2022/12/31
2022年度没ネタ整理6
・下記主の遠呂智
多分、私が死んだあとの荀攸殿だ。私を軽蔑している彼と、同じように軽蔑して彼に寄せ付けないようにする彼の親族だ。きっと彼は私を嫌いで、もうあの頃みたいな表情は向けてくれないのだ。期待した自分を嘲笑うようにケラケラ笑って、安心していいよ、もう来ないから、と口を開く。さようなら、荀攸殿、とそのまま彼らの前を後にした。私みたいな悪評ばかりの人間を受け入れる人などいない。帝こと、義輝さんはできた人間だったから、あの世界の人たちは私を見てくれたから、だからきっと一緒に居てくれただけだ。この世界に本来の私を見てくれる人など少ない。生きるためにがむしゃらに走って、惨めな様を晒しているだけだ。自分にあてがわれた小さな粗末な部屋、その中の寝台に寝転んで目を伏せる。夢の中ではせめて、あの世界で、あの暖かな人たちと過ごしていたいものだった。
癇癪を宥める。だって家臣たちは恐るだけで何もしないし、女官たちや武将たちはなんとかするように私を見るからだ。だから、止める。董卓様、その方に手を出されてはと注意したところで、飛んでくるのは誰の膳か。こんなたくさん人がいる中なんだから、そんなことしなくてもいいのではと思う。飛んできた酒の入った瓶に気分を悪くしたという彼に、私はヘラリと笑う。手もつけてない膳がぐちゃぐちゃだ。同じく酒でぐしゃぐしゃになった服に、瓶の破片で切ったのだろう額からは血が流れる。彼は私を見てゲラゲラ笑うと、罪人にはお似合いだと告げた。私はそうですね、と肯定して笑う。心配したような兵の一部に大丈夫なのだと意志を評して手を振っておく。ほら、犬のように、とぐちゃぐちゃになった膳を指さされる。お前が生きているのはわしの心が広いからだと。だから食べろと。だから、笑え。私は、笑え。
「おぇっ」
気持ち悪い。全部全部気持ち悪い。食べたものを全部吐き出す。吐き出して、吐き出して、胃液の味が口の中に広がって、気持ち悪くて、何度も何度も吐き出す。せっかくあちらで食べれるようになったのに。大丈夫か、と、誰かの手が背中をさする。そちらを見れば仙人であるらしい伏犠殿である。彼が差し出した水でさえ気持ち悪く思えて首を左右に振る。
「しかし、そのままでも気持ち悪かろう」
そう言った彼の目には心配も優しさも含まれている。大丈夫なのだと笑う。
「わたしは、大丈夫です。慣れてますから」
ああ、笑えた。チグハグだけど、笑えた。彼は私の返答に眉尻を下げ、私は口元を拭う。あまり無理をするなと言った彼に、無理はしていないと笑う。だって、これが私の当たり前だ。あの世界が暖かかっただけだ。この世界の、当たり前は、こちらだ。先の見えることのない、地獄だ。ならいいが、と彼はそう言って私を見下ろした。
「……お主は皆が言うような悪人には見えぬがなぁ」
「騙されてるんじゃないですか?吐いてるのだって演技かもしれませんよ」
そうケラケラ笑って、川の水で口を漱ぎ立ち上がる。もう寝ますとだけつげて、私は何もない粗末な家に帰るのだ。
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「救いがねぇな、ほんとによ」
そう眉間に皺を寄せた青年に僕はぎゅっと口を閉じる。彼女が瓶で殴られた瞬間、一瞬の静けさはあったが、すぐに周りは先程の賑やかさを取り戻した。悪人、犯罪者、そんなもの悪評があるからか、別に彼女がどうなっても構わないし董卓がしていることだと思うのだろう。なによりも彼女が笑っていたからだ。戦国側からも何故笑うのかだとか、気味が悪いという言葉が聞こえた。
彼女にはこの世界において救いは確かになかった。四面楚歌だ。僕らが何か言ったところで周りの認識が変わらない。彼女が悪逆非道というイメージがこびりついているからである。その点、あちらの世界で彼女が楽しそうに年相応に過ごせていたのは周りが酷い扱いをせず、彼女自身を見ていたからだ。
「呉に連れてこようとしても良い顔されないしよ」
「蜀もだよ」
そう言って盃を傾ける。ちらりと魏にいる人物をみれば、彼は奥に消えた彼女を一瞬追ったものの周りに絡まれて視線を移した。
「荀攸殿、もう一度味方になったらずっと一つだけ聞きたかったことがあったのだけれど」
あの宴からしばらくしてからだ。偶々彼と同じ部隊に配属された戦の帰りである。彼は俺にですか?と首を傾げた。
「そう、今が丁度いい時だし聞いておくよ。どうしてあの子を助けてあげないの?」
そう尋ねる。彼は「あの子」と首を少し傾げた。
「董卓のところにいるナマエっていう子」
「あぁ……どこからその話を?」
「昔、君たちと追い詰める前、僕らは彼女達と一緒にいたろ?その時に……まぁ、あの子は君の名前は明かさなかったけれどね」
そう言って彼を見下ろす。彼は「ナマエは」と口を開く。
「もう俺の知るナマエではありません」
あの時と同じ言葉だ。彼女に告げられた言葉だ。彼女はそれを聞いて、きっと、絶望したのだ。ずっと信じていたこの人は、いつか一緒にいれるようになる味方ではないと。
「ねぇ、荀攸殿。面白い言葉を教えてあげようか」
魏の軍師達が出迎えにきたのがみえる。僕は今から残酷な言葉を吐き出す。
「あの子にたった一言、助けに来たと言ってごらん」
彼は僕を見る。そうして何かを返す前に彼は魏の軍師達に出迎えられた。
宴会の席だ。隣にやってきた荀攸殿と魏の軍師達。恐らく先程の話の内容を話したかったのだろう。どういうことだと。まぁ、話を聞いた軍師達により荀ケ殿が止める中、彼はまたもや酷い扱いをうけただろう彼女にそれを言いに行くのだけれど。
「ナマエ、貴方を助けに来ました」
魏の軍師や僕らが見守る中そう告げた彼に、嫌いじゃなかったの?だなんて少しだけ嬉しそうにわらっていた彼女は、その言葉に笑うのをやめて目を見開いた。彼女は何も返さない。何もだ。笑うこともしない。彼女はただただ驚いたように目を見開いて、少し経ってその言葉の意味を飲み込んだのだろう。ぐにゃりと顔を僕らの前では始めて歪めた。そしてポロポロと彼女は涙をこぼせば、周りから音が引いていく。荀攸殿は戸惑っているようだった。どうすればいいのかわからないようだった。ナマエ?と困惑したように告げた彼に、彼女はついにうずくまる。助けて、と彼女が彼の服をつまんで、小さく呟く。
「攸、攸、助けて、痛いよ、怖いよ」
「……ナマエ?」
「何回も打たれるのやだよ、戦に行くの怖いよ、ねぇ攸、どうして戦わなくちゃいけないの、私馬鹿だからわかんないよ」
そう言ってあの子はしばらくの沈黙のあと、彼を見上げる。あのね、と、泣き顔でぐしゃぐしゃの笑顔で。きっと彼女は、残酷な言葉を吐く。
「みんなが痛い目に遭ってるのを見るのがやだから、私がやったよ、っていったの。全部全部女官がしたことも文官がしたことも、本当に悪い人がしたことも。そしたら、この通り!私が悪い人になっちゃった」
彼女はケラケラと笑って立ち上がる。
「きっと攸は誰かに言われてそう言ってくれたんだよね。嘘でも嬉しいし、もうちょっと頑張れるよ」
ありがとう、と、彼女は告げて彼の裾から手を離す。彼は素早く彼女の手を掴む。逃さないように。
「……ナマエ、その話は詳しく話すべきです。こちらに」
「話すことなんてないよ」
「あるはずです」
「攸々、荀ケさんに怒られちゃうよ」
「……」
彼はずんずんと彼女の手を引いていく。それを見送っていれば、周りの軍師が僕をみた。郭嘉殿が酒を飲みながら口を開く。
「貴方の言っていた面白いことはあれかな?」
「あの子の本音を聞くだなんて面白いこと、なかなかないでしょう?」
「そうだね、でも、少しだけ意地が悪い」
「あの子の肩を持ってしまったもので」
肩をすくめて郭嘉殿の盃にお酒を注ぐ。
「あの子はあちらでは救われなかった。でも、こう言った変な世界なんだし、夢物語におわったとしても、あの子だって救われたって良いはずだ」
「あっはっはー、救われたのはどちらだろうね?」
賈詡殿がそう言って僕の盃に酒を注ぐ。僕はその水面を見つめて、お互い様かなと言って飲み干した。
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