2021/06/21
359→現代??
「どうしてですか」
泣きそうにあの子は俺をみる。追われていた俺を、こんな俺を師だなんだとついて回ってきたこの子はもう一人前だった。だから、突き放した。
いや、それは建前かもしれない。いつのまにか他の軍師と肩を並べ、魏に献策をする。それは俺がやらないと決めていることなのだ。この子にとって劉備殿はあの一瞬を共にした誰かというだけであり、恐らくはこの子にとっての祖国は魏だ。そんな自分とあいれない存在になる弟子が怖かったのである。
もう俺の元に来ないでくれ。
そう言えばあの子はこれでもかと目を見開いてポロポロと涙を流した。それに背を向けて俺は歩き出す。待って,と縋り付く手を外し,俺はその先にすすむのだ。
ーーそのあと、あの子がどう生きたかなど、知ろうともせずに。
正史を読めば、あの子は蜀の馬岱殿に討たれたという。それまでは孔明の弟子である姜維を退けたり、満寵殿と呉を退けたりとしたらしい。ほら、俺なんかがいなくともあの子はやっていけるのだ,と昔の自分に告げる。昔の夢、とりわけ異世界の夢を見た時あの子が俺に当たりが強かったのは俺がああいったあとだからだったようではあるが、結局あの子は俺なんていなくてもやっていけた。
「それは違うよ、徐庶殿」
そう言ったのは満寵殿である。同じぐらいの時代の昔を持つもの達の集まり。その中に満寵殿がいて、あの子の話になったのだ。
「あの子には君が必要だった」
「何を。あの子には貴方達がいた」
「そりゃあね、あの子には確かに僕達がいた。ひよこみたいにくっついてきたし、覚えも早いからついつい僕らも教えてしまっていたしね。でも、君が必要だった。あの子はずっと言っていたよ。君に捨てられたって」
そう彼は言いながらグラスを傾ける。俺は彼を見上げた。
「参ったものでね、荀ケ殿がいなくなってナマエが少し忙しくなって、荀攸殿が亡くなってナマエは本格的に私たちに加わった。賈詡殿がいなくなればさらに大忙しだ。西に東に北に南に。ずっと無理をしていたけれど、私が言っても大丈夫しか言わないものだから困ったものだよ。今で言うワーカーホリックだよね」
「……」
「ナマエはね、ずっと寂しそうだったよ」
満寵殿は俺をみる。俺は小さく「えっ」と声をあげる。
「少なくとも、あの子にとって,君は唯一の家族だった」
「家族?」
「あの子を拾った君が聞くのかい?」
あの子には、家族がいない。本当の家族は海の事故で死に、次に拾った商人達も野盗に襲われて死に、そうして俺と出会ったと、きいて。
「君は一応師匠だったわけだし、直接言えなかったのかもしれないね。あの子は君を兄みたいだといつも言っていたよ」
智勇に優れた優しい自慢の兄だと。
その言葉はぐっさりと深く突き刺さった気がした。俺がもし、あの子の唯一の家族となっていたのなら。見捨ててしまったのだと。
ぐらぐらと足元が揺れる気がする。心臓が張り裂けそうだった。きっとあの子は。振り払ったあの手は、捨て置きにいった稚児が最後に親を頼る手と同じなのだ。
近くにいた荀攸殿が口を開く。
「満寵殿、過去に禍根を残すのはおやめください。過去は変えてはいけないものです。あまり深く言えば徐庶殿が歴史を変えるきっかけになり得ます」
「おっと。でも、弟子がどう生きたか知りたいかなって」
「それはそうかもしれませんが……徐庶殿。一応ですが、過去は変えてはいけません。後悔しているのであれば現代で対処するべきです」
「……そう、ですね」
あの子は俺を許してくれるのだろうか。いや、違う。
あの子は本当の家族と、幸せにくらしているのだろうか。
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大きな外国籍客室船の事故があったらしい。助かった命は犠牲になった命よりも少ないのは確かだった。テレビではけたたましいほど取り上げられるそのニュースを眺めていれば、その中に小さな子供が写っているのが見えた。助け出された客の中をウロウロと歩き回るその様はきっと悲しみを表現したいメディアにとって格好の餌食だった。音声は聞こえないが、口元は何かを忙しなく呼んでいる。そうしていないことがわかったのか、今度は海の方へ救助活動をする大人の方へ足を向ける。しかし、その子供の目に映ったのは沈んでいく船だ。どんな表情で船を見ているかなんて,俺には想像がーーいや、想像がつく。きっと、今にも泣き出しそうな顔をしているのだ。でもそれを他者のようにぶつけることもなく、ただただ耐えているに違いなかった。それを感じた瞬間、弾けるように俺はそこに向かう術を考えはじめる。どうしたって向かうには数時間かかるだろう。でも、その小さな背を誰かが抱きしめるべきなのだ。
メディアをくぐり抜け、そのまま子供が手当てを受けているだろう場所に向かう。幸運だったのは知り合いが救出の指揮を取っていたり、救出された人たちへの場所を提供していたことだろう。あの子はやはり悲劇のヒロインだったのか、カメラが向いている。追い払ってもすぐにこうだ、とぼやいた孫堅殿はすぐにメディアを追い出す。
「徐庶、本当にお前の弟子であった人はあの子であっているのか?あの子は中国語が喋れないようだ。恐らく日本国籍だろう」
「……知っています」
それだけ告げて、ナマエ,とあの子の名前を呼ぶ。振り向いた子供に、近づいて、ただ、ナマエ、と名を呼んで目線を合わせるためにかがむ。子供はただただ目を見開いてポロポロと涙を流すと、俺に一歩二歩と近づいて俺に抱きついた。覚えていないが、深いところで覚えているのか。わんわんと泣いている子供の背中を撫でてやった。
「徐庶、学校はどうした?」
「あっ、えーと……」
泣きつかれて眠るナマエを抱き抱えていれば、孫堅殿は茶目っけたっぷりにそう告げた。サボった、とは仮にも学園長を務める彼に言ってもいいことだろうか。彼はその様子を見てケラケラと笑う。
「劉備には連絡を入れておこう」
「ありがとうございます」
「いや、こちらもその子をどうするかと言う話になっていてな」
「どうするか、とは?」
「大人や大人と一緒の子どもであればそのまま他国に要請し、国に帰ってもらうことができるが子供だけだとそうはいかなくてな」
「……やはり、この子の親は」
「あぁ、あの中にはいなかった」
重い沈黙である。俺は服を握る手を見つめる。この子はまた家族と多くの人が得る幸せを得ることができなかったのだと。
「この子の国籍が判明次第、国に尋ねてはみる。もしかしたら祖父母はいる可能性があるからな。それまではこの国にいてもらうしかないが……」
子供が小さくくしゃみをする。毛布を持ってこようと孫堅殿はその場を後にした。
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魘されたり、泣いたりと忙しない。トラウマになるような事件にあったのだ。それは仕方ないだろう。孫堅殿が連絡を入れたからか、劉備殿が孔明と士元を連れてくるのと、俺と同じくニュースをみてナマエではないかと満寵殿達がやってくるのは同時だった。今も怖い夢をみてか俺にしがみついているナマエは、ちらりと彼らをみるとまた俺にしがみつく。
「また小さいね、何歳くらいかな」
「それがまだ聞き出せていなくて。客船の会社もてんやわんやで情報が降りてこないんです。中国語が喋れないようですし」
「中国語が喋れない?この国の籍ではないのですか?」
「昔も歳のわりにはつたない言葉だったので……恐らくは日本人ですが、俺は日本語をとっていないし」
そう説明すれば彼らは顔を見合わせた。ちなみに英語はナマエは簡単な単語はわかっているようだが、会話は無理そうである。そうして後ろで見ていた賈詡殿がやれやれと言う風に頭をかき、郭嘉殿がナマエに合わせて屈むと口を開く。恐らく日本語だろう。ナマエは肩を跳ねさせて、ちらりと郭嘉殿をみた。そうしていくらか会話をすると、ナマエは俺をちらりと見上げた。
「……苗字ナマエ」
「おっ、さすが郭嘉殿。今の名前かな?」
「そのようだ。少し孫呉と客船会社に問い合わせてみよう」
郭嘉殿はそう言ってナマエに何か言うと、ナマエは頷いてまた俺の服を摘む。
「元直、偉く懐かれてるねぇ。覚えているのかい?」
「いやぁ、それはないと思いますよ、龐統殿。ナマエが覚えていれば官僚語をしゃべるとおもいます」
「多分、あの騒動の時に俺がナマエの名前を呼んだから知り合いだって認定されただけかも……」
「名前、名前か。やぁ、ナマエ。私は満寵だ。覚えてないかな?」
私は満寵。
そう屈んでゆっくりと告げた満寵殿にナマエは満寵殿をみる。そうして自分を指さして口を開く。
「私は苗字ナマエです」
「おおっかしこい。覚えたね」
しばらく満寵殿を見上げたナマエは俺の服を引っ張った。
「ん?」
「……徐庶さん?」
「えっ、ナマエ,思い出したのかい?」
「……、……?」
「断片的に覚えているのかもしれません」
「この状態で急かしてはパニックになる可能性もありますね。曹操殿にはナマエは覚えていないと連絡を入れておきましょう」
「やはり貴方達は曹操殿の使いで?」
「えぇ、ナマエは嫌なくらいニュースで引っ張りだこですからね。こちらで保護をする目的でしたが……」
「はい、公達殿、この様子を見ると徐庶殿に任せた方が良いでしょう」
「そう言うわけなので、満寵殿はナマエを諦めてください」
「えっ、心外だな。私が連れ去る気でいると思ってるのかい?」
ふにふにとナマエの頬を触る満寵殿にナマエはされるがままだ。
「それにしても何故ナマエはこの年代なんだろうね。晋の子達の方が歳が近くないかな……いてっ」
ぺちり、と音がする。見てみればナマエが怒った顔で満寵殿をみていた。頬の手をはたき落としたらしい。
「満寵、良い加減にしないとナマエに嫌われますよ」
「ナマエは私をきらえっこないよ。仲良しだもんね?」
そう尋ねた満寵殿に、ナマエはちょっとジト目で満寵殿を見たのだけど。
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「うーん、元直にデレデレだね」
「元直もデレデレですしね」
そんな言葉は聞かないふりだ。徐庶さん、徐庶さん、と俺に懐くナマエは昔と何ら変わらないのである。今度はこの小さな手を離さないと決めた。
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