2021/03/24
↓の遠呂智3
・遠呂智3
どうしても彼らの顔が思い出せなかったのだ。いつのまにか持っていた筆で夢の中で見る人を巻物に描いたのはいい。が、どうしても皆顔だけが思い出せなかった。折角卒業制作のために空想上の絵巻を書き上げようと思ったのに、顔が描けなければ完成しない。ナマエはため息をついて向き合っていた巻物を巻き上げると鞄の中に放り込む。そして筆の墨を落としてケースにしまうと、タブレットと一緒に鞄の中にいれた。こういう何も浮かばない時は、気晴らしに乗馬クラブにでも行って馬と駆けるにつきる。ナマエは鞄を持つとそのまま一人暮らししている借り屋をでた。
あの事故からもう約七年の月日が経とうとしている。雨の日のことだ。交通ルールをしっかり守り歩いてきたナマエに車が突っ込んできたらしい。らしいというのは助手席に乗っていた青年や、目撃者だった男性が告げたことで、不可解なことに後ろから衝突されたナマエは何も覚えがなかった。ただ、次に目を覚ました時には病院で、他の二人も同じく病院にいた。運転していた女性はそのまま現場から立ち去り行方知れずらしい。普段あまり怒らない両親がとてもおこっていて、いまでもその女性をさがしている。まぁ、現れても他の二人と違って関わらない方が良いのだろう。
他の二人ーー当時大学生だった助手席にいたとされる青年は文化財の保護や歴史学の若くて優秀な教授になっていて、ナマエは時たま彼に世話になることがある。もう一人ナマエに的確な処置を施し救ってくれた男性は自衛官の男性もまた結構な地位にいるらしい。前に三人であった時、こっそりと教授が「何処にいるんですか?」と尋ね、「ちょっと言えないとこ」と某映画のような返答をされた。
ナマエが乗馬クラブにつくと、牧場のように広くなっている広場から一頭の馬がかけてきた。そうして自転車にのるナマエの隣に並ぶと並走する。それを見ていたスタッフがああ苗字さんが来たのかと笑った。
「ジョーイ、今日も元気そうだね。準備していくからちょっと待ってて」
ナマエはそう少しジョーイを撫でるとそのまま駐輪場へ向かった。
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ナマエは馬に乗ってかけるのが好きだ。始めたのは事故にあった後でリハビリとして始めたのであるが、今ではこの乗馬クラブで一番上手く馬を扱えるし、一番はやく馬を翔らせられた。その中でも一番相性がいいのがジョーイという馬だった。ジョーイもまたナマエには懐いていて、二人で何処までも駆けていくのだ。
「ジョーイ、今日はちょっと遠くまで行こう」
そう言ってナマエはジョーイに跨ると山の方へジョーイをかけさせた。
山の天気は変わりやすいというが。ナマエがジョーイと駆けていれば霧に包まれた。迷子にならないように引き返したはずであるのにたどり着いたのは知らない場所だ。狸か狐に化かされたのだろうか。ナマエは近くにある建造物を触る。写真で見た古い中国の建造物に似ているが、どうもそこまで古くはなさそうだ。そんな場所があるとは聞いたことがないし、そんな場所ができたとも聞いていない。
「狐さんか狸さんに化かされたのかな……」
そうナマエがぼやけば、「あら?」という声が聞こえて振り返った。そこにいたのは見知らぬ女性である。見るからにナマエと同じ時代の人間とは思えない服装をしている。
「見たことがない服装ですね」
「あの、ここは何処なのでしょうか。霧の中を引き返したはずなのですが」
「ふむ、迷い込んでこられた方とお見受けします。ここではいつ敵が来るかわかりません。私達の陣へご案内いたしましょう」
その言葉にナマエはますます心配になった。敵や陣といった言葉はいくらなんでも時代錯誤すぎる。もしや撮影に迷い込んでしまったのだろうか。
「お邪魔して申し訳ございません」
「いいえ、お気になさらず。私は月英と申します」
月英と言えば、三国志に出てくる諸葛孔明の妻ではなかったぢろうか。撮影か、なりきりか。それとも小説のように時代を遡ってしまったか。あなたは?と尋ねた彼女に、ナマエはジョーイから降りて口を開いた。
「苗字ナマエと申します。ナマエとお呼びください」
「ナマエ殿ですね」
月英はそういって笑んだ。その姿は見覚えがある気がして、ナマエは少し眉間に皺をよせた。
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たどり着いた先はやはり時代錯誤だった。後おかしかった。劉備や孫権など三国志の将がいたかと思えば、上杉謙信や武田信玄などの戦国大名がいる。皆元の世界に戻るために闘っているから力を貸してほしいとつげた彼らにナマエは困った顔をした。何故なら戦う術など持っていないからである。
「どうかしたのか?」
「お言葉なのですが、私のいる世界は戦などない世界なので、皆様のお役に立てるとは思えません」
ナマエがそうはっきり言えば、近くにいた将達がナマエをみた。しかしながら、戦えないのは事実である。できないことはできないと言わなければ、後々苦しむのは自分である。
「戦がない?」
「はい、少なくとも私のいる国は八十年余りは戦はしていません。国の内部の混乱もありません。私のようなものが武器を持つことは必要がないのです。しかし、何もしないわけにもいかないのは分かっています」
さて、困った、とナマエは困り顔をした。思い浮かべても出来ることが少なすぎる。絵を描いたら飛び出てきます、だなんて邪法認識されてしまえば処刑されるのも容易いだろう。
「炊事ぐらいしか浮かびません。あとは、何か修理することや作ることも得意です」
「まぁ、それならば是非私の手伝いを」
月英の言葉に孔明は「そうですね」と静かに肯定した。
「月英の手助けをお願いできますか?」
「はい、喜んで」
ナマエはそう頷いた。
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月英が虎の形をした戦車を作るのを手伝いつつ、休みの時には将達の訓練を描かせてもらう。赤揃えの騎馬隊は音に聞こえた武田の騎馬隊だろうか。その先頭をかけるこれまた同じく赤い鎧を纏った男性を描く。槍を持ったその人物を描いていて気づいたが、六文銭である。ということは。
「おお、貴殿は絵が上手いな」
そう覗き込んだのはその人物によく似た男性だ。よく似たと言っても髪色は彼とは正反対の白にも似た銀であるが、顔立ちが似ていた。
「これは幸村だろう?」
絵巻を覗き込んだ彼にナマエは幸村とは彼のことですか?と尋ねた。男性は「ああ」と頷いた。
「真田幸村?」
「そうだ」
男性の言葉にナマエはどおりで勇ましいわけだ、とぼやく。鞄から朱色の絵の具を取り出して赤色を彩る。鮮やかな色を帯びた絵に、男性は「今にも飛び出してきそうだな」と告げた。
「しかし、目は描かないのか?」
「今は書きません」
「なぜ?」
「完成してしまうので」
ナマエは困ったようにそう告げる。男性は不思議そうにナマエを見下ろした。完成してしまえばこの絵は飛び出してあの騎馬隊に合流してしまうだろう。激しい打ち合いの音が聞こえる。ナマエはどこか懐かしさを感じながら筆を置いて彼らを見た。
「では、完成したら見せてくれるか?」
そう尋ねた男性にナマエは困った顔をした。でも無碍にするには出来なくて、ナマエは頷いた。
「ええ、きっと……あの、失礼ですがお名前は?」
「これは失礼した。私は真田信之。幸村の兄だ」
ナマエは目を瞬いて真田信之を見上げた。貴殿の名は?と尋ねた彼にナマエは眉尻を下げた。
「失礼しました。私はナマエと申します」
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ナマエの絵はどれも今にも動き出しそうだと評判になりつつあった。ナマエが絵を描いていたのを眺めていたガラシャがほうと感嘆のため息をつきながら口を開く。
「ナマエの絵は今にも動き出しそうじゃのう」
「ありがとうございます」
「して、ナマエ、教えよ。何故目が描かれておらぬのじゃ?」
ガラシャの問いかけにナマエは困った顔をした。ナマエの描いた全ての絵には目が描き入れられていない。それどころか、顔が描かれていないものもあるのだ。ナマエにはそう見えてるのだとかで気味悪く思う兵士もいるのだ。事実気味が悪いとナマエに近づかない将もいるのだ。
「動き出すからって言ったらどうします?」
「なんと!」
「冗談です」
ナマエは肩をすくめた。ガラシャは目を瞬いたと思えばムッとむくれた。ナマエはそれを見て口を開く。
「目を入れないのは完成してしまうからです。今は完成させたくないので」
「ほむ、そういうものか。ではこっちの絵巻物の顔を描かぬのは何故じゃ?教えよ」
ガラシャの言葉にナマエは困った顔をした。ガラシャは首を傾げた。
「そっちは描けないんです」
ナマエの言葉に近くで聞いていた明智光秀が首を傾げた。
「かけない?」
「朧げな記憶にある人をかこうとするのですが、顔だけがどうしても思い出せないのです。何度かき入れても違うので……そのままです」
ナマエは苦笑いしてその巻物をみた。相変わらずちっとも浮かんでこない。明智光秀はナマエの答えになるほどな、と思う。別にそう見えているというわけではないのだと。
「これって若じゃない?」
そう告げたのはガラシャが連れてきた男性である。最近合流した彼はナマエの描いた絵を見て上手だとか、目を書き入れないのに対してわかるわかるだとかいう彼は大きな筆を持っている。描いた絵で攻撃する、とはガラシャの言葉であるがその真偽はナマエはわからないままだった。自分のように描いた絵が動くのだろうか。そんなことをナマエが考えていれば、男性は顔をかき入れてない巻物を見たのだろう。顔を描かない理由を尋ねられてナマエがその答えを告げれば少し考えてそう告げたのだ。
「若?」
「会ったことない?今来てる鎧は少し違うんだけど、金色の兜を着た人だよ」
そう告げた男性にナマエは金色の兜を身につけた人を思い浮かべた。馬を巧みに操る人である印象はあったが、関わったことはない。
「見かけたことはありますが、喋ったことは……」
「そうなの?まぁ、これだけ人がいるし、若は常に戦に出たいだろうからあんまり関わりがないかもね」
男性はそう言ってまた絵巻をみた。そうして一通りみると、今度はナマエをじっとみる。
「もしかして、何処かで会ったことある?」
「えっ?」
「ここに描かれてる将は俺からすればみんな蜀の将に見えるんだよ。ほら、これなんか俺にそっくり」
男性はナマエの横に座って該当箇所を指差す。ナマエはそれを覗き込んで、絵巻を渡してもらうと男性の横に並べた。服装は少し違う。が、たしかに雰囲気は一緒だ。ナマエは目を見開いて筆をとった。恐らくは描きたかったものはこれだ。そのままナマエは筆を持つ。目の前にいる男性の顔を空白になったそこに描き入れる。瞳を描き入れる前に筆を上げれば、男性はナマエをみた。
「どうかな」
「……貴方でした」
そう言ってナマエは絵巻を地面に置いた。男性は同じく絵巻を見下ろす。そこに描かれたのはたしかに自分であるのだが、瞳が描かれていない。
「瞳をかき入れてくれないの?」
「……」
「……これも、完成したくない?」
困ったように尋ねた男性にナマエもまた困った顔をする。瞳を描き入れればこの人物は動くだろう。数秒見つめあってから、ナマエはまた絵巻を見下ろした。絵に描いた彼らは何か知ってるんだろうか、と。しばらく絵を見つめた後、ナマエは男性を見上げた。どうして彼を描きたくなったのか。それはわからない。
「何処かで会ったことがありますか?」
「うーん、悪いんだけど、俺は覚えがないんだよね」
男性は困ったように告げる。
「ただ、前に同じようなことがあったけど俺たちが覚えてないって、仙の人達は言ってたよ」
「同じようなことが?」
「そう。だから、キミも俺も若いもそこで会ったんじゃないのかな」
男性の言葉にナマエは絵巻を見た。忘れる。人間は最初に声を忘れる。次に顔を忘れる。最後に思い出を忘れる。全てを忘れてなお、何かを残したくて足掻いた跡がこれなのかも知れない。
「……元の世界に戻ったら完成させます」
「ええっ、それだと俺たち完成品を見れないじゃない」
「また新しく描きます。……私はナマエです」
「ナマエだね、俺は馬岱。同じ絵描き同士よろしくね」
そう笑んだ男性ーー馬岱にナマエは同じく笑みを浮かべた。そうして筆を持って、名前を書き入れようとして彼を見る。
「漢字は……」
「漢字?」
「あぁいえ、文字はどう書けばいいですか?」
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「まわれまわれまわれよ、みずぐるままわれ。まわっておひさま呼んでこい、まわっておひさま呼んでこい。鳥虫獣、草木花、春夏秋冬連れてこい、春夏秋冬連れてこい」
月夜が綺麗だった。風が心地よかった。ナマエは盃片手に花を眺めながら歌う。月が美しかった。風が心地よかった。川のせせらぎが綺麗だった。まるで物語にでてきそうな夜だった。酔いを覚ますために外に出てきたはずなのに、ナマエは階段に座ってその景色の美しさにほうっと息を吐いた。恐らく後ろの騒ぎだ。ナマエが口ずさもうが何をしようが誰も気にしない。ナマエを宴に連れてきた馬岱も誰かに声をかけられて誰かと楽しげに酒を呑んでいる。ナマエは盃を見下ろした。中に入った酒には月が映り込んでいた。
ーーナマエ様は大きくなられましたね。
そうナマエに言ったのは仙女であったかぐやではある。仙人である彼彼女らには記憶があるようだった。きっと寂しいだろう。忘れられていると言うことは。でも、ナマエも苦しかった。顔もわからない誰か達ーー恐らくはこの世界にいる将達であるがーーとの思い出がなにもないのである。あったはずのものがないと言うのは辛く苦しいものであったのだ。もう一枚、顔をかき入れていない絵がある。ナマエの親曰くナマエが目覚めてすぐに描いたのだと言う絵は今はタブレットの中に写真として残っているものだ。顔を描かないの?と尋ねられて無理くり描いてこうじゃないと八年前のナマエが放り投げたものである。ナマエは盃を横に置いて鞄をとり、中からタブレットとペンシルを取り出した。そのままその写真を探し出し、顔を消してしまう。そして、そのまま帽子を被った男性には馬岱の顔を描いた。その隣にいる金髪の男性は、馬岱の隣で飲んでいた男性だろう。そのまま二人の顔をかき入れて、瞳を描き入れる。飛び出ることはなかったが、画面の中の二人はナマエに気づいたように少し見下ろして笑うとひらひらと手を振って止まった。ナマエはそれを見てポロポロと涙をこぼした。正解なのだ。正解のはずなのだ。でも何も思い出せないのである。ナマエは息を吐いて涙を拭う。泣いても何にもならないことは理解していた。ナマエはまた気分転換に口を開く。
「まわれ、まわれ、まわれよ、水車まわれ。まわって、お日さま、呼んでこい。まわって、お日さま、呼んでこい。鳥虫ーー」
「ーー獣、草木花。咲いて実って散ったとて、生まれて育って 死んだとて」
降ってきた声にナマエは振り返る。そこにいたのは馬岱と呑んでいたはずの男性である。被せるように歌われた詩に、ナマエは徐々にこえが小さくなる。
風が吹き雨が降り水車まわり、せんぐりいのちがよみがえる。せんぐりいのちがよみがえる。
男性はそう歌うとナマエの隣に腰掛けた。
「その歌は俺も知っている」
これはナマエの時代に作られた詩だ。童歌としてありそうではあるが、ない歌だ。
「どこで知ったんですか?」
「現実ではない。夢で子供が歌うのだ。じょういという変わった名の馬と駆け回りながら。俺がただそれを見つめていると、子供が振り返り手を振る。でも、どうしても顔がわからない」
男性はそう言って盃からナマエに視線を移した。
「それは、もしや、貴殿だろうか?」
その言葉にナマエは言葉を止める。またポロポロと零れた涙に、彼は驚いたようだった。
「ごめんなさい、私も覚えていないんです。でも、それが悔しくて、悲しくて」
ナマエは膝に顔を埋めた。ナマエはタブレットを握りしめる。タブレットを覗いた男性は、そこに描かれた自分と馬岱を見て微かに目を開いた。誰かを見下ろすように笑っている。
「また会えたはずなのに」
「……そうだな、また会えた。だが、嘆くことではない!覚えていなくとも、再会を喜ぶべきだ」
そう言って男性はナマエの頭をくしゃりと撫でた。その感覚が懐かしく思えてナマエは涙を拭って彼を見上げた。その様子が懐かしく思えて男性はナマエを見下ろす。
「馬超さん」
「ナマエ」
お互いに教えていないはずである。口から出た名に二人で顔を見合わせる。男性ーー馬超は「むっ」と眉間にシワを寄せたが、ナマエは笑った。クスクスと。おかしかった。覚えていないはずなのに、名前がわかることが。
「心が覚えていたのかな」
ナマエの言葉に馬超は驚いたようだったが、目を伏せる。
「あぁ、きっとそうだ」
きっと今日の夢ではあの子供の顔が見れるだろう。馬超はナマエの視線をたどり月を見た。
「いい月だな」
「はい、とても」
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「ふむ?ナマエか?人の子は大きくなるのがはやく、驚かされる」
そう告げた青年にナマエは首をかしげる。自分を知っている、ということは恐らくは仙人なのだろう。とは言っても、お前が考えているより昔ではない、とは青年の言葉だ。
「私は太公望」
「わ、今度は封神演義だ」
ナマエの呟きに彼はクツクツ笑う。ナマエはなんでもありだな、とここ最近の状況を馬岱や馬超、信之達に聞くたびに思う。三国志に戦国、中国神話に日本神話、ギリシャ神話に北欧神話、昔話もある。まさになんでもありだった。実在したかどうかわからない人物さえもいるのであるが。
「ナマエよ、まだ布を織り、絵を描いているのか?」
布。こちらにきては織っていないが確かに元の世界では布を織ることがあった。祖母から織り機を譲り受けたのだ。
「この世界では布は織ってません。絵は描いていますが」
ナマエの言葉に太公望は「そうか」とあいづちをうった。
「この世界が平穏になれば、また布を織る時間もできよう。お前が織る布は仙界でも望むものが多い」
「仙界ならば、もっと美しいものがあるのでは?」
「いいや、お前のものほど祈りがこもったものはなかろう」
太公望の言葉にナマエははて?と首をかしげる。その様子にそういうところは変わらぬのだな、と太公望はまたわらったのだが。
ナマエの見知った顔を他の将達が連れてきた。ナマエくん?と首を傾げたのは教授をしているナナシであるし、その隣にいるのは自衛官であるトクメイだろう。知り合いか?と尋ねた馬超にナマエは刻々と頷いた。トクメイは眉間に少し皺をよせる。
「嬢ちゃんまで巻き込まれてたのか」
「はい、ジョーイと遠乗りをしようと駆けていれば霧に包まれてこちらに。お二人は?」
「俺は隊ごととばされた」
そう言ってトクメイは一部を指さした。そこにいるのは何度かトクメイを通じて会った自衛官たちである。ナマエの視線に気づいたのか陽気そうに手を振って見せた。
「戦国自衛隊だ」
「ええい、ナナシと同じ台詞を言うな。こちとらサバイバル演習中だったから最新の武器が一切ない状態なんだぞ。どこのゲリラだ」
「最新の銃火器があればチートだったのにね。まぁ、弾数に限りがあるし逆に頼りにしすぎないからよかったんじゃないですか?」
「かもな。最初の怪人で使い切ってる可能性はある」
やれやれとしたふうにトクメイは肩をすくめた。ナマエは隣にいる馬超を見上げて、私と同じ世界の人達です、と紹介する。
「右がトクメイさん、左がナナシさんです。おふたがた、こちらは私がお世話になってる一人馬超将軍です」
「俺は馬孟起だ。蜀で将をしている」
「……ナマエが世話になってる。トクメイ サカキだ。あそこにいる奴らを率いてる」
「ええっと、ナナシ タイキです。学者……文官みたいなものです」
「トクメイとナナシだな。歓迎しよう」
そう笑った馬超に、ナナシがナマエを見下ろした。
「……ねぇ、ナマエくん、僕らタイムスリップしただけだと思ったんだけど、違うの?馬超って三国志だよね」
「うん。三国志と戦国と……あと中国神話と日本神話、ギリシャ神話に合わせて最近北欧神話が混ざってることが発覚した」
ナマエの言葉に二人は固まった。何しろ世界がカオスすぎる。意味がわからない構図である。とりあえず二人を殿様なり将の誰かに引き合わせた方がいいだろう。
「誰かに挨拶しましたか?」
「いや、全く」
「ならば、劉備殿のところに連れていくか。今の時間ならば皆集まっておられるだろうしな」
「ちょっと待ってください、心の準備が」
「おーい、お前ら、偉い人に挨拶行くぞ。ついてこい」
「了解!」
「おら、ナナシもさっさと覚悟決めろ!」
トクメイはナナシの背中を叩く。ナマエはそれを見送ろうとすれば、ナマエも行くぞ、と馬超に手を掴まれて歩き出さなければならなくなったのだが。
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「被害を最低限に抑える、なら、ですけど。一人それに都合が良い人に心当たりがあります」
そう言ったナナシに、周りがナナシをみた。トクメイが頭をかいてナナシをみる。
「俺達の世界の武器があるならともかく、俺たちは無理だぞ。ただでさえ全員慣れない弓や鉄砲を使わせてんだ。メンタル……あれだけ命のやり取りしておいて、精神が参った奴が出てないだけまだ良しだけどな」
サバイバル演習中だったがために持ち物が限られすぎている。武器は将や雑賀衆などに譲り受けて現地調達した弓矢や鉄砲だけだ。刀を装着したり槍を扱う隊員もいるが、それでも現代の兵器にはやはり劣るだろう。それに、トクメイが言うようにメンタル面に不調が出る隊員がいないだけマシだった。ただでさえ、命の価値観が違うのだ。明日死ぬかもしれない。同じであるが、違う。トクメイ達の時代の人間は当たり前のように明日自分が生きていると思っている。風邪のような病気で死ぬこともない。戦に巻き込まれる可能性もほとんどない。そんな人間が、死と隣り合わせの戦場にいるのだから。過去の人間達の人がいいのか、なんなのか、今のところはそう言ったことはないのが本当に救いである。
トクメイの言葉にナナシは頷いた。
「そうですね。恐らく僕たちの時代の戦場と彼らの時代の戦場は少し違うでしょうから。でも、今回の最適解はキミ達じゃなく、ナマエです」
「ナマエ?」
「君だってあの子が瞳を書き入れて絵が完成すればどうなるか知って……あれ?トクメイさんは見てなかったっけ?」
そう困った顔をしたナナシに、トクメイは思い起こす。何か知っているような感覚はするが、思い出せない。知らないな、とトクメイが言えば少し考えたナナシが口を開いた。
「あ、ごめん。俺が『それ時代によっては異端として魔女狩り待ったなしだし今の時代でも異質だから人に言わない方がいいよ』って言った」
「おい、それを言った本人がばらしていいのか」
「いやぁ、だってさ、考えてみてくださいよ。浮いてる剣とかその他もろもろが平然とあるんです。ならば、あの子は異端になりっこない。僕らの時代あたりにはそぐわないだけですし」
ナナシはそう言ってもう一度軍師や名だたる将達を見る。そうしてまた少し考えて、口を開いた。
「手っ取り早くいうと、ナマエは馬岱将軍に似たことができます」
「馬岱殿に似たこと?」
「馬岱っていうと……絵が攻撃になる人だよね?」
少し考えた毛利元就が「ええっ、もしかして」と口を開く。
「画竜点睛の故事のようなことができる、ということかな?」
「そういうことです」
「画竜点睛、聞き慣れない言葉だな」
「アァ,ええっと、後世の言葉になるのかな?まぁ、簡潔にいうと、彼女の描いた絵は現実に現れる,ということだよ。恐らく完成したら現実に現れてしまうのだろう。だから彼女は瞳をかきいれてない……ということでいいんだよね?」
「はい、その通りです。まぁ、孫悟空のような分身を作れると思うとはやいかもしれません。ただ、ナマエが作り出した分身は馬岱将軍のように人は殺せません。せいぜい気絶するぐらいでしょう。あとは元は絵なので水に浸かれば消えてしまいますし、火が回れば燃えてしまうでしょう。しかし、使い用です」
そう告げたナナシに、囮には最適ということか、と周瑜が頷いた。
「ただ、虚だけでなく実を混ぜた方がいいし、何かあった時に合わせて、足手纏いになるかもしれないけど彼女を連れて行った方がいい」
「おい、あの子は普通の子だぞ」
「あの子は子供じゃない。この状況ならどういうことをすべきか、あの子が一番わかってる」
「……」
「では、ナマエ殿のそばに馬岱殿を置きましょう」
諸葛亮の言葉にトクメイは眉間に皺を寄せる。ナナシは溜め込む癖がある。恐らくナマエに何かがあって病むのはナナシだ。はぁ,と息を吐いてトクメイは頭をかいた。全く世話の焼ける年下どもだ。
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「ナマエ殿、描いた絵が動くって聞いたけど本当?」
そう尋ねた銀屏にナマエは目を瞬いた。この世界に来て一度も動かしていないはずである。月英からはたまには休めと言われ、馬岱と馬超と馬の話をしていたのだが二人が呼び出さてしまった。ナマエが馬の絵を描いていれば、銀屏とガラシャがかけてきてそう尋ねたのだ。
「ナナシ殿から聞いたんだけど」
「ナナシさんから……」
なるほど、ならばナナシが言っても問題はないと判断したんだろう。近くにいた将兵たちがナマエを見たが、まぁそれはそうか、とナマエは内心思う。描いた絵が動くなど本来はあり得ない話だ。ナマエは絵に描かれた馬を見て、瞳を描きいれる。そうすると馬は巻物から飛び出してナマエをじっとみると他の馬ーー特にジョーイと戯れるように駆け出した。わっと歓声を上げた二人に、ナマエはホッと息を吐いた。
「おやまぁ、ほんとうに絵が動いちまってるよ」
そんな声に振り返れば、確か龐統という男性と諸葛亮と言った蜀の軍師達と馬超と馬岱がいる。馬岱と馬超がナマエの隣にやってきた。
「ナマエ、筆を見せてもらってもいい?」
「はい」
そう言ってナマエは筆を馬岱に渡す。馬岱が宙に小さな何かを描くと空中に墨溜まりのようなものができ、それは弾けるように小さな鳥の絵になった。
「うーん、やっぱり妖筆の類だねぇ。でも、俺はナマエみたいに動かせないし……どうやって動かしてるの?」
馬岱の問いかけに、ナマエは困った顔をした。自分もわかっていない。
「普通に描いたら動きます……逆に馬岱さんはどうやって空中にかいてそうなるんですか?」
馬岱のそれこそドラちゃんにでてくるクレヨンだった。普通に描いたらできるよ,という言葉とともに返された筆でナマエは宙に描いてみるができあがらない。
「同じ妖筆でも使い方が違うのか?」
「かも。俺も動く絵がかけたら便利なんだけどなぁ」
ぼやいた馬岱にナマエは考える。確か、ぼんやりとした記憶ではあるが。ナマエの時代と馬岱の時代の絵に関する価値観の差だと言われた気がする。馬岱達の時代は絵は止まっているものだ。それが当たり前なのだ。しかし、ナマエの時代になると絵は止まっているとは限らない。何故ならアニメーションであったり、デジタル技術の発達により動く絵画が存在するのだ。
「ナマエ、目をかき入れるとこうなるのならば、貴方が描いた将兵もまた動くのですね?」
そう尋ねた諸葛亮にナマエはああ、と理解した。恐らくは絵に描いた将兵を策に使いたいのだ。それはナマエが思いつきもしなかった使い道である。
「はい,動きます。ただ、私が理解していないとそういう動きをしないようです」
「動きを理解していないと、っていうのはどういうことだい?」
「たとえば鳥を描くのであれば、鳥の翼がどう動き羽ばたくのか、鳥はどう風を切るのかを理解しないと鳥は飛びません。人間を描いても同じです。その人がどういう動きをするのか理解していないと描いても途中で止まります」
「これは思わぬ弊害が出てきたね。将兵を描いても動かない可能性があるよ」
そう言った龐統にナマエは「でも」と告げた。
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