2021/03/24

雪に花咲く君3

3

冬がきた。雪が降り出したのはちょうど村人達に毛布を届けたときだ。みるみると積もった雪はやはり出入り口であったそこを埋めてしまい、予想通りそこは閉ざされた世界になった。しかし、予想が外れたものもある。例えば、北側でおそらく口減らしのために置いて行かれた子供を見つけるとか。まぁ、それはいい。もとより多めに食材は買い込んでいたし、とりあえずその子供を風呂に入れてから寝かしたぐらいだし、元からいる子供ーー忠が面倒を見る気満々でいるからだ。おっかなびっくりだった子供も慣れつつあるのかお手伝いしたり、忠と遊んでいる。その様は可愛らしい。
それよりも、だ。寝込んでいる青色の方である。このカラー、会ったことはないですが、魏ですね。わかります。しかしながらほっぽりだせば死ぬ可能性もあるわけであるし、ととりあえず寝台で寝かせている。恐らく身なりからしてそれなりの地位にいる人であるが、私が関わったことがない人である。……私もっぱら1番怪しい賈詡さんと話してたしな……。雪でぐっしょり濡れていた服は暖炉で乾かし、怪我の手当てをし、武器は危ないので押収しておいた。酷い熱だったが、落ち着いてきつつある。
「今は雪が積もっているから、北側の高く積まれた雪に落ちたんではないか?」
「白もそこに落ちて、忠あにうえに拾われました」
「うーん、思ってもみないことだった」
というか、北側なかなか物騒だな。雪解けたら大変なことにならないだろうか。もう敵国の人ってわからないっていう程にしておきたい。寝込んでいる本人は浅い覚醒はするが、まだはっきりとはしないのだろう。ときどきどろりとした目をこちらに向けては意識を失っている。
「雪が解けるまでに目が覚めないと帰れなくなってしまいますよ」
そう投げかけても返事はないのだが。

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「せん!あの男が起きたぞ!」
そう言って作業スペースに入り込んだ忠に私は作業の手を止める。そこを見れば、忠が白と男性を連れて立っていた。
「よかった、目が覚めたんですね」
春まで目が覚めなかったらどうしようかと思った、という言葉は飲み込む。きっと馬岱さん達にドナドナされる未来しか見えない。私はとりあえず機織り機から退き、彼の前に立つ。
「傷の加減は如何ですか?」
「……心配には及びません。ここは、いったい」
「山の中腹部にある場所です。まぁ、私達しか暮らしていませんが。何か温かな飲み物をお出ししましょう」
「せん様、せん様、白も甘水が飲みたいです!」
「おれも飲む!」
気に入ってしまったか。仕方ないと、家の方に戻るとする。こちらに、と案内すれば彼はまたついてきた。
「貴方は?」
「ここで暮らしているものです」
「貴方達だけで、ですか」
「ええ、まぁ。雪が解けたらお客さんが来ますが、雪が解けないと唯一の出入り口が塞いでしまって……あぁ、でも、雪が積もって別の入り口ができてしまったようですが」
そう言いつつ炊いている暖炉を利用してお湯をわかす。
「別の入り口?」
「雪が積もって、普段は登れぬ場所に登れるようで。貴方はそこの雪のあたりに寝ていらっしゃいました」
棚から杏のシロップを出し、陶器の湯呑みに入れる。その手元を見つめる彼に、ああ毒見と思ったが、「せん!ちょっと舐めたい!」と子供が言ったので匙に掬い子供に指で舐めさせる。それだけでハイテンションになる子供の可愛さだ。
「今日は違うお味です!」
「花梨はこんこんしてる時ね。今日は杏です」
「……俺も舐めさせてもらっても?」
「?構いませんよ」
そう言ってそのまま匙を渡す。小指につけた彼はそれを舐めて目を見開いた。なんでだ。
「甘い」
「甘いものですから」
そう言いつつ湯呑みにシロップをいれ、お湯で溶かす。子供達に渡せば子供達はすぐにそれを飲んだ。それを見て、目の前にいる人は飲む。やっぱり毒を警戒するあたり普通の人ではないんだよなぁ。
「美味しい」
「……貴方は何故あんなところに倒れていらっしゃったのですか?服を見るに地位についている方でしょう?」
「……」
まぁ、黙秘しますよね。魏軍が成都のあたりにいてはいけないもんな。
「青色の服を着た方はこの辺りでお見かけしません」
そう言えば彼は私を見た。
「見かけない?」
「はい。雪が積もらぬ間に訪ねて来られるのは緑色の服を着た方ばかりです。雪がとければまたその方々がやって来られるでしょう」
私は困ったようにそう告げる。だから雪解け前に帰った方がいいよ。彼は意味を理解したのか目を見開いた。
「……近くの都の場所はわかりますか?」
「あまり私もここから出ないのでわかりませんが、私が織った布を売りにゆくのは成都という場所です」
彼はその言葉に考えこむ。なにやらぶつぶつ言っているが、恐らく最後に記憶している場所じゃないとかそういう話のようである。忠が彼を見上げて、変な男だな!と口を開いた。それを真似た白が「変な男だな!」と告げてケラケラと二人で暖炉の近くを陣取って,竹簡を広げた。
「すいません」
「いえ……私は公達といいます。助けていただいてありがとうございます。すこし、野盗に追われていたのですが、足を滑らせて雪に落ちてしまったのでしょう」
「それは大変でしたね。私の名前はナマエと申します」
「ナマエ?せん、ではないのですか」
「せんは忠がつけたあだ名のようなものです」
そう困ったように告げる。恐らく仙人の仙から来ていると思われる。馬岱殿達も私をそう言った意味合いでセンとよんでいる。
「ナマエ殿、どれほど私は寝込んでいましたか?」
「十日ほどでしょうか」
「十日、ですか」
「浅く覚醒されたりはされていましたが、大体それくらいでしょうか。この雪では医者も呼べないために目を覚まされてよかったです」
私の説明に彼は「そうですか」と言ってまたマグカップに口をつけて子供をみる。
「学を?」
「私がわかる範囲でですが。これからの時代、文字はかけたほうがいいでしょう?」
「それはそうかもしれません。少しでしたらお教えしましょうか?」
「良いのですか?」
「助けていただいた礼です。あと、もう少しだけこちらにいさせていただけると助かります」
雪が解けるまでには帰ります。
何があったかは触れないし、何か思惑があるのかはわからないが、とりあえず「いいですよ」と頷いておく。それを聞いていたのか忠が顔を上げた。
「せん!!もっと警戒をしろと言われただろう!」
「この人に敵意はなさそうですよ。公達殿が学を教えてくださります」
「む!」
「忠達の先生を招いたと思ってくれれば」
「むぅ、ならば仕方がない……」
ちょっと拗ねた顔をした忠は後で構うとしよう。


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白は真っ白な髪を持つ子供である。雪と同化しそうな色合いなのであるが、恐らくは私の時代でいうアルビノである。庇っていた両親がなくなり、稲作をしている民に捨てられたとは本人の言葉の要約である。忠は恐らく何処かの武家の子だろう。白を見て、何故真っ白なんだ、呪われてるのではと言ったが私を見て、大丈夫か!で自己解決しお兄ちゃんをしている。もとより学をある程度つんでいた忠と、文字を書かなくともよかった白の理解の幅は広い。が、公達殿はそれぞれにわかりやすく教えてくれているあたり頭がとてもいい。私はその間に機織りをしたり、編み物をしたりと色々できて助かっている。あと、わかってきたが、彼は本音をあまり喋らないがある一定のラインを超えた時に饒舌になることがある。酒が入ると余計に、だろうか。
さてはて、彼がここにきてひと月が経とうとしている。そろそろ帰らないといけない、と告げた彼に「そうですか」と眉尻を下げた。そりゃあ偉い人がひと月も行方不明になっていれば、大変だろう。
「せん殿は、子供達と共に私の国に来ませんか、と尋ねても首をお振りになるのでしょう」
そう私を見て告げた彼に、私はそうですねと頷く。
「私はここでの暮らしがすきです。もし、子供達が歳を重ねてここから出ていくのであれば止めはしませんが」
私はそう言ってすやすや眠る子供達をみた。彼らが大きくなれば、どこかに仕えるなりするだろう。私はここから離れる気はしない。私の家であるし、私が不在になると色々大変なことになる。
「……ならば、また雪の間だけ訪ねてもよいですか」
そんな言葉に私は彼をみた。雪の間だけ。蜀の人達が訪ねて来ない間だけ。それならば、構わないだろうと私は頷く。
「では、また次の冬にお待ちしております」


雪がなだらかな階段のようなものに変わって、崖の上に続いている。
とりあえず、公達殿にはまだ寒いのでマフラー的なものと、気に入っていたシロップを小さな陶器の瓶に入れて渡す。そうして最後に預かっていた青い装束と武器を返せば、彼は私をみた。
「では、次の冬に」
「はい、ご達者で」
「こーたつせんせー、またな!」
「またな!」
そう三人で手を振れば、彼もひらりと振り返してその道を登り茂みの中に進んでいく。見えなくなったと思えば、その雪の階段は崩れた。
「きゃー!」
「わ!なんだ!くずれたぞ!」
そう二人がきゃっきゃと騒ぐ。……知らない人が入ってくるよりマシだろうが、ちょっと危ないな。

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春がくる。雪が解け、蕗の薹が顔を出しつつある。もうすぐはるである。


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「せん殿!よかったよ〜!ほんっとうに冬の間は成都に来ないんだもん!」
そう言った馬岱殿は私の手から手綱を取りあげ、いつものように布を買ってくれる場所まで誘導してくれる。というか、なかなか蜀の人達が心配してくれたらしい。うーん,でもあの雪をのかす力は私達にはない。
「やはり、雪であの道が埋もれてしまって。最近やっと通れるようになりました」
「大丈夫だった?」
「はい。冬の間に色々ありましたが、まぁいい思い出です」
「色々?」
「北側から捨てられた子供だったり、盗賊に襲われた人だったりをひろいました」
「えぇっ!?大丈夫だったの!?」
「幸い、襲われていた方も目を覚まし元いた街に戻られましたし、子供も熱を出しましたが今は忠と一緒に走り回っています。盗賊は振り切っていたようで、他に人はいませんでした」
そう簡素に先に伝えておく。ホッと息を吐いた馬岱殿は私を見下ろした。
「やっぱり冬の間は成都に来た方がいい気がするなぁ。なにかあっても俺たちは助けに行けないよ」
「うーん、家が新しく来た子供にとってもいい気がするのですが……しかしながら助けを呼ぶ点はちょっと考えます」
「うん、そうしてちょうだい」
そんな会話をしながら歩いていれば、他の将にも声をかけられるのであるが。



「あとは、さらの竹簡二束と筆、子供用の学問書があれば買いたいのですが」
そう言った私に馬岱殿と徐庶殿は目を瞬いた。どうやら馬超殿は鍛錬、法正殿は軍師のお仕事らしい。少し覚えている歴史とは違う気がする。徐庶殿はそろそろ魏軍に赴いていなかっただろうか。まぁ、聞かない話題ではあるが。
「あの子供に学問を?」
「文字の練習ついでに私が解る範囲で少しだけですが。文字を書いたり読んだりできるということは大切なことだと思いますし、今の時代学を疎かにすることもできないでしょう?」
そうこまったように彼らを見上げる。彼ら、特に徐庶殿は頷いた。
「うん、たしかに、いい心がけだと思うな」
「私がいつまでも一緒にいれるかわかりませんし、あの子達歳を重ねてあそこから出た時に恥をかかすのはちょっといただけないので」
私の言葉に徐庶殿は首をかしげる。
「あの子……達?」
「そう!聞いてよ徐庶殿!せん殿、子供を拾ったんだって!ついでに盗賊に襲われた人もね!助けたんだって!」
「それは……大変な冬だったんだね。子供はともかく、その人もまだ?」
「いえ、怪我も良くなったので元の場所に戻られましたよ」
「家に泊めたの?」
「?はい。怪我人をほっぽりだすわけにはいかないでしょう?」
私が尋ねれば馬岱殿が頭を抱えて徐庶殿が困った顔をした。
「もー!せんどの!お人好しなのはいいけど、危ないからね!」
「ええっ……でも、悪い人ではなかったですよ」
「結果論だけどね」
ぐぅ。それは正しい。でも見殺しにはちょっとできないのである。
「新しい子供は学が得意なの?」
「いえ、恐らく農をしていた村の子だったらしく、学には疎いです。忠が面倒をよく見てくれています。あ……」
「?どうかしたの?」
「お二人って呪いとか気にする人ですか?」
「……なんで?」
「もう一人の子は、真っ白なんです。前の村では呪いとか言われたらしくって」
「真っ白」
「はい、雪のように白く、目は南天のように赤いのです」
「……ほんとに人間?」
「人間ですよ。例えが悪いですが、馬だって偶に黒い馬から真っ白な馬が産まれたりするでしょう?」
「あー、あるねぇ」
「怖がる人はちょっと連れて行けないなと……」
白の影響に悪い。大丈夫だと思うと返答した二人はそこまでして来たいのかと思ったりはしなくもない。

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「せん様!おかえりなさいま……だれですか!」
そう言った白は忠の後ろに回り込んで警戒する。忠は「馬岱殿と徐庶殿だ!」と口を開いた。
「ばた……?じょしょ……」
「国の将らしいぞ!」
「あいやぁ、偉い人だ!」
たいさん、たいさん!そう言って家までかけていく白を忠は追いかける。
「わー、元気いっぱいだ。二人になって余計に元気になったんじゃない?」
「兄弟のようで微笑ましいでしょう?」
ふふ、と笑いながら馬を離す。馬も二人に混ざるんだよなぁ。そして馬岱殿も混ざりにいくのだから、子供好きなんだろう。
「それにしても、本当に真っ白なんだね」
「綺麗でしょう?」
「うん……うん、綺麗だ」

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「せん殿、これはその助けた人が作ったのかな?」
そう言った徐庶殿の手には竹簡である。公達殿が子供用に作ったものだ。今はこれでもいいですが、学問書があればいいと思いますと告げられたのである。
「そうです。私が持っていたものが大人のものだったので、子供用に作っていただきました」
「その人の名前ってわかるかな?」
「公達殿という方です。学者さんだと思います」
やっぱりわかるものなんだなぁ、としみじみ思う。公達殿、と小さく呟いた彼に白の書く文字を眺めていた馬岱殿が「多分、その感じからすると字だよね」と返した。
「恐らく、本当に頭が良い人だ。要点が子供にも分かりやすいように書かれてる」
感銘を受けている、らしい。並みの文官ではないと思う、と馬岱殿に説明した徐庶殿にすごいなぁと感心する。
「竹簡を見ただけでわかることなんですね」
「あぁ、えっと、癖が出るんだ。兵法の編纂は特に……」
「兵法だったんですか」
「うん、まぁ、色々浅く広く乗ってるんだけど」
「何処かの国の軍師だったりして」
「あぁ、その可能性は否めないね」
冗談で告げた馬岱殿に徐庶殿が頷く。うーん、バレてる。
「せつ殿、何色の服きてたとかわかる?」
「青い色でしたよ」
そうすんなり言えば、彼らは目を見合わせた。
「魏?でも、魏軍の軍師が何故成都の近くに?」
「本人も不思議に思ってらっしゃいましたよ。盗賊に追われて意識を失う前は、そんな場所にいたはずがないって」
「えーどういうこと?」
「そもそも、追われてたのが盗賊かどうかも怪しい」
「ええ……」
私は困った顔をする。馬岱殿が「やっぱりせん殿は成都にいた方がいいよ」と告げる。
「ねー、白」
「白はここがいいですが、せん様がいくなら行きまする!」
「ここにいますね」
「もー、自分のことも考えてよー」

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