君を知りたい



 零のことを知ろうと思えば、零がふらついてた町に行くのが当然かと思いあの町へ行く。相変わらず濁ったような空の色に、少し顔をしかめて町を進んだ。
 俺は何も零のことを知らない。それに比べて、零は俺のことをよく知ってると思う。なぜなら、俺が零と話をするとき、俺が話し手、零が聞き手に回ることが多いからだ。多い、というか、ほとんどがそうだろう。零は俺がどんなことを話しても、嫌がらずに聞いてくれる。そして、アドバイスをくれる。今思うと、なんて一方的な関係なんだと思う。一方的な情報の共有関係だから、こうなったのかもしれない。
 俺は零の洗脳を解く方法もわからなかった。コレが小説ならば、昔の思い出を語れば零は元に戻る。そんなものはフィクションだろう。わかってる。でも、なにかきっかけになればいいと思った。それしか頼る方法がなかったとも言える。洗脳の解き方なんて、どんな本にも載っていないのだから。
 しかし、そうするにしても零のことが何もわからない。美美子に会えない今、どうやって零のことを知ればいいのかわからないし、そもそも、零のことを知らなかった自分が悪い。
 どうしてやけになっているのか、と羽入には言われた。でも、零はトモダチだからと返してみたが、どうしてそんなに焦っているのかと返される。トモダチの洗脳ならば、クラスメイトのトモダチもまた洗脳された状態にいるのだから、と。もっともな指摘だ。クラスメイトの友人は確かに数人、下手をすればほとんどが高天原達に洗脳されている。どうして零のことだけに執着しているのか。そんな疑問だろう。話し相手がいないのはつまらないから。無関係な彼女を巻き込んでしまったから。理由を色々と並べてはみたけれど、それはいまいちしっくりこない。でも、違う物だと認めることもできなかった。ぐるぐると考えて、取り合えず先に零を元に戻すことが重要だと思ったのだ。
 薄汚れた町に足を踏み出す。でも、どこへ行けばいいのかわからなかった。ふらふらと歩けば、海に出る。意外にも海に近かったらしい。海は油で黒く汚れていた。そういえば、一度だけ。零は「小さい頃は海は黒い物だと思っていた」だんて言ったことがあった。おそらく、昔から慣れ親しんだのがこの黒い海だったんだろう。いつか澄み渡った海をみたいな、と彼女が告げたのはいつだったか。
 折角来たというのに、そんなことを思いながら、この汚れた海をぼんやりと眺めることしかできなくて。

「また来たの?」

 不意にかかった言葉に振り向く。そこにいたのはいつか見た女の子だ。名前は確か。

「タマコ、だっけ?」
「気安く呼ばないで」
「悪い悪い、名前を知らないから。俺は大鷹弾」
「しってるわ。テレビで見た。私は田宮タマコ」
「タミヤ?」

 そう名乗った彼女を見る。彼女は「なによ」とむっとした。それは妹が不機嫌なときにする顔に似ている。

「零のいうタミヤってお前のことか?」

 俺の言葉に、彼女は眉間にしわを寄せた。

「違うわ、お兄ちゃんのことよ」

 そう返した彼女に、お兄ちゃん? と首をかしげる。

「そう、零くんとお兄ちゃんは仲がいいから。昔からタミヤってよんでるの。偶にヒロシって叫んでたけど」
「なら、そのお兄ちゃんに会わしてくれないか?」

 俺の言葉に彼女はピクリと反応した。俺の考えは簡単なことだった。本物のタミヤと会わせれば、零の洗脳は解けるのでは、と。タマコは少しだけ、少しだけ何かうろたえて、「いいよ」と言う。

「あわせてあげる」

 彼女はそう言ってまた入り組んだ町の中へ進んでいく。慌ててその後ろを追って隣に並んだ。

「零くんはね、お隣さんだったの」
「隣?」
「そう、お兄ちゃんと一緒の小学校に通ってたんだよ。すっごく優しくて、かっこよかったの」

 そう言った彼女に、零は女だろ? と言う。彼女はチラリとこちらを見て口を開いた。

「零くん、昔、男の子のふりしてたから」
「え?」
「お兄ちゃんとおんなじ格好して、男の子しか入れない学校に行ってたの。私も零くんが女の子だって知ったのは零くんが引っ越してからだよ。どうして? って零くんのおじいちゃん達に聞いたら、大人の事情って返されちゃった」

 驚くこちらをよそに、ふてくされたようなタマコはまた口を開く。

「零くん元気?」
「・・・・・・ああ」
「大鷹さんは零くんの恋人?」

 そう尋ねた彼女に、違うと首を振る。でも、なにかが突っかかった。零は俺の友達だ。それは確かだ。

「いや、」
「ふうん」
「ってか、なんでそんなこと?」
「お兄ちゃんが手紙書いてたから」
「手紙?」
「――ついた」

 俺の問いに答える前に、彼女は足を止める。そこにあったのは墓地だった。彼女の家に着くと踏んでいたが、違うらしい。俺は彼女の意図がわからなくて彼女を見下ろす。彼女はこっちと手招いて進んでいく。

「ここよ」

 そういった彼女、そこにあったのは墓だ。墓地だから当たり前なんだろう。でも、比較的新しいそれだ。いや、墓、というよりは慰霊塔のようなものだ。連ねられた名前は一つじゃない。でも、そこに確かに彼女と同じ『田宮』という名前はあるし、手で乱暴にけずったように「ライチ」という不思議な言葉も連ねられている。

「お兄ちゃん、ここにいるの」

 そう言って、彼女はそこを見た。「お兄ちゃんのライバル連れてきたよ」だなんて告げた彼女は俺を見上げて言葉を紡ぐ。

「ここにいるのはみんなお兄ちゃんとその友達」
「ということは、」
「そう、零くんの友達」
「亡くなったのか?」
「うん。三年前くらいに。でも、その前に行方不明だったの。私、お兄ちゃん好きだから、ずっと探してて。もしかしたら零くんのところにいるんじゃないかって思って、会いに行ったの」
「ここから?」
「うん。ちょうど、零くんが登校してたところで鉢合わせて、『お兄ちゃんがいない』っていって零くんに泣きついたら、零くんが見つけてくれた」
「零が?」
「町の奥に廃墟の工場があって、零くん達が小学校の頃そこで遊んでたんだって。そこにいたっていってたよ。私、よく知らないんだ。一緒について行ったけど、零くんが私の目を伏せちゃったし、すぐに大人を呼んでくるようにって言われたし」

 そこからよく覚えてないんだ。気づいたらお母さんが泣いてて、私も泣いてて、大人がパニックになってて、零くんがただ一人落ち着いてて。警察は殺人事件だと言ったけど、犯人は捕まらなくて。

「私、今でも一つだけ覚えてるの。雨の日に、零くんが一人でここに立ってて。『一人になっちゃった』って。そこから零くんが変わっちゃったの。きっとひとりぼっちになっちゃったから、さみしかったのね」

 だから、机の中にあったお兄ちゃんが零くんに宛てた手紙、こっそり送っちゃった。それで零くんのさみしさが紛れればいいなって。
 彼女はこちらを見上げた。なんて言えばいいのかわからずに、俺はただ彼女を見下ろす。

「・・・・・・大鷹さんってお兄ちゃんに似てるから、零くんはもうさみしくないと思うわ」





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