ナマエ殿が戦えるとは思えないが」
「あぁ、彼女の妖筆と馬岱殿の妖筆は少し違うんだ。彼女は敵を攻撃はできないようだった」
「それがどう役に立つっていうの?」
「それが、僕ら軍師と滅法相性がいい。法正殿が黙ってるくらいには。単刀直入にいうと、彼女が妖筆で描いた絵は動くんだ。巻物に馬をかけば馬が飛び出て跳ね回るし、鳥を描けば羽ばたいていく」
それの何処が。女性はそう言いかけたが、半兵衛が「ははーん」といたずらっ子のように笑って口を開いた。
「その法正殿って言う人は悪い人だね?悪いこと思いついちゃうんだもんなぁ」
「……まぁ想像にお任せするよ」
「あっはっはー、そりゃあ俺たちと相性がいい」
「馬超さん、さっさと助けに行こう?すっごく戦力になると思うんだよね」
半兵衛の言葉に馬超は「ああ」と頷いた。きっと助けるのだと言う馬超にトクメイはホッと息を吐く。そうして青年の背中を叩いた。
「ありがとな」
「いえ……せめてもの罪滅ぼしです」
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描いていた趙雲や関羽、張飛や黄忠の目をかき入れる。そうして飛び出した彼らに民を守りながら外に出るように頼めば彼らはそのまま寺院から外に出た。法正に言われて書き溜めていた兵士達はだんだん消えていく。まだ敵の少ない方から逃したし大丈夫かもしれない。無事を祈ってからナマエは目の前にある馬超と馬岱の絵を見つめた。その絵に目を描き入れるか迷う。迷って迷って、迫ってくる足音に震える手でその二人の写し絵に目をかき入れた。飛び出るように現れた二人は白黒である。白黒であるのだが、ナマエの頭を撫でるようなフリをして馬岱は外に向かい、馬超はただ扉の前に立った。
ナマエは怖くて怖くて仕方がなかった。二度目ではある。この世界に迷い込んですぐもこんな状況だった。口を真一文字に結んで泣くまいとしているナマエに、絵に描いた馬超は本物のようにナマエの頭をもう一度撫でるフリをしてから、抱えるふりをする。ナマエはただただ口を真一文字にしたまま泣くまいと耐えた。
「もう襲われてる!」
「さっさと救援に行くぞ!」
そう寺院への道を駆け上がる。途中で馬が並走してきたかと思えば、馬は馬超に合わせるように並走した。その色模様には見覚えがある。ジョーイだ。
「ジョーイ!?ということはやはりナマエはいるんだな!」
「若、ジョーイと一緒に行って。俺たちもすぐに追いかけるよ!」
馬岱の言葉に馬超は「ああ」と返事をするとジョーイに飛び乗った。ジョーイはそのまま馬超を乗せて坂道を駆け上がる。妖魔を馬超が槍で蹴散らしながら進めば、確かに徐庶の言う通り地面にはところどころ兵士の絵が散らばっていた。少し開けたその先には蜀の将もいる。ただ、色がない。白黒なのだ。攻撃すると一応吹き飛ばされたり、気絶はさせることができるようであるが殺傷能力はないのだろう。ナマエの絵である。敵が攻撃を加えるとばしゃり、と地面に崩れ落ちて絵を描いた。
寺院の前には白と黒の馬岱が戦っているのが見える。馬超を見て口をパクパクと動かした絵は寺院の中を指差した。
「中にナマエがいるんだな?」
その言葉に白と黒の馬岱は頷いて、馬超の背中を叩くふりをした。馬を置いて中に入れば、妖魔の数は少ないものの入り込んでいるのが見える。馬超はそれを排除しながら進む。そうしてある部屋の近くに着いた時だ。やけに気を失った妖魔が多い場所である。鋭い槍のようなものが目の前に飛び出してきて馬超はそれをかわした。そのまま槍のようなものを槍で交わしつつ、障子を蹴り破ればそこにいたのは白黒の自分自身だ。白黒の馬超は馬超を見ると槍の矛先を避けた。そうしてムッとした顔をして入れと言わんばかりに場所を少し開ける。その先にいた小さく丸くなったナマエに、馬超は声をかけた。
「ナマエ!」
その声にナマエは顔を跳ね上げる。駆け寄った馬超はナマエに合わせて屈むと、無事だったかとナマエを大切そうに抱えた。ナマエは真一文字に結んでいた口を開く。
「馬超さん?」
「あぁ、」
痛いほどの力だ。ナマエは兜で見えない顔に向かって問いかける。
「……約束通り、助けに来てくれたんですか?」
「……あぁ、そうだ!ナマエを助けに来た!未来からな!」
未来とは。ナマエがそう首を傾げる間に馬超はナマエをひょいっと抱え上げた。障子近くにいた白黒の馬超がまた槍を構えたがーーすぐに退ける。「わ!今度は若だ!」と聞こえてきたのは馬岱の声で、すぐに馬岱と白と黒の馬岱が顔を覗かせたからである。
「あ!いたいた、若、ナマエ!撤退するよ〜」
「ジョーイはどうした?」
「トクメイ殿が連れて逃げてくれたよ」
「民の人が、裏手から逃げたので、ついでに助けていただけると助かります」
ナマエはそう告げる。勿論だ!と声を上げた馬超と同じ仕草を絵に描いた馬超はしてみせた。
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民を擁護しながら撤退すれば、パシャリと音を立ててそこにいた将が崩れ落ちた。地面に描かれた蜀の将にトクメイは「うまいもんだな」と口を開く。青年は静かに同意した。芸術方面に秀でているとは聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。そこでようやくナマエは安堵したらしい。ホッと息を吐いて、馬超にしがみついていた手の力を緩やかにした。なんだかんだと迫ってきた妖魔は追い返す事もできたのである。
「馬超さん、馬岱さん……えっと、あの、ありがとうございます。助けていただいて」
ナマエはトクメイと青年を見て困った顔をしてから頭を下げる。トクメイは「そういや名乗ってなかったな」と絵からナマエの方を見れば、馬超がナマエの無事を確認していた。
「ごめんねぇ、トクメイ殿。若ってば、ナマエを妹みたいに可愛がってるから」
「いや……できてんのかと思った」
家族愛の方ね、はいはい。トクメイはそう思いながら二人を見る。まぁ、馬超が二十を超えているとして、ナマエの年齢は十五を越えたか越えていないかぐらいだろう。馬岱はトクメイの言葉にやれやれと肩をすくめた。
「まだできてないのよ」
「……ん?」
「えっ?」
「若〜、ナマエが困ってるでしょ。ほら、はやく陣に帰るよ」
その促しに馬超は「ああ」と言ってナマエに手を差し伸べた。いまだに訳が分かっていないナマエはたくさんハテナを浮かべて四人を見上げて見せたのだが。
目の前が光ったと思えばたどり着いたその場所に、ナマエは目を瞬いた。榊をもった女の子がナマエを見て微笑むと、ご無事でようございました、と告げる。未来から来たと馬超は言っていた。ということはここは未来、なんだろうか。そもそも未来から一々助けに来た、と言うことは、だ。顔色を悪くしたナマエにジョーイがナマエに顔を擦り寄ってくる。構えというのだろう。青年がナマエを見下ろして、ごめんね、と小さく告げた。確か同じ世界から来た人物で、呉で軍師見習いをしているはずだ。
「いえ、ありがとうございます。助けていただいて」
ジョーイを撫でながらそう言えば、青年は少しだけ目を見開いて、また「ごめんね」と謝った。それも何度も。ナマエは首を傾げる。彼が何を言いたいのか分からなかったからだ。とりあえず、ナマエは彼を見上げて「私は今こうして生きているので気にしていません」と告げた。
だからどうかそんなに謝らないでください、と。
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法正に叱られる。
ナマエが目が覚めてから最初に思ったのはそれだった。例え目が覚めた先が知らない場所でもだ。慌てて法正に弁明する為に起きあがろうとしたが、何かに阻まれて起き上がることができない。一人でパニックになっていれば、後ろから馬超の声が聞こえてナマエは固まった。一体何が起きているのか全く分かりっこない。ただ、後ろの馬超がナマエの首筋あたりに頬擦りをしたあたりで頭が真っ白になってナマエは泣いた。昨日のこと、さらには黙っているように使わないように言われていた絵を使ってしまったこと、そして今のこと。全てがいっぱいいっぱいすぎて、ナマエはめぇめぇと泣いた。
「若、ナマエー、朝、だ、よ」
そう顔を覗かせた馬岱はその状況をみて、馬超からナマエを取り上げた。ナマエの寝る場所がまだ整っていないからと馬超がナマエに自分の寝台で眠るようには言ったのだ。自分は椅子で眠るからと。ナマエは服をきちんと着ているようであるし、何かをしたされたということでもなさそうだが。
「ナマエ、大丈夫!?」
「おき、おきたら、動けなくて、なんでだろうとおもったら、ば、ば、馬超さんが、後ろにいて」
「うんうん、びっくりしたねぇ」
「……馬岱?ナマエ!?どうした!?」
「どうしたもないよー、若。起きたら若が後ろにいたからナマエがびっくりしちゃったんでしょ」
「そうだったのか、すまん。ナマエがうなされていたから、最初は頭を撫でていたんだが……寝落ちたらしい」
困った顔をした馬超に、ナマエはそう言えばと思い返す。最初は怖い夢を見ていた気がするが、途中から温かな夢に変わったのだ。恐らくは馬超が頭を撫でてくれたからだろう。そもそも自分が馬超の寝台を借りたのがわるいのでは。ナマエはそう思いながら目を擦った。ナマエ、擦っちゃだめだよ、と馬岱がナマエを見下ろした。
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