2021/06/21

君僕よるむん

・懲りずに書いている

求めても,いないことなんて分かりきっているのである。それでも私は会えない誰かを求めてあの小さく狭い国を出た。あてもない旅だった。ほとんど失踪に近いだろう。親には一応定期的に手紙は送るようにしているが、それにしても音信不通であることは違いない。きっと心配されているのだろう。
夢のおかげか言語に困ることもなかったし、身の安全も十分に守ることができた。旅のお金が尽きそうになればそこで働き、お金を貯めてまた新しい国へ向かう。それを繰り返しているうちに、知り合いは増えていく。その誰もが私の旅の目的を尋ねた。彼彼女らはさまざまな表情を浮かべ、そして最後にはこう言うのだ。
ーー叶うといいね、と。

ゆらゆらとトラックに揺られる。悪路だからかガタガタとトラックは揺れた。乗り合わせた別の人達はおもいおもいのことをしていた。外は日差しが強く布が張ってあるとはいえ暑いことには変わりなく、私は日除けにかぶっていた布を引っ張って、日記がわりの手帳を開いた。暇な時間に落書きをしたり文字を書いたりしている手帳だ。旅先で買うものが多く、一冊書き終われば手紙とともに家に送っているものである。書いてあることはくだらないものだ。どこそこの何が美味しかった、とか、どんな人とであい、誰とどんな会話をしたか、とか、景色の話だったり、そんな日記だった。一つ前のページは昨日までいた地域で知り合った人達との記録である。今日のための記録を記すか、と鉛筆をとる。悪路を走るトラックの揺れ、途中でタイヤがはまって乗客総員でトラックを押した話を書こうとすれば、隣に座っていた人から声をかけられる。
「坊ちゃんはどこまで行くんだ?」
その問いかけに、私は苦笑いをする。たた間違えられることがあるが、男尊女卑の地域ではとても役に立つことではある。口元の布を引き上げながら口を開く。
「そのまま隣国にまで」
「働きに行くのかい?」
「みたいなものです」
適当にそうぼやかしておく。がんばれよ、と告げた男性にありがとうございますとかえす。トラックは砂地を進む。もうすぐすれば大きな街に着くだろう。見えてきた、と子供が騒ぐ声が聞こえた。


「相席しても?」
遅めの昼食を食べながら街の様子と近況を手紙に記していたらそう声をかけられた。白人男性である。日差しのせいもあって日焼けをしている。ランチは同じようなものだった。どうぞ、といえば彼は礼をいって向かい側にすわる。その時に私の手紙が目に入ったんだろう。少し戸惑ったように、今で言うロシア語で「……日本語?」と呟かれた。ロシアの人なんだろう。
「ロシアの方ですか?」
「よくわかったな」
「いえ、呟かれたのが旧ソビエト地域で話されている言葉だったので。国名は適当です」
そう言ってペンをおいて、炭酸水をのむ。
「君は日本人か?」
「はい、そうです」
「珍しいな。この国には何度か来ているが、日本人に会うのははじめてだ。ジャーナリストか何かか?」
「いえ,そんなものでは……ただ世界を旅して回っているだけです」
私の返答が意外だったのか、彼は目を瞬いた。そして、何のために旅を?と尋ねる。
「人を探しているんです」
「人を?」
「はい。夢で会った人を」
頭がおかしい人と思われるだろうか。そもそも彼らは架空なのだ。存在しないのだ。私の言葉に彼は「それは」と困った顔をした。
「随分と途方もない旅だな」
「そうですね。でも、いつかは会えるかもしれないでしょう?」
困ったように私も笑う。彼はそうだなと頷いた。
「貴方はなぜこの国に?」
「私は仕事の関係でね」
彼はそう言って言葉を濁した。恐らくはそれ以上は突っ込まないほうがいいのだろう。この国はロシアの庇護下に置かれているに近い。しかし、それを許さない武装組織達がロシア軍と争っているのだ。いわゆるきな臭い国というわけである。長居はしないほうがいいのかもしれない。ただでさえこの周辺の国は先進国達の軍やpmc達が我が物顔で歩きそれを許していない武装組織との戦闘が起こるのである。
「まだこの国はキミのような旅行者が長居できるような国じゃない」
彼は真面目な顔でそう告げる。私はその忠告に従うとする。こう言う忠告を聞かずにいても良いことなんかないからだ。しかし、その反面、あの人に会うならばそう言う場所にいなければならないことも理解している。
「……そうします。でも今日は流石にこの街に泊まりますが」
「どの辺りに宿を?」
「できれば綺麗な場所にとりたいところですが」
次の国に向かうのであれば資金が必要だ。それを考えるとあまり高価な場所は見込めないだろう。安価な宿が悪いわけではないが、決して良いともいえないのが確かだ。彼は私の反応に少し考えてから口を開く。
「ふむ、ならいい場所を知っているが」
そう言った男性に私は首をかしげる。こう言うものは賭けだ。親切心か、そのほかの思惑か。前者に賭けてみるかと思えるのは彼から敵意が感じられず、下心も感じられなかったからだ。ありがとうございます,と頭を下げれば彼は少し困った顔をする。
「キミは初対面の人間にもっと警戒するべきじゃないか」

==


旅を続けて何年が経とうとしているのか。野戦病院の看護を手伝うこともあれば、民兵に加わることもあるし、pmcに加わることも、難民達をキャンプまで率いることもある。誰かの面倒を託されることだってあった。誰かと共に旅をしても、私はその誰かをまた違う信頼できる誰かに託しまた世界を歩く。実家の両親も出会った彼らも私の現在地はわからない。ただ、両親は手紙を送るからその国にいたことだけは理解しているだろう。
男性について行った先は小綺麗な家だった。恐らくは男性の家なのだろう。片付いている室内に汚い自分が入っていいものかと思っていれば、どうした?と彼は私をみた。
「いえ、汚れている私が入ってもいいのかと……」
「構わない。シャワールームならあちらだ」
「水は貴重では?」
「ここはそうでもない。水源が近くにある。だから街として栄えている」
その反面、抑えておきたい要地にはなるだろう。やはり、はやいうちに出国するようにしたほうがいいかもしれない。ここが戦闘地域になる前に、だ。
「変えの服はあるのか?」
「一応は」
「じゃあまずシャワーを浴びたほうがいいな。アメニティは使っていい」
そう言ってシャワーを浴びるように言われてしまえば私は従うしかない。お借りします、とだけ告げてそのまま着替えを持ってシャワールームに向かう。まぁ、冷水でも浴びれるだけありがたいだろう。髪の汚れを落とし、日焼けをした体を洗う。髪が傷んでいるのは仕方ないだろう。そのまま着替えて部屋に戻る。ありがとうございました、といえば彼は読んでいた本から私に目を移した。私は汚れている着替えを鞄にしまい、新しい日除けを取り出す。
「驚いたな、女性だったのか。アジア系は若く見えるというが、歳は?」
「21です」
「若いな」
彼はそう言ってソファに座るといいと告げた。私はそのままソファに座った。フカフカのソファだ。彼は冷蔵庫からボトルを持ってきた。断ろうとすれば奢りだ,と告げた彼に仕方なくそれを受け取った。封が空いていないそれを開けて、一口飲む。シュワシュワとした口の中になるほど炭酸水かとボトルをみた。
「いつから旅を?」
「18くらいですかね」
「名前を聞いても?」
「ナマエといいます。苗字ナマエ」
私がそう名乗れば彼はそうかと少し笑みを浮かべた。なんだろうか?と思っていれば彼は手を差し出して口を開く。
「私はアダムスカだ。あえて光栄だよ、ミス・ナマエ。いや、ピースウォーカー」
「ピース、ウォーカー?」
そう首を傾げながら手をとり握手する。
「歩く世界平和。君を指す言葉だ。もっとも、君が知らなくて当然だろう。親御さんに手紙や手帳を送っているだろう?」
彼はそう言って私をみた。私は困ったように笑った。
「どうしてそれを?」
「ことの始まりは君の父親がFacebookにあげたものだ。最初は恐らく君を探していたんだろう。それが定期的に上がるようになり、それに目をつけた出版社が君が両親に宛てた手紙や手帳を書籍化した」
その言葉に変な顔をしてしまう。
「それが反響を呼んだ。辺境に住む人、戦地に住む人、街に住む人、君は色々なものを書いていたし、君はそこに生きる人に寄り添った。君に平和賞を送るべきだという人もいる。事実、君はよく名前があがるがどこにいるかもわからない実在も定かではない人を受賞させることはできない」
「大袈裟な。私は自己都合で旅をしているだけなのに」
歩く世界平和なわけがない。私が歩くだけで世界が平和になるのならば、どれほどの人が助かるのだろうか。私は多くの人を助けられなかったし、多くの人にも武器を向けた。平和賞をもらう価値のある人間ではないのだ。父親が勝手に出発していた件はもう仕方ないだろう。彼らは私にコンタクトをとることができないのだから。
「君が来た国には平和が訪れる」
「それはそこが戦場だったということの裏返しです。どこであっても、いつかは平和が訪れる。それが一時的なものであっても、仮初のものであっても」
そう自嘲するように笑う。幻滅しましたか?と尋ねれば、彼はいいやと首を振った。
「逆に安心した。戦争をやめるように告げる聖人君子ならば、軍人である私は君を非難するしかないからな……君はこの後、北と西どちらに抜ける気だ?」
「貴方のおすすめは?」
「北だ。西は軍事介入の準備をしているからな」
となると、彼の国のあたりだろうか。彼は言葉を続ける。
「が、君の場合パスポートを見て嫌に長い入国審査を受けることになる可能性がある」
と、なると西に行った方が正解だろうか。長い入国審査ということは尋問が待っているということだろう。そう考えていれば、一つだけ手立てはある、と彼は口を開いた。
「手立て?」
「私と共に入国することだ」
「……初対面の人にそこまでしてもらうのは……」
「君の父親の言伝だ。もし、どこかの誰かが君に会えたらよくしてやってほしいと。それともロシアはお嫌いかな?」
彼の問いかけに私は首を左右に振った。嫌いではない。今まであまり行く機会がなかっただけである。
「いえ、いつかはいってみたかったので。行きたい場所は入れるかわからないですし、実際はロシアじゃないかもしれませんが。そもそも夢の中で聞いた地名なので実際あるかはわかりませんし」
「それは面白いな。地名は?」
「ロコヴォイ・ビエレッグ」
私の言葉に彼は驚いたように目を見開いた。なんだ?と思えば彼は口を開く。
「ーーそこは本当にある。観光客には、いや、そもそも本国の人間にもあまり知られていない場所だ。今の季節は確かに綺麗だ。一面にオオアマナが咲いている」
「一般人でも出入りできるんですか?」
私の問いかけに彼はくびをかしげた。
「夢では一般人が立ち入りできない?」
「はい。たしか、ソ連の要塞があったとかで」
そう告げる。所詮は全て夢の話だ。彼は少し考えたようだった。今度は私が首をかしげる版である。
「あの、何か?」
「いいや。君の夢の話は面白い。君が探す人も確か夢の中にでてくる人物だったか」
「はい」
「ソ連の将校か何かか?」
彼はそう言って近くにおいていたボトルの蓋をあけて飲む。
「いえ、アメリカの青年でした」
「アメリカ?おかしいな、冷戦時代かと踏んだが、第二次世界大戦中の夢か?」
「いいえ、冷戦時代ですよ」
「夢の中の君が西側へ亡命したのか」
「いいえ、夢の中の私が東側に亡命して、西側の任務で殺しにきたのが彼でした。いつも、彼に殺されて目が覚める」
私の言葉に彼は困ったような顔をした。
「殺されたいのか?」
「いえ、夢の中の私は彼に殺されることが任務でしたから」
私の言葉に彼は映画が一つできそうな内容だなと笑ってみせた。私も「そうでしょう?」と笑んでみせる。
「もし会えたら、仲良くしたいなって思っただけです」

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結局国まで手引きしてもらえる事になった。どうやら元より彼のこの国での滞在期間は終わりだったらしく、違う人物に引き継いで彼は本国に戻るらしい。軍服をきた彼やまわりにこれは紛れてはいけないものではないだろうか?と考える。そもそも私が同乗しているこの列車は滞在期間が終わる兵士達の帰路となる列車なのだ。空輸より陸路の方が確かに安価だろう。が、集中砲火があり得る。しかし、私にも他の手は厳しかったというしかない。彼のいう通りどさくさに紛れて西側の国が攻め込む手立てを整えはじめ、北の国境付近の警備や入国管理が厳しくなっていた。一人で向かっていればどちらにせよ入国手続きでの尋問は待ったなしである。恐らく彼はある程度の地位にいるんだろうとは見てとれた。諜報員に甘い、というよりはわざと泳がされている気はする。まぁ、私は諜報員でもなんでもないのであるが。兵士たちは私をみて十代半ばあたりと思うらしく、何かと話しかけてくれた。まぁ,対面に座るアダムスカさんが止めるが。
「本国に戻れば休暇が取れる」
「そこまでしなくても……」
「私がしたいんだ。だめか?」
彼はそう伺うように告げた。別にダメではない。恐らくは見張りのようなものであることもわかってはいるが、そういうものがついていた方がある意味は安全なのは確かだ。此方がヘマをしない限りは,という言葉がつくが、何もしていないのだから何もない。作り上げられない限りは。
「ダメではないですし、私も助かりますが……」
「なら決まりだ」
彼はそう言って笑う。窓の外を見た彼が、まもなく国にはいる、と告げるのと、激しい音が聞こえるのは同時である。列車を止めてはいけない。止めた瞬間乗り込むのも集中砲火もあり得るからだ。帰還間近で喜びの表情が一転する。眉間にシワを寄せた彼は私にこの場にいるように告げ、他の部下にも指示を出しはじめた。もう一人偉い人がやってきて、彼と会話する。眉尻を下げて様子を見ていたら、他にもいた同じような観光客やジャーナリストが緊張したような顔をしているのがみえた。あと、上から物音がするあたり、上に人が乗っているのだが、どうしたものかと上を見上げる。うーん、仕方ない。窓を開けて顔を出して上をみた。
「おーい、そこにいたら危ないですよ」
そういえば視線が一斉に此方に向いた。上からの物音も止んだ。アダムスカさんが寄ってきて同じく肩をたたく。
「ナマエ、どうした?」
「上から誰かが歩くような物音がしたので、危なさそうだなって。いや、危ないからいるわけないか」
そう言って中に入った瞬間銃声が降ってくるあたり、連発するあたり馬鹿だなぁと思うわけで。アダムスカさんと話していた男性が窓枠から身を乗り出すと誰かを掴んだようだった。そのまま地面に振り落とした彼にちょっと無事を願う。受け身をうまく取れていれば多分無事だ。窓を閉めてしまった男性はアダムスカさんをみた。
「ゲリラが追ってきているようだ。このまま本国に入ってしまえば此方は正当に反撃できるが、そうはさせないだろう。処理班を一応屋根には向かわせる。一般人は待機していろ。先の調べからは時間はそれほどたってはいないが、調べた方がいい」
「わかりました。国境警備に調べさせます」
「スピードは落とさせるな。止まれば集中砲火だ」
そう言って彼は指示を出し、後方車両の方へ向かう。アダムスカさんはもう一度私にここにいるように告げてそのまま先頭車両の方へ向かった。



人質である。まぁ、一番子供に見えて無力とわかってたら私を人質にするのはわかる。だが、日本人である私を殺してしまうと非常にアダムスカさんの国にとっても、彼の祖国にとっても良くないのだがそこはいいのだろうか。日本人です,と言ったところで逆に日本にお金云々となっても面倒だ。そもそも私がそこまで批判的にされていない(ように思える)のは、一度もそういうことになっていないからである。とりあえず向こうは構えてはいるが動けないわけで。私はちらりと私を抱えている相手を見上げる。さっきからロシア語を話してるってことはこの人ロシア語通じるようである。彼を投げやすいように腕にてをやっておく。
「お兄さん、安全装置かかってるよ」
そう言った瞬間,彼の視線は銃にむく。私はその瞬間、銃口を私からそらせて投げた。綺麗に決まった背負い投げに、彼も周りも理解していないようだったのでサクッと銃をアダムスカさんの方に蹴っておく。まぁ、アダムスカさんが指示を出して兵たちが捉えたが。引きずられていく彼を見送り、彼の無事を祈る。自爆とかいう無理な心中はやめてほしいが、すぐに身ぐるみを剥ぎ、爆発物を持っていたら降ろすように言っていたので大丈夫だろう。
「ナマエ、大丈夫か?」
「驚きました。身代金請求動画になるかと思いました」
「驚いたのは私達だ。よくあんなハッタリをかましたな」
「あぁ、あれは何処だっけ……まぁ、旅する道中で親切な人に教わりました。軍人はともかく、私みたいなのが指摘すると八割がた信じるからその隙にジュードーで投げ飛ばせばいいって」
まぁ実際は柔道ではなくCQCだがこの世界にはないので割愛させてもらう。
「身代金請求?」
「大佐、彼女は日本人なので」
「それを先に聞きたかったがな。とんだ国際問題に発展するところだった」
「ごめんなさい」
そう眉尻を下げる。彼はいやと首を左右にふる。
「彼女は私が入国管理にまで連れて行きますのでご心配なく」
「……そうか」
大人しく人質をした方が楽だったんだろうか,と考える。今更ではあるのだが。

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私がその場所にたどり着いたのは一週間後のことである。いや、尋問というか、拘束はアダムスカさんが何か手続きをし終わるまで2時間ぐらいで終わったのではあるが、アダムスカさんが列車での出来事の報告書作成にまわされてしまい、一人で行こうにも場所がわからず待機させられていたというか。見張りは一人はいたと思うが、思わぬ落ち着いた時間に服を買いかえたり本屋さんをのぞいたりなんなりしていれば時間はたった。
真っ白である。記憶に違わず、真っ白な世界だった。あまり人が来ないその場所は汚染地域であったらしく、数年前まで立ち入りが禁じられていた場所らしい。今は観光地化が進められ、地雷などが撤去されたのだという。ごく数人の観光客のような人がいるが、まだ多いわけではない。私はそのまま私が死んだ場所を目指して歩く。アダムスカさんは入り口近くの木のそばで私をみているようだった。とりあえず私は夢にみたそこで足を止める。あの夢で向かい合った相手は当たり前だがいない。夢の中の人物なのだから。私は息を吐いてそこで寝転んで空を見上げる。あの時と同じく快晴である。この空は見えなかった。私が見えたのはただ、此方を無表情でみていたジャックの顔だけだ。そっとあの頃のように目を伏せる。ナマエ、と呼びかけられた声に私は目を開いた。まぁ、そこにいるのは当たり前であるが、ジャックではないのだが。風が花びらを運んでいくのがみえて、もう一度目を伏せた。同じ場所があるのであれば、同じ人もいるのではないだろうか、と思ってしまう。アダムスカさんがため息をついて、同じように隣に座ったらしい。
「お嬢さん、お気に召したかな?」
「はい、とても」
そう言って起き上がり、彼に向かって緩く笑む。
「夢の中と全く同じ景色なので、とても希望になりました」




そのあと少しロシアを巡り、隣国に移りそのままヨーロッパを旅をしていたら、アダムスカさんにまた会った。髪を切った彼は少し幼く見える。一度会った人に二度会うのは珍しい話だ。だいたいが一期一会であり、私にとってはだいたいが一度会ったら会えない人なのである。それもそのはずで、私の行き先は案外ランダムであり、情報機関が噛んでいないと探しずらいのだ。メディアなどが行き詰まるのはそこでだ。
「だいたい目星をつけていたが、まさか本当に現れるとは思わなかった」
そう言って彼はエスプレッソに口をつける。絵になる人物である。恐らくは追跡されていたのだろう。脅威となるから追跡したのか、大きなその国は保護しているのだというためかはわからないが。
「お仕事はいいんですか?」
「退役してね。そもそもあの時にそれは決まっていたんだが、少し伸びてしまっていたんだ。君について行ってはいけないかな?」
「私は来るもの拒まず去るもの追わずなので構いませんよ」
私はそう言ってラテを飲む。
「ただ、危ない場所に多々足を運ぶのでそこは気をつけてくださいね」
「そこは自己責任だ」
彼はそう言って肩をすくめた。その様子が誰かと被って、私は瞬きをする。
「そういえば、アダムスカさんって何歳なんですか?」
「君の二つ上だ」
「ふぅん、何かあったら国籍違いお兄ちゃんで通そうかな」
「君の父親が勘違いしそうであるが」
彼はそう言って鞄から本を取り出して私に渡す。英語で書かれた本だ。何処かにいる君へ、と題されているそれに首を傾げた。
「君が関わった人から君への手紙の集めたものらしい。君のことだから、呼んでいないんだろう」
彼の言葉に本をちらりとめくる。そこにあったましろな世界に立つ私の写真に彼をみた。遠目であるが,私だとはわかるだろう。してやったり、という表情の彼になんともいえなくなるのだが。
「アダムスカさん……」
「記録には写真も必要だろう?」


==


何処かで見たことがある、とは、たまにアダムスカさん、改めアダムスカを見ていて思うことである。しかし、その既視感を理解してしまった。髪を短く切るつもりはなかったらしいが、髪を短くきったアダムスカがうたた寝をしているその姿にである。あの夢にいたオセロットと呼ばれる青年にそっくりだった。同じ夢など見ることはないのだろうし、あの夢のように彼がダブルスパイをしているようにはみえなかった。まぁ,あり得るとすれば彼の国の諜報機関にいるくらいだろう。そういえばあの時にいた上司は傷跡はないがヴォルギンにそっくりだった。彼はジャックがどこにいるか知っているのだろうか。というか、彼の両親はやはりあの二人なのだろうか。そう思いながら私の肩にある彼の頭を膝に移動させて髪を撫でておく。全く穏やかな日だ。


穏やかな日だった,というのが正しい。はぁ、とため息をつく。私はよく知らないが巻き込まれて一緒に捕まったのが隣にいる白人女性だった。彼女も彼女で何かあるのか、彼女が目当てなのか私が目当てなのかわからない。まぁでも他に何人か一般人がいるあたり、無作為な可能性もあるが。アダムスカと離れたところを襲撃されるあたり、最近はアダムスカが護衛なのだと何処かしらの国達には思っているのかもしれない。
「お互い大変ですね」
とりあえず何処かに行った人に英語でそう言えば彼女は苦笑いして私を見た。
「怖くないの?」
「まぁある程度は修羅場を踏んだので」
「えっ、若いでしょ?何歳?」
「こう見えて24です」
「うそー!同い年くらいかと思った!」
ということは年下らしい。彼女は敬語の方がいい?と尋ね,私は気にしていないので首を左右に振った。
「お互いツイてないね」
「本当に。朝はホテルに日本食があったから今日はツイてると思ったんですが」
「わかる、そういうのあるよね!私も今日は商談がうまく運んでツイてると思ったんだけどなぁ」
そこから色んな話をする。この辺りの情勢やら、最近の話やら特に意味のない話だ。こんな状況でする話ではないが、逆に私達の会話を聞いて他も落ち着いたようである。ココ、とファーストネームだけ名乗った彼女に私もファーストネームにあたるナマエだけ名乗っておいた。それにしても、ここにいた警備がしばらく帰ってこないのを見ると、もうそろそろアダムスカが来るだろう。いや銃を持った警備が飛び混んできて乱射する可能性がなきにしもあらずである。ココに断り自分の縄を外し、扉の前で様子を伺っていれば、案の定警備が飛び込んできた。ので、CQCで銃を取り上げて転がしておく。気絶している。そのまま銃を分解していれば、扉の向こう側からまた銃を持った人がきて銃口を向けたので瞬時にそれを離させて地面に叩きつける。後続がこちらに銃を向けたので銃口を彼に向ける,前にアダムスカさんがやってきたので銃から手を離した。
「アダムスカさん、知り合いです?」
「知り合いではないが、ここに来る時に合流した」
「おっと……じゃあ彼らの仲間じゃないのか」
その台詞に彼から離れる。すいません、無事でしたか?と手を差し出せば、彼は少し不機嫌そうな顔をしながら「いや」と断って立ち上がった。
「大丈夫だ」
その顔には見覚えがあった。不服な時の顔だ。負けず嫌いな面が出た時の顔だ。私は手を引っ込めてからアダムスカをみた。
「……そうですか……アダムスカ、私は彼らを解放するので警察当局の対応をお願いします」
「わかった。ナマエ、再三言うがあまり無茶はしないでくれ」
「気をつけます……ココ、いま縄を解くので」
「俺がいく」
ムッとしたままココに向かった彼にココの護衛なのかと納得する。近くにいた男性が「悪いな嬢ちゃん」とタバコ蒸す。
「普段はああじゃないが、嬢ちゃんみたいなのに投げ飛ばされて機嫌が悪い」
周りが揶揄うようにケタケタ笑う。ココを助けた彼はこちらを見て口を開く。
「お前ら、聞こえてるぞ!」
「悪い悪い。お前がそこにいるの忘れてたわ」
「ふふっ」
そんなやりとりに笑えば彼は余計に眉間に皺を寄せた。
「おい、何がおかしいんだ」
「いえ、すいません、仲がいいなと思っただけです」
そう言いながら私は他の人の縄を外しに向かう。彼は余計に拗ねたのかこちらを睨んだが。無表情ではない。敵意や嫌悪というよりは拗ねている。縄をはずし、怖かったと言う子供を宥め、大人をなだめる。貴方達は助かったのだといい、落ち着かせた。アダムスカとやってきた警察達に後を任せる。事前にアダムスカが話していたのか、すんなりと解放されたそれに私はホッと息を吐いたのだが。
「やけにすんなりだな」
「君の知り合いがいる国だからな」
「知り合い?」
「君に助けられたと聞いたが」
そう大袈裟に告げた彼に私は首を傾げた。彼は「まぁ君の助けた母数は多いからな」と笑ったが。
「ディナーは疲れているから遠慮しておいた」
「それはありがとう。助かる」
「ホテルに戻ろう」
アダムスカはそう言って日差し避けの丈の長い薄手のコートを脱ぐと私にはおらせ、日差し避けの布を私に巻いた。そうして彼らにひらりと手を振って、私は頭を下げてその人混みを後にした。パチリとあった目にまだ不機嫌を滲ませている彼に、笑っておく。さようなら、と口を動かして私はまた人混みに紛れた。
さて、私の旅の目的は一つ完遂したことになる。彼は生きていて、彼はまだ幸せそうだった。あんな表情をできるくらいには。
「ナマエ?」
アダムスカが私を見下ろす。
「いいや、次は誰に会いに行こうかと思っただけ」
私の言葉に彼は目を見開いたのだが。
「会えたのか?」
「会えた」
「嘘だろう、どれだ」
「秘密」
「戻ろう」
「いいよ」
「やっと会えたのに?」
「幸せそうだったから、満足した」
そう言ってアダムスカを見上げる。アダムスカは私を見下ろして、深くため息をついた。
「写真の一枚くらい撮ればよかっただろう」


==

でも、まぁ、再会というのは結構すぐで、ホテルがココ達と同じだった。お前はあの時の!と苦々しい顔で告げた彼とは対照的にココは「ナマエじゃん!」と手を振った。
「もー、ディナーに誘おうと思ったのに、紛れてどっかいくんだもん」
「ごめんごめん。まさかこの時間まで拘束されて?」
「そう!まぁ知り合いだったからこの時間で済んだんだけどさー」
ため息をついた彼女に、申し訳なくなる。アダムスカがてっきり口添えしてるかと思ったのだが。何もなく解放された私がラッキーだったんだろう。
『ピースウォーカー!』
後ろから聞こえた言葉は無視だ。私はピースウォーカーじゃない。アダムスカが変な顔をするあたり多分その知り合いだろう。ナマエさん,と呼びかけられた言葉に振り返る。なるほど、彼は確か私が託された子供を託した人だ。
『ナマエさん!無視をするなんて酷いじゃないか』
『私はピースウォーカーと名乗った覚えはないので。ライカは元気にしてますか?』
『あぁ、元気にしている。今日も医者になる勉強をしている。留学も視野にいれてるよ。酷いじゃないか、この国に寄ってるなら連絡してくれたらいいのに。上司に聞いて飛び込んできたんだよ』
『あなたの上司と言えば、サリエさんでしたっけ』
『そう。あの時は軍だったけど、今は警察にいるんだ。あぁ、本当に君に会えてよかった。僕らは君にお礼をたくさん言わないといけない。君がいなければ僕らは妻と生きて再会できなかったし,ライカとも会えなかった。お礼を言いたいのに君ときたら、知らんぷりだ。ここで会えなければ、君はきっと永遠に僕らに会いに来ることなんてないから』
『私は何もしてないので』
困ったようにそう告げる。会いに行くことは確かにないだろう。が、彼は私を神聖視しすぎてはいないだろうか。度々向けられる視線ではあるが、それは苦手なものである。
『私らはただの人間だよ』
彼にそう告げたても、彼は納得しないのだろうけども。

==

「へぇ、ココは武器商人なのか。大変そうだね」
そう言いながらグラスを傾ける。なるほど戦場を渡り歩く武器商人だから彼女の護衛はより軍隊っぽいんだろう。
「ナマエはあのピースウォーカーなんだよね?平和運動してるの?」
「まったくしてない。ただ旅をして両親に手紙送ってるだけなのに、周りが勝手に勘違いしてるだけ」
私の言葉に近くにいたココの護衛の視線が向いた。ココも意外だというように私を見た。
「そうなの?」
「そうだよ」



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