2018/04/17

突然の春司書


・二週目?な兼任司書は学生してる。
・七志という作家志望の教師がいる

その本は、とても大切なものだった。この世界ではもう会うことなどないその人。私の事など露も知らないその人が綴った本はとても大切なものだった。どういう縁か、私の手元にやってきたその本は私にとってはとても大事なものだった。佐藤さん、と、小さく彼を呼んで目を瞑る。どこかでタバコの臭いが香った。


苗字ナマエという生徒は少し変わっている。黒髪は母親譲り。青い目は父親譲り。文系、理系という言葉でわけるならば、文系。しかし、周りの形ばかりの文系生徒――自称文系の生徒とは全く違う。授業以外の時間を読書に費やす彼女は、本好きでまさに文系という人物だ。ただ、スポーツができないわけではない。偶に剣道の助っ人に行く程度にはスポーツができるのである。そんな彼女は同級生からすれば取っつきにくいのだろう。いつも遠目で眺められる彼女は今日も誰かの本を読んでいた。その横顔は、いつか文豪の記念館で見た絵画の女性或いは少女に似ている。近しい人を書いたわけではないらしいその絵。弟子の数人と、彼の広い交友関係の中でも数人しかそれは誰か知り得なかったその人物はかの文豪の空想、もしくは理想像だったのでは、という考えが一般的だった。彼はインタビューでこう答えたと記述が残っている。彼女は自分と決して会うことはない人である、と。どうあがいても彼女と会う前に自分は朽ち果て、彼女に恋い焦がれた詩を残すしかできない。その意味は深くはわからない。ただ、それに理解を示していた井伏先生も亡くなり、その言葉は彼の冗談であると消えた。
――「この世界」のかの文豪は、少し違う。似たような小説詩歌は残しているが、彼の代表作である秋刀魚の唄はなく、そのかわりに桜霞という詩が代表作として残っていた。
「そう言えば、」
学生時代、かの文豪の記念館ではその絵画のソックリさんを集めていたけど、今はどうなんだろうか。

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その場所に来ることができたのは先生のご厚意でしかない。読書同好会といつしか名付けられた放課後読書の仲間の集い(ちょっと問題児ばかりなのは気のせいだ)の研修旅行として、その場所に行くことになったのである。兼ねてから行って見たかった場所は大学生になったら尋ねようと思っていた場所だったため嬉々と参加すれば、先生はホッと息を吐いた。なんだ?と首を傾げれば、なんでもないと苦笑いされる。それが、どうしてかは着いてすぐにわかったのだけども。
自由行動時間である。神社を見て来る!と言った後輩同級生それに引きずられていく先生を見送り、その記念館に足を運ぶ。学生一枚、と言えば目を見開いた受付の人に首を傾げた。なんだ?と思えば職員がザワザワと寄って来る。ここまでそっくりな人は、と、口々に言う彼らに困っていれば受付の人が口を開いた。
「ごめんなさいね、貴女が彼女そっくりだったから」
「彼女?」
「空想の少女よ。こっちに企画展示してあるわ」
そう手招いた受付の人の後に続く。その部屋には企画展示と書かれ、佐藤春夫と空想の少女と命題されたそこには、確かに一枚の絵があった。いや、絵は恐らく一枚ではないが、大きな絵は其れ一枚である。そこに描かれていたのは、確かに少女だった。自分、そっくりな。その絵を見つめて、その横に書かれたキャプションを見る。

――空想の少女。たびたび彼の作品のモチーフとなる少女である。彼女に宛てた手紙もあるが、実在しない人物とされている。

受付の人を見る。
「彼女は実在しない?」
「ええ、彼女を知るのは佐藤春夫の交友関係があった人物でも限られてたのよ。でも、その誰もが今はいないって言ったの」
「過去にはいた?」
「いいえ。井伏先生はこう残してるわ。いるとしたら、未来だって」
その言葉に動きを止める。
――もし、もし、も、だ。彼が私を覚えていたら。
受付の人が首を傾げた。私は首を左右に振る。
「いえ……私以外にソックリさんは今まで現れましたか?」
「いいえ、ここまで似てるのは貴女だけよ」

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常設展示ではない手紙をコピーしてもらえた。部活の合宿できたといえば、明日またおいで、渡したいものがあるから、と見送られる。手紙を読めば、ああ、佐藤さんの字だなぁ、と目頭が熱くなった。
――拝啓、苗字ナマエ様、と書かれた文字に、ああ、やはり、と思う。
如何お過ごしでしょうか。私はあいもかわらず筆を執り、ああでもないこうでもないと言葉を連ねております。
そう始まった言葉に目を伏せた。泣きそうだ。周りがギョッとこちらを見たけれど、関係ない。
――私の言葉は貴女に届くのでしょうか。私は貴女が愛おしいのです。
彼の言葉は、届いた。でも、私には届ける術などないのである。

=

翌日、館長に一冊の鍵のついた古い日記帳をもらえた。貴重な資料だと断ろうとすれば、鍵を無理やり開けた研究員もいたが中は真っ白であったことと、あの絵画と瓜二つの少女が現れれば渡してくれと言伝されていたことを教えてくれる。恐る恐る受け取れば、感じた感覚に目を少し見開く。ありがとうございます、と頭を下げて、みんなと合流した。

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家に帰ると、相変わらず一人である。母親も父親も私が小学生の頃にいなくなったが、兄も仕事で一人暮らしするために居なくなってしまった。まぁ、それがある意味好都合だった。貰った本を取り出してよくよく見る。鍵はないらしい。紛失したのではなく、他の文豪が持っていだらしいけれども、研究員が壊してしまったと言っていた。そっと手に力を込める。青が灯ったその本に、目を伏せた。とにかく、会いたかったのだ。
桜の香り、のちに、誰かに抱きしめられる感覚がしてゆっくりと目を開く。見上げた先にいた人物は目を優しく細めて、ナマエ、と私の名前を呼んだ。
「ナマエ、逢いたかった」
そう強く抱きしめられる。私も、だなんて言葉はくぐもって、消えた。

==みたいな春司書


その人物は、いきなり現れたと言っても過言ではなかった。彼女の送り迎えに必ずや現れるその人物に、学内は騒がしくなったが話題の彼女は口元に笑みを浮かべて親がつけた住み込みの『家庭教師』だと告げた。見かけは大学生、より少し上。若手の教員と同い年ぐらいの彼に危なくないのか、と思う。何故なら彼は何処か、狂気を孕んだような目で、盲目的であるかのように彼女を愛でるのである。硝子の棺があるのならば、その中に彼女を入れてしまいそうな。それを率直に言えば、彼女はそれはそれで構いません、と微笑むだけで終わったのだけど。今日も男は彼女の手を引き、家路に向かう。時代外れの唐傘がやけに似合うその人物はこちらを見て口元に笑みを浮かべた。

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佐藤さんは人ではない。それは前の図書館でもわかっていること、ではあるけれど。偶に違和感を抱く人物はいるのだろう。学校の先生が言うなればその人物だった。だから、佐藤さんはとても冷ややかな目で彼を見るのだろうとは思うけれど。
「それにしても、有魂書なんてどうやって作ったんですか」
そう尋ねてみれば、佐藤さんは冷ややかな笑みをコロリと変えて私を見た。ま、一種の賭けみたいなもんだな、と告げた彼は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「やり方はもうあった」
「あった、とは?」
「記憶がある先人がいた」
「露伴先生や子規先生ですか?」
「ああ。ほら、昔、やっただろう?手帳にそれぞれ句や詩なんかを書き込んで、お前達が俺達を呼んだりしたことが」
「ああ、ありたしたね」
「ナマエや他の司書達が同じ力を持っているのならば、その人を想って書けば転生できるんじゃないかってな」
「でも、佐藤さんの有魂書、白紙でした」
「それは多分有魂書に成り得たからだ。俺は書いたぞ、小説、詩歌、色々と。まぁ、ナマエに渡るようにするにはどうしたかと思ったけどな。井伏も微妙に外れるだろう?」
そう困ったように笑った佐藤さんに、私も苦笑いしておく。……というか。
「その話で行けば、他にも有魂書が?」
「……しらなかったのか?」
あからさまにしまった、という顔をした佐藤さんに、私は眉尻を下げて首をかしげる。しばらく見つめあったあと、彼は観念したように眉尻を下げた。
「ある、と思うぞ。ただ、殆どが博物館なり資料館にあるだろうな。俺みたいに」
「本なのに記憶あるんです?」
「周りには見えないらしいが、時折見てたからな。ああ、そうか、有魂書の鍵が壊れていたからか。本来なら、俺の有魂書の鍵は菊池に預けていたから、菊池の方が早いはずなのにいないとは思ってたんだ」
「菊池さん、ということは」
そう考えを巡らせる。……これ、私の会派だけでも西へ東へ、まさに東奔西走になる気がする。佐藤さんが困ったように私を見た。
「まだ、いいだろう?侵蝕者なんていないんだから、急がなくても」

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最近、悪戯が相次いでいるらしい。貴重な資料に悲鳴、と書かれた新聞の文言にまさかなぁと思いながら支度をした。部活の一環で菊池さんの資料館に行くことになった。自費を出すので、佐藤さんも連れて行っていいですか?と先生に聞けば若干の躊躇、のちに、がくしと肩を落として頷かれた。なんだろうか。あの鍵のついた有魂書を鞄に入れて、佐藤さんと待ち合わせ場所に向かう。
――貴重な資料、とは、文豪達の草稿であったり、初版本であったりするらしい。それが悪戯をされるので最近学生の出入りを抑える記念館や博物館が多い。そんな中私たちが入るのはその事件が相次ぐまでに予約を入れたからにすぎない。監視が厳しいなぁ、と思いながら菊池さんの資料を見ていくと、確かにあった。小さな鍵と、同じような本が。そのキャプションには『鍵は佐藤春夫氏から預かったモノだとされている』と書かれ、同じような本には『菊池寛が生前装丁を施した本であるが、中は真白であり何も書かれていない。なにかを書くつもりであったか否かは不明』と書かれていた。同じように覗き混んでいた佐藤さんが「菊池の有魂書だな」とコソリと告げた。そっと手をかざせば青く光ったそれに、佐藤さんを見る。佐藤さんは首を左右に振った。恐らく、事情を話したところで、だろう。まぁそもそも、事情という事情もないのだけど。……これ、森先生とか子規先生とか無理じゃないか?
どうしたものかなぁ、と息を吐けば、監視するように見ていた職員がこちらに寄ってきた。なんだ?と首を傾げれば、佐藤さん、ではなく、私を見る。
「佐藤春夫の空想少女!」
その言葉に、佐藤さんが顔を片手で覆った。
「佐藤春夫記念館に行きました?」
「はい、この間」
「騒がれたでしょう、向こうで」
「えっと、はい、似てるって」
でしょ!と笑った職員に、首を傾げた。
「有名なんですか、空想少女」
「マニアの間でね。佐藤春夫だけじゃなくて、他の文豪にもちらほら記述があるんだ。もちろん、菊池寛にもある。今は展示してないんだけど」
驚いたなぁと笑った職員は口を開く。
「って、うん?……佐藤春夫記念館に行ったってことは、何か貰えた?」
「はい、装丁された白紙の本を。鍵はこちらにあると聞いて」
そう言えば彼は目を見開いた。
「鍵って、まさか、アレ?」
ショーケースを指差して尋ねた彼に、頷く。
「恐らくは」
「現物あります?」
彼の言葉に本を取り出す。鍵は壊れてしまっているが。彼は戸惑いもなくケースを開けると手袋をつけた手で鍵を取り、差し込む。かちゃり、と音を立てた鍵に彼は目を見開いた。
「マジかよ。謎が解けてしまった」
「謎?」
「佐藤春夫から預かった鍵だから、彼の家の鍵なのか彼の何か持ち物の鍵なのかトランクの鍵なのかっていう議論が続いてたんだよ。先に死んだのは菊池寛なのに取りにも来なかったから」
その言葉に佐藤さんを見上げる。佐藤さんは苦笑いだ。
中を見ても?と首を傾げた彼に頷く。パラパラとめくった彼は白紙か、と呟いた。
「空想少女さんはこれが何かわかる?」
「……さぁ?」
「似た本がちらほらあるんだけれどね。その当時流行っていた説がある割には年代がばらけているんだ」
「貴方はそうだと?」
「いいや、菊池寛の書き留めに、こういうのが残っていてね。――この本の使い方を知るのは五人、ないしは六人である。一番身近な所であると、佐藤春夫氏の描いたかの青眼の少女であろうか。それ以外は恐らくは知り得ず、また、それ以外の手に渡ることのないことを祈るばかりだ、ってね。本当に知らない?家族の言い伝えとか、」
その言葉にどう答えるか、と迷って入れば、職員さんが佐藤さんを見た。貴方は?と聞こうとしたんだろう。固まった彼はあんぐりと口を開く。
「佐藤春夫の若い頃にそっくりじゃないか!」
「あぁっと、よくその道の人には言われます」
佐藤さんはそう濁したように告げる。流石に本人とは言えないよな、と思いながらその言葉を聞く。彼は少し考えた。
「芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外の小説に不思議な話があって、本から人を生み出すことができる人の話があるんです」
その言葉に、動きを止める。
「前二人の記述ではその力を持つのは青年なのですが、森鴎外は違います。佐藤春夫の空想の少女と似たような記述があるんです」
彼は佐藤さんを見る。佐藤さんは目を細めた。
「何が言いたい?」
「貴方は佐藤春夫本人じゃないかって。ま、ありえないことなんですけどね。小説じゃあるまいし、人が蘇るなんてことはないから」
そう肩を竦めた彼に、現実は小説より奇なりというけれどな、と思う。ザワザワという騒ぎが聞こえてくる。青年はどうしたんだろう?とそちらをみた。釣られてみれば私と同じ学校の生徒と誰かが揉めてるのが見える。職員は私に手袋を渡す。
「君は空想少女だし、ちょっと触るぐらいならいいと思うよ」
そう言って彼は本を取ると、私に差し出した。受け取ればやはり微かに青く光ったそれ。職員は気づくことなくそちらに向かう。幸い、視線は騒ぎの方へ向いていた。仕方ないな、という風に息を吐いた佐藤さんは、死角を作るように、しかしながら展示を見るように立つ。監視カメラはない。そっと手に力を込めれば青い光が強くなり、文字が空に舞う。刹那、青い光がフラッシュを焚かれたように光ると、目の前にその人はいた。
「おいおい、大胆なことをするなぁ、」
そう後ろを見た菊池さんに私もそちらを見る。気づかれていないらしい。ホッと息を吐けば、くしゃくしゃと頭を撫でられた。
「久しぶりだな、ナマエ。何十年ぶりになるんだか」
「あー、菊池、それを考えたら負けだぞ」
「なんだ、佐藤の方が先だったのか。俺が鍵持ってたのに。ホント、お前らぶれないな」
そうカラカラと笑った菊池さんは、さて、と腰に手を当てて騒ぎをみた。未だに収まっていないらしい。
「この本、記念館においてても菊池さんには影響ないんですかね」
「さぁなぁ、盗るなら今のうちだが」
「ナマエに疑いが向くのはダメだろう」
「素直に話しても受け入れられませんからね」
そう言って三人で考えていたら、先程の職員さんがやってきた。
「あれ?いつの間に人が増えてる?」
「おー、ご苦労、亀井」
「そして俺の名前を知ってる?」
そう沢山の?を浮かべた彼に、菊池さんは少し考えた。そして、彼を見る。
「亀井、この本、空想少女に譲る気はないか?」
「は?」
「お前の管理になってるだろ、これ」
「なんで知って……」
「さぁ、なんでだろうな。とりあえず、お前はナマエ……空想少女の研究してんだから、本人に渡すべきじゃないか?」
畳み掛けるように言った菊池さんに、職員さんは混乱したようだ。本人?え?え?と混乱している彼にため息をつく。一度話題を変えた方がよさそうだ。
「向こうで何かあったんですか?」
「ああ、向こうで悪戯があったみたいで」
「悪戯?」
「今世間を騒がしているやつさ。まさかうちでも怒るなんて。ま、犯人は君と同じ制服を着た生徒が取り押さえてくれたんだけどーー」
そう言って彼は向こうを見て、かたまる。私たちもつられてそちらをみて、固まる。部屋が真っ黒になっている。まるで、ペンキで塗りつぶされたように。ぞわり、としたそれに佐藤さんと菊池さんの服を握ってしまったのは仕方ない。そこにいた人たちは倒れていた。
「侵蝕者?」
小さく呟いた私に、二人は私をちらりとみた。黒から現れたのは、両手に炎を宿らせた男だ。それは、まごうことなくーー。こちらを見た侵蝕者に亀井さんは悲鳴を小さくあげた。二人に武器はない。こちらに向かって歩いてきたそれに、佐藤さんが私が持っていた本を取った。
「桜霞に君を歌ふ」
その言葉に佐藤さんのあの斧のような武器が表れる。
「ナマエは下がってろ」
「ふぅん、やっぱできるのか」
「一か八かだけどな」
佐藤さんの言葉に、菊池さんが同じように本をとった。
「蒼き瞳の神の子は」
その言葉にまた菊池さんの鞭が現れる。襲いかかってきたそれに、菊池さんは鞭を振るい侵蝕者の腕を絡みとる。そちらに気をとられてるうちに佐藤さんがバッサリとそれを切った。その瞬間、それは動きをとめて、バチャリと大きなインク溜まりになる。二人は武器を本にまた変えると息を吐いた。
「またコレと対面することになるとはなぁ」
「あぁ、そうだな。ナマエ、大丈夫か?」
「私は大丈夫です、二人は?」
「大丈夫だ」
「俺もだ。亀井、こういうことだし、コレはもともと俺のだから貰ってくぞ」
そう亀井さんを見た菊池さんに、亀井さんは刻々と頷いた。顔が青いので大丈夫ですか?と背中を摩っておいた。インクが徐々に消えていくのを尻目に、とりあえず何処かに移動するか、と息を吐いた菊池さんは私の肩を抱く。すかさず佐藤さんが困ってたけど。

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