2022/12/31
2022年度没ネタ整理9
そもそも、私がこの世界に来たのは偶然の産物なのだろうとは思う。周りに巻き込まれた、ただそれだけだ。早くもいろんな勢力に溶け込んだ周り、そして同じ場所にいる一人を頬杖をついて眺める。初夏の日差しが容赦なくあたりを照らしているのに、生い茂った木々は風に揺らされてざわざわと音を立てていた。二つも戦乱の世が混ざってしまっているというのに、あまりにもこの場所は穏やかだった。差がすごいとは思うが、この差がなければやっていけないのだろう。まぁ、そもそも、私達が命の駆け引きなどしなくても良いように周りは根回ししてくれているため、穏やかな日々を過ごさせてもらっている。まぁそれはある意味穀潰しとイコールでもありそうな気もするが。
「なんだかな」
そうちょっと眉間に皺を寄せる。これが叔父というか親類の男性であるなら嬉々としながら武器を片手に戦って見せたりはするだろうし、ほかのクラスでも目立つような連中ならば思い思いに過ごしたりするのだろう。何故に私達だったのか。そう考えていれば、少し影ができる。
「何かお困りのことでも?」
上から降ってきた声に見上げる。軍師の荀攸殿である。史実の彼なのか演義の彼なのかはわからないが、恐らくは史実よりなのだろう。
「いえ、このままでは良くないと思いまして」
「よくない、とは?」
「私達のような力を持たない人でも兵士として頑張ってらっしゃるのに、何もしないでいるのは気がひけるというか」
「そうは言っても、殿は貴方達を戦に出さないでしょう」
「まぁ、無駄死にが見えてますしね。かと言って、貴方達を手伝うにも文字が違う故の弊害がありますから何ができるかと言われたら困るのですが」
困った顔をする。兵士はダメ。恐らく私達に女官がいるのを見ると女官の手伝いもだめ。しかし、文官や軍師などにはどうしても文字の弊害がある。漢詩を読むような感じだとしたら、文字を入れ替えた挙句古典の解読がいるのだ。こういうことならもう少し古典などを叔父の友人に教えを乞うべきだった。荀攸殿は私の言葉にふむと何かを考えるような素振りをする。彼はやっぱり伝わっているように真面目だ。私は困ったように笑いながら口を開く。
「まー、私に限ってはあとは夏の涼とかになるしかないですけどね」
「……夏の涼、とは?」
「私の世界では婆娑羅と言われる力をごく稀に宿す人間がいまして」
そう言いつつ氷の婆娑羅で光の婆娑羅を閉じ込めつつ、花を作り上げる。ちなみに叔父はほとんどの婆娑羅を扱うことができるためさらに違う属性を得たという超人を超えた超人みたいなことができるのだが、あの人はそもそも全てにおいてそんな感じだ。そのまま作り上げた花から荀攸殿に目を向ける。彼は珍しく目を少し見開いて、私を見下ろした。
「……これを他の者は?」
「多分知らないかと。まぁこの力、随分昔の戦乱時代においては重宝されましたけど、私達の生きる平和な時代では疎まれる力ですし」
苦笑いしつつ小さなその花を荀攸殿に渡す。冷たいと言いながら手のひらにそれを乗せた彼はまじまじとそれを見た。私は彼から目を離し、また庭にいる友人に目を移す。李典殿と話している彼女はまるで恋する乙女だった。
「少し時間はありますか?」
「あります」
「……ずっとここで生きることになるのであれば、文字の読み書きや学問も少しはできた方が良いかと。今であれば時間が取れます」
「本当ですか?」
そう言って彼を見上げる。彼は頷いたので、ではよろしくお願いします、と頭を下げる。彼は困ったように「先に礼節からですね」と告げた。それもそうである。これは私の世界の礼節だ。
「あと、先程の力は黙っておくのが得策かと」
「そうします」
軽く挨拶やお礼の仕方を習い、そのまま部屋に通される。なるほど軍師たちの部屋なのだろう。苦々しい顔をしたのは司馬懿殿だろう。恐らく彼は私や友人と言った人達をよく思っていない。おや?と声を出したのは郭嘉殿だったはずだ。
「これはこれは、もう一人の異界の姫君、軍師の部屋にどうかしたのかな?」
異界の姫君とは、と考えて、ああ、ぶぶ漬けみたいな、と思い当たる。とりあえず先程習った礼をしてから口を開く。
「荀攸殿に文字を教えていただけることになりました。どうもこの世界ではあなた方と言葉は通じるのですが、文字の読み書きは流石に」
困ったように告げる。荀ケ殿がそれは良い心掛けですね、とフォローしてくれる。
「あとは、このまま穀潰しのままでいるのは気が引けます。何かできないかと考えていた時、たまたま荀攸殿が通りかかって声をかけてくださって」
「彼女達は戻れるかわかりませんし、俺たちのように所属する国もありません」
「たしかに何処かに士官するにしろ、何処かで働くにしろ、文字の読み書きや多少の学はつけておかないとこの国は何をしていたんだという話になりかねん。ま、もう一人のお姫様みたいに誰かに嫁ぐなら必要はないだろうが、どうもアンタはそういう性格ではなさそうだが」
飄々とした賈詡殿の言葉に、私は頷く。婚姻のつもりは一切ない。荀攸殿がテキパキと筆やらを取り出す。筆と竹簡、と見ていれば、筆は扱えますか?と言われる。
「あるのはありますが、あまり普段は使いません。あと竹簡は初めてです」
「まぁそれは嫌でも慣れるでしょう」
「あ、自分の名前は漢字で当てはまりですので書けますが……皆さんが書く文字と違うかも……」
「え、みたい。書いてみて」
そう言ったたしか満寵殿に私は荀攸殿を見上げる。頷いた彼に私は自分の名前を書いた。
「そこまで違うということはないようですね」
「え、そうだったんですか」
「他に何か書けそうですか?」
荀攸殿の言葉に考える。そう言えばこの間漢詩をまる覚えしたのだ。
「唯一覚えている詩はありますが、あってるかわかりません」
「見ていますし、口に出していただければ判別はつきます」
「国破れて山河あり、城春にして草木深し……」
そう思い出しながら文字を書く。
「時に感じては 花にも涙を濺ぎ、別れを恨んでは 鳥にも心を驚かす。烽火 三月に連なり、家書 萬金に抵る。白頭 掻けば更に短く、渾て簪に勝えざらんと欲す」
「君の時代の詩かな?」
郭嘉殿がそう首をかしげる。
「いえ、学舎で習う漢詩ですね。私の世界ではだいたい浅く広くしか学びませんので、あとのはさっぱりです。桃源郷の話とか矛盾の話とか温故知新とかも教えてもらいましたが、本当に一部だけですね……」
そう言ったところで、温故知新、と周りが顔を見合わせた。温故知新、と竹簡に書けば理解したらしい。
「論語の一節ですね。ならば論語を写して読み書きをまず覚えるのがいいかと」
そう言って流れるように竹簡が出てきた。いや読めないんだよ普通には、とは言えず。中国語読み書きができると思って頑張るとする。
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読み書きがだいぶ理解できるようになった。軍師の集まり結構面倒見が良いのと頭がいいので教え方がうまいのもあるだろう。そろそろパンクしそうであるが。受験勉強かと思うほど勉強している気がする。いや、別に長時間椅子に座るのは辛くはないし、勉学も苦ではないのであるが。わかればわかるほどこういうものは楽しいのだろうとは思う。
世の中が少しきな臭くなった。それもそうで、妖魔と呼ばれるものの動きが少し活発になっているらしい。らしいというのは相変わらず戦関係は私達は触れさせてもらっていないからなのだが。まぁ、しばらくは軍師たちも戦準備に入る為勉強はおやすみである。課せられた課題もこなしてしまい、息抜きも必要かと中庭で兵の鍛錬をしているのをぼうっとみる。そう言えばこちらにきてから鍛錬を全くしていない。叔父に怒られることは恐らくはないだろうが、怠っていたな、ぐらいの小言は言われるだろうか。いつの間にか日差しは夏のものに変わっている。
「ナマエちゃん」
そう声がかかり振り返る。そこにいたのは友人である。久しぶり〜だなんて言った彼女はどこぞの姫君のような華やかな平服をきていた。なるほど、ますますお姫様ぶりがかかっている。私にあてがわれたのは軍師に紛れても目立たないように文官よりの男性の平服だ。
「元気そうで」
「まーね、ナマエちゃんは勉強してるんでしょ?于禁さんから聞いた」
そう言って隣に座った彼女に、女官たちはあまりいい顔をしなかったが、彼女は気にしていないのだろう。勉強嫌じゃないの?と尋ねられる。
「別に苦じゃない。周りの教え方が上手いから、すぐわかる」
「へぇー、流石って感じだなぁ。あたしは勉強嫌いだから極力やりたくないけど。でもなんでまた?」
「……もし、この世界で生きていくことになれば、必要になるから」
「そうなる前に、ナマエちゃんのおじさんが探して割り込んできそうだけどね」
彼女の言葉に吹き出す。あの叔父ならあり得る。割り込んできて意気揚々と武器を振るいそうだ。元々優秀であるし、裏側の方にも出入りしているから、恐らく人の命を奪える人である。
「……叔父さんに会えなくて寂しい?」
「ちょっとだけね。そっちは?」
「うーん、あたしはあんまり親には会いたくない人だから。でもフラペチーノが恋しい。生クリームとかカフェオレが」
そう言った彼女に、変わらないなぁ、とクスクスと笑う。彼女も笑って、そっちもね、と告げると女官と共に奥に消えた。一部の兵士が落胆する声が聞こえる。すぐに近くにいた将により正されたが。なるほど、兵のアイドル的な感じだろうか。私もそろそろ移動するか、と立ち上がり、日陰の廊下を進む。それでも容赦ない夏の日差しが照りつけるのだが。
ーー夏である。
「もう夏か。だいたいこちらにきて五ヶ月くらいかな」
「そうだな、だいたいはそれぐらいだろう」
「……これは曹操様」
振り返った先にいたその人に礼をする。顔を上げよ、と告げた彼に顔を上げる。
「郭嘉達から話は聞いている。学に励んでいるようだな」
「はい、お声かけを頂き、手の空いている軍師の皆様に教えていただいております。もし、万が一にでも元の時代に帰れなかった時に、自分の力で暮らしていけるようにと」
「あまりこの国に縋るのは好かんか」
「いえ、曹操様の温情には感謝してもしきれません。貴方のご厚意がなければあの子はともかく私は野垂れ死ぬか野盗に殺されていたのが目に見えます。しかし、農民も街に住む民も、兵士の方も、文官の方々も働いて食事を得ているのに、私だけが戦も何もない平和な時代から来たからと言って働かずにただ飯にありつくというのは気が引けて……何か手伝いでも良いのでできないかと、たまたま通りかかった荀攸殿にご相談を」
そう言えば彼はふっと笑った。荀攸らしい、と告げて口角を上げた彼は私を見る。
「此度の戦についてくるか?」
「私がついて言っても、足手纏いでは?」
「そうだな。だが、この世界で生きるのならばしっておいて損はなかろう」
それもそうだ。早かれ遅かれいつかはそれに直面しなければならない。それならば、いきなり突きつけられるよりは覚悟をしてから行く方がいい。
「では、是非」
そう一礼すれば彼は満足したようだった。ついてこい、と告げた彼に、はい、と返事をして半歩後ろを歩く。いつもとは反対方向で、普段ははいらないような場所だろう。集まっていた将がこちらを見る。私に気づいた荀ケ殿達が、殿、と曹操様に声をかけた。
「此度の戦に連れて行く」
「しかし、」
「もちろん、本陣からは出さんがな」
「ナマエ、遊びではないのですよ」
「分かっています、荀ケ殿。しかし、いつか直面することがあるなら前もって覚悟ができる今直面した方が良いと思いました」
そう説明すれば彼はある程度納得できたのだろう。ため息をついて、わかりました、と彼は肯定する。
「私は今度の戦にご一緒しませんが、公達殿から離れぬように」
「お邪魔にならない限りはそうします」
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平和な世界からきた。それは果たしてそうなのだろうか。正しくは平和な世界ではなく、平和な国から来たが正しいのではないだろうか。あの場所はこの時代からして、本当に極楽になり得るのだろうか。話をしていれば、だいたいが戦のない平和な世界は極楽のような世界と思っていることがわかる。いや、戦のある世界では戦のない世界が極楽なのだろうか。
「難しい顔をしてますね」
「少し考えごとを」
馬に乗れてよかったと思う。叔父に教わったものがここまで役に立つとは思わなかった。気にかけてくれたのだろう隣に並んだ荀攸殿に苦笑いして答える。
「考えごとですか。お聞きしても?」
「果たして、私のいた世界はみなさんが思うような場所なのかと」
そう言って前を見る。戦はない。でも私の国に限ってだ。人は人を殺すし、飢えも病で死ぬこともある。
「しかし、ナマエよ。其の方の世界には戦はないと聞くが」
荀攸殿より先に言葉を返したのは少し先を行く曹操様である。私は少し考えて口を開く。
「曹操様達は幻滅するかも知れませんが」
「幻滅?」
「最初に貴方達に話した方を私は直接みていませんが、その前提に誤りがあります。正しくは、私達の住む国が戦をしないのです。私達の住む国から遠く離れた国では内乱や国境の小競り合い、独立の為の戦や、大義名分、報復からの戦はおこっています。つまるところ、私達が住む国が平和ということです」
そう説明すれば、彼らの興味を引いたのだろうか。近くにいた兵士達も私を見上げた。おや、ナマエの国のそう言った話は初めて聞くね、と郭嘉殿が茶々を入れる。曹操様がまた問いかけた。
「平和ではないのなら、お前たちの国はどうして戦をしない?」
「幾つか要因と思われることはあります。政にも何も関与していないので、詳しいことはわかりかねますが、私達の住む国は島国の為、陸地で接する他国はなく外からの侵攻を受けにくいこと。戦をしないことや軍隊持たないことを諸外国ならびに国に住む民に誓っていること。そのために侵攻するための軍を持たないこと。戦争はしていけないものだという教育が基本的に行き届いていること、などしょうか」
「戦をしない、軍隊を持たないってわかってたら攻め込まれそうだけど」
「そもそもそれらにも前提があります。私達の国は約百年前、他国に侵攻しその後別の大国との戦に負けています」
「大国側が貴方達に武装することを望まなかった」
「恐らくそうなのかもしれません。一応は私の国に何かあれば、その大国が助けてくれるという条約を結んでいます。が、隣国が一時きな臭くなり、大国と別大国で戦になるかならないかという瀬戸際になったさい、国を守る為の最小限の防衛隊が結成されています」
「あっはっはー、君の国は面白いな、隊だから軍ではなく、侵攻ではなく防衛のためという名目なら許されたのか」
「まぁ、それが軍に当たるか否かは未だに国民と国を率いる中枢とで議論されていますが、私達が生まれた頃にはもう組織されていましたので、あって当たり前に変わりつつある。そうなれば多く存在に疑問を抱かないでしょう?」
困った顔をしてしまう。その当たり前が色々崩れた時、内乱が起こるのだろうが。
「お主の話はなかなか興味深いな。あまり衣舞はそのような話をしない」
「私よりは他国にいる方の方がこの手は詳しいかと思います。例えば、呉にいる方とか」
「呉には荒くれものと癖の強いものがいると聞いたが」
「癖の強いものの方です。彼は頭がいい」
「頭の良さなら蜀にいる方だと聞いています」
そう言った将兵に、私は頷く。
「蜀の方は確かに頭がいいと私も彼女より聞いています。私は彼とあまり関わりがないので言えませんが、恐らく彼は勉学に励む自分が好きなのだと思います。その点、癖が強い彼は怠けたがりですが、応用が効きます。学と現実が結びつく」
「ほう?此度の戦が終われば、是非とも一度話してみたいものだな」
曹操様の言葉に、私は彼を見上げる。そう言えば呉から援軍が来ると言っていた気がする。その中にいるのだろうか。
「是非、彼は面白い人なので」
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