2021/12/31

2021年オフラインネタ帳大放出祭83




微睡だ。ただの。
「久秀殿、いい茶葉を手に入れたんだ。一杯どうだ?」
「また卿は私に茶を入れさせるつもりだな?」
「私が入れるより貴殿が入れた方がうまいし、茶葉も喜ぶと思うんだ。桜餅もこさえてきた」
そう言って笑うのは、今は亡き者だ。いや、正しくはこの繰り返された夢の日の数年後に亡き者となる人物だ。名を松平元信。三河を収める松平の嫡男である。
ーーこの松平元信という人間は非常にできた人物だった。書や歌、芸術に通じ、外国の文化にも触れ、新しい何かを作り上げることに秀でている。民や家臣、他の大名の信頼も厚かった。三河の技術は松平元信の元で発達し、恵まれた土地とは言い難いであるにも関わらず民は安定して暮らせていた。なによりも、民や家臣たちにはその性格が人気だった。誰かを否定することはなく肯定をする。身分も、外見も関係なく同じように接し、悪人であれ善人であれ、救いを求めれば救いを与え、許しを乞えば許しを与える。忌み嫌われるような人間にも貧しい人間にもそれ以外にも崇められていたのだ。三河の民に生きる菩薩と呼んだのはだれであったか。
しかし、この人物は帝のように無欠ではない。無欠でないことを知る為に、己のできる範囲を理解している。全能でないことを知る為に、過ぎた野望を秘めない。総じて穏やかな人物、まるで陰ることのない日向のような人物だった。
しかし、そんな帝はよく元信を悲観的だといい、厭世的とも言っていた。元信はこの世に生まれて絶望に似た気持ちを抱えている。だからこそ、当たり前を小さな幸せとし、感謝しているのだろう、と。
帝とどうやって知り合ったかなど知り得ないが。帝と松平元信の仲は良い。そもそも私と出会った時も帝との茶会である。帝が呼びたいものがいるといって、呼ばれてきたのが松平元信だった。そして、その日、茶を振る舞った時だったか。茶碗を見て、その人物は美しいといきをはき、茶碗とまだ雪の残る山を見くらべて緩く笑んだのだ。高くもない。名器というわけでもない。その当時名の売れていた職人が作ったわけでもない。私が気に入ったのは確かであるが、あまり目にかけられていないような物だった。春霞たてるやいづこみよしのの、よしのの山に雪はふりつつ。そう古の和歌を詠んだかと思うと、綺麗な所作で茶を口に含む。その雰囲気は齢と釣り合わなかった。まぁ、茶を口に含んだその瞬間、子供のように小さく苦いと零されたのだが。帝は笑い、自身も笑った覚えはある。親交はそれからはじまった。この夢のようにいい茶葉が手に入ったからと元信が私の元へやってくることもあれば、元信が隠れ持つ庵にいい茶器を見つけたのだと出向くこともある。そこには利益はなく、損得も駆け引きもなく。ただ、穏やかな。
「久秀殿、また簪をかったのか?」
夢の中で元信は私に問う。一室の片隅に置かれた簪が目に入ったのだろう。
「あぁ、君に贈ろうかと思ってね」
クツクツ笑いながらそう告げる。元信は目を瞬いて私を見た。私は簪を手に取ると元信に当てがう。金色の飾りが揺れる。澄んだ青色の細工はまるで晴天のようである。
「この色は君によく似合う。あの着物にもな」
「久秀殿、私は男の子だぞ。華やかな着物や帯、こんな美しい簪が似合うわけがないだろう?どこぞの姫君でもあるまいし」
困惑した表情だ。その時はどう答えたか。そうでもないと答えたのかもしれない。礼儀というものがある。相手がそういうのであれば、話を合わせるという。元信は受け取ることはない。それはその頃も理解していた。この穏やかな日が続くのであればそれでもよかったのだ。
「……後数年だった」
そう言えば、元信は動きを止めた。
「後数年で君が可愛がる弟は真の嫡男……家康として名を上げなければならない。それには確かに君が邪魔だろう」
元信は暗殺された。安土から三河に戻る最中のことだ。どこぞの忍びに奇襲され、命を落とした、と、されている。今もまだ死体は見つかっていない。
「帝の言うように、君は実に悲観的だ。弟と手を取り合う道を見出せず、弟と敵対する道を見出してしまった。推測ではあるがーー実際に松平家の家臣の中では意見が割れていたのだろう。男として育てはしたがーー生まれは女である優秀な君と、男として生まれた無垢な弟。どちらが三河の主として相応しいか」
夢の中の元信は、何を言ってるんだ、と笑う。目を伏せる。その笑みを、とどまらせるために。
「ある意味は正しい判断ともいえよう。古から兄弟間の争いなどこの世ではよく起こるものだ。特に権力が絡んでしまえばね。三河でも例外ではあるまい。まぁ、その判断に些か、癇に障るがね」
目を開いた先に彼女はいない。ただ、残されているのは彼女に贈るために集めたものだ。
「ーー君が許せば私は迎え入れたというのに」
彼女の隠れ住んだ庵は荒らされてなくなり、そこの付近に住んでいたものたちも粗末な墓を残して消えた。彼女の死体は見つからず、ただ身に纏っていた黄色の羽織だけは姿を少し変え、かの弟が身に纏っている。死んだという知らせを聞いて、感じたのは喪失だ。そして理解もした。これは満たされることのない飢えであり、乾きだ。恐らくは、何を集めたとしても。何を聞いたとしても。誰といても。誰を生かしても。誰を殺しても。求めるものは永遠に手に入らないのだと。そうして過去に縋りつき、夢を見るのだ。穏やかなあの日を。

「松永、貴方の願いを一つ叶えるからみんなから手を引いて」
そう告げたのは天女とされる女性である。金色の髪をもつ女性は青い瞳でこちらを睨んだ。平和を解き、武器を捨てさせると言う割には、周りには常に見目が良い武将がいて、見目が悪いものや身分の低いものには見向きもしない。天からの使いよりもかの元信の方が非常に天女らしい。取り巻きは次々と口を開き、私を睨む。
「ほう?趣深いな。君に願えば何でも叶うのか。さて、では、何にするか……六爪、鎧、……それとも天下か」
そう並べてみれば、取り巻きは武器を握りしめる。
「天女殿!!」
「……では、四皇の一人にしよう」
そう言えば、天女も取り巻きも目を見開いた。
「四皇のうちの一人に是非とも会いたいのだがね。どうも会えない」
さて、天女はどう動くのか。今の四皇は帝、織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康を指す。ただ、私が指すのは数年前の四皇だ。そこには徳川と名を変えた弟ではなく、今は亡き松平元信が入る。私を殺して見せるかと思っていれば、天女はわかったと素直に頷いた。
「それであなたは手をひくのね」
「もちろん……君が私の望むモノを連れてきてくれるのであれば、だが」
愉快なことに、取り巻きには似た年代が集まっているのにそこに弟の姿はない。その意味を理解し得る人物など、いなかった。

==

「家康さん、本当に行くの?」
そう尋ねてしまうのは仕方なかった。天女様からの頼みだからな、と苦笑いしてみせた彼に、直虎ちゃんが眉間に皺を寄せる。四皇を集めたい、とは天女様と扱われているあの子から徳川家康に届いた書状に書かれていた。来なければ無理矢理でも呼び出す、らしい。どうやるかは理解できないが、あの子には確かにそうすることができる能力があった。婆娑羅だって何種類か扱えるし、並の武将よりも強い。見かけも可愛いし、なんというか、まさに異世界トリップや異世界転生の主人公みたいな人だった。彼女は神様にきっと選ばれたのだろう。そうじゃなければ、私のように普通のまま、揉まれながら生きていくしかないのだ。私が今生きているのは直虎ちゃんが拾ってくれたのと、撫子隊と一緒に鍛えてくれたからというだけだ。家康は直虎ちゃんを通して知り合った。天から降ってきたそうじゃないか!困ったことがあればいってくれ!と笑った彼はゲームで見た通り太陽みたいな人である。閑話休題。どうやらその天女様はあの松永久秀と駆け引きをしたらしい。それで四皇を集めると言う話になったそうだ。
直虎ちゃんが、眉間に皺をよせる。
「徳川、それは本当にお前を指すのか?」
その問いに、私は何言ってんの、と直虎ちゃんをみた。徳川家康は四皇だ。ゲームでもそうだった。帝、織田信長、豊臣秀吉、そして彼が集まるステージには四皇という名を付けられている。
「直虎ちゃん、家康さんは多分四皇だよ。勢力的にも」
「ありがとう、ナナシ」
家康はそう笑った。そして、直虎ちゃんをみる。
「……実のところ、わからない。だが、恐らく、天女殿はワシだと思っているだろう。とりあえず行ってくる」
彼はそう言って忠勝さんに飛び乗って、井伊の空に飛んでいった。直虎ちゃんは眉間に皺をよせる。
「ナナシ、いくぞ」
「え?どこに?」
「四皇が集まる場所に、だ!そもそも天女とやらに群がる男どもを説教してやろうと思っていたんだ!」
のしのしと直虎ちゃんは城に向かう。私はそのあとを慌てて追いかけた。


=


「あぁ、そうか。天女殿、貴殿はやはり知らないか。私が求める四皇はこれではない」
そう残念そうに口を開いた松永に、天女と呼ばれたあの子は首をかしげる。願いを叶えるという天女に、四皇を集めてほしいと願ったのは松永である。だから、この場には四皇がいた。帝である足利義輝、第六天魔王である織田信長、富国強兵をモットーとする豊臣秀吉、そして絆の王と呼ばれる徳川家康だ。不思議な力で連れてこられたらしい二人に、唯一最初からいた家康と軍勢を率いてきた豊臣秀吉は目を伏せた。あの子を守っていた武将達は松永の言葉に眉間にシワをよせる。
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。何、私は答えを欲していてね。何故、彼ではなく残ったのが東照だったのかと」
その言葉に家康はグッと拳を握る。その意味が計りかねて私たちは二人を見るしかない。織田信長と豊臣秀吉は目を細めた。ふと、帝だけが違う場所を見ているのに気づく。その視線の先はただ青い空が広がっているだけだ。しかし、どこか、楽しそうに、真っ直ぐに彼は空を見上げている。彼と彼の視線を追う私を置いて、周りは話を進める。
「彼は化け物だった。それはそれで結構。あのような聖人君子はどちらにしろ人ではない。化け物か、それとも天女殿のよいな天からの使いか……しかし、問題点はそこではない」
松永の言葉に、竹中半兵衛が口を開く。
「どうして三河の松平家は彼を廃し、弟でありまだ子供である家康くんを当主としたか。確かに彼が生きていれば、情勢は大きく変わっただろう」
「半兵衛」
「秀吉、だけど、事実だ。君たち四人には家康くんに関して何か協定があった。少なくとも君たちは彼が死ぬことを知っていた。違うかい?」
半兵衛さんの言葉に、家康は目を見開いて秀吉さんと信長さんをみた。彼らは何も返さない。いや、アレはただ歴史に殉じたそれだけよ、と、あの声で信長さんが返す。その意味がわかるのは、私が他の世界の未来から来たからだろうか。でも、徳川家康には兄なんで存在しない。存在しないから死んだのだろうか。家康が顔を上げた。
「信長公、それはどういう意味だ」
「糸竹、お前が知る必要などない」
「秀吉公、」
「……家康、お前だから生かされた。それだけの話だ」
「ah?何の話だ?」
伊達政宗の言葉に、忠勝さんが唸る。それを理解する術は持たないのだけど。私はもう一度、最後の一人である帝をみる。相変わらず空を見上げている。そうして、ふはっ、と笑って家康をみた。
「絆の朋よ、お前の兄は些か悲観的なのだ。いや、厭世的というのかもしれないな。その絆を持って叱ってやればいい」
そう言ってただその喧騒を眺めていた帝が空を見上げた。ぱきり、と、空にヒビがはいる。なんだ、と、周りが目を見開く。パキリパキリと空に入ったヒビは穴になり、そこから何かを吐き出した。最初に吐き出されたのは黄色の何かだ。それに続いて、青色と緑色な何かが吐き出されーー人ではない何かがまるで雲に乗るかのように現れる。黄色い何かは金色の力でそれに対抗すると、割れ目からはもう一人女性が現れる。その顔は見たことがあった。
「忠勝!!」
そう家康が叫ぶのと、黄色が叫ぶのは同時だった。そのまますぐ空を飛んだ忠勝さんはその黄色や緑色や青色を拾い上げると近くに降ろした。そこで初めて色は人であると気づく。周りを見渡した二人はをよそに、黄色を纏ったその人は忠勝さんに礼を告げるより先にその女性を見上げる。
「妲己!」
「これは私のせいじゃないわよ。でも、ここ、面白そうな世界ね。清盛さん達に報告しちゃお」
「この世界は貴殿が遊んでいい世界じゃない!あの場所から繋がっていい世界でもない!」
「あーら、元信さん。貴方が焦っちゃうのは珍しいわねぇ。もしかして、貴方のいた別の世界かしら?」
元信。元信といえば、徳川家康が名乗っていた名前の一つのはずだ。そう呼ばれた彼は何も答えない。でも、微かに、誰かが彼を呼んだ。
「ふふっ、感動の再会ってわけね。私、もっと盛り上げちゃう」
彼女はそう言って空を指差す。空からはまた、たくさんの人とは取れないものが降って来た。
嘘でしょ、と、私は口を開く。いや、これはポカンとするしかない。だって、その二人は。そもそも、宙にいる女の人も。化け物だって。
この婆娑羅者が蔓延る世界には存在しないはずなのだ。
元信と呼ばれた彼が金色を身に宿す。そうして鍵にも似た剣を構えると、その金色は一層ました。そうして素早くそのまま妖魔の間をかける。
「元信殿!待つんだ!」
「元信殿!その怪我で単騎は危険すぎます!」
よく見れば、彼が走り抜けた先には血の跡がある。それを追うように二人は駆け出したが、妖魔が阻んでいるようだった。彼が飛び上がるのが見える。それと同時に妖魔が弓矢を構える。ひゅっと、息を飲んだ。家康が小さく、姉上、と、呼んだのが聞こえる。一瞬の静寂に、パチン、という指を鳴らす音がした。弓矢を構えた妖魔の付近に爆発が起きる。金色が、女性に、妲己に鍵にも似た剣を振り落とす。それを何かで弾いて距離を取って見せた妲己に、さらにキラキラと光る粒子を振り撒いて、彼は追撃する。もう一度彼女は武器で受け止めたが、地面に向かって弾かれた。地面に叩きつけられた彼女は「ちょっと!」と声を上げた。その近くに着地した彼は、刃を彼女の首元に構えた。
「元信さん、痛いんだけど!」
「どうやってこの世界を突き止めた?」
「なによ、私が術を使ってこの世界にたどり着いたわけじゃないわ。貴方が呼ばれたから世界との結びつきが強くなったのよ」
「あの混沌とした世界に帰れ、妲己。ここはお前も、私も来ていい場所じゃない」
「あら、貴方の世界なのに冷たいのね。あぁそっか、噂で聞いたわ。貴方、この世界では死んでることになってるのよね?何だっけ」
「妲己」
「あぁ、そうだ、思い出した。噂では、あっちにいる信長さんと一緒」
「妲己!」
「ーー弟君と、どっちが家督を継ぐのに相応しいかっていう話になって、弟くんについた父上に暗殺されたのよね?可哀想」
嘘だ。そう呟いたのは家康だろう。私も、周りも家康を見る。彼は目をまん丸に見開いていた。
「嘘だ、父上がそんなことをするわけがねぇ」
元信と呼ばれた彼はその言葉に家康をみた。妲己が、歪に笑みを浮かべる。
「嘘をつくな!!父上が、そんなことをするわけがねぇ!!そもそも家督争いだって起こってねぇ!!!」
恐らく、妲己は、彼が、まわりが、家康に意識を向けると理解していたのだろう。放たれた矢が彼に向かう。忠勝!と再度指示をした家康よりも先に、唸りを上げて救援に向かう忠勝さんより先に、戦術実行、と言う声と、やらなきゃだめなんだ、と言う声が聞こえる。矢を放つ部隊を急襲したらしい青色と、矢を叩っ斬ったらしい緑色は彼を掴んで距離を取った。見てみれば、豊臣軍が妖魔を抑え、また豊臣側が有利に進んでいるのが見える。ちぇっ、と可愛らしくて舌打ちをした妲己はぴょんと謎の空間に消え、そうして妖魔もそれに続くように消える。彼は待て、と告げて謎の空間をまた開く。しかし、それを止めたのは緑色だ。
「いい加減にしろ、ナマエ殿!いつもの君じゃない!」
「そうです、その状態で深追いすれば妲己の思う壺かと。貴方の回復を待ってから皆に知らせるべきかと」
合流した青色がそう告げる。それでも先に進もうとする彼女に、ゆっくりと松永が近づく。
「久しいな、元信」
「……久秀殿、?」
「あぁ、そうか。君と会っていた私はもう少し若かったか。それもそうだ。君が死んでからもう十年がたとうとしている」
「……死者は蘇ってはいけない」
「そうだな。だが、この世の理は天の理とはまた違うようだ」
そう言ってちらりと松永はあの子を見る。
「天の理?」
「この日ノ本に天女が舞い降りた。彼女は何を思ったか、私に尋ねてね。一つならば叶えてやろうと。そうしたら空から君が現れたというわけだ」
「どうして死なせたままでいさせてくれなかったんだ」
「気まぐれだよ。君には結局何も送れなかったのを思い出してね……君には生を送ろう。改めてその運命と向き合うがいい」
そういって松永は彼のフードを外す。家康と同じ髪色が揺れる。長い髪を後ろで一つにまとめた彼の横顔に、家康が彼をか細くああ呼んだ理由を理解をする。恐らく、松平元信という人は。松永が彼に向かって手を伸ばす。しかし、それは家康と忠勝さんに止められるのであるが。
「……!」
「松永、兄上に触れるな……!」
その言葉に松永が少し眉間に皺を寄せる。そうして、くつりと笑うと、まぁいい、と低い声で告げて天女を見上げた。
「天女よ、君の贈り物は確かに受け取った」
「じゃあ、もう他にはーー」
「だから、君にはもう用はない。私の気分がまだ良いうちに立ち去り給え。もっとも、私が望んだモノに傷をつけようモノなら遠慮なく君にモノを送るが」
間違いなく牽制である。まぁ、帝の笑い声に周りは帝に意識を向けたが。
「松永よ、其の方らしいな。かの五つの宝でも所望するかと思ってはいたが……予もありがたくそれにあやかろう。元信よ、傷が癒えれば二条に来るといい。見かけぬ武者もつれてな」
「……ふん、戰をする興が冷めたわ。糸竹よ、兄を連れてまた安土に来い」
「貴様らに元信を貸せば厄介なことになるのは目に見えている。家康よ、元信と共に豊臣に来るがいい。話はそれからだ」
どうやら三皇は帰るらしい。松永はそれを見送ると、家康をみて、「今は貸そう、東照よ」といいながら踵を返した。忘れてくれるな、それはわたしが望んだからこそ舞い戻った死人だ、と家康に釘を刺して。
私はそばで眺めていた直虎ちゃんとパタパタと家康の元へ向かう。変な空間は閉じ、彼女の手が力なくうなだれる。意識を失ったらしい。倒れ込んだ彼女を緑色が受け止めた。よくみれば彼女は簡素な鎧しかつけていない。血が滴り落ちている。家康は親に縋る子供のような声で彼女を揺すった。
「兄上!」
「兄上ということは、あなたは別世の……いえ、元信殿の弟君ですね」
青色がそう言って家康をみる。家康は彼を見た。
「お前は」
「私たちは貴方の敵ではありません。訳あって貴方の兄上と行動を共にしています。長話は無用です。どこか安全な場所で元信殿の手当てをさせていただけますか」
その言葉に家康は周りを見る。そうして理解したんだろう。三皇がさったとは言え、まだあの子と、あの子といる将たちが伺うようにこちらを見ているからだ。
「わかった。三河の城へ案内しよう」
そう頷いた彼は忠勝さんを見上げる。忠勝さんって何人乗れるんだろうと思っていれば、忠勝さんが青色と緑色を掴むと、家康が彼女を抱えてその背に飛び乗った。滑空していく忠勝さんを見上げる。
「直虎ちゃん、どうする?」
「無論、三河に行く。元信の世話を見たこともないやつらや徳川に任せられるとは思えん。行くぞ、ナナシ」
直虎ちゃんはそう言って私を引き連れてその場を離れる。私はあの子をみた。何が何だか恐らくわかっていないのだろう。当たり前だ。あの子に付き添う二人も、現れた妖魔や妲己も、この世界だけを知るあの子は知らない場所だろうからだ。私は直虎ちゃんの後ろにのって、また三河へと馬を駆けさせたのだが。

==

「直虎ちゃん、元信さんって知り合い?」
そう尋ねれば、直虎ちゃんは答えを示す。徳川の兄だ、と。家康さんのお兄さん。そう繰り返し言えば、彼女はしばらくの沈黙ののちに口をへの字にしながら口を開く。
「いや、兄だと言うことに世間ではなっている」
「なっている?」
私がそう尋ねれば、彼女は頷いた。
「徳川の父親が松平と名乗っている時期があって、その頃にいたよくできた嫡男だ。万人に等しく接し、救いを求めれば救いを与える。良い君主の見本、とお爺さまからは言われた、が、どう見ても、女だろう!」
直虎ちゃんはそう憤慨する。確かに、女顔の男性というよりは男装の麗人と言った方がしっくりくる。周りの家臣は男だと言っていたが、弟である徳川は昔からボロが出てたまに姉上呼びをする。と直虎ちゃんは眉間に皺を寄せた。直虎ちゃんも実は騙されたたちでは?と思うがお口にチャックだ。彼女はぽこぽこと怒りながら家康やその家臣、井伊家や三皇の話をする。それを聞くに初恋を奪われたのでは?と思うが突っ込めばきっと怒る。彼女の話を聞くに、まさにできた人だった。話だけを聞いていれば、まさに聖人君子とも言えるだろう。しかし、不意に直虎ちゃんは黙る。直虎ちゃん?と尋ねれば、彼女は口を開いた。
「……もう亡くなっているがな」
「……やっぱり?」
「どこかの誰かに闇討ちされたらしい。その少し前から、元信は化け物の子だという噂が流れていた」
「化け物の子?」
「詳細はわからん。徳川も何も知らないらしい」
「化け物の子だったから殺された?」
「さぁな。だが、元信が死ぬことで僅かに保たれていた均衡は破られた」
「一人が死んだだけで?」
そう尋ねたのは仕方がない。たった一人が死んだだけで、均衡は破られることがあるのだろうか。しかし、直虎ちゃんは短く肯定した。
「元信はあの三人だけでなく、あの武田や上杉とも親交があったからな。国同士の仲を取り持っていた、が、正しい」
外交能力が高かった、ということだろうか。では、それを襲った犯人はその均衡を崩したかったのだろうか。となると、私的に怪しいのは松永になるのであるが、自分が殺した人間を生き返らせてほしいなんて思うのか。
「三皇の誰かが暗殺した説もある。三皇のどれも否定もしなければ肯定もしないらしいが」
「聞いたの?」
「徳川がな。答えは全員同じだ。答えるとすれば、歴史に殉じたとだけらしい」
歴史に殉じた。その意味を考える。私の知る歴史では松平元信は徳川家康の昔の名である。いわゆる、徳川家康の兄である松平元信なんて人物は存在しないのだ。そういえば。
「妲己が跡継ぎ争いがどうたらって言ってたけど」
「妲己?誰だそいつは」
「あの破廉恥なお姉さん」
「あぁ、あの……ナナシの知り合いか?」
「別の絵巻物で見たことがあるよ」
そう言えば彼女は納得した。まぁ直虎ちゃんと家康にはこの世界が絵巻物として存在してるとちゃんと話している。
「その話、俺様もまぜてくんない?」
「うわっ!?」
「はっ!?」
いきなりあわれて馬に並走しているのは猿飛佐助である。私達がびっくりしたのをみて、ごめんねー、だなんて笑みを浮かべて軽く謝った彼に私は彼を見下ろした。
「忍者ってすっげー、早駆けしてる馬と並走してるよ」
井伊はくのいちがちょっといるくらいだし、徳川の隠密部隊には会ったことはない。そもそも私は監視をされるくらいで、忍者との関わりは皆無なのだ。猿飛佐助は私を見て目をパチパチ瞬いた。直虎ちゃんがプンスカ怒りながらくちをひらく。
「ナナシ!感心するな!コイツは!武田の忍だ!!お前と話す話はない!」
「まぁまぁ、そう言わずに……」
「この人、あの子と一緒にいた人だよね?……天女様はいいの?」
そう言いながら猿飛佐助をみる。あー、と言って彼は私を見上げた。
「もしかして、俺様達って取り巻きに見えてる?」
「えっ、違うんですか?」
私の発言に彼は深いため息をついた。直虎ちゃんも違うのか?と尋ねる。
「あのねぇ、天女様が降ってきたのは竜の旦那と真田の旦那が争ってた場所なわけだ。急に現れた上に、俺様達の名前や性格を知ってる。忍として怪しまないわけがないでしょ?それに、変な勢力について願いを叶えるなんてことされてみな、最悪だから」
そう言った彼に、私情はないの?と尋ねれば「忍に私情はないよ」と返されてしまった。おお、プロだ。
「武田ってことは、武田信玄がそう思ってるってこと?それともいつも一緒にいる赤い人がそう思ってる?赤い人は見かけるたびに結構天女様を気にかけてる気がするけど」
「オタク、結構目がいいね。赤い人は真田の旦那だと思うけど、真田の旦那は天女だって信じちゃってる……のもあるんだけど、あの人甘いから。天女様を心配しちゃってんのよ。大将に護衛を頼まれたのもあるけどね」
猿飛佐助はやれやれとため息をついた。ふぅん、と私は言って直虎ちゃんを伺う。
「直虎ちゃん、本当の最悪なんだけど、武田の力を借りる必要があるかもしれないし話しちゃダメかな?この人が聞きたいの、多分元信さんのことじゃなくてさっきの妖魔とかのことだろうし」
「そうね。アンタは話が早くて助かるよ。でも、結構松平元信が暗殺された話って忍の間でもしばらく持ちきりだったんだぜ?」
「何か知ってるの?」
「さぁ?ただ、跡継ぎが徳川の旦那がどうとかじゃなく、あの破廉恥な女の言葉は俺様的には納得したけど」
「納得?」
「もう死んだとされる徳川の忍がいてね。服部半蔵って言うんだけど」
「あぁ、昔、徳川を庇って殿をして……今は行方不明だったか」
「そ、そいつ。まー、風魔と並ぶ実力だとか言われてたんだけど、途中で扱う婆娑羅が変わった」
「何?」
直虎ちゃんが猿飛佐助を見下ろす。彼は口を開く。
「俺様が最初にあった時、まだ多分松平元信に仕えてた時だろうけど、雷だったんだよね」
「待て、私が知る服部半蔵の婆娑羅は闇のはずだ」
「言ったろ、変わったって。松平元信の死後は闇になってた」
猿飛佐助の言葉に考える。
「……心因で婆娑羅は変わるものなの?」
「基本的には生まれ宿ったものだから変わらない」
「ただ、不思議なことにごく稀に四つの婆娑羅が光や闇に変わることはあるんだよねぇ。ほら、徳川の旦那とか」
そう言った彼に私はそう言うものなのか、とふむと頷く。
「とりあえず元信さんに聞かないと正しいかわからない情報だけど、あの妲己っていう人は悪い仙女だったはず。率いてる妖魔もね。私が読んだ巻物の中じゃ、ものすごい強い仙人が死ぬために乱世の英雄を集めた話にも出てくるんだけど、その中でも人間に仇なす存在だったし」
「……その巻物は井伊に伝わる巻物だったり?」
「違うし、ないよ。この世界にはね」
そう言った私に猿飛佐助は直虎ちゃんをみた。
「……通りで天女サマがこの子を嫌うと思ったら。天女様はもう一人いたってわけだ」
「あんな無礼な奴とナナシを一緒にしてくれるな!!」
「私は天女じゃないよ。主義主張もないし、婆娑羅も使えないし、撫子隊に今鍛えてもらってる最中だし、願いを叶える力なんてないし……ないない、天女とかない」
とりあえず元信さんに私が知ってる知識であってるか聞いて、あってたら直虎ちゃんに許可とってまた武田に伝えたい。



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