ネタ帳vol.3

2025年ネタ帳25:桃の木のもとに2

08/12 14:39 
「李子はどう思う」
曹操様の言葉に、私は「騎兵」と告げて地図から彼に視線を移した。
「騎兵?」
「烏丸の騎兵は大変優秀です。……あくまで私の考えではありますが、烏丸の騎兵を取り込んでおきたいですね」
私はそう言って地図の西を指差す。
「西。今はまだ穏やかですが、匈奴の血を引く騎兵を得意とする一族がいたはずです。未だ静かな彼らが殿にどう出るかはわかりませんが、最悪を考え烏丸の騎兵を今のうちに取り込んでおいても良いと私は考えます。騎兵は何かと有用です」
「李子殿がいうのは恐らく馬族のことだな。確かに、あの一族は今は大人しくしているがーー暴れた時が厄介なのは間違いない。騎兵と騎兵の戦いになる。と、なれば今のうちに騎兵を抱き込むのは確かにありだがーー」
賈詡殿は恐らく今じゃない、と告げるだろう。私はそれを遮り、曹操様をみた。
「確かに袁家の名声は途切れつつあります。しかし、それは中央に限って、です。烏丸などは未だその名声が頼りになっているでしょう。放っておけば、他の民族を抱き込み勢力を大きくすることが予想されます。そうなってから手を打つ、ではそれこそ制圧に時間がかかりましょう」

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「殿」
「李子、どうかしたか。今日は詩を詠む予定はないが」
「いえ……そのような要件ではなく……郭嘉殿を従軍から外しては頂けませんか」
ダメ元だ。私は彼を見上げる。彼は少しだけ目を見開いて、私を見下ろした。
「何故だ?」
「気づいてらっしゃるでしょう」
私は困った顔をする。白狼山は北に位置する雪山だ。今はまだ積もってないだろうが、季節的にはすぐにでも積もるだろう。
「郭嘉殿に万が一があっては……」
「そうだな。だが、郭嘉はついてくるだろう。私が何を告げようと」
それはそうだ。
「李子よ、戦をはやく終わらせれば良い話だ。お前がいれば、はやく終わらせることもできよう」
私は目を伏せる。やるしかない。考えるしかない。考え続けろ。
「はい、迅速に方がつくように尽力いたします」
「うむ。頼んだぞ」
「戻ればーー郭嘉殿にしばらく療養するようにお告げください」
「あぁ、考えておこう」

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いくつか考えておかなければならない。どういう陣形であったのか。どういう場所であったのか。記憶と違う可能性もある。全てを全てを考える。
「李子殿」
目を開けばいた紫鸞殿に目を瞬く。いつから?と尋ねれば、今先ほど、と彼は告げて隣りに座った。
「荀ケ殿、荀攸殿、賈詡殿に呼び出された」
「なんと?」
「郭嘉殿の考えの先をいき、郭嘉殿を無事に連れ帰って来いと。李子殿と話しておきたい」
「丁度良いです。私も色々と考えていたところでした。貴方と考えをすり合わせておきたい。私の邸で話しましょうか」
そう言えば彼は頷く。


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ああ、よかった。早くに決着がついた。白鸞と呼ばれる人が現れたのは予想外だったがーーなんとかなった。記憶より遥かに早い決着だ。紫鸞殿のおかげである。
「郭嘉殿、戻ったら貴方は療養ですよ」
そう言って私は彼に上着を被せる。ああ冷えている。温めなければ、と、血に汚れていない羽織を彼にはおわせ、彼の手に手を重ね、息を吐きかける。ーー生きてほしい。まだ。これからも。戻るまでは油断はできない。
「郭嘉殿、貴方は生きるべきです」
ああ、違う。
「郭嘉殿、」
嘉兄様、
「どうか生きて」
死なないで。
私は怖い。彼がいなくなるのが。兄と慕った彼らがいなくなるのが。友人が死んでいくのも。自分が傷つくのは大丈夫だ。自分が死ぬのも別にいい。でも。
「わかった、戻ったら雪見酒と思っていたけれどーーしばらくは大人しくしていよう」
彼はそう言って、彼もまた手に息を吐きかけた。暖かい。
「その代わり、李子殿には添い寝を頼もうかな」
彼は揶揄うように告げる。
「それはしません」
「おや、大人しく療養すれば、なんでもしてくれると以前告げてなかったかな?」
郭嘉殿はそう言って私の肩に手を回す。少し体重が乗せられたそれを払う気にはなれずそのままにはするが、ムッとしながら彼を見上げる。
「それはそういう意味ではありません」
「李子殿は子供のように小さいから暖かそうだからね」
「貴方何年それで揶揄うんですか。流石に大人に決まってるでしょう。小さいのは余計です」



李子よ、数日は郭嘉を見張っておいてくれと曹操様に言われたので付き添っている。元化殿も、もう大丈夫だといってくれた。まぁ本人がすやすやと眠っている今、私は手持ち無沙汰だった。はぁ、とため息をついて寝台の端にすわる。
「兄様」
そう言って髪を触る。ほおを触る。あの時のような血色の悪さではない。呼吸もあの時ほど苦しそうではない。彼の手をとっても、温かみがある。
「よかった……」
縋るように彼の手に額をあてる。ああ、よかった、彼は生きてる。きっと、きっと、だ。兄様達がいるのだから、曹魏は大丈夫だ。
「本当に、よかった……」
兄様のようにならず、よかった。
はらはらと涙をながす。かすかに反応した手が、私を抱き込んだかと思うと、寝台に抱き込まれる。咄嗟のことに手をつき、郭嘉殿を押し倒すような形になる。寝たふりですか、などという言葉は脳裏をよぎれど口からは出ない。ただ、ハラハラと涙を流せば彼はそれを慈しむように拭った。
「李子殿、添い寝をしてくれるという約束をまだ叶えてもらえていないけれど」
彼はそう言って涙を拭った手を、頬に、耳に、首に、するりと滑らせていく。そうして私の手に手を重ねる。
「李子殿の手は昔から小さいね。季節を問わずに手套に覆われた手はまるで子供のようだ」
彼の手が、私の手から手首にうつろい、彼は手套の隙間に指を入れる。私はそこで、彼から遠ざかろうとした。彼が腰に回した手に阻まれるが。
「郭嘉殿、」
「お戯れがすぎる、だなんて言わないでほしいな。ただ手套を脱がすだけだ」
そう、男同士ならば問題視されることではない。彼のいうとおり、ただ手套を脱がされるだけだ。
「何か問題でも?」
「……手にある病が貴方に移ればどうするのです」
「おや、それならば貴方も休まなければならないね」
彼は揶揄うようにそう言った。彼は恐らく気づいているのだ。いつから、かはわからない。徹底的に隠しているはずである。現に他は私を子供のように小柄な人だと、そういう人だと思っている。まだ手套は脱がされはしない。どう彼を納得させるかなどと、私は思いもつかない。
「李子殿、貴方の秘密はきっととても甘美なものだろうね」
彼は私の腕に口付けをおとす。私に視線をむけながら。手套の隙間に指を入れたまま。
「子供のように、白く細い腕だ」
違う。もう彼はきっとわたしが手套を外されるのを嫌がった時に、理解している。なのに、あえて子供のようにだなんて言っている。
「郭嘉殿、おやめください。戻れなくなる」
私も、貴方も。
「私はもっぱら戻るつもりはないけれど」
「郭嘉殿、私はあと一年余りでいなくなります」
私の言葉に彼はとまらない。それが病ならば共に養生でもどうかな、と代わって私を寝台に押し付けた。私は彼を見上げる。熱がある視線をおくる瞳を私は見上げた。
「汝、塀から出なければ子供のうちに病で死に、塀から出れば士として覇道の礎とならん。20年の時来れば大戦で覇道を守り川に身を投ず」
そこでようやく彼は動きを止めた。私は彼を見上げながら続けた。
「私が成人する二、三年前に易者に言われた言葉です。高い塀の外に出た私は、来年、川のあたりで大きな戦があれば私はそこで死にます。恐らくは曹操様を守って。遺体など見つからないでしょう」
だって貴方達は男だと思っている。簡単な話だ。きっと元直がさがせど、他が探せど見つからなかったのはそういうことだ。手首を握る力が少しだけ強くなる。動揺しているらしい。あんなに熱を持っていた瞳が揺れる。
「もとより私は貧困を嘆いた両親により売られた身、気味が悪いと捨てられた身です。志才様が私を買わなければ、高い塀の中で一生を終える身。貴方にそう言った視線を向けていただく道理はありません」
高い塀に囲まれた場所がどこであるかなんて、よくそこなや足を運ぶ彼がわからないはずがない。
「……何も持たぬ身分である私が、貴方達の役に立てた。それでもう私は満足なのです。言ったでしょう?私はあなたの代わりにはなれない。貴方がもし死していてもその翌年にはいなくなるんですから」
「まだわからないだろう?」
痛いくらいの力だ。病人だというのに。ここまで当たっているのに、と、私は思う。
「……貴方がいる。貴方達がいる。紫鸞殿もいる。私がいなくなっても、曹操様はこれで大丈夫」
私は笑う。安堵して、嬉しくて、微笑む。
「でも、貴方がいない」
郭嘉殿は表情を顰める。怒って、悲しんで、眉間に皺をよせる。
「私が貴方を殺させない」
「……貴方は療養すべきです。これからのためにも。私はただ曹操様が行かれる道となる。字(あざな)の通り。そのために塀の外に出され、死んでいく。人生はあまりに短い。でも、やることはおおかた終わった」
後は私の仕事を引き継ぐだけだがーー徐庶(その人)も恐らくもう直ぐやってくる。
「郭嘉殿、貴方が生きたのもまた天命、私は天命に従じて死ぬ。だからこういうことはやめておいた方が良い。貴方の思い出を濁すことになる。李子と言う名も本名ではないのだから、そこには何もない」
私は彼を見上げる。すこし、笑いながら。まぁ、手を離すそぶりはないが。
「……貴方の……本当の名を聞いても良いかな?貴方を……私は忘れたくない」
泣きそうな声だ。しおらしい、声である。
「……桃李」
「桃李、貴方にあった美しい名前だね。もっと早くに知りたかったけれど……貴方の思い出は穢れなんかじゃない。その名のように、美しい思い出だ」
彼はそう言って、そっと私の手套を外した。


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category:中華組関連(msu・oa)